ろに
2026-01-12 17:25:52
5210文字
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スパゲティ・ソース・コード

文章:「今昔、未来の機械達」の後日談。おぼろげ街2丁目で活動する軍歌ムツの話。(過去のオンラインイベントにて無料配布していた小説の再掲)


【スパゲティ・ソース・コード】

 10月7日、午後1時25分。おぼろげ街の一角、周囲を緑に囲まれたとある研究所では、日々生活を豊かにするための様々な研究開発が行われていた。公道と敷地を隔てるゲートの先にある建物内、コンクリートの壁と金属製の扉が並ぶ飾り気のない廊下を、一人の兵隊らしき装いをした少年が歩いていく。
 幾重にもわたるセキュリティチェックを抜けた先に、少年の目的地である「アンドロイド研究科兼所長室」は存在した。少年は所長室のドアを何回かノックした後、何の躊躇いもなくドアノブを捻って扉を開ける。
「失礼します。今日も随分と忙しそうですね」
「全くだ。世間は『楽をする為の技術開発』で私を過労死させるつもりと見た」
「ははお疲れ様です、夜語よがたり所長」
 扉の先、幾つもの書類や段ボールが積み重なった部屋には、白衣姿の女性、夜語よがたりトバリが疲れた様子でデスクチェアに凭れ掛かっていた。床にだらりと垂れた紫紺の長髪や先の口ぶりから、その疲れは相当なものである事が見て取れる。
「それで、今日はどのようなご用件で?」
「スーパーで食材の買い出しを頼む」
「なるほど家には帰れないと」
 自分1人宛の急な呼び出しであった事から、先日の剣崎雌雄けんざきめすお宛の配達のような表沙汰に出来ない用事を頼まれるのだろうか。そう推測を立てていた少年だったが、予想に反して夜語から言い渡された指令は雑用そのものであった。実質持ち回り制らしい「研究所の所長としての仕事」と、元々の仕事である「自身の研究」を同時にこなす事は、人間には相当負荷の掛かる事のようだ。
「この頃はほぼ毎日講演だの実機テストだので遠方まで出向く羽目になっているからな。勤務時間すら惜しいよ」
 当然外食の為に出かける時間的余裕もなく、かといって出前を頼もうにもセキュリティの観点から関係者以外を気安く呼ぶ事もままならないと、夜語はため息をつきながらデスクの上に置かれたアイマスクに手を伸ばす。2週間ほど前にゼリー飲料や固形型の携帯食料ばかりの食生活を咎められた夜語は、それ以来所長室内で料理を行うよう努めている。
他の人員は?」
「物件探しで手が離せないのと、まだ外出範囲が限られるのとでな。一番動けるのはお前だろう」
 現在アンドロイド研究科では、少年含めて3名が夜語の下で働いている。それぞれ役割を分担しながら日々夜語の研究などをサポートしているのだが、全員が一堂に会する事は稀だった。とりわけ少年は配属経緯が特殊であるため、一応夜語の部下という扱いで研究所に出入りはしているものの、表立った仕事を任される事はまず無い。
「いやぁ、まさか未来から来たアンドロイドをスーパーの買い出しに使うとは」
「お前の口が固すぎるのが悪い。回路の一つくらい教えてくれてもよかろうに」
「残念ながらそういう仕様ですので」
 夜語の要求を笑っていなした少年、軍歌いくさうたムツ。彼は未来からやって来たと自称するアンドロイドだ。ある日、研究に勤しむ夜語の前に突然現れた製造者不明のアンドロイドは、その「得体の知れなさ」故に研究対象として夜語に引き取られ、現在に至るまで解析を試みられている。
だが、確かにお前の言う通り、ただ買い出しに走らせるだけでは勿体ないか。これを持っていけ」
 ムツとのやり取りで不意に何かを思い直した様子の夜語が、デスクの引き出しから手の平に収まる大きさの平たい機器を引っ張り出す。ムツがそれを受取ろうと手を伸ばすと、機器からピピピと音が鳴り始めた。
「これは何かの探知機ですか?」
「対アンドロイド用にカスタマイズしたものだ。今この街にどの程度アンドロイドが普及しているか、参考程度に知っておきたい。一鳥二石、というやつだ」
「それを言うなら一石二鳥ですね」
 相当疲労が蓄積している様子の夜語にやれやれと大げさに肩を竦めつつ、ムツは所長室を後にした。