もち粉
2026-01-22 12:08:43
8613文字
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どんな策を弄そうか


ミスカブに見えそうなカブミス
当て馬モブがいます


別室にて、ミスルンは新たに封を切られたワインのグラスを手に、海運や貿易事業の話を静かに聞き出していた。

……あなたはカブルーのことを、どう見ている?」
不意に投げられた問いに、豪商は目を瞬かせ、それから大仰に笑う。
「はは! いやぁ、あの青年は優秀だ。頭の回転も早いし、将来は間違いなく国の中枢に立つでしょう――

ひとつ頷き、ミスルンはさらに別の角度から探る。
……彼は少々、無茶をするところがある。その時あなたは、どう対処するつもりか」

真顔で返された質問に、豪商はこぶしを握って妙に熱のこもった声で答えた。
「もちろん、全力で支えますとも! 彼には私が必要でしょうから!」

ミスルンは心中で結論を下す。
(ふむ、悪くはない。あれほどカブルーが懐いているのだ。私などより、彼のような男の方が合うのかもしれないな)

一方で、豪商は憂いを帯びた仕草でワインを傾けるミスルンを眺めながら、完全に別の結論に辿り着いていた。
――これは……脈ありだな! 仕事も、個人的にも!


 ✗✗✗✗✗

豪商と二人で別室に姿を消したミスルンが戻ってきたのは、たっぷり三十分は過ぎた後のことだった。
商談が長引いている──そう言い聞かせても、胸がじりじりと焦燥に焼ける。
大臣やエルフの新人と軽口を交わしながらも、言葉は耳をすり抜け、心はどこかに浮いていた。

​(あんなスケベオヤジと二人っきりで、何を話してるんだ? 本当に商談なのか?)

​「お二人、遅いねぇ。話が弾んでいるのかな」
大臣の一言に、さらに落ち着かなくなる。

「あの人、やり手だけど色好みが過ぎるからねぇ。君もさっきからずいぶんやられていたね、大丈夫だったかい?」
「あ、はい。お気遣いありがとうございます」
先ほどミスルンが「大臣が呼んでいる」と言いに来たのは、大臣の助け舟だったらしい。

​「彼がケレンシル家と繋がってくれれば、メリニにとっても願ってもないことだ。ミスルン殿に手を出そうとして、商談をふいにしたりしなければいいんだけど」
大臣はやれやれと、ため息をついた。
「でももしも、"個人的な縁"を強く結べれば、ありがたいのだがね」

​(そんなこと、あってたまるか! いやでもさっきの「個人的に」って、色気六割増しくらいの言い方だったな。あれ言われるのは、俺であるべきだろ? まさか俺じゃなくて、あのおっさんがお目当てだったとかないよな!?)

​「待たせたな」

弾かれたように​振り返ると、ミスルンは涼しい顔で立っていた。その後ろに続く豪商は、満面の笑みを浮かべている。
二人の間に漂う空気が、やけに親密に見えた。胸を鋭いナイフで抉られたような心地がする。

​「やあ、ずいぶんと話し込んでたね。いい話ができたのかな?」
声をかけた大臣の向かいのソファに腰を掛けて、豪商は何やら話し出した。

カブルーは笑顔の形だけを貼り付けて、ミスルンをカウンターへと誘う。それだけのことに、いつもより七割増しの努力が必要だった。
​「……彼と、何を話してたんです? 商談にしては楽しそうでしたね、二人とも」
わざと皮肉っぽく言ってみせる。

​「色々だ」
そっけなく答えたミスルンは、視線をわずかに下げると、言葉を選ぶように口を開いた。
「彼は若いがなかなか優秀だ。お前には、ああいう相手が合うのかもしれない」

​「……は?」

​「お前が彼を好いているようだったから、少し話をしてみた。まだまだ荒削りだが、将来性はありそうだ。若い者同士の方が話も合うだろうしな」

――何を言っている? 彼氏ヅラを通り越して、父親ヅラか!?

