蒼翠
2026-01-17 13:37:09
22015文字
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🎈🌟同棲パロ 第1話(続きはpixiv🔞)

🎈2026/2/22 完結し、pixivへ投稿しました🌟
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=27352374
完成版はR-18作品です。全年齢で読める範囲として、第1話はここで公開のまま残します🙇‍♀️

全年齢。第2話以降はR-18指定となります。
類司、同棲パロ。
二人の好感度ゼロ、ノンケから始まる転がり込み型同棲話。彼女の浮気現場に遭遇&高熱を出し倒れていた司、を拾ってしまった類。ラストはハピエン。
⚠️類司、年齢変更(成年済社会人)、パロ、同棲、若干のモブ女要素(描写なし)、冒頭に司の体調不良描写


 症状が重く身動きが取れなかった間、神代は必要最低限ながら的確に世話を焼いてくれた。その気遣いに礼を言うと「弱った犬猫拾ったようなもんだから」とそっけなく返された。事実なので丁寧に礼を述べ直したら、露骨に鬱陶しそうな顔をされてしまった。

 鬱陶しいと言えば、複数のアプリに付きっぱなしの通知バッジ。未読のまま放置している彼女からの通知数は、途中から増えなくなった。謝罪か言い訳か断罪か。驚くほど興味が湧かず、読む気が起きない。時間をかけて積み上がっていたはずの彼女への愛情は、一体どこへ消えてしまったのだろう。
 元気な時なら「一度話し合おう」と、面と向かって理由を聞き、修復に向けて行動したかもしれない。だが今は無理だ。心を占めるのは虚無感とマーブル模様の嫌悪感。歪む渦巻きが瞼の裏でゆっくりと回転する。
 あの家にはもう戻りたくない、それだけを強く思った。

 それでも必要なものは回収せねばならない。ある程度動けるようになった翌日、元の棲家へ足を運び、スーツケースに詰め込み持ち出した。もともと所有物は多くない。どうでもいいものは手切れ金代わりに置いてきた。鍵をドアポストに放り込んだ時、落ちた金属音にハッとした。契約名義変更——後日手続きしなければ。気が重くて肩が落ちた。

 月曜の昼間、電車の座席には余裕がある。揺れに合わせて滑るスーツケースを手で押さえ、向かい側の車窓を眺めながら明日の通勤ルートを考える。乗り換え不要のたった数駅。最寄駅が都心すぎる。
 神代の自宅は、かなり良い立地にある高級マンションだった。ベランダのカーテンを開けた時、視界一面に広がる眺望が都心高層階のそれで狼狽えた。圧倒的に職場に近く、便利で快適な設備。家賃を半分出すと言ったものの、おそらく自分が払える額じゃない。
 甘えるわけにいかない。
 早く部屋を探そう。スマホを取り出し画面を点けた。目的のアプリより先に、散らばった赤い通知に視界をジャックされる。片付けるべき現実を思い出し、マーブル模様が重なって見えた。



 持ち込んだアイテムを部屋や洗面所に並べる。神代の空間に、オレという他人が落とす滲み。プライベートな場所であればある程、その違和感は大きくなる。転がり込んだのはオレだ。警戒心の強そうな神代には負担かもしれない。置いたいくつかのアイテムを回収し、スーツケースに戻した。仕事着のスーツだけはハンガーを拝借し、部屋に吊させて貰う。と言うか、ハンガーを探す羽目になるとはどういうことだ。普段使わないのかコイツは。

 腹が減った。ここ数日まともに食べていなかったこともあり、胃はギリギリと痛みを伴って空腹を主張してくる。わかったから少し待て。固形物が食いたいよな。わかるぞ。
 冷蔵庫、冷凍庫、キッチンを一通り確認し、驚愕した。どうなってるんだ。あいつは本当に何を食って生きているんだ。
 ——ダメだ、買い出しに行こう。

