kanaco
2026-01-28 23:01:36
43327文字
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【十二信】By the side of the one I love

《十二信》オメガバースパロ。信一と番になると心に決めている十二のおはなし。完結。オメガバース設定ですが、オリジナル設定が多くあることご注意ください。


 信一が言う「頭を冷やそう」が「診療所に行こう」の意味だと十二は正しく理解していた。

 しかし体が鉛のように重くどうにも動かなかった。気分は良い。でもヘトヘトだ。フェロモンに抗うため体力を奪われたことも、あの龍捲風相手に譲らず精神をすり減らしたことも、うたた寝程度では回復しきれなかった。

 信一はしゃがみ込んだ体勢のままクルリと後ろを向いた。おんぶしてやる、ということらしい。 十二は億劫な身体を動かして、遠慮せずに信一の肩に両腕を被せて首に絡みついた。

 「しっかりつかまれよ、お前ってば筋肉野郎で重いんだから」

 信一が穏やかな声音を出す。そう言う割には信一はひょいと立ち上がってスタスタと歩き始め、ドアだけは開けにくそうに苦労して部屋を出た。

 信一は外に一歩足を出しただけで止めた。十二がひょいと顔を横へのぞかせると、廊下に転がる死屍累々なαたちがいる中で、壁に寄りかかる四仔と床に座る洛軍が仲良く並んでいた。両名くたびれたような顔をしている。騒ぎが終わっても様子が分からず、十二と信一が出てくるまでは念のため待っていてくれたのだろう。優しい友人たちは信一と十二を見るなり、ギョッと目を見開いた。

 十二はそれをぼんやりと眺めてから、顔を元の場所に引っ込めた。四仔と洛軍が驚いた理由は分かる。十二の鼻には甘くて美味そうな匂いが今も芳しく漂っていた。その匂いの元……十二の目の前には信一の”うなじ”があった。契りの場所だ。Ωのうなじに、αの口が。あまりにも無防備に曝け出されている。すぐにでも牙を立てることが可能な位置だった。

 信一が「へーき、へーき」と言っている声が聞こえる。まだ番ですらないのにΩがαにうなじを晒すなど言語道断な行為だろう。まともな感覚を持つのであれば、激しく非難されるのは然るべきだ。四仔が苛立ち、洛軍が戸惑うのも無理はない。そりゃそうだ、と十二だって思う。でも信一は十二が同意や許しもなく突然噛んだりしないことを信じてくれたのだ。例え十二が我を失いそうになっても、信一の安全を優先することへ信頼をおいている。

 十二はそれが嬉しくて額を”うなじ”へグリグリと擦りつけたくなった。自分たちのことが誇らしかった。でも腫れている額じゃさすがに痛くて、仕方なく頬っぺたを擦りつける。信一が微かに笑ったような息の音がした。

 4人は揃ってすぐに診療所へ向かった。四仔に包帯をグルグルと巻いてもらいながら、十二はやっと一息ついた。通い慣れた診療所の匂いも鼻に混ざり込み、日常が戻って来た気がする。軽い頭痛がしたままだが、それが頭に何度も衝撃を与えたせいなのか、先ほどから四仔の不機嫌な小言をクドクドと聞き続けているためなのかは判断しかねた。正直なところ、後者な気がしないでもない。

 今だにほんのりとした甘い香りを纏う信一は、十二を労わるように傍にいて、時折に犬や猫が愛情を示す時のように体を擦りつけてくる。十二はふわふわとした良い気持ちになったし、痛みが引いていくような気もしていた。

「なぁ、Ωのフェロモンって傷の治りを早くする効果とかもあんの?」
 
 至極真面目な顔で医者に聞けば、呆れた顔をした四仔は冷めた目をして鼻を鳴らした。

「あるわけないだろ。そんな非科学的な」
「でもさぁ、なんか痛みが引いてく気がする」
「気の持ちよう、プラシーボ、思い込み」
「ひでぇよ四仔、俺のこんなにも献身的な看病を!」
「ひっついてるだけだろ。治療の邪魔だ」
「冷たい、可哀想だろ俺が!」
「そーだそーだ!」
「十二は信一が本当に好きなんだな」

