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織音
2026-02-11 22:46:47
11202文字
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Thistle.
『触れてくれるなと、自ら遠ざけた指先が触れてくれることを願っている。今の僕は、貴方を傷付けることしかできないのに。』
⚠︎首絞め、破損表現あり
電磁パルス減衰リングに夢を見て、違法機体のリーと指揮官の話。捏造しかないです。リーに電磁パルス減衰リングをとにかく着けたかった。薊の花言葉は『触れないで』。
1
2
3
無機質な部屋の中で呼吸をしている。緊急看護室の中は過去、自分が此処に居た時から何一つ変わっていない。
自分と此処に訪れる存在を傷つけるものすらなければ、退屈を紛らわせるようなものは一つもない。一日二日であればそれこそ退屈という言葉だけで片付けられるだろうが、長期間の滞在には向かない。これは過去に身を以て知ったことだが。
――
外の世界と完全に隔絶され、無機質で、無感情に閉じ込められるだけの檻は気が狂いそうになる。きっと現在進行形で長期間滞在している目の前の構造体は、身を以て体感している最中だろう。
触れようとした手に強く突き飛ばされて打ちつけた背中が酷く痛む。一瞬の出来事に思考回路は状態を把握できないまま痛みに満ちて停止した。
「
――
っか、は
……
」
蹲って、痛みを呼吸に溶かして逃すように吐き出す。霞んだ視界の向こう、少しづつ輪郭を取り戻して明瞭になっていく中で、僕は浅い呼吸を繰り返している構造体の影を見た。
「ねぇ、聞こえて、るかな
……
、あんまり傷を増やすと、スリープ明けの君に怒られるんだよ
……
だからお手柔らかにお願いしたいんだけど」
聞こえてるはずもないか、と無理矢理口角を上げて立ち上がる。強打した背中は依然として痛んでいるが、強打しただけだから問題はないだろう。これくらい今まで戦場で何十回も経験したことだ。
「でも、きっと君の方が苦しいよね」
意識リンクは拒まれている。しかし普段なら凪いだ海のような、凍った湖面のような無表情の顔が苦しそうに歪められているのだから意識海が過負荷か偏移を起こしているのは一目瞭然だった。
揺れていた青い視線が再びこちらを捉える。そこに見慣れた理性の色はなくて激情に似た感情の色があるだけ。目が合ったたった一秒で意識の奥で警鐘が鳴る。それと同時に肉薄した機体を本能的に拒もうとした腕を受け入れるように広げて、壁に押し付けられた体が軋んだ。
「う
……
、やっぱりか。今回も僕だって分かってないんだね」
こちらが壊れてしまうのを厭わないほどの強さで押さえられた腕がその証明だった。普段の彼ならばこちらが壊れてしまうような強さで押さえつけることなど、絶対にしない。機体アルゴリズムには大幅に制限が掛けられているから今の彼が出力できるのはおおよそ人間の成人男性と大差ないだろうが、だからと言ってこちらが怪我をしないという保証にはならない。
「今の君には僕が何に見えてるのかな。侵蝕体?異合生物?それとも昇格者?
……
『指揮官』に見えていないなら、何に見えていたって同じことだけど」
骨が軋みそうな痛みに歪みかけた表情を隠して、穏やかに笑って見せる。しかし激情に似た色を溶かした青色の前ではそれも無意味だ。ゆらりと伸ばされた手が首に触れて、与えられる冷たさと共に漠然とした死の気配がひたりとそこを覆う。その、一秒後。
「
……
っ、ぐ
……
」
躊躇いなく絞めつけられた首元が苦しかった。呼吸が上手くできなくて、端から昏く白く染まっていく中なんとか目の前の存在を捉えようと揺れる視界で見た姿が、侵蝕体と重なってブレる。
――
ああ、やっぱり殺す気だ。
憎悪でも狂気でもなければ、殺意ですらない。ただの、破壊衝動。暴走というプログラムのエラーが引き起こした当然の感情の欠落。今の彼は侵蝕体や異合生物と大差ないだろう。グレイレイヴンの『リー』は今この瞬間、この世界のどこにも存在しない。
震えた手でリーの首を撫でる。超刻機体とは違い、滑らかなバイオニックスキンに覆われたその場所にあるのは冷たい金属の枷の感触だった。今までそこになかった温度を辿りながら、その枷の起動場所を探す。指先に引っかかった感触に微笑んで、なんの躊躇いもなく力を込めた。
「
……
り、もどっ、て
……
おいで」
カチ、と短い無機質な音がした。次いで何かが起動する僅かな重低音がして、目の前の青色が見開かれる。
「う、あ
……
っ!」
引き攣るような呻き声が聞こえて、その瞬間、首を締め付けた彼の手が緩んで解放される。床へと崩れ落ちてしまう前に抱きしめた体は微かに震えていた。
「苦しい、ね、リー」
首につけられた枷を強く握って、苦痛から逃れるために枷を壊そうとする指先を解いてそっと包む。温度は、ない。
「
…………
痛いね」
震えに触れて、抱きしめて、きっと気休めにもならない。痛いのだろう、苦しいのだろう。だが、彼が感じているこの痛みはどんなものなのだろう?どんなものであったとしても、僕には知ることすら叶わない。構造体ではない僕がどんなに言葉を尽くされたとしても、きっと知り得ない。
「
……
しき、かん」
声がした。小さくてか弱い、聞き慣れた『リー』の声。縋るような強さで抱きしめた腕を撫でるようにリーの指先が触れて、力無く投げ出される。
「
…………
おかえり、リー」
腕の中で疲れ切った青色の瞳を瞼が覆うのを眺めていた。
――
もう、これで何度目?
正確な回数は数えていない。もう何度聞こえてきたかもわからない複数の足音が近付いてくる。一体あと何度、これを繰り返せば終わるのだろうと、近付く足音と思考の端で考え続けている。
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