世界を凌駕するお味

MHRウ教×ハ♀。夫婦。
バレンタインの、次の日。



彼女か差し出したのは、金色のリボンがきれいにかけられた、小さな深紅の小箱──ウツシ自身、あまりにも見覚えのありすぎるそれ・・を前にして「えっ!?」と、声をあげないことも、驚かないことも不可能で。

「ま、ままま、愛弟子っ! そ、その箱は、もしかして……!」
「えっ?」

予想外のウツシの反応に、娘も驚きながら頭を上げる。

不思議そうにぱちぱちと目をまばたかせる彼女に見守られながら、ウツシは慌てた様子で片手に持っていた紙袋に、もう片手を突っ込んだ。迷わずに手に取った、紙製品の感触。

「お、お、俺も、その、キミに……! こ、これをっ!」

器用に片手で紙袋を持ったまま、何とか両手で、ウツシも娘に、同じ金色のリボンがかかった深紅の箱を差し出して──途端に、娘の瞬きがぴたりと止まった。

どんぐりまなこで「……え?」と声を漏らし、頬を赤く染めた最愛の夫の狼狽ろうばいした表情と、彼の手に持つ深紅の小箱と、自身の手の深紅の小箱を順番に見やる。

……え? え、えっ……えええぇっ!? 」

この家では珍しく、娘が頓狂とんきょう叫声きょうせいを上げながら、ウツシを見上げる。

何をどう見ても、両者の差し出したものは全く同じ。

金色のリボンのかけ方も結び方も、箱の真紅の色合いも、何もかも。
これならば当然、中身も同じであろう。それを悟ったウツシは、どこかほっとしたような面持ちで、娘を見つめる双眸をふわりと穏やかに細めた。

「ねえ愛弟子……もしかしてさ、愛弟子もロンディーネ殿のところで?」
「そ、そうです! えっ? じゃあ教官も……!?」

束の間、互いの差し出す真紅の小箱を見やり、無意識でも阿吽の呼吸で夫婦が視線を絡め合わせた刹那──両者は同時に「ぷっ!」と噴き出して、可笑おかしそうに笑い合った。

「っ、ふ! あっはっはっは! 俺と同じことを考えたんだね、愛弟子! 師弟の、いや! 夫婦の以心伝心だあ!」
「ふふふっ……! 良かった……何だか、安心しました」
「えっ? 安心?」

今度はウツシが、頓狂声とんきょうごえを出す番。
安心という単語にウツシ自身も共感しながら、それは胸の内に深く隠したまま、彼は柔らかに微笑む。

「愛弟子、バレンタインのこと……凄く気にしてくれていたんだね。今年はお互い、時間も場所もばらばらの任務や狩猟がたくさん入っちゃって忙しかったから、仕方ないよ。そんな時もあるさ! 」
……ふふ。ありがとうございます……そう、なんですけど」

不意に目を伏した娘の胸の内には、最愛の夫への絶対の信頼と感謝が。そして、想いが強いからこその、寂寥せきりょうにも似た罪悪感──ウツシと同じ想いが混沌と渦を巻いていた。

……本当は、手作りしようって思ってたんですよ? でも、当日は結局、何もできなくて……手作りなんて、もう少ししないとできそうにさえなくて……!」
……!」

かたかたと、娘の持つ真紅の箱がかすかに震え始める中──彼女の唇は、想いの言の葉を紡ぎ続ける。
ウツシはあえて黙ったまま、妻の言葉に耳を傾け続けた。

「せっかくのバレンタインなのに、当日も手作りもできないのが凄く嫌で……! でもでも、は、早くあなたに、気持ちを伝えたくて……そのためには、やっぱり、こうして、買うしかなくて……
「愛弟子……

矢継ぎ早に続く言葉を、ウツシは内心驚きながら受け入れ続けた。先ほど『以心伝心』という言葉を使ったが、まさかここまでとは──と、笑みさえこぼしそうになって。

同時に、『それ』は違うのだと、そんなことを案じる必要などないのだと伝えたくてたまらなかった。

最愛の人をここまで苦しめてしまったことが申し訳なくて、今すぐにでも救いたくて──けれど、ぐっとこたえて、彼女の言葉を聞き続けた。今の最善の行動はそれだと、本人が自分で語ることが最も大切なことだと、自身の直感が告げていたから。

「でも、でもでも、でもね、ウツシ教官。わたし、あなたにはいつもみたいに手作りを渡したいって、買ったものじゃダメって気持ちもあって」 
「愛弟子……まさか、キミも……
「でもでも、でも、現実的に、今はそれが難しくて……やるからにはちゃんとやりたいですから、中途半端にやっつけみたいに作るのは嫌で。でも、それにこだわってたら、ずっと先延ばしになっちゃうのも嫌で……わたし、あなたの奥さんなのに、こんな年に一度の大事な日にさえ、スズカリさんみたいには、できな──」

@acadine