お腹が減ったなぁ
……ん? 電波を受信。
ふむふむ
お呼ばれしちゃった
食べていいんだ。
貰ったんなら、食べないとむしろ失礼だよね
偉い人達と話すのにも疲れたし、息抜き息抜き
たまのご褒美くらいいいよね
『食べ応えありそう』
知らない声がそう言った。
「え」
「えっ?」
その言葉はすぐ隣から聞こえた。振り向くおにいさんの動きに釣られるまま私もそちらを向けば、私達のすぐ傍に見覚えのない人が一人。
声の主は、この山奥には場違いなスーツ姿の男性だった。
いつからそこに居たんだろう。私はその人の気配に全然気付かなったし、おにいさんもそうみたいだった。
その人は眼鏡をかけた若いサラリーマンといった風体で、突如どこからか湧いて出てきたのだ。
「なっ……誰だお前は!? どこから来た!!」
村の人達も知らないらしい。ついでに「お前らが呼んだのか!」と怒鳴られるも、私もおにいさんも勢いよく首を横に振った。
いや本当に誰!?
「だが、ちょうどいい! なんだか知らんが、貴様も贄にしてやる!!」
いきり立つ村人達は、私達に対し改めて凶器を構えた。再び緊張が走る。
そんな最中、私達の隣に現れたその人は徐に両手を上げると――中指を立てた。
ええ……? 見た目に似合わず過激そうな人だ。私がそう思ったところで、視界がおにいさんの手によって遮られる。
「不適切なハンドサインだったので」
「子供扱いされても困るんだけど」
「大人だとしても別に見なくたっていいでしょう」
「過保護」
「なんとでもどうぞ」
というかサラッと片腕だけで私を持たないでほしい。このマッチョめ。
「は? うわっ!?」
「え、何!?」
おにいさんが私に覆い被さって、目の前が何も見えなくなる。見えないというか、おにいさんの分厚い胸板が私の顔に押し付けられてて、ちょ、苦しい……!
元から手で隠されていたせいで、直前に何が起こったのか、今何が起こっているのかも分からない。
一体何が起こって――!?
せっかくだから、今日は豪勢にしよう
世間もそう言ってることだしね
メインディッシュ
まずは素材の味を生かした料理にしよう。
一本目は根っこから引っこ抜いてっと。
余計な枝葉を取って……うん、すっきり。
クソでかアルミホイルで包んで、それをこれまたクソデカ鍋に沸かしたお湯の中にぶち込む。
ソイヤ!!
あとは待ちます。
その間につけ合わせも作るか。
切り落とした枝葉をサッと湯通しして、祠はソテーにしよう。
ファイヤー!
……ふう。工程が多くて面倒になってきたな。
メインももういい感じでいいでしょ。
アルミホイルから取り出して、薄くスライス。中は綺麗に赤身が映えてるよ~。
そんで皿に盛る。
脇に枝葉と祠を添えれば、おしゃれで良い感じ!

【 禍惏のローストビーフ ボイル枝葉とソテー祠の付け合わせ 】
デザート
寒いとさ、甘い物が食べたくなるよね。
ってことで、はい。
この時期、よく見るやつ作ります。
こっちも幹を切り倒してっと。
切り株も回収。枝も切り落として、また後で使おう。
幹の部分にチョコクリームをたっぷり塗りたくる。
祠と枝とついでに切り株をぶっ刺して、いい感じの飾りに。
ついでにもうちょっとクリームを足す。
仕上げに、上から粉砂糖をまぶしてっと。
そうそう、確かこんなのだよね。
ってことで完成。
【 死貪のクリスマスケーキ ブッシュ・ド・ノエル風 】
私がおにいさんの胸元から顔を出せた時には、なんか全てが変わっていた。というか終わっていた……?
「なにこれ」
「料理、ですかね……?」
私が息も絶え絶えになりながら様変わりした現場を見ていれば、おにいさんから「なんでそんなに赤くなってるんですか」とやったことの自覚なしに言われてしまう。……色んな感情がごちゃまぜになって私は何も言えなかった。
この人、マジで……!! こっちは生贄にされるどころか危うくこの筋肉で死ぬところだったんだ。自覚が足りてないよ!
いやそんなこと言ってる場合じゃないんだ。
その生贄を捧げる宛先がなくなった、というか、原型を留めてない。祠と巨木があったはずの場所には、何か料理らしき、ナニかが……うん。ある。
おそらく現状を生み出した元凶のその人は、何かを説明するでもなく手を合わせる。
『それじゃ、いただきます』
……いただきます?
