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めやぬら
2026-01-31 22:59:19
12797文字
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怪談
怪談会をするALKALOID。
導入と巽と一彩の話。アルカの箱イベがんばります。
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2
3
僕の故郷は、みんな知っているよね。外縁から外に向かって山道なのも知っていると思う。あのあたり、実は冬になると雪が積もるんだ。小さな子供なら埋まってしまうくらいの雪で、一面真っ白になる。かんじきが無いとうまく歩けないほどなんだ。夜なんか、遠くの樹から雪が落ちる音が聞こえてくることもあった。
大人は、というよりも故郷の人間は皆、大雪が降ることに慣れてしまって感慨もなかったけど、やっぱり子供ははしゃぐものでね。僕も兄さんも例に漏れず、雪で遊んでいたよ。
「え〜、想像できない」
「遊ぶときは二人だったから、大したことはしてないよ。でも兄さんも走り回っていた」
「あの燐音さんが
……
そんなときもあったんですねぇ」
追いかけあったり、雪玉を投げ合ったりね。ふわふわの雪に倒れて、転がりまわっていたこともある。知っているかな、雪に飛び込んだらすごく冷たいんだけど、それ以上に柔らかさの方が先に感じるんだ。子供の体温ですぐ溶けてしまうからかもしれない。もちろん冷たいからあんまりやり過ぎると頬も真っ赤になってしまうんだけど。
吹雪の日は外に出られないけど、風が落ち着いて穏やかな日は、毎日のように遊びに行っていた。
「広い場所に行ったら大体新しく積もっていて、毎回新雪みたいだった。寒さよりも楽しくて楽しくてしょうがなかったな。ただ走り回るだけで喜んでいたよ」
「可愛らしいですねぇ
……
あぁ、その場に居合わせたかった
……
」
「ふふ、また冬の時期に来たらいいよ!」
「行くまでが大変でしょ」
それで、僕の話なんだけど、この話はとても空気の澄み渡った静かな日のことだ。鳥の声も獣の気配も無くて、今思えば奇妙なくらいに静まり返っていた。
朝早く、まだ一日も始まったばかりなのに、僕は兄さんに連れられて、いつも遊ぶ場所まで駆けて行ったよ。雪に足を取られながら、大きい背中を息席切らせて追いかけて、いつもの場所についた。そこは林の中なんだけど、少し開けていてね。其処が積もるくらいになるのは真冬も真冬の時だけだから、多分あれは一月か二月か、そこらぐらいだったんだと思う。
今日は何をするんだろうと思っていたら、兄さんが今日はかまくらをつくると言ったんだ。
「よくみたら、兄さんは大きな円匙を持っていた」
「えんぴ?なにそれ」
「えーと
……
大きいスコップみたいなものかな。巽先輩がガーデニアで使っているようなものの、もっと大きいものだよ」
「へぇ〜」
「たしかに、かまくらづくりを素手でやるのは少し厳しいですからね。とはいえ、用意周到ですな」
「ウム!大体僕は駆けずり回っていただけだけど、兄さんは工夫をして、毎回楽しい遊び方を教えてくれたよ!」
「ま、ますますイメージと違いますね
……
」
僕もかまくらの作り方ぐらいは知っていたから、早速取りかかった。日が上ると雪の表面が凍ってしまって、崩すのが大変になるからね。
二人で雪をかいて山にしていった。当時の僕の背丈ぐらいのシャベルを使うのはかなり大変だったけど、そこはまあなんとか、頑張って。兄さんはとても手早くて、体感ではすぐに積み上げられたんだ。今でもあれは過去一番大きなものだったよ。
「そこから雪をくり抜くんですか?」
「ううん、その前に固めるんだ」
「かためるの?中、空けられなくなるんじゃ」
「きちんと固めないと崩れてしまうからですか?」
