留守田
2026-01-13 11:32:22
4747文字
Public
 

迷い狼のはなし

書類仕事めんどくさいなってアスタリオン卿と、動物に変身出来るようになったアスタリオン卿の配偶者のはなし。
ちらのーと2の方へ掲載していた短文のまとめです。

※脳内設定マシマシ。5eとか2024だと蝙蝠にしか変身出来ませんが、なんか昔は狼にも変身出来たとかなんとかなのでそのへんの話を採用してます。


 ザール宮殿の中庭には、改築を経て小さな東屋が設けられ、それ以外にもティーパーティに最適なパラソルを備え付けたガーデンテーブル、そして見事に整えられた赤い薔薇のアーチが作られ、庭を彩っている。
 リウィントンを訪れていた終末のサーカスで配偶者が作らせた彫像を庭の中央に据え、その周囲では何色かの遅咲きのチューリップが侍っていた。
 とてもヴァンパイアが主人だとは思えないほど、優雅な昼下がりを過ごすのに相応しい庭に仕上がっていて、アスタリオンは思わず感嘆の息を漏らす。
 あのハーフエルフの庭師ガーデナーは良い仕事をしたようだ。次の給与には、特別に色を付けてやってもいいだろう。
 アスタリオンが完成した庭を歩き、暖かな陽気を全身で感じるのを楽しんでいると、三人の使用人達が芝生の上にしゃがみ込んで何かを囲んでいるのが見えた。
 最初は庭師ガーデナーの仕事を手伝っているのかと思ったが、近くにあのハーフエルフの姿は見えないので違うだろう。
 三人の使用人達は、随分と楽しげだった。
 笑い声こそ控えめだが、肩の力が抜け、指先が忙しなく動いている。
 しかし、囲んでいる物の全貌はアスタリオンからは微妙に三人が覆い隠していてイマイチ分からない。
……お前達。そこで何をしている?」
 そう声を掛けた瞬間、三人はびくりと肩を震わせ、慌てて立ち上がった。
「ご、ご主人様! おはようございます!」
「も、申し訳ありません、業務中に──」
 アスタリオンの視線が、三人の足元へと落ちる。

 ──芝生の上には、狼が横たわっていた。
 鼻先と目に傷を持つその狼の毛並みは、灰色。陽の光を反射して艶やかに輝き、その毛量は……大量でもっふもふ。
 体躯は明らかに普通以上の狼で、爪や開きっぱなしの口から見える牙は鋭く、どこからどう見ても危険な獣――のはずなのだが。