――目の前の光景に、理解が追い付かない。分かるのは、この地域の象徴が食われているってことだけだ。
「天然記念物が……樹齢ン百年が……」
「曰く付きみたいですし諦めましょう」
まあ未練は言うほどないけど。ってかレポートどうしよう。
フィールドワークの報告もどう言えばいいんだ。グループの人になんて説明すれば……いやもう知るか。来てないのが悪い。来てたほうが悪いことになってるわけだけど。
『ごちそうさま』
私が現実逃避している間に、現実じゃすっかり綺麗さっぱりなくなっていた。
「悪い夢でもみてたみたいだ」
おにいさんもぼんやりとした様子でそう呟いた。
今更ながら周囲を見渡すと、こちらを包囲していた村の人達は皆、腰を抜かし呆然としていた。手に持っていたのだろう鈍器やらなんやらの危なっかしい物々も、地面に取り落としている。
私は気の抜けたままのおにいさんを小突き、それでハッと気を取り直したおにいさん。私達は黙ったまま意見を合致させ頷き合った。
今の内に私とおにいさんはそそくさと退散する。
こんなところにいられるか!
去り際、おにいさんの肩越しに私が後ろを覗いて見ると、あの謎めいた人は何故かサムズアップしてきた。よく分からないまま、私も小さく手を振る。
なんだったんだろう、あの人。
目立つ高さと位置にあった巨木が二本も消えてしまった森、疎らにある民家。それらが見えなくなるまで、おにいさんは走り続けた。人ひとりを抱えたまま、体力の続く限りずっと。
その間、私も周囲や背後を確認していたけれど、追手らしき影はなく、あの騒ぎも嘘みたいに静かな夜道だった。
周囲の風景がすっかり移り変わった頃、おにいさんは息を切らしながら、ようやくその走りを緩めて立ち止まった。
「こ……ここまで、くれば……とりあえず、大丈夫……だと……」
おにいさんは真冬なのに汗だくの状態で、荒い息を吐いている。
それも当然だ。むしろよくここまで持ったものだと思う。
私だけでなく、余計な重りの重さも加わっていて、それを抱えてずっと走ってきたんだから。
そんな様子を見ていることしかできなかった私はかなり申し訳なくなる。……途中で声をかけようにも、おにいさんの気迫に負けて、口を出せなかった。
おにいさんが走るのをやめたので、それでやっと私は控えめに声をかける。
「あの、下ろしてくれていいんだけど……」
「あ。そうですよね」
おにいさんは手の甲で額の汗を拭いながら、「伊鶴さんって体力ないし、結局こうなるかと思って、つい」と、サックリ言い放つ。
否定はしないけど、なんで今こっちのこと刺した?
こんな時まで忖度しない物言いに、私がジト目になっておにいさんのことを見ても、彼は悪気なく私のことを見つめ返してくる。……。
状況や格好もそうだけど、こちらを見てくる彼の視線が柔らかくて……妙に気恥ずかしくなって、私は目を逸らした。
「おにいさんもちょっと休んだほうがいいよ」
「……はい」
おにいさんは危なげなく、私のことを地面にするっと降ろしてくれる、が――私の腕は枷で拘束されたままだ。
あっ、と思った時には遅く。通したままの輪が解けず、おにいさんの首元で引っかかった。
「おにいさんっ、腕ぁあっ首!?」
「っと、あわわっ」
地面に足がつく前に私の体重がおにいさんの首にかかり、おにいさんは咄嗟に前のめりになる。その動きに追従せざるを得ない私も仰け反る羽目に、……あ。
さすがのおにいさんもバランスを崩して、二人して地面に倒れ込んだ。
「いっ……」
……ったくないな。
予想よりもずっと軽い衝撃に拍子抜けしつつ、咄嗟に閉じた目をすぐに開けた。
目の前にはおにいさんの胸先があって、私は結局また抱きかかえられている。
二人で向かい合った状態で横倒しになっていた。
私を下敷きにしないように、おにいさんが身体を横にズラしてくれたようだ。それでいて、私の頭には手も回してある。
どうりで痛くなかったわけだ……。
おにいさんは今日一番ってくらい焦った顔をして、こちらを覗きこんでくる。
「大丈夫ですか!?」
「うん。おにいさんのおかげで私は大丈夫。むしろ、おにいさんは? 怪我しなかった?」
「俺も大丈夫です。……すみません、貴方の手のことをすっかり忘れてました」
「私も言うのが遅れちゃってごめん」
私は手を少し持ち上げて、おにいさんの首筋を確認してみる。
