世界を凌駕するお味

MHRウ教×ハ♀。夫婦。
バレンタインの、次の日。



娘の言葉は、綺麗に途切れた。

差し出した真紅の小箱と紙袋を片手に持ち直したウツシが、包み込むように、彼女を両腕で抱きしめたから。

「っ、あ……。ウ、ツシ、教官」
……ごめんね、愛弟子。ありがとう……ありがとう、俺……俺、とっても嬉しい……! 俺……も、安心したよ……キミのおかげだ……!」

今は娘の言葉を封じるように一頻ひとしきり、強く抱きしめてから──ウツシは改めて、両腕の中に包み込んだままの最愛の人の顔を見つめる。

どこか不思議そうで、だが、靄が晴れたような様子もあって、そのことに彼は深く安堵した。
想いの深さも、それ故の苦悩もまるで鏡のようだと、口元をほころばせそうになりながら。

「愛弟子、キミの気持ち……俺、本当に嬉しいよ。俺のこと考えながらいっぱい悩んでくれて、いっぱい気持ちを込めてくれて……これを選んで、贈ってくれて……本当に、ありがとう」
……ごめんなさい、いっぺんに喋っちゃった……
「ふふふ、いいんだよ! 一生懸命伝えてくれて、本当に……本当に、ありがとう」

微笑みながら、ウツシは両腕から妻を解放しつつ、片手でゆっくりと、娘の両手の中にあった真紅の箱を掴む。
同時に、自身のもう片手の、同じ真紅の箱を、紙袋ごと一緒に彼女に差し出した。

「──愛しい我が妻よ。俺の気持ちも、受け取ってくれるかい? 俺もキミに、少しでも早く伝えたくて──そのぉ……つまりは、キミと『同じ』なんだ」
「! あ……。ありがとう、ございます、ウツシさん……

互いに緩やかに、擽ったそうに微笑み合いながら、娘とウツシは、『同じ』真紅の箱を交換し合う。

二人はそれぞれ大切そうに、はたから見たのでは変化が全く分からないものを、それでも互いにとっては全く異なる同じ贈りものを、静かに胸に抱きしめた。

訪れた静寂だが、やがて笑顔をはじけさせたウツシが、娘の方を見やる。

「ねえねえ愛弟子! 俺、早速この中身を……きっとチョコレートだよね? 頂いてもいいかな!?」
「ふふっ、そう、チョコレートですよ。もちろんです。ちなみにわたしも、頂いていいですか?」
「うんっ! もちろん!」

晴れやかに頷きながら、ウツシが「わーい!」と幸せそうに真紅の箱と紙袋を持って、調理台の方へ駆けて行く。
その姿を見た娘は、自身の中の疑問を思い出しながら、ウツシの背を追って歩を進めた。

「あの、ウツシさん。それは?」
「んっ? 何だい、愛弟子?」
「その紙袋、何ですか? 明らかに箱以外に何か入ってますよね? まだ重そうです」
「んっ、紙袋?」

既に調理台の上に、娘からの真紅の箱も紙袋も置いて、箱にかかった金色のリボンを丁寧にほどいていたウツシは「ああ!」と、思い出したように大仰おおぎょうな声をあげた。

リボンを解き終えてから片手で調理台の上の紙袋を持ち上げると、彼女の方に顔だけを向け、満面に微笑む。

「これはほら、ふりかけだよ!」
……はい?」

本日一番の頓狂声が娘から発せられたことに気付いているのか、いないのか。ウツシは「えっ!?」と驚いた様子で、更に説明を付け加えていく。

「ほら、ふりかけだよ! 愛弟子、昨日言ってたでしょ? いつも使ってるふりかけの予備がなくなっちゃったって! だから今日、米屋さんに寄って買って来たんだ!」
「あ……! そ、それで、センナリさんに……! 」
「うん! そういうこと!」

あまりにも平凡な点と点が繋がって、ウツシの心からの行動の全てが、娘の中に温かく、春陽しゅんようも太刀打ちできないほどに広がっていく。

小さな真紅の箱の蓋を両手で開いたウツシが少年のようにあどけなく、けれど慈愛と歓喜の笑いしわを深めて笑いながら「いただきまーす!」と流れるような動作で、片手でチョコレートをひと粒、ぱくんと口に運ぶ様子さえ、彼女には言葉にできないほど愛おしくて。
温もりに癒やされた彼女の口元には、幸せそうな笑みが浮かんでいた。

「っ、ふ、ふふふっ! もう! ウツシさんったら!」
「えっ……ええっ? 俺、何か変なことした?」
「ふふふっ……いえ、そうではなくて。もう、ウツシさんって、本当に……ずーっと、ウツシさんですよね」
「ええっ!? ど、どういう意味!? 確かに俺は、ずーっと俺だけど、えっ? ええっ?」

右頬を膨らませ、もぐもぐと元気いっぱいにチョコレートを食べつつ──不思議そうに首をかしげるウツシの隣へ、彼からの真紅の小箱を両手で大切に握りしめながら、娘が駆け寄って行く。

どういう意味かと尋ねてきた最愛の夫へ、その答えを示すために。

(大好きなあなたは、ずっと──同じ)

娘の瞳の奥に去来した懐古と、初恋を思い出させる想いの光。

自分が生まれた時から、彼は、ウツシは、ずっと同じだと。そして、これからもきっとそうであろうと、彼女は不思議と確信できた。

彼はいつも常に、自分ではなく自分の大切な存在のために心を砕き、言葉も行動も尽くしてくれる。

もう少し自分のことを優先したり、誰かに甘えても良いのだと──その『誰か』が自分であるならとても幸せだと、伝えたくなってしまうほどに。

「──ウツシさん」
「愛弟子、キミも早く食べてごらん! このチョコレート、とってもおいし──」

@acadine