【創作|馬子軸 if√|試し読み】Mの喜劇 -THE FARSE of "M"ajesty-

これを「異世界転生ファンタジー」と言い張る俺よ。来年もよろしくお願いいたします。
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第一幕 魔女と高貴




ブリタニア── ホワイト・チャペル地区


 死は、身近なものではない。
 魔女が倒れ臥している。光沢を持つ、きらきらと光を反射する銀色の血を撒き散らして。瞳孔は散大し、指先はぴくりとも動かない。
 胸から腹にかけて斜めにばっさりと斬られており、空間ごと削り取られたような印象すら受けた。
 腰まで流れる黒髪にも、べっとりと血液がついている。魔術で対抗しようとしたのか、左手にはかたく握られた杖が。
 部屋の内部に荒らされた形跡はないが、使い魔と思しきカラスが二匹──こちらの血は赤い。幻想ではなく、あくまで動物だろう。

「死後硬直が始まっています」
 青毛の髪をていねいにまとめ上げた馬子馬の獣人が言った。凛としていながら軽やかで、耳にはっきり残る声である。
 ヤードの警官であろう、ケット・シーが彼女へ近づく。
「ギネヴィアさま」
 猫は透明な袋に入った、これまた透明なカードをギネヴィアと呼ばれた馬子へ差し出した。
亡識むしきがあるということは、彼女を死へ追いやった者は……、亜人ですか?」
 猫は恐る恐る問いかける。表情には困惑が滲み、理解の範疇を超えていると言いたげであった。
「それはまだ分かりませんわ。けれど……
 ギネヴィアは死んでいる魔女を見遣った。極限まで見開かれた瞳には、はっきりした恐怖が映っている。捕食者に襲われる、草食動物の最期にも似ていた。
「立て続けに同じような事象が三件。しかも、同じホワイト・チャペルで」
 ギネヴィアは手の中にある亡識むしきを見る。電子回路がびっしりと刻印された透明なカード。亡識は魔術を使うための補助具だ。つまり、この事象事件には、己の力だけで魔術を使えない者──獣人が関わっている。
 ギネヴィアは内心、そうあたりをつける。口にすることはなかった。
 確証がない。それに、気味が悪かった。
「お前たちは下がりなさい。遺骸は魔女らの方法に従って埋葬を」
「かしこまりました」 猫は一歩前脚を引く。「……! ギネヴィアさま!」
 弾かれてギネヴィアは背後へ振り返った。気付けなかった。背後に立たれてなお! 恐怖に肌を粟立てる。馬耳がべたりと頭へへばりつき、ドレスに隠された尾が足の間へ入り込む。
 そこに立っていたのは、女。
 魔女だ。
 耳が少し尖っている。獣人のように、獣の特徴を持つわけではないから、すぐにわかった。