「そうだよ。山にした雪の形を整えて、踏み固める。雪は重いからね、崩れて埋もれてしまったら、抜け出せなくて最悪凍死してしまうから」
これが大変な作業でね。子供二人にはかなり、骨の折れるものなんだ。兄さんの指示のもと形を整えて、シャベルと全身でぎゅうぎゅう押した。そのうち僕は暑くなって襟巻き戻ってしまうんだけど、その度に怒られていたな。風邪引くだろって。
そんなこんなでなんとか中をくり抜いて、ようやく山ができたころには一時間は経っていたんじゃないかな。幸いなことにあんまり陽も差さなくて、溶け出して崩れる心配はなかったよ。
当時は立派だと思っていたけど、やっぱり子供が作ったものだから、中に二人入ればぎゅうぎゅうだった。中の壁も崩落しないように押し固めて、そうしたらかまくらの完成だ。
かまくらの中は特別あたたかいわけじゃないけど、外気に晒されるじゃないから大分マシなんだ。それに兄さんとも物理的な距離が近くなるから、触れているところは温度が保たれる。
「あのぅ、中で何をするんですか?そんなに広さがあるわけでもないんですよね」
「うーん、その時々だね。あやとりをしたり、兄さんが持ってきた餅を食べたり
……
」
「なんか楽しそう、いいなぁ〜!」
「もちろん雪の中だから寒いことに変わりないんだけどね」
「やっぱ嫌かな
……
」
「暖を取れるものは使わないんですか?」
「というより、失礼になるかもしれませんが、そもそも一彩さんの故郷にカイロなどはあったんですか?」
「一応懐炉はあったけど、皆が想像しているようなものじゃないかもしれないな。それに、僕たちも持っていくのを忘れることの方が多かったし」
「元気ですねぇ」
「お二人とも、寒さに強いのかもしれませんね」
「ふふ、そうなのかな。でも兄さんの方がすぐ風邪をひいていたけど」
だから、兄さんのほうが厚着のことは多くて。僕もすぐ上着を脱いでしまっていたし、寒がりの兄さんにおっ被せたりしていたよ。
中で取り留めない話をした。遠くから僕たちを呼ぶ大人の声が聞こえるまでずっと。最近できるようになったこととか、新しい兄さんの発見とか、本当に他愛ないことばかり話していたね。話した内容なんてほとんど覚えていないけど、その時ばかりは兄さんも優しかったし、隠れておやつも食べられるし、かまくらは僕の一番好きな遊びだった。
「その日も、兄さんは何かを持ってきたらしかった」
良いものがあるんだと言って懐を探り、手のひらに掴んで差し出されたのは小さい木苺四つ。木苺自体は珍しくもなんともなかったけど、冬のその時期にあるのは珍しい。全くないではないけど、ほとんど見かけないか見つけられないから、僕はすごく喜んだし、兄さんも嬉しそうだった。
それを二つずつ分けようと、僕のかじかんで赤くなった手に乗せてくれた。あのときの、いやに鮮やかで見るからに艶のある実は今でも記憶に残っているよ。
僕はさっそく一つ食べた。
「でもね、それがびっくりするくらい不味かったんだ」
木苺は食べたことある?甘酸っぱい味がするよね。だけどそれは苦くて粘ついて、まるで木苺なんかじゃなかった。
「まるで、なにか沼の泥を固めたような
……
泥を実際に食べたことはないけど、例えるならそんな感じ」
僕は驚いて吐き出した。自然のものだから熟してないとか悪くなっているとかはあり得ることだと分かっていたけど、あれはあまりに異質だったからね。兄さんのも同じかと思って、食べるのを止めようと慌てて見たけど、兄さんは普通に食べていた。だから、たまたま僕が貰ったものだけダメになってしまってたんだと思った。
違和感を抱きつつも、まだもうひとつあったから、二つ目も口にした。
だけどそれも同じように、信じられないくらい不味かった。
「流石に二つ続けて、なんておかしいと思って、兄さんに言ったよ」
これは木苺に似ている毒かなにかではないかってね。間違えやすい毒のある木の実なんて山ほどあるから、それなんじゃないかって。もちろん、兄さんが持ってきたのだし間違えるはずなんてないと分かっていたけど、万が一というのはあり得るから。
