タロ文庫の作品置き場
2025-12-09 10:03:21
35365文字
Public 作品
 

食事中は他事厳禁

2020-12-25--2021-01-03
吸血鬼ウィンと好奇心旺盛ティーム。
吸血鬼が人外では無く更に人間と共存する世界での、付き合ってない二人がくっつくまでの話。




 高校時代、性教育の講義の終わりにコンドームが配られた。それと一緒に渡された小冊子には『正しいセックスのやり方』と書かれており、コンドームの付け方と男女におけるセックスのやり方が柔らかい表現とイラストで記載されていた。多感な年頃の同級生達は大いに盛り上がって、知ってるとか知らないとか話していたのをティームも冊子をペラペラ捲りながら聞いていたのを覚えている。初めのページに『大切な相手と大切な自分を守るために』と書いてあった。まだ実家の部屋のどこかにあるだろうか。
 そこにはやり方や心構えが書かれていたが、そもそもの前提である『大切に思う相手』を『まず好きになります』なんて書かれていない。それはお互い話をして済ましておくことなのだ。
『はじめての吸血ガイド』も同じくそれよりも前にしなくてはいけない事があったはずだ。ティームは合意しかしていない。自分とウィンはそれを飛ばしている。
 冊子で得られる〝吸血鬼“の知識ではなく〟ウィン“の意図を得るために、ティームは助手席の窓を叩くウィンに車のドアを開けて車内に招き入れた。
 
 
 
 ウィンが薦めてきた店は大通りから一本中に入った路地にある屋台だった。人気があるのか表に並ぶテーブルはそこそこ埋まっている。スープから立ち上る湯気の匂いだけでも嗅覚が美味しいとティームに訴える。
 部活後の身体は神妙な精神の影響を受ける事なく目の前の食事を求めて目を輝かせ足を早めさせた。
「ここはな、なんと言っても鴨肉も扱ってるんだ」
 そんなティームの肩にがっつりと腕を回して、ウィンは自分の胸元に引き寄せた。耳元近くで楽しそうに呟く。
「お前好きだろ?」
肉なら何でも好きだ」
 唐突な接近にドキリと肩が跳ねる。肘で軽く胸を押して、それでも離れないウィンを引き連れて大股で鍋の前に近寄った。
 ティームが意図的に避けていた事を知らないわけではないのに、部室でも車内でも今もまるで以前のように接してくる。初めて噛んだ後も何事もなかったかのように振る舞ったウィンに腹が立ったが、今もまたその態度に真意が見えずティームも様子を伺いながらも普段と似たように対応してしまう。
 このまま言及しなかったらウィンは流すだろうか。
 またウィンが言い出すまで聞けないなんて悔しい。きっかけを作りたい。
 白い湯気をもうもうと立ち込める鍋を睨みつけているとウィンが店主にテキパキとオーダーをする。ティームもナムトックのスープに小麦麺のバーミー、横からウィンにつけられた鴨肉の他に豚レバーと肉団子をつけてもらう。勿論麺も具も大盛りだ。出来上がりを待って席についた。
 ウィンの手には同じくナムトックのスープにバーミー、具は鴨肉のみにしている。左手にはエビのカオパットが乗っていて、座るとティームの前に滑らせた。
「約束の奢りチャーハン」
 これまたエビとナンプラーと油の香りがなんとも魅力的でティームの腹が正直にぐぅと鳴る。慌てて押さえてウィンを見ると、口元に大きく笑みを浮かべて銀色のレンゲで黒茶色のスープ啜った。柳眉がピクリと動き一瞬眉間に皺を寄せたが、そのまま何も言わずにスープを啜り続けた。
 ティームも手元のラーメンのスープを口にして、豚レバーを頬張る。なるほど確かに濃厚でこってりしていて美味しい。プルック先輩流石だ。部活の後の身体が大歓喜である。
 そうしてしばらく無言で麺を啜りチャーハンを掻き込んで、ティームは前にウィンとラーメンを食べた時のことを思い出した。何度か寮に近い屋台で食べた事があるがウィンが注文していたのはいつも透き通ったあっさりしたスープだった。
