【創作|馬子軸 if√|試し読み】Mの喜劇 -THE FARSE of "M"ajesty-

これを「異世界転生ファンタジー」と言い張る俺よ。来年もよろしくお願いいたします。
※改行少ないので縦読みリーダー表示お勧めします。

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プロローグ / 舞台袖



「ブリタニアぁ? 何やねんその、イギリスのパチモンみたいな国」
 辺り一帯、白に塗り潰された空間で、女──アルナイルは眼前の存在を無作法に睨みつけた。
 白い羽を耳とうなじから生やした、女神のようなすがたの其は呆れた様子で首を振る。黒曜石のような黒い肌はすべらかで、肩と背中を覆う羽毛が余計に神聖さを引き立てていた。
 アルナイルは地面で胡坐をかき、頬杖をついて其を見上げる。
 近寄ってきた六枚羽の白い鳥が、彼女を気にかける様子で首を伸ばしている。
「是正してほしいことがある」
 其はゆったりと椅子の背もたれに身体を預け、
「私では直接介入できないのだ。間識殿かんしきでんから出られぬ故に」
「ああ、このマトリックスみたいな部屋の事?」
 アルナイルは指先を振った。ちろちろと指先に炎が灯る。其は軽く顎を引いて頷いた。
「其方は生まれながらの魔女であろう」
「成程なあ。話が見えてきたわ。要は私にブリタニアっちゅう国そのものをぶっ壊せっちゅうことやね?」
 やから〈火刑の魔女〉である私をわざわざ選んだ。違う?
 アルナイルは爬虫類のような目を細めた。
「否定はせぬ。これ以上の入れ知恵は余計な世話であろう」
 其は指を鳴らす。宙に浮く本が、本棚が移動して整列し──彼女の行く先を示す。
 黒い扉があった。
 この扉の向こう側が、異なる世界に繋がっているということか。アルナイルはドアノブに手を掛け、ぐ、と奥へ押し込んだ。
 扉は黙し、動かない。異端者の来訪を拒んでいるのか、それとも単純に、この扉の向こうに重しでもされているのか。アルナイルは口角を釣り上げた。
 一歩下がる。両手を前に掲げ、魔力を収束させる。熱が、光線が迸る──
「──〈Exprose〉!」
 扉が轟音を立てて向こう側に吹き飛ぶ。大仰に埃を立てて吹き飛んだのは、すっかり空になった本棚である。その下にいくつか、透明なカードが散らばっている。電子回路のような繊細な刻印がびっしりと刻まれ、時折それはアルナイルが発する魔力の波長に合わせて発光しているように見えた。

「これは……
 転がっていたカンテラと、カードを手に取る。背後を振り返っても、そこにはただ壁があるだけで、あの白い空間は無い。アルナイルは壁をぺたぺたと触ったが、何か仕掛けがあるでもなく、ただ冷たい壁が佇んでいるだけだった。
 図書館、或いは禁書庫の内部──すっかり忘れられ、朽ち果てた区画のようだ。
 管理状態の悪い本の中に、一冊──目が離せない本があった。
 表紙には銀色の箔が押されていた形跡が伺えるが、時間の経過は容赦なく本を食いつぶした。紙魚に食われ、ところどころ破け、最早本としての価値は失われている。
 ブリタニアという国の歴史の中で、ギネヴィアという女王は栄華の象徴だったようだ。前王を暗殺し、国を混乱に陥れ、内戦の火種を投げ込んだ〈魔女〉を打ち滅ぼした。
 その功績は誰もが知るところで、この打ち棄てられた禁書庫に放り込まれたアルナイルとて、例に漏れなかった
 歴史には、表と裏がある。とくに君主制の国家であれば猶更。
 この書物はギネヴィア一世治世のブリタニアを知るうえで、重要な資料になるだろう。あのいけ好かない女神が言った、「是正」という言葉の意味も。
 嘗て窓があったと思しき壁際には、物書き用の机が一台置かれている。カンテラの光に照らされて、その机の上に手紙が置かれているのを視界へ入れる。誰宛てなのか────宛名は無い。ただ、押された蝋印のおかげで差出人は察しがついた。
 旧王家の紋章だ。蹄鉄と馬、そして細剣が細やかに組み合わされた紋章。その傍には一言書き添えられている。
「輝ける者……
 輝ける者。考えるより先に指先が本を繰る。その単語を、その意図を、もしかしたらその全てが。
 彼女は確信する。ペーパーナイフで手紙の封を切り、中におさめられた便箋を取り出す。流麗で乱れのない古ブリタニア語だ。質の高い教育を受けた形跡が文字からもうかがえる。
 内容は特になかった。まるで日記だ。庭園に猫が迷い込んできた。いつもの紅茶が少し熱くて、舌を火傷した。もうすぐ子供が生まれる。
 便箋を繰る。五枚目ほどにきたところで、紙の質が変わっていることに彼女は気づいた。ざらついていて、とても質が悪い。インク乗りも悪く、文字は掠れている。
 あなたの言った通りね。いつも曇天ばかりのブリタニアが、珍しくどこも快晴だった。夜空を見上げればいつもの位置で白い星が輝いていた。あなたは約束を違えなかった。わたしに忠誠を誓い、わたしに祝福をくれた。
 便箋を繰る。七枚目に来ると、インクの色味が変わっていることに気付く。
 血液?
 酸化が進んでいるのか、黒く変色している。カンテラの明かりで照らすと、赤黒いのがわかる。間違いなく血液だ。血液をインクにして、手紙を記したのだ。
 ねえ、鐘の音が聞こえるでしょう。晩鐘が響いているでしょう。
 あなたにもこの音が聞こえたのかしら。こんなに寒くては、脚がもう動かないわ。
 わたしは間違えたのよ……だって、もう気づいているでしょう? 違ったの。最初から順序が逆だったのよ。
 ねえ、そうでしょう。アルナイル。
 楽しかった? 〈火刑の魔女〉アルナイル・モリアーティ。

 志識ししきを知る貴女なら、これまでの全ては容易かったはず。そうでしょう?
 
「あは」
 彼女のくちびるの隙間から、乾燥した笑い声が零れる。

「アハハ!」
 指を鳴らす。指先を迸る焔が魔女の名を呼ぶ。便箋を舐って蛇行し、ついに部屋一体に広がった。
 星は踊る。黒いドレスの裾が翻り、火の粉が服を焦がして、本と紙を容赦なく焼き尽くす。

「──おもろい話やなあ」

 炎の中で魔女は笑った。徐々に燃え行く便箋が、熱で溶ける蝋が、血のように床へ滴り落ちる。緋。赤、あか。

 文字は残る。だが、すべてではない。記憶ですらも。
 もう一度幕を開けよう。

 全てを灰燼に帰す────喜劇の幕を。