第1話【宣戦布告】4/7(月)

黒薔薇のトリカゴ第1章。






「おい!」

突然の大声に肩がびくりと跳ねる。無遠慮に鼓膜を揺さぶられ、朔叶さくとは胡乱げに顔を上げる。机のそばにいたのは長身の褐色肌の男だった。焦げ茶色の短髪に糸のように細められた目。
朔叶は瞬時に脳内のデータベースを広げる。
確かこいつの名前は、相馬そうまれん。ラグビー部に所属していて、去年の学年順位は最下位。性格は剛直な熱血漢。朔叶が苦手なタイプの生徒だった。



空木うつぎ朔叶ぉ! お前に宣戦布告させてもらう!」

ビシッと鼻先に人差し指を向けられる。
とんでもなくめんどくさい気配がする。一瞬で察した朔叶はあからさまにうんざりした顔つきになる。内容を聞かなくても分かる、絶対めんどくさい。

弓庭ゆば文花ふみかさんの心はおれが奪うと!」

…………

あ、こいつ、よりによって落としたらいけない爆弾を軽率に落としやがった。クラス全員がそう思ったし、近くに座っていた生徒たちは音を立てずに立ち上がり、教室の後方へ避難した。これが放課後ならカバンを抱えて逃げるところだが、あいにくこのあとはホームルームの時間だ。教室の外へは逃げられない。
朔叶の前方に座っているすぐるは、やれやれといった風にため息をつき、おもむろに机の中から文庫本を取り出して読み始めた。トラブルメーカーな友人を持った者の慣れと肝の据わり方だ、堂々としている。……まぁ単純に席を立つのが面倒だっただけなのだが。

…………へぇ」

そこに空気と同化しそうなほど静かな朔叶の声が落ちた。声というよりもはや吐息に近い音。そこに怒りは含まれていない。代わりに凍てつくような冷たさがあった。

「面白いこと言うね、君」

全然面白くなさそうな抑揚ゼロのトーンで言った。しかし煉は鼻の下を指で擦りながら、

「へへ、そうか?」

バカ正直に照れていた。真のバカ野郎だ。
よく見ろ、朔叶の表情を。口元は笑っているが、目が笑っていない。凍っている。よくこの絶対零度の表情の前でよくも爽やかに笑えるものだ。心臓の毛がたくましく生えすぎている。

「でもふみちゃんの心を奪うなんてこと、君にはできない」

朔叶は机に右手をついて、カタリと立ち上がる。不揃いな髪の隙間から覗く青緑色が冷たく鈍い光を放った。その静かな威圧感に教室の温度が下がった気がした。体感的に三度くらい。

「そんなのやってみなきゃ分からねぇだろうが! 」

下がった温度を巻き上げるような勢いで煉が叫ぶ。立ち上がったことで物理的な距離が縮まったからか、先ほどよりも熱量のこもった声が明確に鼓膜を貫く。朔叶はわずかに眉をひそめたが、目は逸らさず頭が高い煉を見上げる。

「ふみちゃんは僕以外になびかない。絶対に。それは変えられない事実だ」
「随分自信があるようだな! その自信をおれが引き剥がしてやる!」

己の拳と拳を突き合わせて、煉はニッと歯を見せて笑う。対して朔叶は依然として目だけで威圧を継続していた。一触即発な空気の中、傑だけが真面目な表情でページをめくっていた。