先輩、ナムトックも食べるんだね。豚の血のスープだから?」
 ティームはうっすらと眉間に皺を寄せて麺を啜るウィンをチラリと見て話しかけた。ウィンの目が上がる前に視線をボウルに戻す。
「普段は食わない。最近どこかの小豚の血が飲めなくなったからな」
「おい」
 誰が豚だと思わず顔を上げると、しめしめという表情でウィンが鴨肉を口に放って咀嚼していた。その、嫌味にも聞こえる本題を軽く突いてこちらを様子見してくる顔が腹立たしくてティームは奥歯を噛む。
 負けるものか。
「その間、友達から貰えてたんだからおれは必要ないだろ」
「は? 何言ってんだ」
「金髪の人首触ってた」
「金髪? 首?」
 言いながらその時の様子を思い出して、口の中が苦くなってきたのを口いっぱいにチャーハンを食らう事で誤魔化す。少し押し付けがましくなったが売り言葉に買い言葉だ。
 お前には関係ないだろうと言われたら終わりだ。ティームに追撃の手はない。胸が少しだけ詰まったのを喉を通過する米とエビのせいにして水で流し込んだ。
 ウィンはしばらく綺麗な顔を顰めてから思い当たったのか、あぁと呟いた。
「噛んでねぇよ。あれはキスマークだ」
「キッ、!?」
 吸血行為より衝撃の単語にティームは自分の血圧が上がったのか下がったのか分からず、声が裏返った。
 もっと悪い。
 ティームの動揺が正しく伝わったのかウィンが眉をふよりと上げて言葉を続けた。
「俺じゃない。あいつの恋人が付けたやつ。周り全員を威嚇するみたいにべったり付いてたから揶揄ってただけだ」
「あの人の恋人
「キスマークって噛み跡よりも残るんだな」
 所有の意思が強い、と呟いてからウィンが麺を啜る。ティームは指先で首筋を撫でて口をもごつかせてから、同じように麺を啜った。
 ほっとしてしまった。
「気にしてたのか?」
「え?」
「俺がお前以外のやつの血を飲んだと思ってたんだろ」
……それは、」
 図星を真っ向から突かれて反射的に否定したくなる。ティームが口を開くのを遮るようにウィンは静かに言った。
「俺はお前以外からは飲まない」
 目線を上げるとウィンが箸を置いてティームを見つめていた。前にも言われたその言葉はパームの話を聞いた後だと余計に他意が含まれてるように聞こえて、ティームはじわりと体温が上がった気がした。
「なんでおれだけなんですか?」
「美味いから」
「他の人だって美味いかもしれないじゃん。ウィン先輩だったら、色んな人が飲ませてくれそうだけど」
 ティームは吸血の時の吸血鬼の真相を知らないふりをして問いかける。
 ウィンは男女問わずモテる。それは恋愛というニュアンスだけでなく、フットワークが軽く世話好きの為に顔が広いのだ。ウィンを吸血鬼だと知って、更に吸血だってさせてくれる人が必ずいるはずだ。寧ろそういう関係になりたい人だって、いるはずで。
 ティームは自分で言っていてダメージを受け始めた。
「お前の血が美味いって分かってるのになんで他のやつにわざわざ吸血鬼だって言って説明して血を飲まなきゃいけないんだよ。俺はお前の血がいいんだ」
 それでもウィンはティームに固執する。
 ウィンは吸血鬼だからパームと同じ知識を持っているはずだ。吸うことでティームに自分の何がティームに入り込んでいるか。ティームがそれを知らないと思って、口ではあくまで〝食事〟だと一貫している。
 だから、なんでおれにあんな甘いものを入れてくるんだ。
 ウィンの声と目がふわっと柔らぐのがいつも好きだったが今はとてもイライラさせてくる。
「先輩、もう食べないならスープ貰っていい?」
お前まだ食うのかよ」
 ティームは自分のボウルの中にある最後の肉団子を頬張ると腰を浮かせてウィンのボウルを引き寄せる。麺と具はすっかり食べ終わっている、黒茶色のスープをウィンの使っていた銀のレンゲで飲み始めた。