 ブウブウと文句の声を上げる十二と信一、そして鬱陶しそうな目をする四仔。そんないつもの風景を見てニコニコと笑う洛軍が口を挟んだ。3人の視線が集まったところで、洛軍が指を差しながら改めて確認する。

「俺と四仔はβ。信一はβと言っていたが本当はΩだった。十二は今日αと判明した」
 情報を整理する洛軍の跡を継ぐように、今度は十二が指を差した。
「そして龍兄貴以外に四仔だけは、信一がΩだと最初から聞いていた」

 ほんの少しだけ表情を焦らせた四仔が口を開く前に、信一が「主治医だから」とサラリと言った。

「口が堅いで有名なウチの自慢のお医者さんだからな」
……黒社会の身内になった覚えはない」
……別に怒っちゃいねぇよ。どっちかっていうと安心したくらいで」
 ほんの少しの緊張感をほどかせた四仔と十二の反応に信一は頷いて見せた。
「分かってる。俺が自慢したかっただけ」
 ニッコリと笑う信一を見てから、洛軍が話しを元に戻す。

「それで十二と信一は部屋で何をしていたんだ?」
 大事になるところだった、と言う洛軍の声はやんわりとしながらも咎めていた。
「悪い。でも助かった。番になるって意思を確認しあってた」
「ヒートでか?」
「いや言葉で」
「じゃぁ、あの惨状は一体どうしたんだ?」
「言葉で確かめ合ったから、今度はその言葉が本物かを確かめた」
「仆街!」
 しばし黙って聞いていた四仔が、お決まりの罵倒を声高らかに叫ぶ。
「何だその破綻した危険な検証方法は。理性を失って噛んでいたら、検証は失敗したのに番になってるだろ」
「あ、本当だ」
 
 盲点!とばかりに十二が目を丸くした。言われてみれば、理性が本能に勝てれば番になる前に想いが通じ合う。理性が本能に負ければただ強制的に番になってしまう。そうすると番のプログラムはどちらかが死ぬまで生物学的な領域で解くことはできない。

「十二って普段頭良いのに、時々抜けてるな」
 優しい洛軍に温和な声音でグサリと刺され、十二が凹んで首を垂れれば、信一の方は気にした風もなくのんびりと答えた。
「ヒート使っての証明は再確認みたいなモンだ。俺たちがフェロモンに潰されないと知っててのことさ」
「おい……、危機管理能力の甘さはお前の一番の問題だぞ信一。そういう無茶をするなと何回言ったら分かる。大体さっきのも何だ。番になっていないΩがαの目の前に首を晒すのがどれだけの危険行為か
「はいはいはい、分かってるよセンセ」
 眉を八の字に下げ、降参とばかりに信一が両手を広げてポーズを取った。
「そうだな、四仔の言う通りだ。でも……
 信一は四仔の心配に対して同意するように頷いたが、それでも表情は緩やかなままだった。
 
 「もし十二が俺のことを襲って噛んだとしても、しょうがねぇヤツだなって、俺は笑って許したよ」

  十二は不思議そうに信一を見つめた。すると優しい瞳が返される。

「俺は待ってたから、コイツが俺に告白するのを」

 四仔が肩をすくめて、洛軍が嬉しそうにし、そして十二はブワっと体を熱くさせた。一瞬、呼吸が止まってしまう程の高揚感だった。指の先、いや爪の先、髪の先まで熱と愛しさが駆け巡って気持ちがはちきれそうになる。そうして確信したのだ。やっぱり信一は自分をαだと”知って”いたのだ。そして同じ気持ちを持っていたのだ、と十二が喜んだのも束の間「でもまぁ……」と信一が間延びした声を続ける。
 
「やっぱ、それだと番は即座に解消だったろうな」
 やけに淡々とした声で、半笑いの信一が言う。
 
「龍兄貴が十二を殺っちまって」
 
 周りの3人がピシッと顔をこわばらせた。実際のところ冗談と笑い飛ばせない節がある。少なくとも、流血沙汰の大事件になっていただろう。その被害範囲さえ想像するのが怖ろしかった。

 「やっぱり無茶だ」

 四仔が心底嫌そうに呟いたが、信一がニヤリと笑って四仔の肩に気安く肘を乗っける。それから親指でクイっと十二の方を指した。
「でも坊ちゃん、龍兄貴とタイマンで睨み合ってちゃんと耐えたからさ」
「どいつもこいつも……。これだから黒社会は……
 何事にも物騒で強引だ、と四仔が今日一番忌々しそうな顔をした。それを見て首を傾げたのは洛軍だった。

