ムームー
2025-12-12 17:30:22
7936文字
Public MHA
 

約束

中学時代の瀬呂くんのお話。相互さんネタ提供。



 瀬呂とクラスメイトが到着したのは、学校の体育館だった。今日は使う部活がないのか、誰の姿も見えない。

「誰もいないん?」
「本来バスケ部の日なんだけど、顧問の玉置が休みじゃん?だから今日は急遽陸上と合同で体力トレなんだと」
「なるほどね」

 そんな雑談を交えつつ、瀬呂は目的である天井を見上げた。そこにはたくさんの、生徒のうっかりでハマってしまったバレーボールやバスケットボールの姿が。瀬呂が数を確認し始めると、クラスメイトが体育館内の電気を点けてから開いていた扉を全部閉めた。それはこれからやることを、他の誰にも見られないようにするためである。

「準備出来たぞ!瀬呂、頼んだっ」
「ったく、しゃーねぇなぁ!」

 クラスメイトの言葉を皮切りに、瀬呂は天井に挟まったボール目掛けてテープを伸ばし、一つずつ回収していく。

ーー的確に。手を遠くに伸ばすイメージで。
ーー天井の梁に証拠が残らないように。
ーー落とす時は拾うあいつの近くに落ちるよう
ーーでもぶつからないようにテープの剥がれるタイミングを調整して

 毎回頼んでくるクラスメイトはもう慣れたのだろう。瀬呂の落としたボールを、サクサクと回収して回ってくれている。息のあった2人のコンビネーションによって、5分も経たずに天井のボールはほとんど回収された。

「ーーーっと、いっちょ上がりっ!」

 そう言って最後の一つにテープを貼りつけて、グッと引っ張って瀬呂が梁から外す。重力に従って落ちてくるそれを、クラスメイトがレシーブで上手に宙に打ち上げた。そこで彼がバレー部だったことを瀬呂は思い出す。

「瀬呂!アタックアタック!」

 クラスメイトがそう言って、たくさんのボールの入ったカゴを指すので、瀬呂は狙いを定めてカゴに向かってアタックを打った。ガコンッという音が響いて、見事にそれはカゴに収まる。

「さす瀬呂~!」
「ま、ざっとこんなもんよ!」

 彼が定期的に頼んでくる作業それはこの体育館の天井にハマってしまったバスケットボールやバレーボールの回収作業だった。初めこそ瀬呂はなんとなく、人付き合いの一環で手伝っただけだった。しかし「これっていい個性訓練になんじゃね?」と気付いてから、毎回頼まれる度に付き合うようになったのだ。
 締め切ったままには出来ない体育館の扉を瀬呂が開放していると、ボールのカゴを倉庫にしまったクラスメイトが手伝いに戻って来た。

「いやー!マジで助かったわ!バスケ部の奴らもボール減ってて困るっつっててさ」
「そーなん?」
「そーそー!授業とか休み時間にふざけて個性使って、ああやって天井に嵌めて遊ぶのが最近流行ってるみたいでさ。こちとら最悪よ」

 瀬呂はうっかりだと思っていたようだが、どうやら違ったらしい。クラスメイトの愚痴に思わず、

「何それ、もう ヴィランじゃん」

 と瀬呂が苦笑いを返すと、クラスメイトが

「そうなんだよ!だから助けて、未来のヒーロー!」

 と前のめりにノってきた。

「今はヒーローじゃないんだから、これが限界だね」

 とニッと瀬呂が返せば、

「くっそー!真面目なヤツめ!」

 とクラスメイトは頭を抱える。

「真面目といえばこれとかもさぁ、別に言っていいじゃん。なんでダメなのさ??」

 クラスメイトがそう言って天井を指差した。その指を追った際にたまたま体育館に備え付けの時計が視界に入り、瀬呂は立ち上がりながら問いに答える。

「あんね、昼飯ん時の『腹一杯になったから食べかけの焼きそばパンの袋閉じたい』とかだったら、そりゃ瀬呂くんだって『ほいどーぞ』ってサラッとやりますよ」
「変わんねぇじゃん」
「いや違うっしょ。あんな天井までテープ伸ばすなんて、『ちょっと個性使う』どころの話じゃないって」
「え、もしかしてめっちゃ疲れる?!」
「そういう問題じゃないんよ」

 この世の中で個性を堂々と使えるのはヒーローだけ。幼稚園で何となく教わるそれは、小学校に入ってからは「道徳」として何度も繰り返し教え込まれる世の中の「常識」だ。とはいえみんな「他人に迷惑をかけない」とか「自分の生活をちょっと便利にする程度」とかなら、何となく使っていいと判断している人が多かった。
 とはいえその考えにおいても、自分の身長の2倍の距離に向けてテープを伸ばしてボールをとるというのは、瀬呂にとっては「生活をちょっと便利にする」範疇を越えている気がしたし、本来用務員の人が脚立を使って回収したりするわけなのだから、瀬呂がやる必要も無いことなのも事実なのだ。
 クラスメイトは納得のいかないような唸り声を上げていたが、瀬呂がカバンを背負うと同時に、声をかけてきた。

「瀬呂ー」
「んー?」
「あんさ、俺この問題はずっと解決しないと思うんよ。だからさ、瀬呂がヒーローになったら堂々と助けに来てくんね?俺の後輩のこと」
「いやまだヒーローになれるかなんてわかんないって」
「いやなるでしょ。瀬呂だし」
……うわ、何それ。本気で言ってる?恥ずいわぁ」
「そういうこと言うなよ!!」

 怒るクラスメイトに、瀬呂はヒラヒラと手を振って、

「ま、考えとくわ」

 と思いに軽く応えて体育館を去った。