タロ文庫の作品置き場
2025-12-09 10:03:21
35365文字
Public 作品
 

食事中は他事厳禁

2020-12-25--2021-01-03
吸血鬼ウィンと好奇心旺盛ティーム。
吸血鬼が人外では無く更に人間と共存する世界での、付き合ってない二人がくっつくまでの話。




 ティームは、ボウルにたっぷり入ったカオトムと揚げたてのパートンコーをテーブルに置いて席についた。
 水泳部の朝練がない時は学食で朝ごはんを食べることが最近の習慣になっていて、ティームはいつもと同じように日差しが直接当たらない奥の方の六人がけのテーブルの端に座る。
 ほこほこと湯気まで美味しそうなお粥にはネギと茹で卵をトッピングしてある。ウィンが何かとタンパク質も一緒に摂れと口うるさく言ってくるからティームの定番になってしまった。
 席に着くと、ティームは癖になっている目の前にあるクルワンプルンを手元に引き寄せようとして、またウィンに言われたことを思い出した。
『お前は朝から味付けの足し算が多すぎる。塩分過多だぞ。ここのカオトムはな、ライム絞ってナンプラー二滴くらいが美味いんだよ』
 ティームは四種類の調味料の中からナンプラー瓶を取り出して小さいスプーンで二滴だけ垂らす。粥についてきたライムを両手で絞って、スプーンで大きくかき混ぜた。
 ひとくち口に入れると温かい優しい味にさっぱりした酸味と少しの塩気が丁度いい。癖がなくてするすると喉を通っていく。
「美味しい」
 揚げパンもちぎって粥に浸し、大きく口の中に頬張る。噛めば噛むほどじゅわりと油が滲みだし優しいお粥にパンチが加わって、ぐっと食欲が増した。
『な、美味いだろう』
 ウィンが居たら、恐らく得意げにニヤリと笑い自分も大きな口を開けて定番のジョークを啜っていたかもしれない。噛まなくていいから、なんて理由でウィンはカオトムではなく重湯に近いジョークを好んだ。
 朝練がない時は学食でウィンに奢ってもらい二人で向き合って食べていた。だが今はティームが粥を啜る対面には誰も座っていない。
 ウィンの部屋を飛び出した日からティームは部活以外でウィンを避けていた。以前のようにタイムを落とすと権限を使われ呼び出しをくらう可能性があるから、指導はきちんと受けて不調にならないよう必死に泳いだ。
 部活では先輩と後輩として接しておけばいい。だがそれ以外の場所でその関係以上のことを求められた時にティームはどうしていいのかもう分からなくなっていた。
 素肌に触れられて、舐められ噛まれ、体液を啜られる。
 それはウィンにとっては“食事〝だと理解しようとしてみたけれど、ティームにとっては紛れもない“接触〟で、これまでの人生でここまで他人に近づかれたことのないティームは混乱していた。
美味しい」
 手を止める事なくカオトムを口に流し込むと、胃から全身に優しい温かさが広がっていくのが分かった。
 ウィンはカオトムの美味しい食べ方を知っていた。それと同じ口で同じようにティームの血を美味しいと言う。ウィンにとっては粥もティームも同じ食事なのだ。
 自分だけが違うものに勘違いして身体を勝手に昂らせて、ウィンは何とも思ってない。一人相撲もいいところだ。
 それが苦しい。
 あの日からティームは食事のたびに何度も何度もその事について自分に言い聞かせるも、心のもやつきは消える事なくティームの気持ちを沈ませていった。
「ティーム、おはよう」
 はぁとため息をついてまたひとつ粥を掬っていると、つむじに柔らかい聞き慣れた声が落ちてきた。顔を上げるとパームが手にオムレツを持って立っている。
「パーム!」
「ここ、座ってもいい?」
 対面を目で指して尋ねてきたのでティームはびっくりした顔のままコクリと頷いてしまった。
「どうしたんだディーン先輩は?」
 入学当初はよく一緒に朝ごはんを食べていたが、ディーンと付き合う少し前からパームはディーンと食べたり自宅で済ませることが増えた為にティームは目を大きく瞬かせる。
 パームは席に着くと正面からニコリとティームに微笑んで、肩越しに後ろに目線を向けた。
「今日はティームと二人きりになりたくて、向こうで食べてもらってるんだ」
 向こう、と指された方に目線を向けると遠くても分かるディーンの姿が一つのテーブルに向かって歩いていた。そこには見間違うことは絶対にない金髪の少し猫背に座っている黒い翼を隠した制服の背中があった。
「っ!」
 同じ食堂にいたことに気づかなかった。
 ウィンはティームに背を向けて座っているがティームは咄嗟にパームの身体で遮るように身を屈める。ティームは隠れたものの、ディーンがウィンにこちらの存在を知らせるんじゃないかと思ってチラチラと様子を伺った。
「大丈夫だよ。ティームの事は言わないでくださいって言ってあるから」
「そ、そう
 確かにパームの言う通りディーンもウィンもこちらを見ることなく向かい合って座っている。するとウィンの隣にもう一人座った人物がいた。こちらも金髪の頭を揺らして、ディーンとウィンに話しかけている。ティームも何度か見かけたことがある、経営学部の彼らの友人だ。何か面白いことでもあったのだろう、ウィンが彼の方を向いて笑った。
 そしてそのまま肩に手を乗せて、長い指を彼の首筋に這わせた。
「え
 その仕草にはティームの身に覚えがある。噛み跡を探られた時の動きだった。
 友人が飛び跳ねて首元を押さえるとウィンの背中を拳で押す。二人で笑い合っているのを、ディーンは見もせず黙々と食事を続けていた。
 ティームはぼんやりとその様子を見続けて、口に運ぼうとしていたスプーンをボウルに戻す。
 ウィンは、あの人を噛んだのか。
 友達だから後輩よりは気心知れてるし気軽に頼めたかもしれない。それも吸血鬼の知識が少なくて〝おかわり〟を拒否して何も言わずに避けまくっている厄介な後輩なんかよりもずっと良い。
『人からの吸血は合意が基本中の基本だ』
 ウィンの声が頭に蘇る。それは言い換えると合意があれば誰のでも吸えるということで。
 ティームは首に指をあてて噛み跡を探した。胸の奥がチクリとする。
 お前以外吸わないって言ってたくせに。
「ティーム」
 思わぬパームの強い呼びかけが聞こえて、ハッと我に返った。
「あ、ごめん。ぼーっとしてた」
 パームは口元を小さく引き締めてからカラトリーをテーブルに置く。ひたりと真剣な眼差しでティームを見つめると、いつも柔らかい雰囲気を纏っている彼にしては強い意思を前面に出してきた。
「本当は今ここで話そうと思ったんだけど。ねぇティーム、今日は部活が無いんだよね? 放課後に僕の家に来てほしい」
「パームの家に? 別にいいけど」
「良かった。とっても大切な話があるんだ」
 静かで有無を言わさぬ気迫にティームはたじろぐ。だが次に出てきたパームの言葉にティームは頷くしかなかった。
「ティームを噛んだ吸血鬼の件で」
 