「信一の番が十二ならば、それは安心だろう?四仔」
……番になれるなら、だろう」

 好意的な表情を見せる洛軍と反対に、四仔が複雑そうな顔を繕うのは照れ隠しと優しさ、そして心配だと十二は見抜いていた。それに四仔が言うことは避けられぬ事実である。

 十二と信一の当人同士がいくら「番になる」と息巻いたとしても、それだけでは番にはなれない理由がある。認めてもらいたい人たちがいたし、認めてもらわないといけない人たちがいる。駆け落ち、のような勝手は選択肢にない。協力はいくらあっても余るものではないのだ。

……どうするんだ」
 文句ばかり言うくせに、四仔はその分心配性でお人よしもある。お馴染みのマスクから覗いた目が訝しくしているのを受けて、十二は頷いた。
「好きだから番います、で通る話じゃねぇよな」
 もう隠す必要がなくなった好意を素直に口をする。
「お前ってば、開き直りがすごい」
 そう、面白そうに言う信一が「だが……確かにどうするかな」と思案し始めた。
「信一と十二の間柄じゃ、恋人ってのもそう意外性のある話じゃないしな。策はあるんだろう?」
 洛軍の無邪気な物言いに十二と信一は揃って「えー!」と不満そうな声を上げた後、十二がニヤリと笑った。
「ある程度、この後の作戦はまとまってんだ。お前ら、聞いてもっと補強してくれよ」

 それから4人は十二と信一が次にすべきことについて盛んに話し合い、やがて祝杯だと飲み会を始めた。気持ちの良い夜だった。

 一夜明け、また一周回って「無茶なことをするな」という四仔の百里あるお説教と「俺も心臓がもたないから止めて欲しい」という洛軍の申し訳ない気持ちを突くお願いをひとしきり聞いたあと、十二と信一は次の行動をすぐに開始したのだ。

 それは自分たちの親とも等しい大佬……龍兄貴と虎兄貴に十二と信一が”番になる”ことを認めてもらうことだった。

 
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 
 次の日の夕方。

 九龍城砦にある一室が物々しい雰囲気に包まれていた。

 少しばかり憮然とした表情で、場を推し測ろうとするような瞳の龍兄貴。
 やや好奇心を持った瞳のままに、悠然とした態度で構えている虎兄貴。

 ソファに並んで座る威圧感たっぷりな黒社会のボスたちを前にして、十二と信一は少々緊張した面持ちをしながら、それでも毅然とした態度を崩さないように意識した。

「俺と信一は、番になろうと思っています」

 挨拶はそこそこに、話は単刀直入に、だ。十二が口火を切り、隣の信一が真剣な面持ちで続ける。

「それを兄貴たちに認めて欲しいです」

 クールな顔を装う龍兄貴の片眉が僅かに動いたことを見ないふりをして、若者たちは自分たちの考えを理路整然と話し始めた。

 十二と信一がしたことは「2人が番になる」ことについて、自分たちがどれほどの覚悟を持っているか、愛を持っているか、それをお互いの意思として確認しあったか。そしてその倍、2人が番になることが、十二と信一、そして組織……兄貴たちにとってもどれほど合理的で有益であるかを様々な角度から説明することだった。

 親同然であり上司でもある龍兄貴と虎兄貴を説得するには、ガムシャラに突っ走るような情熱だけでは通用しないことが分かっていた。2人は組織に属する人間であり、重要な立場も担っている。感情論だけではなく、覚悟を成せるだけの根拠と論理でも説得することが重要だった。

 感情は、安易に否定するような人たちではない。それは内面的な個人の揺れ動きだ。十二と信一の恋心や愛情について否定するようなことはしないだろう。それに小さい頃から自分たちを育て、見てきたのだ。気がついていた可能性だってあるし、温情だって深い。
 
 覚悟は、昨日のヒートの試練にて龍兄貴に伝わったはずだと十二は考えていた。そして十二と信一が番う兆しを見せていることは、信一が試し十二が耐えた内容も含め、龍兄貴から虎兄貴には伝わっているはずだ。どのようなやりとりがされたのだろう。恐ろしさはある。しかし、それだけでは説得の手札として弱めだったとしても、本気であることだけは認めているはずだった。

