ろに
2026-01-12 17:25:52
5210文字
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文章:「今昔、未来の機械達」の後日談。おぼろげ街2丁目で活動する軍歌ムツの話。(過去のオンラインイベントにて無料配布していた小説の再掲)


 午後2時45分。夜語所長からのお使いを済ませたムツは、荷物等を届けたあと研究所の裏手にある人気のない林の中に入っていく。大きな木の陰、研究所の窓から視認出来ないであろう場所まで進んだムツは、周囲に誰も居ないことを確認し、左の胸ポケットから取り出した懐中時計の蓋を開けた。ムツが時計のツマミを回すと、時計の文字盤がカメラのシャッターの様に切り替わり、眼前にホログラム式のスクリーンが展開される。数秒のノイズを経て、スクリーンから機械的な音声が流れてきた。
『こちら、おぼろげ街旧市街地です。ピーっと鳴りましたら、お名前とご用件をお願いします』
「お世話になっております、軍歌ムツです。落とし物の確認をお願いします」
 案内音声にムツがそう答えると、少しの間をおいてスクリーンの画面が切り替わり、ムツそっくりなセミロングヘアの人物が映し出された。
『こちら、軍歌いくさうたマチ。連絡待っていたよ、兄さん』
「そちらも元気そうで何よりだ」
 早速だけど定期報告に移らせてもらうよ、とムツはスクリーン上のパネルを操作し、記憶領域内で暗号化されたデータの送信手順を踏みながら近況を簡潔に述べていく。
 スクリーンの向こうに映っているのは遠い未来、ムツの後に造られた軍用アンドロイド、軍歌いくさうたマチだ。未来に居る相手との通信だと悟られないよう、ムツは折を見て不定期に場所を変えながら連絡を取っている。
という訳で、剣崎先生と接触した。言動はそちらの報告と変わらず、かな」
『私の顔を見て表情を変えたのは、やはりそちらの時代での影響だったか。それで、他に手掛かりになりそうな情報は?』
「【大洪水】に巻き込まれたアンドロイドのルーツは、この時代の夜語トバリ所長が開発したもので間違いなさそうだ。それと、それとは別系統と思しきアンドロイド個体もこの時代で確認できた」
ようやく古文書に記載されていた通りの情報が出てきたか。そちらの設計図は入手出来そうか?』
 軍歌兄妹が製造された未来では、世界規模で利用されていたデータバンクに原因不明の致命的な障害が発生し、それに紐付けされていた各種データや特定の人型アンドロイドなどが軒並み正常に動作しなくなる事態が発生している。カレー粉の材料も碌に調べられなくなる程の、【大洪水】と名付けられた未曽有の大混乱を収めるため、ムツは過去へと遡り、各種情報ソースの裏を取りながら原因に繋がりそうな情報を収集していた。
「この時代だとまだアングラ扱いだからなぁ。そっちに『生もの』送れたら楽なんだけど」
『暗号化された情報を除き、この形式の転送に耐えられるのは私達しか居ない。それに
「問題を解決するために別の問題を起こすのは本末転倒、だろ。設計図の入手については善処するよ」
 落ち着いたトーンで諫めようとするマチを先回りで訂正しながら、ムツは暗号化したデータの転送が完了した事を確認し、話を切り上げる。
「それじゃ、また進展があったら報告するよ」
『ああ。良い報告を期待している』
 互いに短く挨拶を交わした後、スクリーンの投影が閉じられ、未来との通信は終了した。ムツは懐中時計の文字盤を元の状態へと戻しながら、現在時刻を確認する。時刻は午後3時を回ろうとしている所だった。
「さてとそろそろカレーパスタが完成している頃かな」
 林から抜け出る最中、所長室があると思しき個所の窓を見上げる。今回、買い出しを終えた後わざわざ外に出たのはマチと連絡を取るためでもあったが、ムツが以前所長室で電子レンジ諸共カレーを爆発させており、以来研究科全員から「調理の際は席を外すように」と言い渡されていた事にも起因している。お陰で特に不審がられる事も無く連絡を済ます事が出来ているのだが、失敗を次に活かす機会が当分来ない事が非常に残念である。
「折角カレー作りのコツを教えてもらったから、俺も実践したかったんだけどなぁ」
 先の買い物で接触したアンドロイドの男から得られた情報を整理しながら、ムツは研究所の建物内へと入っていった。