だけど、兄さんはそんなことないと言った。俺のは普通の木苺だった、一彩のものだけ、たまたまなんじゃないかって。
そんなわけないと思ったけど、兄さんが言うならそうなんだろうし、兄さん自身はまずいと思っているような素振りは見せなかったし、僕は不可解に思いながらも、毒じゃないならと、納得した。
「兄さんは二つとも外れを引いた僕が可哀想だと、自分の分を一つくれた」
それも、僕が食べた二つと同じく、艶々と赤く熟れた、木苺の良い香りがする小さな実だった。だけど、二つ続けてハズレを引いて、僕も少し警戒していた。しばらく眺めていたら、兄さんが聞いたんだ。
『これはいつもどんな味がする?』って。
なんでそんなこと聞くんだろうと思ったけど、甘酸っぱくて美味しいって言ったような気がする。食レポなんて期待しないでね、あの頃はまだ語彙もおぼつかなかったんだ。
そうしたら、兄さんは木苺を乗せた僕の手を、上から蓋をするように手で覆い包んだ。それからおまじないをするようにぎゅっと握ってくれんだ。
「だけどその手が、ゾッとするほど冷たかった」
まるで、氷に触れられたようだった。雪のせいとか冬の寒さのせいとかじゃないよ。僕の体温を奪うような恐ろしいものに思えた。
でも僕は振り払わなかった。他でもない、兄さんがしてくれたことだから。ほんの十秒くらいそうしていたと思う。それだけで指先が冷えすぎて痛いくらいだったよ。解放された時には、少し泣きそうになってたね。
それから、兄さんは食べてごらんと言った。もう不味くないからって。
なんで分かるんだろう、と思いながら、三つ目を口にした。
「確かに、苦くも粘ついてもなかった。だけど、木苺の味じゃなかったんだ。砂糖と酢をただ混ぜた感じの、それはそれで不味くて、僕は飲み込まなかった」
「どうせ山で取ってきたとかなんでしょ?そんなもんなんじゃないの?」
「いや。多少悪くなっているのがひとつ二つはあるとしても、四つ中三つもあるなんて。ダメになっているのは見た目からもわかるものだけど、そのときのは、少なくとも見た目はすごく美味しそうだった」
「ふむ
……
旬ではない、とか」
「旬から外れていてもあんな味だったことは無いよ」
やっぱりおかしいと思った僕は、兄さんが一つ食べてしまっているのがすごく心配になった。それもきっとおかしなものだったに違いないって思ったからね。
でも、帰って水を飲もうと言っても、吐き出そうと言っても、兄さんはのらくらと笑って、そんなに心配しなくても俺のは普通だったの一点張り。それでも騒いで、帰ろう帰らなくていいの言い合いが続いた。
とうとう僕が痺れを切らしてかまくらから出て兄さんの腕を引っ張った時、逆に僕が引っ張りこまれてしまったんだ。そして、頭からバサッと何かを被せられた。
「最初は何かわからなかったけど、すぐに兄さんの上掛けだと分かったよ」
突然暗くなった視界にすごく慌てたよ。何が起きたかわからなくて、手探りで兄さんを探した。
でも、おかしいんだ。かまくらの中はどう動いても体のどこかが触れてしまうくらい狭いのに、どれだけ探しても手に触れるのは雪ばかり。何回呼びかけても兄さんは返事をしてくれなくて、そばに気配はあるはずなのにひとりぼっちになった気がして不安になって。もがいて布を剥ごうとしたら、上からぎゅっと何かがのしかかった。兄さんかと思ったけど、抱きしめられているというよりも、なにか大きなものにのしかかられているような重さで、僕は耐えられず地面に潰れた。
いよいよ恐ろしくなり何事かを喚いて暴れたら、のしかかっている大きな塊が動いて、兄さんの声で残念だなぁって聞こえたんだ。
『もう少しだったのに』
えっ?と思って戸惑っていたら、腕が熱い何かに掴まれて強く引っ張られ、それとともに目の前がパッと明るくなった。眩しくてぼやけた視界の中、そこにはとても焦った顔をした兄さんがいた。
