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沁月
Public
ウ教×ハ♀ 相思相愛 読み切り
世界を凌駕するお味
MHRウ教×ハ♀。夫婦。
バレンタインの、次の日。
1
2
3
4
今度は、ウツシの言葉が途切れる。
娘が飛び込むようにして彼の唇に、自分の唇を重ねたから。
全身に稲妻が
迸
ほとばし
ったようにウツシは、心臓はぶるっと震えた感覚を味わいながら、つい目を見開いたままにしてしまった。
彼の唇にはココアパウダーが付着し、口内にもまだ溶けかけのチョコレートが残ったまま。
視界に最愛の妻がいっぱいに映る中でその呼吸をも呑み込んだ時、あまりにも幸せで、酒に酔ったように頭がくらりとして、脈がどんどん早くなっていった。
熱く柔らかに重なった感触は意識すればするほど炎より熱く、時の流れから隔離されたのではと錯覚しそうになるほど、格別で──
(愛、弟子
……
! 俺の、愛弟子
……
愛しい妻
……
! 俺はキミを、世界で一番
……
)
ごくりと、ウツシの喉仏が鳴り震える。
不意に彼の脳裏に過ぎった、米屋での会話。そこで聞いた、妙に印象に残ってしまった言葉。
(世界一の
……
チョコレート
……
)
何かを確信したかのように、とろりと至福に
浸
ひた
った様子で目尻を下げながら、ウツシが瞼を下ろしていく。
視界が遮断され、最愛の人の唇の感触をますます深く味わうことができて。
(ああ──ほら、やっぱりだ)
甘い、甘い、格別に愛おしい味。
世界一美味しいチョコレート。それは紛れもない、誰が何と言おうと、きっとこの味。
(──いや、違うな
……
これは
……
)
んふふ
……
と甘ったるい至福の吐息を
溢
あふ
れさせたウツシが口を開き、重なったままの娘の唇に喰らい付くように、ますます深く口付けた。
重ねるだけだった口付けが変化して、娘が「んっ」と驚いたように息を跳ねさせる。
世界、など、話にならない。
理性さえ溶け落ちるこの味と、永遠に
食
は
みたくなるほど優しい弾力のある柔らかなこの感触には、この世の何もかなわない。
どちらからともなく、だが合図を送りあったかと錯覚するほど同時に、二人は呼吸のために微かに唇を離した。
新婚よりも熱く焦がれるように見つめ合い、
清澄
せいちょう
な瞳に最愛の人だけを映す。
「っ、はあっ
……
! 愛、弟子
……
。可愛い、愛しい
……
我が妻よ
……
」
「ん
……
ふ。ウツシ教官
……
ウツシさん
……
! わたしの、旦那さま」
「大好きだよ
……
愛してる
……
!」
「わたし、も
……
! 大好き
……
!」
間近に感じる熱い吐息も言葉も呑んで、ウツシは彼女を優しく抱きしめる。
娘も幸せそうに、彼からの真紅の箱を両手で持ったまま、彼の胸に身を寄せた。
今の娘が確信していることは、ウツシと『同じ』こと、『同じ』想い。
「
……
ねえ、ウツシさん」
「ん
……
なあに?」
「わたしも、あなたからのチョコ食べたいな」
「んふふふふっ
……
かぁわいい、もちろんだよ。開けて開けて」
軽く腕の力を緩めたウツシだが、娘は調理台ではなく彼の腕に囲われたまま、自身の手の上に真紅の箱を置き、片手でリボンを解いて──そのまま一緒に蓋も開けてからその手を伸ばし、それらを調理台に乗せた。
ウツシの腕の中で、娘は瞳を輝かせて四粒のチョコレートを見つめる。
「えへへ、美味しそう。いただきまーす」
「うんうん、召し上がれ!」
躊躇
ためら
いなく1粒を手に取り、ぱくん、と頬張る姿に、すっかり目尻の
蕩
とろ
けたウツシの唇がふくふくと震える。
喰らいつきたい衝動を抑えて見守っていると、不意に娘が