 だから、あと必要なのは客観性から見た必然性だ。

 αとΩのフェロモンの作用について勉強を重ねていたこと、性差に対する自分たちの見解とそこから検討した生活スタイル、十二と信一の相性の問題、信一の体調管理についての計画、四仔からの医学的助言、洛軍から聞いた他国での考え方や知恵、組織への影響とブランディング、……まるで商談や交渉、プレゼンのように簡潔かつテキパキと語っていく。龍兄貴と虎兄貴は一言も口を挟まなかったので、十二と信一は勢いに乗って気持ちが前に出過ぎないよう、慎重に言葉を並べていった。

 そうして最後にもう一度、そういう理屈では言い表せない、十二と信一の感情からなる素直な想いを伝えた。結局のところ最後には”本気”が一番響くことを、2人は信じていたのだ。

 ひとしきり喋り終えた若者たちが、僅かに息をきらして言葉を待つ。重苦しい沈黙が部屋を支配していた。時計の針の音だけがカチカチと鳴り響いて耳に障る。緊張しているためか手足の先は冷たいのに、体の芯は放出を抑え込んだように熱い。そういう部屋の静けさは心臓に痛かったが、十二も信一も気持ちで負けるわけにはいかなかった。

 次に誰が言葉を発するのかは、部屋にいる全員が分かっていた。その龍兄貴が、やがて小さく息を吐く。観察を続ける目は今なお厳として鋭かったが、それでも膠着していた空気を動かす力があった。

 「そこまで決めているのなら、年寄りが口を挟むものでもないだろう」

 歓迎、というわけではなさそうで、しかし納得はした、という風な面持ちであった。信一が瞳を微かに揺らして、潤ませた。またダンマリになった龍兄貴の横で、虎兄貴が相変わらず興味を滲ませる目をして口を開く。

 「いいじゃねぇか、世間体的にも問題はない。後始末がいるスキャンダルってわけでもないしな。お前らが組で問題を起こすとも思っちゃいねぇし……歴史と理解があるモン同士が番うなら、都合だって良い。誰にとってもな」

 軽妙な口調で肯定されても、十二はまだ緊張を解かなかった。「ありがとうございます」という感謝の言葉は2人が口を揃え、それから十二が小さく息を吸う。
 
「俺たち、決意表明としてもけじめとしても、兄貴たちの前で番になりたいんだ」

 ハッキリとした声で言った十二の隣で、信一がしっかりと頷く。

 「見届けて欲しい、兄貴たちに」
 
 凛とした信一の声に対して、龍兄貴と虎兄貴は身振りどころか表情さえ動かさなかった。ずっと厳かなままに、自分が育ててきた若者たちを真剣な表情でみつめている。それを肯定と受け止めた十二と信一は、示し合わさずに同時に向き合って、お互いの目をじっくりと見た。

 堂々としているように見えていた十二の目に、本当は緊張が走ってるのを信一は見つけた。それに落ち着きを払っている信一だって同じくらいに緊張をしていた。

 それでも十二の目に迷いと不安が見られないことに安心して、信一は意識して目の奥を柔らかくしてみせる。十二が僅かに目を見張った後に、同じように瞳を和らげた。不思議な心地だった。今すごく十二の近くにありたくて、でも焦りはない。ただ、とても大切で神聖なことをしようとしているのだ、という喜びが溢れてくるような気分だった。それと同時に体が火照ってくるのを感じる。ゆるやかなるも確かなヒートが起き始めているのを信一は自覚していた。

 信一は誰にも気づかれないよう静かに息を吐き、ゆっくりと十二に背を向けた。一呼吸をおいて、十二の気配をすぐ後ろに感じる。十二の前髪が触れたような気がしたので、信一は少しだけ首を前へ倒してやった。

 うなじにフワっと笑ったような優しい息がかかる。それから同じ場所……契りの場所に、十二の口づけがやってくる。同時にゆっくりと刻みつけるよう肌に沈み込む、牙。痛みは、実感だった。ほんの少しの時間だけ、信一は時が止まったかのようにさえ思った。