何が起こったか全く理解が追いつかないままで、兄さんに頭の雪を払われて、ようやく自分が今まで雪の山の中にいたんだということがわかった。
「兄さんにさっきまでどこに行っていたのかと聞いたら、お前が勝手にいなくなったんだと言われて、怒られてしまったよ」
曰く、今朝から僕の姿が見えず、探し回っていたんだって。かまくらをつくったことも、木苺を食べたことも、知らない、と。
僕は作ったかまくらに押しつぶされたみたいになっていて、かろうじて、僕の腕と頭が見えたから場所がわかったんだって。
「もうすぐで死ぬところだったと言われて、ぞっとしたよ」
僕に被せられていた布なんて見つからなかったと、後から聞いた。
その日は兄さんが僕の部屋まで来て、遊びに行こうと誘われたんだ。いつもと同じだったから、なんの疑いもなく着いて行った。
だけど、あれは本当に兄さんだったんだろうか。
今でも、正体は分からないままだ。
--
ふっ、とランプを消して一彩は話を終えた。部屋を明るくした時に見えたのは、巽にしがみつくマヨイと藍良。
「普通に怖い話じゃん!」
「それ、本当にあった話なんですか
……
?」
「紛れもない実体験だよ!」
「
……
色んな意味で怖いですね。危ない状況だったのは、恐ろしいです」
「そうだね。こんなに無防備に危険な目に遭ったのは後にも先にもこの一件だけだったけど、こんなことがあってからしばらく雪遊びはしなかったよ。次の年には忘れて遊びに行っていたけどね」
先の雰囲気たっぷりで語った無表情から打って変わって、一彩はあっけらかんとお菓子をつまんでいる。喉元過ぎればともいうが、子どもの順応力と忘却力はもの凄い。こうして話している以上本当に忘れているわけではないようだが、割り切れているのは一彩らしいというかなんというか。
聴衆の三人としては、山は怖い、みたいな安直な感想しか出てこない。
「先輩は覚えてるの?」
「ウム。実は皆で怪談をするとなったとき、なんの話をしようかと悩んで
……
そうしたら、兄さんがこの話をしたらって教えてくれたんだ」
「よ、よく勧めてくれましたね
…
燐音さんからしたら、トラウマにも近いでしょうに」
「皆の反応を後で教えてくれって言われたよ!」
「一彩さんを通して、体良く遊ばれていますね
……
ですが、ぞっとするという意味では、とても良いお話だったと思いますよ」
「怖いよ〜
…
絶対ヒロくんの故郷行きたくないよォ〜
……
」
マヨイは複雑そうな顔をして苦笑いしている。巽も頷いているし、藍良は正しく怖がっていて、一彩は満足そうだ。
「ふふ、怖がらないで!こんなこと、頻繁には起こらないよ!」
「起こってたまるか!もーヤダ〜、なんで平然としてるの〜!」
「自分ごとだと、むしろ一歩引いてしまいますよねぇ」
「作り話だと言ったほうが安心感はありますね。命の危険があった話を娯楽にするのは気が引けます
……
本当に、無事でよかったです」
「その偽物の燐音さんは何者だったんでしょうね。よくある怖い話だと、一彩さんの命を奪おうとしたとか、あるいは
…
」
「そうですね。昔話でよくある、神隠し譚のようなものでしょうか」
「えっ、じゃあつまり、ヒロくんは神様に攫われかけたってこと
……
?」
「神様には見えなかった
……
どこからどう見ても、声も気配も兄さんだった」
「
…………
」
山は神の領域でもある、昔話の常套だ。とはいえ、今更それを突き詰めたところで、一彩の体験が消えるわけでもないし一彩を拐かした正体が分かるわけでもない。
「まぁ、今更議論しても仕方ないね。次は藍良の話がいいな!」
「えっおれェ?!ハードル高いよ
……
」
あの頃と違って多少空気が読めるようになった一彩は、沈黙の重さを切り替えるため、不安そうに袖を手繰る藍良を指名した。
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