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大学のグループワークのメンバーが、一人は風邪、一人は食中毒、一人は予定を忘れて遠方へ、とかいう纏まりのなさにより、私一人で現地に行く羽目になった。
なんの為に組んだグループだよ。しかもフィールドワークに一人でなんて。
この時点でかなり運がなかった。
勿論、活動日の変更を行いたかった。延期だよ、こんなの。しかし、そうもいかないのが現実である。
年末に近いせいで、この日を逃せばもう対応できないと、アポを取った時点で先方に言われてしまっていたのだ。それ以外となると年明け以降の春先となり、そうなるとレポートの提出期限に間に合わなくなる。
日程に余裕がなかった。これもまた運がなかったと言える。
そう、運が悪かった。
そんなふうに重なった諸々の中で、最も最悪な運の悪いこと。それは、赴いた先が所謂〝因習村〟だったってことだ。
思い返せば、それらしき兆候はチラホラあった。
案内人の「来られたのはたったお一人ですか?」という、露骨な驚き方と残念がる様子。村に住む人達から遠巻きにされつつも、じっとりと品定めをするような視線。村の主要産品の源である、どこか薄暗く閉鎖的な雰囲気の漂う森林。その土から微かに湧き上がる饐えた臭い。
うなじが冷たい指先でなぞられているような感覚がずっとあった。だから、全て終えた時、やっと帰れると思って、――気が抜けていた。
「帰る? はあ。おかしなことを仰います、ねッ」
私の背後からバチバチバチと激しく弾ける音、身体に電流が走ったみたいな衝撃――まさしく、そうだった。まさか自分が使われる側になるなんて。
私は手に持っていたスマホを取り落とし、受け身も取れず地面へ崩れ落ちた。その状態でロクに動けない私の口元へ布が宛がわれ……そこからの記憶は途切れている。
意識を失う寸前で、「刻がくるまでこの贄を逃がさないようにしなければ……」という呟きを耳で拾ったのが、これまた最悪だった。
目覚めたら、両手は金属製らしき枷が嵌められて前で纏められてるし、片足も足首に錠と鎖がつけられて壁に繋がれていた。
周囲は屋内であること以外よく分からないし、ロクに明かりもない。自分の手荷物もナシ。服装は変わっておらず動きやすい防寒着のままなのが唯一マシな点だった。
かなり高い位置にある大き目の窓から、少しだけ外の様子が窺える。日は暮れて、とっくに夜になっているみたいだ。それでも真っ暗じゃないのは、空が晴れていて、ここからじゃ見えないけど月が出ているからのようだった。
手枷は冷たくて重たいし、足の鎖だって引っ張っても叩きつけても壊れる様子がまるでない。……逃げられない。絶体絶命だ。
暗くて埃っぽくて寒々しい場所で、ひとり、座り込む。
今頃、本当なら家に帰りついていたはずなのに。それで、心配性な彼に今日のことを話しながら、飼い蛇のことを愛でていたはずだったのに。
「もう一回だけでいいから、会いたいな……」
繋がれた手で膝を抱えた時、ポケットに何かがある感触がした。なんとか取り出すと……あの『お守り』だ。
……これくらいしかできることはないのかもしれない。
私はそれを両手で握ると、ガラにもなく、あの時と同じように祈る。
「かみさま、」
バキッ……と、硬い物が折れたような音がして、肩が跳ねた。
わずかに差し込んでいた月明りも遮られる。思わず唯一あった窓を見上げれば、そこから大きくて暗い影が落ちてきた。音からして質量のある重い物のようで、それが暗がりで蠢く。
ごくりと、嫌に大きく自分の喉が鳴る。座ったまま後ろに下がろうとして、足につけられた鎖がカラカラと嗤い声をあげた。
大きな人型の影が一歩一歩近づいてきて、月明りの下に照らされる。
「やっと見つけましたよ、伊鶴さん」
「え……?」
月光で露わになった人影。その正体は、小野道 逸――!?