 不思議なことにじわじわと高まっていたヒートがスッと落ち着いたようにも感じた。無くなったわけではない。激しさが鳴りを潜めて、ただ心地の良い温かさが信一の気持ちを穏やかにさせる。

 十二の口がやはりゆっくりと離れて行って、気配が少しだけ遠のく。信一は首を上げると再び十二と向かい合った。十二の瞳の奥が柔らかかった。きっと自分も同じ瞳をしている。同じ心地よさを共有していることが分かった。

 番に、なったのだ。

 十二と信一は見守っていてくれた龍兄貴と虎兄貴に方へ向き直った。

 それから溢れる気持ちを込めて、一緒に丁寧に深く、礼をした。

 十二と信一は同時に顔を上げた。十二が龍兄貴と虎兄貴の目の優しい色と頷きを視界に映した時、隣にいた信一はすでに駆け出していた。

 信一の腕が真っすぐに伸びて龍兄貴の首へと絡み、その胸に勢いよく飛び込めば、小さく目を見開いた龍兄貴がその背中に手を添えるようにして受け止めた。信一は感極まったように飛びきりの笑顔を龍兄貴に向けた。弾けんばかりの晴れやかさだった。養い子の表情を見た龍兄貴が満足そうに薄い微笑を浮かべ、優しく信一の背を撫でる。龍兄貴が「おめでとう」と言い、信一が「ありがとう」と返す。

 十二はそれを見守ってから、自分は虎兄貴の前に真っすぐ歩いていくと目の前で立ち止まり、もう一度丁寧にお辞儀をした。

 虎兄貴の手が、深く垂れたままの十二の頭に伸びてきた。気合を入れていつも以上に整えてきた髪がぐしゃぐしゃにかき回される。十二はそれを甘んじて受け入れながら、むずむずとこみ上げる感情と戦った。嬉しさと気恥ずかしさと安堵が入り混じって口元が緩みそうになる。その上、虎兄貴が「よくやった」なんて嬉しそうに言ってくれるものだから、ついには耳を真っ赤にした後に顔を上げて「ありがとうございます」と少しだけ潤んだ目を兄貴に向けた。
 
その様子は信一と龍兄貴が2人を見守っていた。緊迫したような厳しい様子はもう消え失せていて、部屋が一気に和やかな雰囲気に包まれる。

「良かったじゃねぇか。うまいところにうまく納まった」
 虎兄貴が機嫌が良さそうに言った。

 「まったく、見ているこちらの方が緊張をした」
 龍兄貴がまるで気疲れしたように言う。

 「同感だ」と虎兄貴まで言うので、信一がずっと幸福そうにクスクスと笑った。
 
「どうして兄貴たちが緊張するのさ」
「そういうもんだ」

 自分に抱き着いたままの信一の頬を柔らかく撫でる龍兄貴は、十二に目を向けた。目が合って十二はきょとんとする。
 
「まぁ……。どこぞの馬の骨にやるより、まだ虎の骨の方がいい」
 
正体が割れているからな、とボヤく龍兄貴に、十二はやっとニヤリ笑みを浮かべたのだった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 十二と信一が番となった日、九龍城砦にはただちにその情報……つまり信一はΩであり、αの十二と番った、と公表されたらしい。十二がそれを知ったのは3日後のことだった。

 十二が城砦を訪れると城砦の住民たちはいつものように明るい挨拶を次々にかけてくる。いつもと違うのは、彼らがやけにニコニコ、あるいはニヤニヤと意味を含んだように笑い、祝福の声をかけてきたことだ。

「聞いたよ、おめでとう、十二少」
「さっそく信一に会いに来たのか?坊ちゃん」
「お前ら怪しいとずっと昔から思ってたんだよなぁ」
「信一のことを、よろしく頼むよ」

「十二!」
 住民たちへ適当に調子よく返事をしながら歩いていた十二は、小さな女の子が走ってたのを見て足を止めた。少し遅れて少女の保護者がやってくる。十二が片手をあげると、十二と信一の幼馴染みである女性は訳知りのような表情で大人っぽくフッと笑った。向日葵のように明るい笑顔をしていたのは、幼い魚蛋小妹の方だった。
 
