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織音
2026-02-11 22:46:47
11202文字
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Thistle.
『触れてくれるなと、自ら遠ざけた指先が触れてくれることを願っている。今の僕は、貴方を傷付けることしかできないのに。』
⚠︎首絞め、破損表現あり
電磁パルス減衰リングに夢を見て、違法機体のリーと指揮官の話。捏造しかないです。リーに電磁パルス減衰リングをとにかく着けたかった。薊の花言葉は『触れないで』。
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無機質な部屋の中で呼吸をしている。緊急看護室の中は過去、自分が此処に居た時から何一つ変わっていない。
自分と此処に訪れる存在を傷つけるものすらなければ、退屈を紛らわせるものは一つもない。一日二日であればそれこそ退屈という言葉だけで片付けられるだろうが、長期間の滞在には向かない。これは過去に身を以て知ったことだが。
――
外の世界と完全に隔絶され、無機質で、無感情に閉じ込められるだけの檻は気が狂いそうになる。きっと現在進行形で長期間滞在している目の前の構造体は、身を以て体感している最中だろう。
鈍色を放つ無機質なテーブルとそれを挟むように置かれた二つの椅子。目を閉じたまま背もたれに身体を預けるように座る構造体と向き合うように座る。既に僕が此処に来たことは分かっているのだろう。それでも頑なに目を開かずにそこに在る姿は、無機質な花瓶に生けられた物言わぬ一輪の花のようでもある。
「
……
リー、気分はどう?」
重たげに開かれた瞼の向こうで乾いた青の虹彩を模した機構が収縮する。揺れることなく、真っ直ぐにこちらを捉えた視線にあったのは見慣れた理性の色だった。
「
……
悪くはありませんが、良くもありませんよ。ですが意識海も機体の状態もいたって良好です
――
指揮官、何度もお話ししているはずです。いい加減装備も無しに面会に訪れるのをやめて頂けませんか」
「自隊の隊員と会うだけなのに、相手を制圧するような装備が必要?」
「ええ、普段ならば明らかに不要でしょうね。ですが今は状況が特殊ですから」
リーは超刻機体とは違い、滑らかなバイオニックスキンに覆われた首元に掛けられた無骨な枷を疎むように視線を落として目を細めた。
――
電磁パルス減衰リング。光を鈍く反射する金属製の枷は白夜機体に付けられていたような、死に至らしめるものより出力できる強度は遥かに弱いが、機体を昏睡状態にするには十分な威力と言えるだろう。
「大掛かりな装備を持ち出せとは言いませんが、せめて自衛手段くらい持っていてください。有事の際に僕を止められるように」
「それなら君の首に掛かってる電子パルス減衰リングがあるでしょう?機体アルゴリズムだって調整されてる
……
今までだって殺されなかったわけだし」
「ええ、僕を止める手段として電磁パルス減衰リングは有用でしょう。だからと言って、それは次の確証になんてなりません」
すっと伸ばされたリーの指先が首にまだ、鮮やかに残る赤紫色の痕をなぞるように触れる。今の彼は出力する力を調整する必要もなければ力任せに抱きしめたとしてもこちらを壊してしまうことなんてないのに、まるで触れることすら怖がるくらいに柔い力だった。
「
……
貴方は、他人に容易に命を預け過ぎです。今僕が暴走してしまえば死んでしまうかもしれないというのに」
ひたり、と人間が容易く致命傷に陥る場所を知り尽くしたその手が首を覆う。しかし以前のような漠然とした冷たい死の気配は感じない。代わりに伝わるのは恐れだ。電磁パルス減衰リングの起動が間に合わなければ、という考えたくもない結末への恐れ。
「
……
暴走して貴方のことがわからなくなってしまっているとはいえ、僕のせいで、貴方に傷が増えるのは」
耐えられません、そんな言葉は衣擦れの音にさえ掻き消されてしまいそうなほど小さい声だった。
「そんなに、傷付けてしまうのが怖い?」
貫かれる沈黙を肯定と見做した。離れていく手を引きとめて、もう一度近付ける。
「
……
次が怖いのは、僕にはどうもしてあげられないけれど
……
ほら、ちゃんと見て」
首元を撫でていた指先にこちらの体温を溶かすように、その手に静かに擦り寄せた肌が微かな震えを拾い上げる。大丈夫だよ、容易に壊れてしまうことなんてないから。
「リー。この痕はまだ残っているけれど、ちゃんと消えるよ。今までだってそうだったでしょう?」
彼がつけたこの痕も、いつかは消える。深い傷の跡のような肌に残り続ける瑕疵になることはないだろう。人の理に沿って緩やかに、正しく消えていく痕には次の確証がある。
こんな日々だって永遠に続くことはない。彼の意識が本来あるべき体躯
……
超刻機体さえ修復されてしまえば、この無機質な檻に閉じ込められ、精神を擦り減らしながら過ごす日常に別れを告げることはできるはずだ。
「大丈夫だよ。超刻機体が修復されたら、きっと全部元通りになるから」
――
その日まで、あと何度傷付けばいい?
不意に思考の奥で蓋をして、強く封をしたはずの問いが心を満たす。本当はずっと分かっていたのだ。生きていると温度を伝えるために抱きしめようとするたびに、壊れてなどいないと伝えるために手を繋ごうとするたびに、今の彼の傍でこうして寄り添おうとし続ける限り。きっと、これからも傷付き続けるのだろう。
片方は心に深く刻み続ける傷を、片方は体に印として残る傷跡を。どれほど傷付いても、壊れることも逃げることもできないまま互いに互いの傷を指先で撫で合って、何かが壊れてしまう前に薊で飾られたこの日々が終わるよう願っている。疾うに願い疲れた両の手を合わせるように二人、手を結びながら。
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