「怪我はないですか」
彼は私の傍まで来るとしゃがんで、私と目線を合わせた。
「おにいさん? なんで? 夢?」
「夢じゃないです。それを言ったら、今の貴方の状況こそ夢であって欲しいじゃないですか」
「……確かに」
どうして村の場所を、ってのは聞くまでもない。私がどこへ何しに行くのかも彼に話していたからだ、愚痴としてだけど。
そんなふうに気乗りしなかったグループワークが突如として単独のフィールドワークになったのを、当の私より心配していたのもおにいさんだった。
しかし、それでこうやって駆けつけてくれたのは都合が良すぎて夢みたいだ。
「貴方からのボイスメッセージ、嫌な終わり方してました」
「え、あぁ……送れてたんだ、あれ」
フィールドワーク中に録音していたインタビューとは別に、自分の考えを纏めるための音声を私はスマホに吹き込んでいた。それで、色々とメモ代わりに喋った後に「今から帰る」と記録した。……ように見えたのだろう。
相手には、活動中のことを記録させてもらうことと、一人で喋っているのもレポートの為の記録なので気にしないで欲しいと、そう告げていたのだから。
まさか外部へボイスメッセージを送っているとは思わなかったのだろう。
私だって、いつもなら誰かに送るものじゃない。対人であれば電話かテキストベースで連絡するのが普通だ。
だけど、おにいさんから「どんな感じなのか知りたいです」と請われていたし、今回は一人で動いてたのも相まって、おにいさんへの報告を兼ねてそうしていたわけだ。
それがこんな形で役立つだなんて、本当に偶然の産物だった。
「でも、だからって来ちゃうんだ」
「何事もないならそれでいいですから」
おにいさんは「電車も最後の一本で来たんで、本当にギリギリだったんですけどね」なんて、簡単に言ってしまう。
突貫すぎる、もし私に何事もなくて行き違いになってたら帰りどうするつもりで……ダメだ。こっちにまで心配性がうつってる。
「警察は?」
「行ったんですけど、場所を言った途端にイタズラ扱いされちゃって」
「うっわ、あからさまだね」
「一気にキナ臭くなりますよね」
信頼できないとか信用できないとか、そういう話ではなく、なんらかの方法で通用しなくなっている気がするのだ。……嫌になるね。
おにいさんは話しながら私の状態を確かめると、小さく息を吐いた。
それから私の足に繋がっている鎖を手に取り、それを辿って壁際まで行くと、私におにいさんのすぐ後ろでしゃがむように頼まれる。
不思議に思いつつも私が言われた通りにすれば、おにいさんは鎖を自身の腕に巻きつけると、それを引っ張りながら壁に向かって蹴りを入れた。
「フン!」
「わ、わぁ……」
ガキョッだかガゴッだかいうヤバい音を立てて、鎖を固定していた根本ごと壁から外れる。私がどんなに頑張っても外れやしなかったのに。やはり筋肉なのか。
「すみません。俺にはこういう形でしか外せそうになくて」
おにいさんは申し訳なさそうに「手も外してあげたいんですけど、貴方に怪我させちゃいそうで……俺にはできないです。すみません」と重ねて謝った。
その言い方じゃ、私じゃなくておにいさんがこうなってたら自力で外してそうだ。
「そんなに謝らないでよ。これで私もここから出れるわけだし。……ありがとう」
「はい……。でも、まだ感謝されるには早いんで」
「それもそうだ」
状況が好転しても、危機的なのは変わってないんだ。まだ気を抜いちゃいけない。
にしても、どうするか。
鎖を足に巻き付ければ、片足だけ妙に重くなるし走りづらい。手に持つにしたって鎖の長さに気を付けないと転ぶ羽目になる。そもそも手は大して動かせないままだし……さて、どっちを取るべきか。
私が決めようとした時、おにいさんが私の前で片膝をついた。
「腕を前に出して、そう……で、肘を少し曲げて広げて、輪っかにしてもらえませんか」
「こう? わっ!」
言われた通りにした途端、ずぼっと、私が広げた腕の間から、おにいさんの頭が出てきた。
ちっか!! 近い! 顔が近い!
突然のことに私が目を白黒させても、おにいさんはこちらの反応を構いもしない。
彼は私の背中と膝裏辺りに腕を回すと、私のことをさらっと抱え上げた。私の足首から下がったままの鎖も纏めて持ち上げてしまう。
ぐっと私の身体を抱えつつ立ち上がるおにいさんの動きが分かって、私も腕に力が入る。おにいさんの首に抱き着く形になるけど、それどころじゃない。
たっっっか! 目線が高い!! 大丈夫かな、これ!? 落ち……ないな、これ。
ガッチリと嵌まったままの手枷とそれを支えている筋肉質な首筋を見て、スンと冷静になる。
「これじゃ離れらんないよ」
「はい」
はいじゃないが。
どういうつもりなんだと、すぐ横に来たおにいさんの顔を覗きこむ。おにいさんはそんな私の動きに気がつき、互いの向きと体勢を整えて私と向き合った。
「絶対に離しません」
おにいさんは、彼と同じ高さにきた私の目をじっと見つめると、私を抱える腕に力を籠めた。
「何があっても、俺が貴方を守ります」
おにいさんが真剣にそう言うから、私は言葉を失ってしまう。
彼は本気だ。きっと本当にそうする。
なんで、どうして、そこまで。そんな言葉が浮かぶけど、その全部を呑みこんだ。言うべきなのは、そんな言葉じゃない。
「それじゃ、私達、運命共同体ってことで」
私はそう返して、自身の両手を彼の首の後ろでぎゅっと合わせて握る。
だって、一方的に護られるだけなんて嫌だ。それに一蓮托生じゃ、ちょっと縁起悪いし。
おにいさんは私の返事にきょとんとしてから、その表情をゆっくりと崩していく。
「はは……貴方って人は……」
彼はあの日みたいな、ずっといい顔をして微笑んだ。
――その時、がちゃがちゃと、何かが擦れ合う音がした。二人して、その方向を向く。位置からすれば出入口がありそうな方向だ。
「……誰か、入ってくるみたいですね」
「うん……」
それなりに物音を立てていたからだろう。もしくは「刻がくるまで」が来てしまったか。
先程までの空気は霧散し、緊張が張り詰める。
「少し、手荒くいきます」
声を潜めて話すおにいさんに、私は小さく頷きを返す。
おにいさんは外の様子を窺いつつ、できるだけ静かに動いた。私もその邪魔にならないよう、おにいさんに張り付いて息を殺す。
その間も、外からの物音は止まない。そちらへ近づいていくにつれ、微かに人の声も聞こえてくる。
そして、ついにザリザリと硬い物が擦れて動く音がし始め、そこから細い光が差し込んだ――!