「信一と番になったんでしょ!おめでとう」
「サンキュー、魚蛋小妹。情報早いな」
「城砦じゃその話題でもちきりよ!昨日、龍兄貴が李おばさんに話したみたい」
「あ~、李さんとこの奥さんか。そりゃ一時間もありゃ、住民全員が知ってる」
「十二、信一にプロポーズしたんでしょ!窓から颯爽と飛び込んできて、並みいる求婚者をなぎ倒してさらったって聞いたわ。あれ?馬に乗って現れて王子様みたいにかしずいたんだっけ?うーん?馬じゃなくて虎?違った。信一と十二がキスするのをたくさんの猫が囲って一斉に鳴いたとか言われた気も
 
 十二は苦笑いをして肩を竦めた。番となった日、十二と信一は兄貴たちの計らいで午後から休みをもらい、そのまま2人で十二のアパートに帰った。番になって初めての夜の一昨日を思い出して、十二はニヤケ顔がでそうになった。しかしそんなだらしない表情を子供の魚蛋小妹に晒すわけにはいかないし、燕芬姐の視線も痛いので十二はすぐにひっこめる。昨日は仕事があるために、午前中のうちにはそれぞれの居場所に戻った。つまり信一が九龍城砦に帰った頃には、すでにいくつかの事実と様々なうわさや憶測が、面白おかしく飛び交っていただろう。

「まぁ、そんなとこ」と魚蛋小妹に言った十二は、燕芬姐の方を向いた。
 
「城砦は……大丈夫そうか?」
「問題ないんじゃない?」
 燕芬姐に深刻そうな素振りはなかった。実直さと率直さでは、子供の頃から信一や十二にも引けを取らない彼女だ。燕芬姐が問題ないというのならばそうなのだろうと十二は納得した。
 
「ここじゃ龍兄貴が黒といえば黒になるし、白といえば白となるわ。特に素性に関してはね。信一がΩなら、実はそうだったのねって受け入れるだけよ」
……だよな」
「あなたと番ったっていうのも、そんなに違和感もなかったんじゃない?あんたたちずっと一緒だったじゃない。昔からベッタリ。馴染んで喜んでる住民の方が多いでしょ」
「良かったよ。心配してたわけじゃねぇけど、歓迎されるのは素直に嬉しいから」
「それに……問題があったとしてそれでどうなるってわけじゃないでしょ、アイツは」
 半笑いで含む燕芬姐に十二はニヤリと笑った。
「いまアイツどこいんの?」
「さぁ、午前中は見かけなかったけど。今日は洛軍もウチを休みだから、どこかで一緒にいるんじゃないかしら?それか普通に仕事か」
 
 十二は燕芬姐に頷いて、魚蛋小妹には手を振って2人と別れた。信一と洛軍とヒマをしているならば、自分の部屋か、龍兄貴の理髪店か、四仔の診療所か。城砦内において、信一は目立つ男だ。歩いていれば情報に当たるだろう。それに住民は今、信一と十二に興味津々だった。階段をいくつか上って、城砦の上の階へと進む。

 しばらく歩き回っていれば、先の方に見慣れた背中が目に移った。バルコニーに洛軍と四仔がいる。十二は近づいた。

「よぉ!信一の居場所を知らねぇ?」

 洛軍と四仔が仲良く一緒に振り向いて、洛軍がニコリと笑って片手をあげ、四仔が静かに外の方を指さした。首を傾げた十二は2人の間に割って入り外を覗き込む。晴天の空の下にいる、信一の姿が目に入った。

 信一の周りを6、7人ほどの男達が囲っている。それが誰であるか十二は1人ずつ観察をして、自分も知る信一の部下であることを視認した。体格や仕草をじっくりと伺う。

……ありゃ、全員αか」

 十二がポツリと言うと、四仔があまり気の無さそうに応えた。
「1人くらいβが混じっているんじゃないか?」

 ふぅん、とだけ返し、猫が様子を観察するかのように引き続きジッと見下ろす。信一は部下に何か細かく指示をしているようだ。周りの男たちは、時折に頷きながら真面目な顔をしてそれを聞いている。特段いつもと変わりのない、あまりにも見慣れた光景だった。九龍城砦の治安は龍捲風の右腕の主導によって守られている。普段と違っている点と言えば、周りにいる何人かに包帯やガーゼなどの手当の形跡が見えることだった。