 近場のコンビニで出来合いの食料と食材、それから調味料をカゴに入れていく。神代の家には料理に関わる物品が殆ど存在しなかった。深めのフライパン一つと菜箸とお玉を追加。そもそも自炊をしないのかもしれない。であれば、キッチンを汚すのは申し訳ない。掃除用具も、追加。カゴの中身がどんどん増えていく。
 調理用具も持ってこれば良かったな、と少し後悔した。



 珍しく日付が変わる前に帰宅した神代が、玄関にあるスーツケースを見て「言ってくれたら車出したのに」と呆れた声を上げた。
 そうか。全く浮かばなかった。
 というか、迷惑そうにしてる割には親切だなお前。実は物凄く良い奴なのかもしれない。そう思って口にしたら「病人の自覚あるの? その状態で電車乗ったの?」と冷ややかに言い返された。
 ぐうの音も出ない。謝った。

「ところで、この匂いは」
「ああ、すまん勝手に台所借りた。スープ食うか」
……中身、なに」

 ——なあ。
 野菜全般がダメって、どういうことだ。



 生活費の負担について、家賃の折半は却下された。正確には、教えてもらえなかった。「君は一カ月以上住み着く気でいるのかい」と、言外に早く部屋を見つけて出て行けと圧を受けた。
 結局、一人増えることによる光熱費とオレが買ってくる食費と日用品の費用負担と、家事全般を引き受けることで話がついた。借りだらけの状態だ、少しは返したい。神代が嫌がらないギリギリを見極めながら家事をする。

 生活リズムは噛み合わない。
 神代の仕事は夜中心で、かつ不定期。昼頃起き出して、夕方に出勤、夜が明けてオレが起き出す頃に帰宅する。ただ、シフト次第では先日のように深夜に帰ってくることもあるらしい。
 必然、二人が揃うのは朝の短い時間だけになる。だから早めに起きて、簡単な朝食を作る。要らないと言っていたくせに、トーストの匂いに釣られて二日目早々に口をつけるようになった。トースターを買ってきたのは正解だった。
 そうなると嬉しいもので、これなら食べるんじゃないかと、一品増やしてみたりする。食べてくれる時もあれば、見なかったことにされる時もある。餌付けのようで面白い。……と言ったら顰めっ面をされるのだろう。
 バラバラに食べていた朝食も、用意し始めて三日目からは一緒に食べるようになった。まあ、オレの方が時間を合わせたんだが。だって、食事は一人より二人の方が美味しいじゃないか。

 神代の野菜嫌いは相当なもので、刻んだり味付けを変えるくらいでは太刀打ちできなかった。短期間の関係なら、無理に食べさせる必要もない。
 それよりも食事を抜く方が問題だから、好んで食べそうなものだけを用意する。冷蔵庫の「神代用の夕飯作り置き」が無くなっているのを見た時は、思わずガッツポーズした。



……そういえば」
 金曜の朝、食事をしながら聞いてみた。
「神代の仕事って、何?」
 トーストを持ち上げようとしていた左手が止まった。
「シフト制のバイト」
 そう言うと、神代はトーストを大きく齧り、面白くも無さそうに断面を眺めながら咀嚼し始めた。一瞬チラリとオレに投げられた視線は、すぐまた外れてマグカップへ向かう。カップを持ち上げコーヒーを口へ運び、それ以上発言する気は無さそうだった。オレもトーストの最後のカケラを口に入れる。
 このマンションの立地とグレード、それと持ち物の様子から、相当稼いでいるのは間違い無いだろう。劇団の備品コストには煩いが、自分の金には無頓着そうに見える。
 ——まあいい、話したく無いことをわざわざ詮索する必要はない。しばらく食器が立てる音だけが流れる。

 あ、そうだ。
「明日の稽古、予定変更の連絡見たか」
「えっ、何時」
「十八時。その日ホールでイベントがあるから夜に変更になったって」
「えぇ……もうシフト動かせないよ」
「演出抜きか。何とかしとく」
「困ったな……尺の確認したかったのに」
「あ、だったら録画しておくぞ」
「ほんと? 助かるよ」