​カブルーの血が逆流する。
​「若い者同士って……まさか、俺とあの人を言ってます?」
「歳は聞いた。お前と二十しか違わないじゃないか。私のような中年とは違う」

「二十も違えば十分おじさんですけど!? エルフから見りゃ同じような年頃かもしれませんが、トールマンにとっちゃ立派におじさんですから!」
「私はエルフの中でも、もうおじさんだが」
「そういう話じゃありません!!」

​声が大きくなり、慌てて飲み込む。喉の奥で、吐き出し損ねた熱が暴れる。
カブルーはミスルンの腕を掴み、そのまま別室へと引き立てる。
豪商が怪訝そうに目を向け、大臣が何事かと腰を浮かしかけるのを愛想笑いでごまかし、扉を閉ざした。

​──バタン。

​狭い部屋に二人きり。
カブルーはミスルンを壁に押し付け、腕を突き出して逃げ道を塞いだ。
睨みつけるように視線をぶつける。怒りの奥に、言葉にならない不安が浮かんでいた。

​「……で?」
「『で?』とは?」

​本気でわかっていない顔──小さく首を傾げるその仕草に、苛立ちが募る。

​「……俺には、ああいう相手のほうが合うって、どういう意味ですか?」

「お前は無茶をしがちだし、自分の頭の良さを過信して策に溺れることがある。彼は年の割に落ち着いているし、世知に長けている。そういう時にうまく止めてくれるのではないかと思った」

「そんなの、あなたが止めてくれたらいいでしょう!?」

​ミスルンからの自身の人物評には納得がいかないが、とりあえず売り言葉に買い言葉で応えてしまう。
​喉の奥がひりつく。胸がざわつき、呼吸が乱れる。

​「……俺のこと、諦めるんですか」
「だがお前は……

何事か言いかけたミスルンは、言葉を途切れさせた。唇がわずかに震えたが、すぐに硬く閉じられ、あとは沈黙を貫いた。
その無言が、答え以上に痛かった。

​「ふざけんな」

​余裕が吹き飛び、カブルーはミスルンの頭上の壁をドン、と殴りつけた。乾いた音が部屋に響き、空気が一瞬止まった。ミスルンがビクリと肩をすくめた。

​「あんなおじさんどうでもいいですよ! 俺が欲しいのは、あなただ。
……わかってるくせに、何でそんなこと言うんですか!」

​ミスルンはあっけにとられたような顔で、ただカブルーを見つめていた。その視線から逃れたくて、カブルーは目を逸らす。

​「そんな、『好きなのかもしれない』なんてあいまいな言い方で……期待だけさせて……。あなたは、俺を欲しがってはくれないんですか……?」

​ミスルンは押し込められたままの姿勢で、しばらくカブルーを黙って見上げていた。
その顔がだんだんと下を向き──やがてふっと笑う。

​「……つまり」

​あご下から聞こえた声に、視線を戻す。
再び顔を上げたミスルンの唇の端には、カブルーだって初めて見たような愉悦の色が浮かんでいた。

​「お前は、私を好いているということか」
​「ちょっ……

​(先に告白して来たのはあなたでしょうが。なんですか、その勝ち誇った目は!?)

​「それは悪かったな、あの商人とのことはもう言わない。お前に制止が必要な時は、私が止めよう。だからお前は──」

​ミスルンの白い指先が伸びてきて、カブルーのあごを捉える。

​一瞬、唇が触れた。

​「頑張って私を口説くんだな」

​するりと腕から抜け出したミスルンの目尻には常より八割増しに楽しげな色が宿り、口元にはいたずらめいた笑みが浮かんでいた。
そうやって初めての顔を見せるミスルンは、九割増しくらいに魅力的だった。

​パタン。

​「はあ!?」

扉が閉まる音に我に返る。

​(なんでいつの間にやら、俺の方があんたを口説く流れに!?)

​あ、いや待て待て。今、キス……された?
唇に残る感触を指先でなぞりながら、カブルーはため息をついた。

​まあ、いいさ。
結局、恋とはより惚れた方の負けなのだ。
相手の気持ちはわかってる。勝率は十割、これは勝ち戦のお遊びだ。くっつく前の醍醐味というものを味わうのも悪くない。

​人差し指の下、カブルーの唇が弧を描いた。
今夜、どんな手で仕掛けようか。