「信一も教えてくれないし詳しくは知らないが」
 洛軍がのんびりと口を開いた。

「昨日、信一が朝帰りしてきてから少しゴタゴタがあったらしくて」
「なんだ?Ωの龍城第一刀に反旗でも翻したか」
「さぁ、どのような運びがあったのかは分からない。ただ一昨日に信一がΩだって発表あった時、一部ではザワつきが生じていたのは確かだ。衝撃と混乱と……まぁ、自尊心を傷つけた者もいたかもしれない。しかも肝心の信一がその晩は城砦にいなかっただろう?一般市民は大方受け入れ体勢だったけど、ちょっと良くない空気もあって……でもそれが昨日の夕方にはサッパリ解消されていた」
 
 フン、と四仔が鼻を鳴らした。十二が四仔を見ると剣呑な目をした友人は、十二の番に恨みがましい視線を送っている。洛軍が朗らかに続けた。
 
「信一が何をしたかは知らないが、昨日の夕方あたりから四仔の診療所は大盛況だった。怪我人で」
 なるほど、と十二はニヤリと笑った。
「だから四仔、さっきからずっと不機嫌なのか」
「診療所が昨日に大賑わいだったから、遊びに行けなかった。信一もニヤニヤしながら今日は2人で過ごそう、とか言うから昨日の夕飯は龍兄貴の手料理をいただいた」
 そりゃぁひでぇわ、と十二は四仔の肩を労うようにポンポンと叩いた。
「踏んだり蹴ったりだったな、ご愁傷さん」
 信一が出した怪我人をホイホイと放り込まれ、大嫌いな黒社会の面倒を見なければならず、その上忙しさが持続したともなれば四仔が怒るのも無理はない。
「迷惑だ。怪獣が暴れたようなありさまだった」
 おかげで寝不足、休憩なしだった、という愚痴に十二は愉快そうに返事をした。
「強さで示すのが全てってね。黒社会ってのはそういう意味じゃ分かりやすくて助かるな」
「これだから黒社会は。何事にも物騒で強引で困る」
 
 つい最近聞いたばかりのような言葉を、四仔がまた不満そうに繰り返した。理不尽な役目を押しつけられてお冠だろうに、それでもきちんと相手をする辺りはさすがのお人よしぶりだと十二は思った。
 
「でもちゃんと相手したんだろう?お前は優しいなぁ、先生」
 十二が茶化すように言えば、洛軍が微笑む。
「信一も落ちついた頃に、龍兄貴の手料理を届けに行ったんだろう?お礼で」
……ついでに迷惑料として治療費もふんだくってやった」
「え?信一、ケガしたのか」
「まさか。アイツじゃなくて、俺の精神負担料を存分に。」
「ははっ、怖ぇえ医者」
 十二がケラケラと笑えば、四仔がギロリと睨んできて話題を変えた。
「その様子じゃ、うまくいったみたいだな」
 四仔と洛軍の視線を受けて十二は「おう」と頷いた。
 
「龍兄貴と虎兄貴にちゃんと認めてもらって、それで番にもなった。これで正式だ」
「おめでとう、十二。心配してなかったけど、でもやっぱり安心した。俺も嬉しい」
「お前と信一の性が判明して、次の日には番、次の日には大暴れして、今日には元通り……お前たちのゴリ押しっぷりはどうにかならないのか。展開が早すぎるぞ」
 洛軍の祝福と四仔のボヤキに対して十二はニンマリと笑うと、またバルコニーの下を見た。
 
「俺的にはかなり虎視眈々だったんだけどな。長かったぁ~、ここまで」
「緊張したか?」
「そりゃぁ、もう。認めてもらえなかったら本当に番になれないからさ。俺と信一だけの信念じゃ決められない。なかったことになっちまう。だから……先に俺たちのことをお前らに知ってもらって良かったわ。心が折れないための唯一の防衛ラインだった気がする」
「意外だな。堂々としているように見えたけど」
「そう?できることは計画的に全部固めてきたつもりだぜ?」
 四仔はゴリ押しって言うけどさぁーと目線を送れば、黙って聞いていた四仔は肩を竦めて少し首を傾げた。