 
 
 パームの家に着くと、ティームはソファに座るよう促された。
 いつもだったら好きなところに座ってていいよーと朗らかに言われ、ティームも床だったりダイニングテーブルだったり気にせずゆっくりさせてもらっていた。この時点で少し緊張感が増してしまう。
 パームは冷蔵庫からウォーターピッチャーを取り出し、グラスと共にティームの前のローテーブルへことりと置くと、机の引き出しから何かを手に取り戻ってきた。ティームの隣に座って、ティームと膝をつき合わすように身体の向きを変える。
 ティームの喉がコクリとなった。
 あまりにも緊張している顔を隠しもせずにパームに見せるから、パームは目を瞬かせて思わずふふっと笑ってしまった。
「とりあえず水を飲もうか」
「あぁ、うんありがとう」
 朝からもうずっと頭の中がぐるぐるしっぱなしのティームは、緊張がピークに達しそうになっていたのでパームに促されるままに匂いがついた水を一気に飲み干した。身体の中に変にこもっていた熱が冷却されて少しだけホッとする。
 ティームが肩の力を抜いたのを見届けて、パームが口を開いた。
「僕は吸血鬼なんだ」
 パームの大きな目がじっとティームを見据えてゆっくりと言葉を紡ぐ。思ってもみない方向からの衝撃にティームは一瞬眩暈がした。
え。え?! パームが!?」
「うん」
 驚いた。こんな身近に二人も吸血鬼がいたなんて全く気づかなかった。
「そのうちティームやマナウには伝えようと思ってたんだけど、びっくりしたよね」
「うんだってパーム、そんな学校じゃ全然
 ティームはそこまで言って、ハッとなりパームの肩を両側から掴んだ。
「ディーン先輩は知ってるのか?」
 吸血鬼と聞いても差別的なこともパームの見る目が変わるわけでもなく心配そうにしているティームの顔に、パームはふわりと暖かく笑んで、ティームの手をポンポンと叩いた。
「もちろん知ってるよ。ディーン先輩は僕が血を吸うことを知っている。人の血を吸うことも」
 叩いたティームの手を逆にキュッと掴んでパームはその小さなの中にティームの手を入れるように包み込んだ。実際はティームの手の方が大きいからふわふわした手がはみ出すもののパームの手は暖かかった。
「ねぇ、ティーム。これから僕が訊くことは、答えづらいかもしれないんだけどちゃんと教えてほしい。僕が話すことも真面目に聞いてほしいんだ」
 パームはティームの手からローテーブルに置いた冊子に手を伸ばして膝の上に乗せた。ティームがウィンの部屋で読んで、そのまま置いてきてしまった冊子に似ている。表紙には『はじめての吸血ガイド』と同じタイトルだったが、パームのは少しくたびれている。
「最新のはあげちゃったから、僕が中学生の時に貰ったやつで少し古いんだけど」
 ティームの目線が冊子にあるのを感じたパームが表紙をさすってみせる。そのままパームは、ティームの顔を下から覗き込むように見つめて本題に入った。
「ティームは、ティームの血を吸った人と付き合ってるの?」
「つっ
 パームの問いにティームはギョッとした。ウィンの顔が頭に浮かんで、今言われた単語との温度差に思わず目が泳ぐ。
 瞬間的に逃げたい気持ちが湧いたが、先程パームがちゃんと話してほしいと自分のパーソナルな情報を出してまで言ってきたのだから、きちんと話さないといけないことなのだろう。
「付き合って、ない」
 口に出してみて少し口の中が苦くなった。パームが小さく息を吸ったのもティームの胸を締め付ける。
「その、血は無理矢理吸われたんじゃないよね?」
「それは大丈夫。おれが吸っていいって言って合意だったから」
「ティームが吸ってって言ったの?!」
「う、うん
 人への吸血は合意が基本だから、パームの懸念をティームは全否定した。だがパームが驚いたのは更にその先だった。パームの目元がさっと赤くなった気がしてティームは不安になる。何か吸血鬼の中でのルールに反していたんだろうか。パームの持っている冊子を今すぐ熟読したくなってきた。
