pinopipi
2026-02-25 08:11:04
13578文字
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アンハッピー・バレンタイン

大遅刻バレンタイン2026/ヌヴィフリ/巻き込まれ公爵

【sideヌヴィレット】

フリーナは市井に降りてから、毎年バレンタインデーに手作りのチョコレートを親しい者達へ配るようになった。
かつて水神であった頃は専属の、それも一流の料理人が仕えていたため、彼女が自ら料理をすることは一切なかった。しかし現在は一人暮らしをする中で自ら料理をするようになり、どうやらお菓子作りにも凝っているらしく、彼女は店を出せるほどの腕前に至っていると聞いた。あのカーネル・デセールが世辞抜きで太鼓判を押しているらしい。全く予想だにしていなかった才能の開花に驚いた。素晴らしいの一言である。

本日は2月14日、バレンタインデー当日である。先程受付のセドナが、フリーナから受け取った"可愛らしいラッピングが施された手作りのチョコレート"を嬉しそうに見せに来た。
ーーーーああ、なんて羨ましい。
それはさぞ甘美な味がするのだろう。彼女の想いを味わえる、まさに夢のような逸品である。だが、フリーナの手作りはどれだけモラを積み上げようとも容易には手に入らない非常に貴重なものであり、その価値は計り知れない。彼女に選ばれた、ごく一部の者しか受け取ることが出来ないものだ。残念なことに、私は彼女の手作りを未だ一度も味わったことがない。私は彼女から手作りを貰える程親しい間柄ではないため、所謂"友チョコ"の対象外なのである。400年以上の年月をかけても彼女から友人と同程度の好感度すら得られなかった私が、この先の短い年月でそこまで上り詰められる可能性はどれだけ高く見積もっても限りなく0に近いといえるだろう。因みに、私は人ではなく龍ではあるが一応生物学的には雄であるため、もし彼女に異性として認識されていれば、"友チョコ"でなくとも手作りを味わう機会を得られたかもしれない。だが、それは"友チョコ"を獲得するよりも遥かに困難なことであるため、私が彼女の手作りを手に入れるのは夢のまた夢、なのである。そんな現実を嫌でも突き付けられてしまうため、毎年この日は気分が酷く落ち込む。いや、これは自業自得なのだ。400年以上彼女の傍に在りながら、彼女の心に寄り添うことも支えることも出来なかった私への正当な評価である。あの頃の己は本当に酷かった。誰よりも彼女のことを理解しているのだと驕っていた挙句、少々粗雑に扱ってしまっていた。その心理は、彼女が神であると信じて疑っていなかったからというだけでなく、ただ単に己のプライドを守るため彼女への好意を素直に認められなかったからだ。つまり、あの粗雑な扱いは特別な好意の裏返しによるもの。ゆえに彼女に近付こうとする者には年齢や性別を問わず裏で牽制を繰り返し……本当に救いようがなかった。そんな思春期の少年のような未熟さや、己の過去の愚行ーーー予言直前に君達もその一部を目の当たりにしたと思うので、敢えて今回は詳細を割愛させていただくーーーを何度思い出しても、羞恥と後悔で頭を抱えたくなる。

ああ、すまない、話がだいぶ逸れてしまった。要するに私は今、フリーナの手作りチョコレートを味わってみたくともそれが叶う見込みはなく、とても複雑な心境にある、という訳だ。
それでも。叶わないとは思いつつも、いつか私にも手作りを味わえる機会を与えて貰えたらと密かに願い続けている。未だに彼女との距離感を測りかねているところではあるが、せめて縁が途切れてしまわないよう、彼女の迷惑にならない程度に私なりの努力を続けている。好感度というものは極めて特別な出来事が起こらない限り、一朝一夕で上昇させられるものではない。日々の些細な積み重ねが重要なのであると、この人間社会の中で学んだのでね。私達が共に過ごして来た日々はそう短いものではなかったゆえ、既に定着してしまった相手へのイメージや関係性を改めることは決して容易ではない。だからこそ私は今、非常に頭を悩ませているのだ。

「はい、ヌヴィレット。ハッピーバレンタイン!」
ありがとう。」

フリーナから私に手渡されたのは、数百年前から定番化している"豪華な包装のチョコレート"だった。深海のような美しい青色の包装紙で包まれ、金の刺繍が入った白いリボンが丁寧に結ばれている。察しの通り、これはフリーナの手作りではない。フリーナ曰く、これは私の為だけに有名なパティスリーの菓子職人に特注で作らせた最高級の品だという。確かにこれは、私の好みを凝縮させたような味わいをしている。生クリームが入っているのか、口当たりはとても滑らかで。砂糖が少なく、甘さは控えめ。中には爽やかで瑞々しいバブルオレンジやリンゴなどの果実のジュレが入っているため、水分を好む私でも食べやすく非常に美味だと思う。
だが、今年も私に対する好感度に変化は無かったのだと、そう評価をして酷く気分が沈んだ。