 ウィンが頬杖をついて呆れたように言うからティームはボウルから顔を上げずに早口で答えた。
「血を増やしておかないと。誰かさんがすぐに貧血にしてくるから」
 摂取してすぐ増えるものじゃない事は知っているけれど気持ちの問題だ。今日はウィンに声をかけられなくても、ウィンの部屋に行こうと思っていた。ウィンが望むかは賭けだったが、チラリと見た先のウィンはティームの真意を探るように墨色の目を揺らしている。
「血の気が多いから〝抜いた〟方がいいって言ったの先輩だろ」
「ティーム」
「手伝ってください」
 戸惑いながらもその目の奥には捕食の影が見え隠れした。ティームはボウルの中にレンゲを戻して豚の血のスープが滴る自分の唇を手の甲で乱暴に拭う。
「先輩の部屋に行きたい」
 
 
 
 寮までの道はウィンが運転した。
 重力を感じないブレーキングやコーナリングは相変わらずだったが、口数が少なくオーディオもつけず車内はエンジン音だけを響かせて静かに駐車場に滑り込んだ。
 ティームの押し黙る雰囲気にウィンも黙っている。
 エレベーターでも、いつもなら自分のフロアを押すついでにティームの階のボタンも押すウィンが一つしか押さなかった。ティームも拳を握り身体の横から動かさない事で、帰る意思がない事を示した。
 部屋に入りティームは初めて入った時と同じ位置に靴を脱ぐ。リュックを適当に床に置こうと身をかがめたところでウィンに後ろから抱きすくめられた。
「っ!」
 背中にぴったりと張り付き肩口に顔を伏せられる。身体がギクリと強張って、床に下ろそうとしていたリュックが二人分大きな音を立てて足元に落下した。
「先輩、ちょっと
 濃厚接触にティームは身じろぎする。身体の前に回されたウィンの大きな手がひたりと腹の上につけられて、もう片方の手が胸に当てられる。
 下手するとウィンの足を踏みそうで、体重を軽くかけられてる状態でうまく踏ん張れずティームはウィンの腕を掴んだ。
「流石に立ったままはキツいよ」
 吸っていいと確かに言ったのは自分だがいくらなんでも部屋に入ってすぐに求められるのは早急すぎる。
 まだウィンのどこもティームの素肌には触れていないが体温がじわりじわりと移ってきてティームの鼓動が大きくなってきた。掌で押さえられている為にドキドキしているのが伝わってしまってるかもしれない。ウィンは暫くティームの肩口に顔を伏せていたがティームが居心地悪く動き続けるので腕の拘束をゆるめた。
「なんだよ。おれの血は逃げないって」
 ティームはくるりと振り返ってウィンの肩を押すとウィンはその手を掴んでティームに向かって口端だけあげて笑った。
「お前は逃げただろ」
 ティームはグッと奥歯を噛んでその口元を睨みつける。言い返せない。
 そのまま引っ張られてベッドの上に乗り上げさせられる。また向かい合って飲まれるのかと身構えるとウィンはティームの背後に回ってベッドヘッドに凭れた。そしてまた後ろからギュッと抱きしめて強引に引き寄せられた。
 正面から迫られるのも気圧されたし向かい合って飲まれた時もくすぐったかったが、背後から包み込まれるように抱きしめられると居心地が最高に悪かった。
 体格はティームの方が良いのに長い腕がピッタリとくっついて、これまた長い足が外側からティームの足に触れる。
「ウィン先輩
 顔が見えずに何を考えているのかますます分からなくなってティームが苛立ちと不安を混ぜて振り返ろうとするのを前に回した腕で止めてウィンがしゅるりとティームのネクタイを解く。
「今日は逃げるなよ」
「誰が逃げるか」
 首の後ろから聞こえる声にムッとして肘でウィンの腹と思われるあたりを小突く。笑った空気がうなじを滑った。
 ウィンの長い指がシャツのボタンを外す。もともと首元が締まるのが嫌いなティームの制服は大きく開いている為に一つ外されるだけで鳩尾あたりまでが晒された。そのままつぷりつぷりと残りのボタンも外されて、ティームの前面がはだける。