悪戯
いたずら
っぽく「ふふっ」と小さく笑った。
「ウツシ教官も、食べませんか?」
「えっ
……
!? い、いいの? でも、お、俺はさっき
……
」
「こっちのチョコも絶対絶対、美味しいですよ? だって『あなたの』チョコですもの」
「ッ!?」
照れもある中、娘は相変わらず悪戯っぽく、けれどとても幸せそうに微笑む。
また息を呑んで喉仏を震わせたウツシを見つめたまま、ゆっくり、とてもゆっくり、もぐもぐとチョコレートを
咀嚼
そしゃく
して。
「
……
食べて、くれません、か?」
ぽつりと、ねだるように娘が呟いた刹那、ウツシの心臓が、どくん、と震える。
顔を真っ赤に沸騰させた彼は片手を調理台に伸ばし、自身が娘からもらった箱の中から2粒目のチョコレートを掴むと、迷い無くそれを口に放り込んだ。
「えっ? ウツシ、教官
……
?」
面食らったような様子の娘を見つめながら、ウツシは不意に「ちょっと貸してね」と、彼女の手の中の真紅の箱をするりと掴み、調理台に置いた。
ぱちぱちと疑問の瞬きを繰り返す最愛の妻の様子に「ふふっ
……
」と甘い吐息を溢した直後、彼は緩めていた腕に力を入れ直し、改めて彼女を抱きしめる。
熱い胸の内で繰り返される、炎よりも熱い直情の言葉。
──愛してる、愛してる、愛してるよ
──好きだ、ずぅっと大好きだよ、愛弟子
「チョコレート
……
一緒に食べよう、愛弟子。きっと──それが一番おいしいから」
空気を低く震わせながら、チョコレートよりも甘やかに、続くように「愛してる
……
」と囁いたウツシの言葉。
今度はそれを理解した娘が、至福の甘い期待感に、ぶるっと体を震わせる番だった。
「ウツシ、きょうか──」
愛する人の名を紡ぐことは、当然ながら叶わない。
先ほどよりも深く、深く、ウツシは最愛の妻の唇に喰らいついた。
彼女の唇にほんのりついたココアパウダーも、口の中の溶けかけのチョコレートも、想いと共に紡ぐ言の葉さえも、何もかも味わい尽くすように。
何より愛する人に応えたい一心で、娘は懸命に彼を受け入れ、その呼吸の熱さにぞくりと身も心も震える。
彼とこのまま溶け合えてしまえたらと、甘い欲求が頭をもたげ始めて──全身が熱くなる。
甘すぎるほどの空気に、香りに、味に、頭がくらくらしてきて、こんなに甘美なチョコレートは生まれて初めてと言わんばかりに彼女の胸は高鳴り続けた。
(愛して、います──! ウツシ教官、わたしだって
……
こんなに
……
! 愛してる、愛してるっ
……
好き、好き、好きっ、大好き!)
何度も何度も、何度も、愛の言葉を胸の奥で叫ふように繰り返しながら、娘もウツシに想いを注ぐように喰らい付く。
必死に、口を開いたままの彼の、そこにあるチョコレートを味わおうとしたが、どうやらもうすっかり溶けてしまったようで──だが、それは娘も
然
しか
り。
世界など簡単に
凌駕
りょうが
する史上のチョコレートを互いに求め合い続け、抱き合ったままもつれこむように、
框
かまち
から畳の間に倒れ込む。
甘い、甘い香りが、吐息が全身を駆け巡る
度
たび
に、二人は身も心もますます熱を帯びていくのを感じていた。
呼吸のため、またどちらからともなく微かに顔を離し、鼻先を触れ合わせながら「美味しいね
……
?」と、ウツシが鼓膜を溶かすような甘ったるい低声で、チョコレート風味の吐息と共に囁く。
娘は幸せそうに蕩けた笑顔を浮かべ、返答の代わりに、最愛の夫に、また食らいつくように口付ける。
止まっていたのかと錯覚していた時間だが、気付けば寒月は高く昇り、静かに澄んで輝いていた。
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