ぷの
2026-02-12 07:08:31
11121文字
Public レイチュリ🍰
 

同じ船に二人と三匹

同棲し始めたばかりのレイチュリの小話まとめ。
※結婚しています。
P1 - 足音(🛁)
P2 - 終の極地で駄々をこね(🛁)
P3 - 羽を一枚(🦚)

【足音】
家に慣れていく猫たちの話。



 アベンチュリンは猫のようだ。結婚して同じ家に住み始めてから、レイシオはときおりそう感じている。数年の交際のうちに頻繁に互いの家を行き来していたから、普段の互いもだいたい見せあったと思っていた。ところが生活をまるごと共にしてみると、まだ浅いところに足を浸していたのだと知れた。
 最初にそのイメージがわいたのは、足音を立てずに歩いていることに気づいた時だった。仕事用の靴はソールが固く完全に無音とはいかないが、クッションの効いたスポーツ用の靴や家で裸足でいるときは、本当に人間がいるのかと思うほど静かに移動していることがままある。おそらくそちらが癖になっていて、家では気をつけて足音を立てている節がある。アベンチュリンが考え事をしてるときなど意識がよそに向いていると、部屋の空気に紛れるように彼の気配は薄くなる。
「レイシオ」
 開けっ放しの書斎のドアからひょこりと顔を見せて、アベンチュリンが中に呼びかけてきた。仕事中のレイシオを気遣ってか、廊下を歩いてきた気配は全くなかった。レイシオが集中していたらそのまま放っておこうと思っていたのだろう。
 アベンチュリンの後を着いてきたお菓子たちの方が気配が濃いくらいだ。トットットッと跳ねる音がアベンチュリンの足元に集まって止まった。上目遣いで部屋の中を覗き込む三対の大きな目に浮かぶのは、アベンチュリンとそっくりの表情である。
 レイシオはペンを置いてメガネを外し、同居人たちを室内に手招きした。
「日が落ちて冷えてきただろ。温かくて甘いものはどうだい?」
 淹れたての紅茶のカップを渡された。砂糖多めの湯気の香りがレイシオの思考を解きほぐす。ちょうど煮詰まっていたところで、気分転換がありがたかった。
 椅子を回して体を向けると、すかさず一匹が膝の上に乗ってきた。あぶれた子たちもレイシオの足に前足をかけてくる。アベンチュリンがデスクに置いたお茶請けのクッキーがお目当てである。息ぴったりのお菓子たちはあざとく可愛い子ぶって、一枚ずつ分けてとレイシオに訴えている。
「きみたちはさっき食べただろ。それはレイシオの頭の栄養だよ」
「みんなでいっしょにたべるとおいしいよ」
「えいようのこうかがアップするんだ」
「レイシオがそういってた」
 ね、とぴったり同じタイミングで三匹はレイシオに同意を求めた。
「そのとおりだ。僕の休憩の手伝いに感謝する」
 あーんと開けた口に小ぶりなクッキーを一枚ずつ入れてやると、嬉しそうに共食いをして、満足した様子でトットットッと跳ねて部屋から出ていった。アベンチュリンはレイシオの甘やかしに呆れたという顔をしている。だが、小さなクッキーを選んで買ったのはこうなることを見越して少しずつ与えるためだろう。甘さ具合は同じようなものだ。
 一連のやり取りがたまらなくレイシオを浮かれさせる。日を追うごとにレイシオの日常にアベンチュリンたちが溶けこんでいく。想い人を自分のテリトリーに迎えたのだと実感する。
 アベンチュリンから足音と気配が消えがちになったのは予想外だったが、気がゆるんでいるのだと思えば悪くない。ソファに座る姿勢が崩れ、好みの茶葉やお菓子を蓄えるようになり、仕事中に前触れなく様子を見に来るくらいに遠慮が減ってきた。最初は警戒してリビングの隅にかたまっていたお菓子たちもすっかり慣れ、家のあちこちにお気に入りのスペースを見つけて過ごしている。
「キリのいいところまで、まだかかりそうかな」
「ああ。夕食は少し遅めになるかもしれない」
「構わないよ。そのための間食だからね」
 僕も家でやれることはいくらでもあるし、と仕事中毒のアベンチュリンは渋い顔をする。一日書斎にこもって仕事をする羽目になっている今日のレイシオは、休みの日は休めと言える口ではない。だから。
「ほら、君も」
 四枚目のクッキーをつまんで、横に立っている一番大きな猫に差し出した。アベンチュリンはセットしていない柔らかな横髪が落ちないよう耳にかけ、おずおずと体を屈めてレイシオの指からクッキーを口に迎えた。サクサクと歯切れの良い音が心地いい。美味しそうに目を細めて飲み込むと、粉がついたレイシオの指を舌先でちょんと舐めた。
 それはおそらく無意識に、近頃覚えた行動をなぞったのだろう。アベンチュリンは「あ」という顔をして、恥ずかしそうに目を伏せたから。
『おそうじ』
 脳裏をよぎった舌っ足らずの声に、レイシオは喉をつまらせた。お茶もクッキーもまだ口に入れていなくてよかったと心から思った。