開いていく重たげな扉を、おにいさんが内側から蹴り飛ばす! その勢いで一気に扉を開け放ち、私達は外へ飛び出した。
おにいさんから扉ごと弾き飛ばされた村人が怒声を上げる。その制止も振り切り、おにいさんは私を抱えて駆け出す。
後ろを振り返ると、私が閉じ込められていた場所が蔵だったのが分かった。
今日は月明りが本当によく通る夜のようで、それは私達にとって良いこととは言えないみたいだ。……ああ、本当にツイてない。
おにいさんは人ひとりを抱えていると思えない速さで、片田舎を走り抜けていく。
だけど周囲は視界の開けた畑ばかりの風景で、私達の姿は嫌に目立ってしまって、遠目からでもすぐに見つかってしまう。
無駄に広い土地のくせして逃げ場はないなんて本当に最悪だ。
見れば、こちらを追ってくる人達が全員、明らかに無手じゃなかった。
その目的も明確には分からないが、私を襲って監禁してきた連中だ。何をされるか分かったもんじゃなかった。
その上、地の利が向こうにあるのは当然で、おにいさんはどうにか包囲を抜けようとするも、行く先々に回り込んでくる。この村の人達はどうやってでも私達を逃す気がないらしい……。
この村の象徴ともいえる場所、二本の巨木と二基の祠があるところまで、私達はいつの間にか追い込まれてしまった。
巨木と祠を背にして、おにいさんと私は物騒な人達と対峙する。村人達はそれぞれ持つ農具やら金槌やらを振り上げ、思い思いにがなり立てた。
「二人纏めて贄にしろ!」
「番いの禍惏と死貪に捧げるんだ!」
「飢える前に献上するべし!」
「リア充爆発しろ!!」
花梨と紫檀に捧げる?
それらの種が、この地域特有の特産物に使われているのは聞いている。私がここに赴いたのも、それが関係しているようなものだ。
それがまたなんで、……考えている猶予はなかった。
ぞろぞろと群れる動物のように、人々は輪を狭めていく。
何が地方の過疎化だ。こっちからすれば多勢に無勢、勝ち目なんて……。
今度こそ、正真正銘の絶体絶命。
おにいさんの横顔に目をやれば、季節に反した汗が伝っていた。
……自分というお荷物がいなければ。そもそもここに来たのも自分のせい。おにいさんは何も関係ないのに。
「おにいさんだけでも……」
「やめてください」
私が腕を彼の首から外そうと上げかけたところで、その腕をおにいさんに掴まれる。
私の動きも言葉も遮って、力強く。でも、それは私を傷つけるようなものじゃない。
「伊鶴さんが言ったんじゃないですか」
強い語気で、私を諭す。
「俺達、運命共同体だって」
その声は何かを――言葉を、未来を……私を、信じている響きを伴っていた。
こんな状況でも、彼は悲観していなかった。
それなのに、私だけ諦めるわけには……いかない。
でも、自分に何ができるだろう。……いや。何もない。
だからこそ、今度こそ。きっと今が、その時だった。
握り締めたままだった『お守り』を両手の中に感じながら、目を閉じて。
「たすけて、かみさま……!」
さすがにこの状況は人の身に余るし、助けてやっても構わないけど
……そうだ
お前もいることだし、
呼ぶのも悪くないね
お前の指先ひとつで出来るだろ
……なあ。そこで見てる
お前だよ
アイツに関わるのはちょっと、かなり嫌だけど
……
一番丸く収まるだろ
それとも、力のない奴らが藻掻くのを眺めるのがお好みか?
あの時みたいに
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