ルームシェアを始めて数度目の劇団稽古。
神代とオレが一緒に住んでいることは誰にも明かしていない。態度も距離感も今まで通り、役者と演出家という関係で必要な会話を交わすだけ。だから周囲からは全く気付かれていない、と思う。
出番のないシーン。壁際に下がり、演出を付ける神代を眺める。
一度『役者もできるんじゃないか』と思ったせいか、無意識にそういう目で見てしまう。顔の良さと高身長、立ち姿の美しさ、艶やかなテノールの声。改めて観察すると、何もかもが役者にも向いていると感じてしまう。
神代がセンターに立つ役者の傍へ行き、立ち位置と腕の角度を調整した。「あとは
……」と言いつつ隣に並び、腕を上げる速度とその指先の形を二人で確かめ合っている。
神代が演出意図を伝える時、言葉では伝わりにくいと判断すると、振りも歌も、サッと見本を見せてくる。それがまた上手くて、実は何処かで学んできた経験者なのではないかと、密かに疑っている。
人を惹きつけるという意味では、役者もホストも本質は変わらないのかもしれない。自身の魅力を最大限に活かし、演じ、着飾り、ファンを魅了する。神代は自身の恵まれた武器を熟知した上で、仕事に活かしている。
何に活かすかは個人の自由だが、正直、勿体無いと思ってしまう。
一緒に舞台に立てたら、きっと面白いだろう。共に歌い、踊り、演じる。トーストを齧りながら熱く語り合ったミュージカルや海外のショーを、自分たちの手で上演できたらいいのに。
それから。
今日の稽古で気付いたことがある。神代の指示が、以前より的確に理解できている。気のせいではないと思う。僅かなニュアンスの違いを、少ない言葉で読み取れるようになった気がする。
舞台や映像作品の話題をたくさん交わしたからだろうか。お前の素の姿を知ったせいだろうか。単に二人で共に過ごす時間が増えたからだろうか。
それとも
——別の新たな回路が、二人の間に生まれたのだろうか。
目の前の神代に、記憶にあるプライベートの姿が重なって印象がブレる。食事する時の穏やかな表情、内に秘めたショーへの熱意、眠る時に擦り寄る仕草と体温、腕の重み。
リアルに思い出し過ぎた。落ち着かない。
シーンが変わる。演じている役者が入れ替わる。壁際に移動してくる団員に逆流し、オレは部屋の中央へ向かう。テープで四角く切り取られた床、そのセンターに立つ。オレを挟むように二人の役者が配置についた。全体の転換点となる重要なシーンだ。
神代の合図が出る。
オレは右側の彼に話しかけ、返答を受け取ると左の彼女に声を掛ける。中央の
男は、二人と交互に会話を進めるのだが、それぞれにわざと違うことを伝える。取り繕い、歪め、本音と嘘が混ざった会話を続けるうちに、全体が大きく破綻していく。
三人とも、台詞は完璧に入っている。流れるように場が回っていく。徐々にヒートアップする会話、動きが増え、三人の身振りが大きくなり
——
「天馬くん」
神代のストップがかかった。
「そこ、もう少し
——」
何故だろう。何を言われるかがわかる。
「早かったな。すまん、もう少し溜める」
「え、あ、うん。
……よろしく」
もう一度。少し手前から再開された。
息を吸う、ここで、僅かに間を作る。
これだな。
オレの中で引っかかった箇所は、必ず神代が指摘する。神代が止めるであろう箇所は何となくオレに察しがつく。
突然、ふっ、と身体が軽くなった。
台詞が口から流れ出す。身体が操られる。演じるという感覚が消えていく。役が身体に馴染み、自我が演出の中に吸い込まれていく。
————カチリと、歯車が噛み合った。
稽古場全体の空気が変わる。
夢中で話す。話す、動く、止まる。
身体が停止し、静寂が訪れた。そうか、シーンが終わったのか。
焦点が戻ったその先で、見開かれた月色の瞳とぶつかった。
紅潮した頬、神代の口元が綻んでいく。花が開くように、心底嬉しそうに
——笑った。
「いいね。
——最高。」
その笑顔。視線を外せない。
なんだ、この感覚。
演技を評価された。嬉しい。
嬉しい
——それ以上の
————何だ?
我に返り、周囲のざわめきが耳に戻る。場面転換。皆が次の段取りに移っていく中で、動けないオレだけがその場に取り残されていた。
台本の頁を捲る姿、神代はもういつもの顔に戻っている。
近寄ってきたメンバーに「凄かったぞ、天馬」と背を叩かれ、瞬きをした。ああそうか、ここに突っ立っていては邪魔になる。足を踏み出し壁際へ向かう。
今頃になって、心拍数が跳ね上がる。首から上が熱い。強烈な感覚に茫然とする。
熱に浮かされる。
言葉通りの出来事が自分の身に起きている。受け止めきれない。これは、この熱は、何処から来た?
ペットボトルを掴み、一気にあおる。中身が空になっても、喉の渇きは癒えなかった。
熱が、冷めてくれない。
続きへ(R18、pixiv)→
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