 朝食以外での接点、それが週末にあるアマチュア劇団の練習。もともとはここでしか顔を合わせることもなかった。休憩時間も神代は打ち合わせや機材操作で動き回っていて、雑談もしたことがない。飲み会や打ち上げにも基本不参加。そのせいで団員の間では人嫌いなんだと思われている。オレもそう思っていた。
 それが、この数日の会話でガラリと印象が変わった。朝の短い時間ではあるものの、舞台やショーの話題となると、人が変わったように饒舌になる。
「君が倒れていた時に取りに行ってた備品なんだけど」
「隅にあるアレか?」
「そう。二幕の小道具なんだ。僕の代わりに持って行って貰えるかい」
「わかった」
「皆の感想を後で聞かせて。あ、それと——
 ショーの構成、舞台装置の追加、照明を使った演出案。役者側と演出側の視点の違い。
 一方的にではなく、オレの意見も聴きたがり、それをまた改良に活かそうとしている。一度意見が合わなかったことがあるが、それすら嬉しそうだった。
 カップを握りしめたまま生き生きと話す神代を眺める。柔らかくて華がある。あ、いい笑顔。前から思っていたが、顔いいよな、お前。役者も出来るんじゃないか。人気出るぞ。
 時計を見て焦る。
「うわ、もうこんな時間」
「あ、ごめん、つい」
 会話が弾んでしまうから、食事中は危険だ。



 昼休み。高熱で倒れた事件からちょうど一週間になる。相変わらず付きっぱなしの赤い通知をそろそろ消したい。契約名義のこともある。一番通知数の多いメッセージアプリを、人差し指の先で恐る恐るつつく。
 ——ああ、やっぱり。
 殆どが彼女からの通知。最初は着信履歴の連続、次に『今どこ』といった短いメッセージの波。それから後は、長文の詫びと弁解。ザッとスクロールして流し読みする。乾いた笑いが浮かんできた。何処にも「やり直したい」とか「戻って欲しい」という文言が見当たらない。当然、好意の言葉も。
 なんだ。
 サッサと開けておけばよかった。件数の割に、中身は空っぽだ。他の通知も開けていく。着信履歴、SNSのDM。連絡を取ろうとした痕跡は最初の三日で途絶えている。

 なんだ。

 …………あんまり、ショックじゃないな。
 むしろ、それがショックかもしれない。

 自分が大事にしていたものは、一体何だったんだろう。共に食事をして、テレビを見て、笑って話して、デートして映画を見て、
 ——ひとつのベッドで眠って。

 スマホを握る指先が白くなっていることに気づき、力を抜いた。息も詰めていたらしい、大きく息を吸い込み、ゆっくり吐き出す。
 浮かんできたのは神代との朝食。今朝食べたトーストの匂い。時間を忘れて話し込んだ。話す相手に見惚れた。作った食事を食べて貰えること自体が嬉しい。こんな時間を、最後に彼女と過ごしたのはいつだっただろう。
 
 そうか。
 指が勝手に入力する。正式な別れの言葉と、賃貸の契約変更をどうするかという事務的な文章。ポンと送信してアプリを閉じる。
 隣に並ぶメッセージアプリに目が留まる。企業で使われることが多いそのアプリは、神代が劇団に導入し、オレのスマホでは劇団専用として使っている。
 何となくそれを開き、神代のアカウントを探す。アイコンをタップし、メッセージの吹き出しを押すとDM画面が開いた。

“天馬です。起きてる?食べたいものがあれば教えてくれ”

 一週間前には考えられなかった行動だ。スマホを机に伏せたところで、向かいの席の同僚に「今日機嫌いいっすね」と声をかけられた。そうだな、口元が緩んでる自覚はある。

 明日の朝食には、果物をつけよう。



 食いたいもの、と聞いたのに
 “ジンジャーエール”
 と返ってきて噴いた。お前、生姜は野菜にカウントしなくていいのか? 面白いやつだな。