 首を晒すだけなら全部を外す必要はないはずだ。ティームが慌ててシャツの中に入り込んできたウィンの手を掴むと、今度は大きく開いた襟元を噛んだのかグイッと引き下げられて首の真後ろに唇を当てられた。
 髪の生え際のすぐ下から頸椎の終わりまで柔らかい唇で撫でられ、はぁと熱い息がかかる。
 ウィンはまだ舐めていない。吸血鬼の唾液成分も感情の伝達も始まっていない。
 ただティームの肌だけがびくりと固まって、背中が粟立った。フリーズした隙にウィンの手はティームの素肌の胸と腹をひと撫でしてそのままぴったりと絡みつく。先程の服越しよりも早くウィンの掌から直に体温が伝わってきて、ティームは靴下の中で爪先をキュッと丸めた。
 抱きすくめられて気づいたがウィンは細身のようで力が強い。そして体温が高い。
「先輩、飲む気ある?」
 何か違うことをされている感じが今までのいつよりも濃くて身体が甘く疼いた。
 ウィンの唇はティームの肌に触れたまま頸椎から肩のラインに移動して、首筋を上る。その柔らかさと熱さにゾワリと粟立ちが増した。ティームの問いかけに唇が止まり、耳のすぐ下を思いきり吸い付かれた。
「いっ!」
 ぢゅっと大きな音を立てて痛みを感じるくらい強く吸われたのは表面の皮膚だけで、熱く濡れる感覚が一瞬して唇が離れた。
 キスマーク。
 ティームの頭に出てきた単語がそのまま熱を帯びて脳を巡った。
『キスマークって噛み跡よりも残るよな。所有の意思が強い』
 ウィンの言ったことを思い出してティームは堪らず声を荒げた。
「先輩がしたいのは食事じゃないのかよ!」
 吸血に関係ない触れ合いはどんどんティームを混乱させる。ウィンが指先に力を入れてティームの肌を強く擦った。
「そうだな」
 ウィンの呟きと同時に口が大きく開き、赤く鬱血した少し下の首筋を食んだ。ウィンの咥内で舌が蠢きティームの肌を濡らしていく。ピリピリとした痺れが首全体に広がってきて、ウィンの感情がくるとティームは身構えた。
 痺れはすぐに心臓を締め付けた。切なさが増して、バクバクと鼓動を乱す。急に心拍を変えられて深呼吸も間に合わず口から荒い呼吸がもれた。
「はっ、あ、あなんっ、で」
 胸が苦しい。
 強制的に身体の奥の何かを急激に高められてティームの足が何度もベッドシーツを小さく蹴る。上半身はウィンに拘束されて動けず、胸の前でギュッと拳を握った。ウィンの手が心臓の上にある。ティーム異変を知っているはずなのにウィンは濡らしていくのをやめない。
 ウィンの口で覆われた皮膚が柔らかく濡れそぼるとウィンは吸血鬼の牙をティームの肌に当て、一気にずぶっと挿しこんだ。
「や、あぁ!」
 痛みを緩和する成分が出ているはずなのに、足りないのかティームは全身が痛かった。あまりの痛みに身体が跳ねてウィンの腕を逆手で思い切り掴む。
「せ、せんぱ、い
 ぶわぶわと目元が熱くなり涙腺が緩んでいく。滲む視界にはウィンの姿も考えていることも見えず首を後ろに回したいが牙で縫いとめられ動けない。早急に皮膚を潜り血管に切先が触れているウィンの吸血鬼のそれが、次の一呼吸でぐぷりと根元まで入り込んだ。
「っ!!」
 あまりの衝撃にティームは声にならない悲鳴をあげた。腕を掴んでいた手で震えながらウィンの首のあたりを押さえる。手首にピアスが当たってその感覚にさえ震えた。
「や、だぁふ、深いっ」
 声帯に力が入らず小さく吐き出された声に、ウィンは更に顎に力を入れてぐりゅりと食い込ませる。人間のままの下の歯も肌に食い込んでティームの中に濁流が押し寄せてきた。
 その瞬間ティームの目の前が真っ白になり頭の中で星が散った。バチバチと弾け飛び、それは全身を巡って足先を突き抜けていった。
「う、ふっ