受け取ったチョコレートから視線を外し、フリーナの方を見る。やはり私はプロが作った唯一無二の完璧なチョコレートよりも、今フリーナの手にある手提げ袋の中の"可愛らしいラッピングが施された手作りのチョコレート"が欲しい。フリーナが私の為にわざわざモラと手間をかけて用意してくれたものに対してこのような感情を抱くなど、全く罰当たりもいいところだ。しかし、私がこの数百年間拗らせて、拗らせて、拗らせて拗らせ続けたこの感情ーーーーフリーナへの恋慕は非常に厄介なものであった。未だ誰にも打ち明けたことはないが、私はフリーナを異性として愛している。これは所謂一目惚れというもので、はっきりとこの感情を自覚したのは私が最高審判官に就任してから暫く経った頃だった。当時は己だけがフリーナから毎年特別なチョコレートを贈られているという事実に浮かれ、傲慢にも優越感に浸っていた。己だけが彼女の特別なのだと、そう思い込んでいた。だが、現在では全てが逆転し、己だけがフリーナ手作りを味わえないという事態に陥っている。これはまさに、数百年間私が受け身のまま驕り続けていた結果なのである。
ゆえに、フリーナがパレ・メルモニアを離れ、普通の人間として人生を謳歌している今でも毎年欠かさずチョコレートを貰えているのは大変有難いことであり、むしろ現状の関係(元同僚以上/友人未満)を考慮すれば充分過ぎると思うべきなのだろう。フリーナは既に自由の身だ。これから先の人生で、私と特別な関わりを持つ必要性は特に無い。今後彼女は誰かひとりを特別に愛し、結ばれ……いずれ私にこのチョコレートを渡すこともなくなってしまうと考えるのが自然だ。それは非常に寂しいことではあるが、元より私は自らのこの想いを彼女に打ち明けるつもりはない。打ち明けたところで、振られてしまうのは目に見えている。最悪の場合、二度と私とは会って貰えなくなる可能性すらある。だから私はそこまでの高望みなどはせず、彼女の幸せをこの場所から生涯見守ることさえ出来ればそれで十分なのである。つまり私は、彼女の手作りを強請れる立場になど決してなれはしないのだ。

だが、それはそれとして。人間の寿命は短く、フリーナも数十年後には私を置いて逝ってしまうから。その瞬きの間に一度で構わないからフリーナの手作りを味わってみたい。そう思うことくらいは許されたい。

ヌヴィレット、どうしたんだい?チョコ、気に入らなかった?」

ネガティブな思考を悶々と巡らせていると、フリーナは不安そうに私の顔を覗き込んだ。
いけない。これが気に入らないなどと誤解されてしまえば、来年は手作りどころかこのチョコレートですら貰えなくなる可能性がある。つまりそれは、彼女と更に疎遠になってしまうということを意味する。………嫌だ。あと10年は待って欲しい。まだ心の準備が出来ていないのだ。彼女が会いに来てくれる貴重な機会を、私自らの失態で失う訳にはいかない。

「そのようなことはない。むしろ、君からいただくチョコレートはとても美味で私好みの味なので、毎年この日を楽しみにしている。」

嘘ではない。これは紛れもない本心だ。ただ、フリーナの手作りチョコレートが欲しい、という願望は隠し通さねばならない。余計な感情を悟られないよう、気を引き締めなければ。
薄く笑みを浮かべて見せれば、フリーナはほっと安堵の息を漏らした。

そっか、よかったぁ。今年のチョコはとっても良い出来だから、また感想を聞かせてくれると嬉しいな!」

真っ直ぐ私を見て、フリーナはパッと花が綻んだように笑った。
ああなんと可憐で愛らしいのだろう。やはり私は彼女のことを心から愛しているのだと、改めて実感する。この笑顔を私に向けてくれるのならば、いっそ手作りを味わうことを諦めてしまっても良いのではないかとふと、そう思ってしまう。あまりに単純過ぎる己の思考に内心呆れつつも、フリーナの笑顔につられて私も自然と笑みが溢れた。
それからたっぷり数十秒フリーナの笑顔に見惚れていると、執務室の扉の外からノックが聞こえた。