「ええの? このまま埋葬なんかしてもうて」
 訛りがある。ブリタニアの言葉ではあるが、どこか癖のある発音、とギネヴィアは思った。
「どういう意味かしら」
「考えてみてや。おかしいやろ、明らかに……
 女はギネヴィアの様子など気にも留めずにつづける。
「だって、動機がない。永遠の時間を持て余す長命種が……なんでわざわざ他人から奪わなあかんの?」
「それは……
 ギネヴィアは答えに窮する。彼女の言葉は正鵠を射ていた。
「お嬢さん、教えてや。このブリタニアで、こういうことはよくあることなん? それとも異常事態……
「立て続けに二度、魔女が殺されたわ」 ギネヴィアは素直に打ち明けた。「これで三度目」
 ふうん、魔女は顎へ手を遣る。そしてにやりと口元に厭らしい笑みを浮かべて、
「ほな、連続殺人事件っちゅうわけやね。おかしい話やなあ」
 ギネヴィアは鋭く魔女を睨んだ。僅かに手指が震えているのを必死で押さえつけ、ゆっくりとこちらへ歩んでくる女を視線で追う。
「おたくらは他者へ与えることはあっても、奪うのは有り得へんやろ」
「どういう意味だ」 猫がぶわりと毛を逆立てた。それを見て魔女はせせら笑い、ギネヴィアの手にある亡識を指さす。
「それがあれば、基本何でもできんねんから。わざわざ〈殺害〉という手段に至る動機は……
「貴女の言いたいことはよくわかったわ」
 ギネヴィアは凛とした声で言った。魔女は笑みを崩さない。何もしていないのに、追い詰められているような気分にさせられて、ギネヴィアは逃げ出したい衝動に駆られていた。
「彼女を殺害した者は、第三者に操られた可能性がある。そうおっしゃりたいのでしょう」
「アハハ! 正~解!」
 魔女はわざとらしく手を大仰に叩き、
「すごいすごぉい、さすがはギネヴィア一世と同じ名前のお嬢さんやねえ!」
 ギネヴィアは苦虫を噛み潰したような顔になって、
「先祖の話はしないでくださる。それで……、その〈第三者〉について。貴女は既に何か御存じなのかしら。それともわたくしが考えているように、獣人が」
「亡識を使うのが獣人だけとは限らんよ」 魔女は微笑んだ。「魔術扱うの、亡識を介したほうが効率ええもん。ほら、もっと調べてみようや。なんか分かるかもしれへんよ」
「どうしてそこまでなさるの」
 ギネヴィアは思わず問いかけていた。魔女は同族同士の結びつきが弱い。その分数も少ないが、亡識を使わずに魔術を使うことができる数少ない種族だ。
 眼前の魔女も、そうだろう。魔術を扱うのに亡識を介したほうが効率がいい、というのは、恐らく──形質魔術ユニークスキル以外の話か。ギネヴィアは思考を口には出さずに考えた。
「どうしてって、そんなん。分かりきったこと聞くやん」
 魔女はギネヴィアに振り返る。
「暇やもん。やることなくて」
 魔女は輪をかけて長命だ。永遠に近い時間を生きる。
 この魔女は、単純に娯楽を欲しているのだ。ギネヴィアは呆れてものも言えず、深々と息を吐き出した。
 死体の傍にしゃがみ込んでいた魔女は、ギネヴィアに見向きもせず死体と向き合っている。本当に、暇つぶしのために事件を調べる気かしら。得体の知れない魔女に、いっそう警戒が募る。
……何かお分かりになって?」
「これ、魔術とちゃうよ」
 ギネヴィアは思わず顔を引きつらせた。
 魔術ではない? ではどうやって魔女を殺したというのか。獣人の爪? それとも何か鋭い剣や斧を使った? では何故そのような手段を?
 何故、殺したのか──根本的な疑問はそこだ。必要性がないことをする理由が全く理解できない。ギネヴィアは頭を軽く振って魔女へ向き直る。
「どうして」
「魔術による斬撃で魔女を殺そうっちゅうのは、悪手すぎるやろ、とは思っててん。で、よくよく傷口を観察してみた」
 魔女は黒い電子回路が刻まれた亡識を取り出し、軽く触れる。傷口の写真が拡大され、ギネヴィアの前に投影される。
「もし魔術による斬撃なら、傷口は物凄い鋭利になるはず。せやけどこの傷はガタガタで、手入れも雑な刃物かなんかで斬られたみたいになってるやん」
 彼女はつづける。
「カラスはこの魔女の使い魔やろ。まだ繋がりが薄っすら残ってる。外に血痕があったから、外で殺された後に室内に放り込まれたんや。犯人はその後、この魔女を手にかけた」
 ギネヴィアは言った。「どうしてそんなことを?」
「さあ? そういう気分になったからかもわからんよ。けどそもそも、殺害なんて面倒くさいことをする時点で、何らかの動機はある。それこそ第三者が実行犯を操って、何らかの目的のために事件を起こしてる可能性だってあんねんから──」
 魔女はうやうやしく、ギネヴィアの手を取った。
 何て冷たい指先なの? ギネヴィアは思わず白手袋に覆われた手をひっこめそうになる。
「調べてみる価値はあるやろ? お嬢さん」
……、その、〈お嬢さん〉というの。およしになって」
 どこか己に対する嫌悪を滲ませて、ギネヴィアは言った。
「貴女は。何とお呼びすれば良いの」
「ナイル」
 ふっと力を抜いて、魔女は言った。
 ナイル。肥沃な古い文明を育んだ大河の名だ。不思議なことに、その響きは随分と馴染んで聞こえた。
 まるでむかしからそれを知っているかのように。
 どこかで──その名を聞いたことがある。果たしてそれが現実か、間識殿かは定かではないが。
……、そう。では、ナイル。他に何を調べますの?」
「猫ちゃん」 ナイルはギネヴィアの傍にいた警官を呼ぶ。「これよりも前に、二件同じようなことが起きてんねやろ。なんか調べてんとちゃうん」
「い、いえ魔女の祭礼方法に則って、遺骸は埋葬しましたが……
「ふうん」 ナイルは冷たい声で突き放す。「ま、ええよ。名前ぐらいは分かってんねやろ?」
「アンジュと、フィオレンティーナです。そこで死んでいるのが、エリエザー」
 猫はナイルの方へ近づき、つづけた。
「先程、軟膏を受け取りに来た山羊の獣人が遺体を発見し、ヤードに通報を」
「その山羊ちゃんはどこにいてるん」
「今はハイド・パークの家に戻っているはずですが」
 猫は尻尾で地面をばしばしと叩く。ナイルが何度も分かりきったことを聞くので、我慢ならないという様子だった。
「まあ、そうやろね」 ナイルは口元を覆うような具合で右手をあてがい、「ほんならその山羊ちゃん探しに行こか。ギネヴィア」
 ギネヴィアの方へ細い瞳孔の瞳を向けた。