 心臓が握り潰されたように切なくてカタカタと震える身体をウィンから離した両手で抱き締める。波が去るのを待つも一向にその気配が訪れない。
 一人で腰の重みを処理した時の感覚。
 その何倍もの鋭さに触られてもいないのに達したのかと膝を擦り合わせるも濡れた感じも変化した感じもない。ティームは内側だけが激しく高められ降りてこれなくされたことがわかってぼろりと涙を流した。
 もう限界だった。
 ティームは渾身の力で身を捩りウィンの腕から自分を引き剥がした。ずるりと牙が抜けて、濡れた肌は熱を持っている。
「先輩は勝手なことばかりだ!!」
 ベッドの上で振り返り、ティームは涙を手の甲で拭ってウィンを睨みつけた。身体は小さく震え続け腰は抜けて、涙はあとからあとから湧いてくる。それを拭い続けながら、ティームがぐちゃぐちゃにされた心の中を吐き出した。
「先輩にとっては食事だろ? それしかおれに教えなかったくせに、なんでおれの中に色々入れてくるんだよ。色々入れてくるのになんで何も言わないんだ」
 鮮血で濡れる牙を舌で舐めとって収めて、ウィンがゆっくり口を開く。
「お前にとっても食事だけの方がいいだろ。吸血鬼から血を吸われる理由なんて」
「吸血鬼じゃなくてウィン先輩の理由を訊いてるんだ」
 ティームの首から温い体液が肌を伝う。じくじくと痛みがわいてくるがティームは胸奥の方がずっと痛かった。
 ウィンの目が熱っぽさを奥に引っ込めてティームの鎖骨を過ぎようとしている赤い筋を追う。
「ティーム、話は後だ。傷を塞がせろよ」
「嫌だ。先輩が先にちゃんと口で言え。感情だけ勝手に人の身体に注ぎ込んできて、食事に集中してないのは先輩だろ」
「ティーム! いいから先に舐めさせろ」
「先輩がおれに触る理由を先に言え」
 ウィンが伸ばしてくる手を叩き落として、ティームが涙が溢れる顔のまま睨みつける。最悪だ、啜っても啜っても鼻水も垂れてくる。
 最初は甘く痺れさせて心も身体も開きたくなるような征服される感覚があった。次は蕩かされながらも、暖かくて優しい気持ちもしっかり流れ込んできて安心感に身を任せた。今は激しい感情をぶつけられて、まだ何も始まっていないはずなのに修羅場が起きている。
 吸血行為はウィンが食事で片付けるには他事が混じりすぎていて、ティームが潜在的に育てていたウィンに対する感情を揺さぶり起こすには充分だった。
 首の痛みがずきずきと重くなっていく。血と涙がティームの首から胸に伝っていった。
 ウィンが観念したように静かに言った。
「俺はお前の血じゃなくて、お前の全部が欲しい」
 ひたりとティームに向ける目は注がれた感情よりもよっぽど分かりやすい。
「お前がいい。お前以外いらない」
 ティームが細かく瞬きをして目の中の余分な水分を頬にこぼす。
「好きだ」
 ウィンがそろりと指を伸ばして濡れそぼった頬に触れた。ティームはその指に少し顔を傾けて擦り寄ると詰めていた息をほっと吐き出した。
やっと言った。っ、うわ!」
 言葉で言われると心への浸透率が違う。ティームがまた新たに目の中を温かい水膜が張るのを感じているとウィンが強く腕を引っ張りティームをベッドに引き倒した。
 急な視界の反転に対応出来ないでいると首筋にウィンの顔が降りてくる。熱くて厚い舌が痛む箇所に押しつけられて、思わずウィンの肩口のシャツをキュッと握る。ズキズキしていた痛みが遠のき肌のひりつきも治った。ウィンが最後にぺろりとひと舐めすると噛み穴は塞がっていていつもより赤い跡がくっきりと肌に残っていた。
「傷、しばらく残っちまうな」
 止血を終えたウィンが一息ついてから顔を上げて真上からティームを見つめた。ティームは一際大きく鼻を啜ってから、じっとりとウィンを見返す。
「いいよ」
 ウィンの所有の意思が一つ増えただけだ。キスマークと噛み跡。どちらが先に薄くなっていくか、どちらが先にまたこの口がつけてくるか、ティームは鉄の匂いがするウィンの唇に視線を下げて考えて自分の唇をペロリと舐めた。