走り続けたことで紅潮した肌には、擦れたような細かい傷が浮かんでいた。そこはひと際に赤みが差していて、今にも血が滲んできそうだ。
……きっと私の手枷のせいで出来た傷だった。
私がその痛々しさに顔を顰めれば、向かい側で、おにいさんもくしゃりと表情を歪める。
「あぁもう……格好つかないな」
私に心配かけたくなくて、気付かれたくなったんだろうな。お互いに気を遣ってしまうから。
それが私にも分かるから、そのことには触れずに、私はおにいさんに向けて伝える。
「かっこよかったよ、ずっと」
途中よく分かんないのが挟まったけど、私だけじゃここまで辿り着けなかった。
おにいさんが来てくれたから、そばに居てくれるから、私もここに居る。いられるんだ。
私はおにいさんの首に腕を通したままなのを良いことに、その手でおにいさんの頭を抱き寄せる。少し癖のある色素の薄い髪に頬を寄せて、深く息をした。
じんわりと伝わってくる熱が心地よいのは、冬の寒さのせいだけじゃない。
「逸。来てくれて、ありがとう」
「……はい。伊鶴さんも無事で良かったです、本当に」
おにいさんは私の肩口に顔を埋めて、それ以上何も言わなかった。そのまま私の背中に腕が回って抱きしめ返される。……感極まったらしい。
捕まっていた私も生きた心地がしなかったし、それを一人で助けに来たおにいさんはもっとそうだったに違いない。
私達はお互いの無事を確かめ合うように、寒空の下、何の変哲もない地面の上で、しばらくそうしていた。
私は腕を上げて、おにいさんの頭を通して外す。先に立ち上がったおにいさんから手を引かれて、私も立ち上がった。その手の間でお守りがまたカサリと音を立てる。
「どうやって帰ろうか」
「できるだけ村から離れてからタクシーを呼ぶ、とかですかね」
「でもお金」
「こんな時までそんな心配しないでください」
あ、荷物。……もういいや。
難しいことも心配事も考える気力がなくて、全部を丸投げにした。
私は溜息を吐き、白くなった息が霧散する……その前に、それを置き去りにして、ぐんっと身体が持ち上がる感覚。
いきなりまた抱きかかえられ、私はおにいさんの腕の中に納まっていた。
「やっぱり、こうしていても良いですか」
どういうつもりなんだと腕の中から見上げていれば、おにいさんからそう言われてしまう。
「おにいさんだって疲れてるでしょ」
「……でも、寒いんで、俺も」
おにいさんの言い分に、私は「ふーん」とも「んー?」とも聞こえるような相槌を打った。
「私を湯たんぽ代わりにする気だ」
「俺も汗かいたから冷えるんですよ」
それなら……仕方ない。うん。
私が「先にせめて一言」と咎めれば、素直に「すみません」と返ってくる。
そして、確かな足取りでおにいさんは歩き出した。
「車呼べそうなところまで我慢してください」
「我慢というか、もう乗ってる気分だよ」
私は身体から力を抜き、とん、とおにいさんの胸に頭を置く。
ちょっとだけおにいさんの肩が揺れて、心配そうな視線が一瞬向けられたのが分かった。だから、まるで呼び止めるみたいに、手を軽く上げて。
「ヘイ、タクシー! 私を家まで連れてって!」
冗談めかした私の言葉に、おにいさんは「ふふっ」と笑みをこぼして、口元が緩んだ声で答える。
「良いですけど、料金上乗せしますよ」
「具体的には?」
「……ココア一杯?」
「安いな!! せめて一年分とかにしようよ」
「景品じゃないんですから」
「おにいさんってば無欲だね」
「そうでもないですよ。学生にタカるほどじゃないだけです」
そんなんじゃ一生かかっても払いきれないよ。
私を抱えて進む足取りは、彼も疲れているはずなのに軽快で、私一人くらいなら大丈夫だと言われている気になる。だから、つい、預けていたくなった。
そうやって揺られている内に、私は本当のほんとに気が抜けてしまって、おにいさんの腕の中で脱力する。そしてポツリと呟く。
「ロクロに会いたいなあ」
予定より帰るのがずっと遅くなってしまった。ロクロも寂しがってないだろうか。……ないだろうなぁ。
マイペースな家族のことを思い浮かべて、私も笑みをこぼした。
後日、村でなくしたはずの荷物が家に届いていた。
……深く考えるのはやめておこう。
とりあえず空に向かって感謝を述べておくことにする。
ありがとう、親切な誰かとかみさま。
― 終 ―
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