「お前たち、これからどうするんだ?架勢堂と九龍城砦で離れているだろう?」
「基本的には生活スタイルは変えねぇよ?俺は若頭だし、あいつも龍城第一刀でその仕事をセーブする気はない。信一も龍兄貴のそばは離れたがらねぇだろ。だから住居も変えねぇし……ただ、信一のヒートが不安定な期間は俺のアパートで過ごそうと思ってる。月1で1週間くらいかな?」
「確かに十二がいない時に万が一があっても、城砦の方が安心か。四仔も龍兄貴もいるし」
「そんで、お前もいるしな。それに俺って半住民だし。だから大きな変化はなくても、今はいいだろって考えてる。あの調子じゃ、やっぱり問題はなさそうだな」

 十二たちの目の前では、先ほどまで何かの確認を行っていた信一たちが動き出そうとしているところだった。信一たちの横を別のαが通りかかる。通りすがりが信一に対して小さく頭を下げれば、信一が軽く顎で返す。やはり強い統率が取れているらしいと十二は確認した。
 
「そもそも……」と四仔が口を開いた。
 
「信一は特異なΩだ」
「は?そうなの?」
「αだろうがΩだろうが、フェロモンには個体差ってもんがある。信一はあの龍兄貴のαフェロモンをたっぷり体に浴びても平然としてる。龍兄貴は九龍城砦をまるごと鎮めるような力の持ち主だぞ。それを真正面から浴びても影響がない。それだけ強いフェロモンを、信一は持ってる」
「ああー……そりゃ、ゾッとしないな」
「そこいらのαが信一に勝てるはずがない」
 十二は信一が言っていたことを思い出した。
 
 隙が多いんだ、俺のフェロモンに溺れたα様ってのはさ。俺を犯し潰す気で、先に俺のフェロモンに潰されちまうんでね。
 
 信一は十二に対しても証明しろとヒートを自発的に起こした。自分の特性も理解して、意識的にΩの性質を武器にしていただろう。ただしさすがに、番ないままそんなΩ性を開放する生活をしてしまえば、城砦の中は混乱の渦に陥れていただろう。龍兄貴を愛する信一にとって、それは絶対に避けなければならないことだったに違いない。
 
 信一は十二を待っていた、と言っていた。それも信一らしい、と十二は思った。無理矢理や、強制ではない。十二が自発的に選択をして、自分に告白してくるのを密かに待っていたのだ。考えを巡らす十二の横で「ああ!」と洛軍が閃いた声を上げる。

「なるほど。ただでさえ信一に勝てる人間なんてほとんどいないのに、性が絡んでても結局関係はないってことか。それに今、十二のおかげで安定したから最強だな」
「さぁ……少なくとも九龍城砦のαじゃ龍兄貴をのぞけば信一には太刀打ちできない」
「カエルの子はカエル。龍兄貴の子って感じだな」
 洛軍の納得に「血は繋がらんがな」と四仔が返した。

 信一がふいに、バルコニーの方を向いた。ついに視線を感じたのだろうか、上にいる3人を見つけて驚いた顔をする。それから嬉しそうに破顔した。信一の視線の真ん中にいた十二は同じように笑い返し、洛軍もニコリとし、四仔は口の端を上げた。視線と笑みを交わし合い、信一はすぐに仕事モードの顔に切り替えると部下たちを従えて堂々とした後ろ姿で去っていった。

 群れの中心にいる毅然としたリーダーの姿を、十二たちはヒラヒラと手を振って見送った。Ωがαを束ね従ている様子は実際の所異質ではある。しかし凛としたその姿は美しく、強さの意味では末恐ろしささえ感じさせるようだった。

「うーん」
 
 顎をさわさわと撫でながら、思案するように洛軍が唸った。
「王子さまというより、もはや女王さまって感じだけどな信一は」
 
 それを受けて、四仔はうんざりしたような顔で皮肉を言う。
「女王さま?大怪獣の間違いだろう」
 
 十二は友人たちの意見を聞いて楽しそうに笑った。性を偽る必要もなく、ありのままの姿で自分の道を突き進む番の背中が見えなくなるまで見つめる。十二が望み、愛し、叶えてやりたかった信一らしさだ。

「最高じゃねぇか、惚れなおすね」

 そうして、愛し気にその猫目を細めたのだった。