【プロローグ】4/7(月)

黒薔薇のトリカゴの始まり。





「忘れ物は無いね?」
「うん」
「じゃあ行こっか」

午前八時前。玄関でリュックの中身を一通り確認してから外に出る。朔叶さくとが鍵をかけ、扉をしっかり閉める。
それから二人はどちらからともなく手を繋ぎ、家の門をくぐって歩き出した。
今日はとても良い天気で、綺麗な青色が空一面に広がっている。新しい学年を迎えるのに絶好の快晴日和だ。
家から学校までは徒歩十五分。余裕を持って出発したから肩を並べてのんびり歩く。

「ねぇ、さく」
「ん? どうしたの、ふみちゃん」

道のところどころに咲いた満開の桜たちの横をいくつか通り過ぎた辺りで、不意に文花ふみかがぽつりと呟いた。

「もうお母さんにごはん作らなくていいから」
「どうして?」
……何だかよく分からないけど心がモヤモヤするの」
「そっか……

固く薄暗い表情で俯く文花に、朔叶は深追いしなかった。かれこれ十二年、幼馴染をしているし彼女と家族の関係値はよく知っている。
普段は寛容でおおらかな文花が難色を示すのは、決まって家族――特に実母に関することだった。昔から家事や子どもの世話を放棄して、その辺をほっつき歩く無責任を具現化したような人。
だから当然家族からの信頼は薄く、もはや他人に近いと以前文花が無感情に吐き捨てていた。
そんな人にまで朔叶が気にかける必要は無いと暗に言いたいのだろう。

「分かったよ。これからはふみちゃんのためだけに作るね」
……ありがとう」

文花は朔叶の返答にゆるりと顔を上げると、嬉しそうにはにかんだ。先ほどまでの思い詰めたような薄暗さはさっぱり消えていて、内心ほっとする。文花は美人さんなのだから、暗い表情より笑っている方が何倍も素敵で似合う。

「ふみちゃん、かわいい」
「? なに急に」
「思ったことをそのまま言っただけだよ」
……そう」

声音はそっけないが、耳は少し赤く染まっていた。「照れてる。かわいい」ともう一度重ねて言えば、今度はぷいっとそっぽを向かれてしまった。それでもぎゅっと握った手を離さないところがすごく愛らしい。

「こっち向いてよ、ふみちゃん」
「やだ」
「なんで?」
「さく、絶対いまニヤニヤしてる。見たらほっぺ叩いちゃうかもしれない」
「ニヤニヤなんてしてないよ〜。でもふみちゃんにほっぺ叩かれるなんてご褒美だね♡それなら尚更こっち向いてほしいな♡」
「気色悪いから絶対やだ」
「ふみちゃん〜〜!」

仲良し……というより、はたから見れば完全にいちゃいちゃしている二人の近くを別の学校の高校生は、「ケッ、リア充がよ」と憎々しそうに一瞥しながらすれ違っていった。

……しかしそんなあなたに衝撃の事実を伝えよう。この二人は距離がとてつもなく近いから勘違いされやすいが、「ただの幼馴染」。






つまり、付き合っていないのである。