 その前に自分もウィンに所有の意思を付けたい。
 ティームは掴んでいたウィンのシャツを引っ張りながら逆らわず降りてくるウィンに向かって顎を上げる。目を固定していた唇がすぐそこまで来て、触れると思った瞬間にまたも逸れた。
「なんでいいんだ?」
 ウィンは首筋から伸びる赤い線にティームが待ち構えていた口を付けて、舌先を尖らせて舐めとっていく。
「ん
 鎖骨を抜けて胸元に降りた。手が鎖骨の下に当てられて掌で胸の上部をゆっくり押し撫でられながら、ちゅっちゅっと小さな音を立てて血液の筋を綺麗に消されていく。
「なぁ、お前も言えよ」
 もともと聡いウィンだからきっともう分かってるはずなのに、言わない限り食事として肌と血だけに触れるからキスはしないと言うように舐められる。
 二度の肩透かしに口をへの字に曲げて、ティームはボソリと呟いた。
「最初から何とも思ってないやつに、身体触らせたり舐めさせたり血を飲ませるわけないだろ」
 先輩として好いていた。はずだった。
 的確なアドバイスも泳ぐ姿に魅入るのも自分だけじゃなかったけれど、褒める時に頭を撫でてくるのも会う度に目が輝くのも自分だけが良かった。
 胸についた血の筋を全て舐め終えて、ウィンが顔を上げてティームを満足げに見下ろす。
 嬉しそうに笑う顔が綺麗で小憎たらしくて、ティームは今度こそ首の後ろを強く引き寄せてウィンの唇に所有の意思を持って噛み付いた。
 口の中で触れ合うウィンの柔らかさや熱さは肌で感じるより一方的ではなく、ずっと甘くて美味しいご飯を食べた時のようにティームを幸せにした。
「美味いな」
「今のは食事じゃないだろ」
「もちろん」
 小さなリップ音を残して離れるとウィンが笑う。
「でもさっき飲みはぐったからな。小腹はすいてる。なぁ、ティーム」
 細められる目がキラキラしていてつい見入ってしまうが、その中に悪だくみの色が混じった。
「血以外の体液はおやつになると思うか?」
 そう言いながらウィンの長い指がティームの唇から喉仏を通って身体の中心線をスーッと降りていきベルトの金具をトントンと叩いた。
 開けてくれとノックをするように叩かれて、ティームの顔が一気に赤くなる。
「きゅ、吸血ガイドにはそんな事書いてない!」
「他の吸血鬼は知らないけど、俺にはおやつになるかもしれないだろ」
「なるか! するな!」
 ウィンの指をどかすように身を捩って睨みつけるとウィンが口を大きく開いて笑った。歯並びのいい人間の歯がチラリと見える。
 先輩で吸血鬼のウィン。手が早くて言葉足らずのウィン。
 それ以外の彼のことで知りたい事は山ほどあるが、とりあえずまずはここから始めていこう。
「おれも小腹空いた。一緒に何か食べよう」
 ティームはうーうー唸りながらその幸せそうなウィンの顔を指先でさらりと撫でた。
「ウィン先輩の好きな食べ物を教えてよ。おれ以外で」









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あとがき
吸血鬼という設定を盾に、食事と接触、本音と建前、あからさまと誤魔化し、エロいことしてないのにエロいことしてる雰囲気を出す
相反するものを同じ軸で書くというテーマのもと書いてみました。
ウィンとティームってそういうちぐはぐな所があるなと思います。
タイのご飯を色々書いてみたかったので満足です。


最後まで読んでくださってありがとうございました。初パラレルの為に荒めの設定で失礼しました。
きっとBounくんの求める吸血鬼役は美しくて妖しく悲しい人外なんだろうなと思いつつ、あえて人内にしちゃいました。
それでも吸血鬼はマイノリティな存在で、ティームがウィンに対する認識を先輩→吸血鬼→個人と深めていって欲したかった。空気感だけ感じていただければ嬉しいです。