 当の本人は――いや“本狼”は。
「ヘッヘッヘッ……ワフッ」
 完全に弛緩していた。
 白い腹を天に向け、後ろ脚はだらしなく開かれ、尻尾が芝生をぺし、ぺし、と打っている。
『ああ、アスタリオン。仕事は終わったのか?』
 狼のすっかり蕩けた赤い瞳と目が合うと、脳内にあまりにも聞き慣れた、心地良い念話テレパシーが伝わる。
…………
 目の前の狼は、アスタリオンの配偶者が変身した姿だ。ヴァンパイアの能力のひとつである〈動物変身ビースト・シェイプ〉によるものだろう。
……説明しろ、ヴァリス。今すぐに』
 だが、分かってもなおアスタリオンは説明を求めた。
 お前はこんな所で何をしている!? と実際に大声で叫びたくもなったが、グッと我慢する。話がややこしくなるからだ。
『説明? 可愛いペットを目の前にしたら、まず撫でるのが礼儀じゃないのか?』
 くねくねと身体を捩り、開いている口からハッハッと息をして狼は控えめに鳴く。
「わふん」
 アスタリオンは拳を握りしめた。
 ──もちろん可愛い。いや、可愛くないはずがない。
 これが定命の使用人達の前でなければいつ変身出来るようになったか聞き出したいし、寝ている執事を叩き起こして祝いの席を用意させ、とっておきのボトルを開けてやるところだが。
『何故使用人どもに撫でさせている?』
『宮殿の福利厚生の一環だ、アスタリオン』
 アスタリオンは思わず狼を撫でていた三人を睨んだ。
「ヒッ……! も、申し訳ございません!」
 主人に睨まれた使用人の一人が反射的に身を竦め、頭を下げる。
『アスタリオン、あまり睨んでやるな。怖がっているじゃないか』
 念話テレパシーと共に、身体を起こした狼が間の抜けた顔でアスタリオンの足に身体を擦り付ける。
……何故、狼を撫でていたんだ。噛むかもしれなかっただろう、危険な行為だ」
 アスタリオンは目を閉じて使用人達に言った。この狼は安全だったから良かったものを、本物の狼だったら──まあ、その時はその時で、闇の力で支配出来るのでやはり脅威にはなり得ないが。
「それは、その……実は、この狼は今朝から中庭に居まして」
「最初は恐ろしくて遠巻きに見ていたんですが、あまり危ないようには感じなくて」
「それで、いざ近寄ってみると頭を撫でさせてくれましたし、かなり人慣れもしているようでしたから」
 三人の使用人達は口々に話し、一つの結論を述べる。
「私達はてっきり、ご主人様か旦那様のペットか何かだと思って──ねぇ?」
「ワオッ!」
 狼が返事をするように元気良く吠えたのを見て、アスタリオンは頭を抱えた。
 人慣れ? しているに決まっている。人なのだから。
『ヴァリス! 話をややこしくするな!』
 鋭い念話テレパシーと共に、アスタリオンは内心で舌打ちする。――ペットだとしたのは少々拙かった。
『え?』
『今のお前、孔雀より大きい・・・・・・・んだぞ!?』
 バルダーズ・ゲートでは、動物の持ち込みは孔雀以下の大きさの生物に限るとされている。
 もちろん、法をすり抜けるために孔雀の大型化は盛んだが……成体の狼ほど大きなサイズのものは、少なくともアスタリオンは見たことがない。
『あー……しまったな』
 狼は後ろ脚でカシカシと耳を掻く。
『ハァ……お前は大人しくしていろ、俺が説明する』
 主人への畏怖と一人と一匹の関係性への好奇心が今にも爆発しそうな使用人達を前に、アスタリオンは口を開く。
「いや、ペットではない。だが、先代の時代から……どういうわけか、彼は時々宮殿を訪れる。今日は機嫌が良かったようだが……
 言いながら、アスタリオンはちらりと狼に視線を走らせる。
 狼は……やはり、間の抜けた顔で尻尾を振りたくっていた。
……機嫌が悪いと噛んでくる。今後は無闇に近付かないように」
 説得力がないに等しいだろうなと思いながら、それでもアスタリオンは言った。
 実際は話す時の苦々しい顔のおかげで、三人の使用人達はこの狼が本当は恐ろしく、気まぐれな存在なのだと信じたのだが。
「あのう、機嫌が良かったら……また撫でても?」
 そのうち、恐る恐る口を開いた一人の使用人が、狼をちらりと見て言う。
「わう」
……まず俺に言え。この狼とはそれなりの付き合いがある、機嫌が良さそうだったら許可を出そう」
 狼の後頭部に手を伸ばし、撫でてやりながらアスタリオンは答えた。
『もう二度と腹は撫でさせるなよ』
『もちろんさ、ハニー』
「ワウッ!」
 人間達のやり取りに狼は返事をするように大きく吠えると、クルリと身を翻してアスタリオンに飛び掛かる。
「うわっ、やめろ!」
 アスタリオンがバランスを崩して芝生に尻餅を付いた所で狼はアスタリオンへのしかかり、ベロベロと顔を舐め始めた。
「おい、うわっ……! 馬鹿犬!」
『安心しろ、私はお前だけの可愛い犬だからな。こんなことをするのは、お前にだけだ』
 届いた念話テレパシーの穏やかさについ全てを許しかけたが、アスタリオンはベロベロと舐め回す狼のマズルをむんずと掴んで黙らせる。


 もちろん、この一部始終は三人の使用人達によって爆発的に広まり、恐ろしい主人の威厳と畏怖は少し薄れたのであった。