「きゅ、吸血されてる間は気持ち悪くならなかった? 吐き気とか、嫌な気分になったりとか」
 パームもどこか意を決した様子で質問を続ける。いつも朗らかにすらすらと喋るパームがこんなに決意を固めて言わなきゃいけないってどういうことなんだろう。
 吸われている間の気持ちに関してはティームが最も口にしたくない事だ。思い出すと恥ずかしさに顔が赤くなる。
「嫌な気分にはならなかったよ。むしろその
 だがもしかしたらパームなら、あの感じがなんなのか教えてくれるかもしれない。ティームは酒でも飲んでアルコールの力で喋りたい気持ちで、グラスに水を注いでがぶ飲みした。そしてパームから視線を逸らして早口で捲し立てた。
「ふ、ふわふわして甘くて身体が熱くなって、よくわかんなくなって、その、え、え、えっちな気分になったんだけどそれはやっぱりおれが変なのかな? パーム、吸血鬼としてはどうなんだ」
 ティームとしてはバンコクが誇る高層ビルであるマハナコンスカイウォークから飛び降りるくらいの勢いで答えた。ウィンに舐められて噛まれて、吸い上げられると自分でもどうにもならなかった。勘違いだとずっと思いたかった。でもウィンの首に指をかけた自分の行動はまさにそれで、ウィンは誤魔化せても自分自身は誤魔化せない。
 恐る恐るパームに目線を戻すとティームの比ではないくらい顔を茹でだこのように真っ赤にして手の中の冊子をクルクルと丸めてモジモジとしていた。
「パーム?」
「ご、ごめんティーム! 大丈夫だよ。その人に吸血されて、嫌な気分じゃないなら僕は安心した。今からちゃんと説明するね!」
 真っ赤になった顔を手扇でパタパタと仰いでからパームも一度グラスの水を飲み干す。少し丸まってしまった冊子を開きながらゆっくり話し始めた。
「ティームは、吸血鬼が吸血する時に口の中で痛みを減らす成分が出てるのは知ってるのかな?」
「あぁ、それは吸血ガイドで読んだよ。唾が麻酔みたいな感じなんだよね」
「うん。でもそれだけじゃないんだ。噛んだり吸ったりする時にその時の相手への感情が漏れちゃうんだ」
ん??」
 成分じゃなくて感情?
「まだ医学的に解明は出来てないらしいから保健省の冊子には載ってないんだけど、中学生の時に吸血鬼の子供はそうやって教わるんだ。相手に対して悪意や軽蔑の気持ちを持ってたら吸ってる間に相手が気持ち悪くなっちゃったり、悲しいと一緒に泣いちゃったりするんだって。それも自分でコントロール出来るものじゃなくてダイレクトに伝わっちゃうから、絶対にむやみやたらと人から吸血しちゃ駄目だって教わるんだ。吸血鬼にとって人からの吸血って本当にデリケートな事なんだよ」
 相手に隠しておきたい感情も曝け出すだけじゃなく相手の体内に嫌が応にも入り込んでしまう。いくら合意を得たところで、痛くない成分が生態的に分泌されたところで、相手との関係性をダイレクトに変えてしまうような行為は今の時代なかなか出来ない。と、パームは言葉を選びながらティームに伝えた。
 ティームは小さく頷きながら、少しずつ先程とは違う意味で胸がドキドキしてきて顔が熱くなる。
 ということは、自分がさっき吐露した事はウィンが吸血の時にティームに注いでいた感情ということになってしまう。
「え、パーム
「吸われる人の気持ちとね、混ざっちゃうんだ。むしろ上から覆い被せちゃうくらい強くて、剥き出しになっちゃうんだよ。吸血鬼の気持ちって」
「困る!」
 そんなの、やっぱり自分じゃどうにも出来ない。
 ティームが眉を顰めて言った言葉にパームもふよりと眉を下げて小さく頷いた。
「本当困っちゃうよね」
ごめん」
「だから昔からトラブルが絶えなくて、食用の血液の開発が進められて人からの吸血をしなくても生きていけるようになったんだよ。今はもう例え夫婦でも吸血しない人もいるんだって」
 パームは冊子をペラペラと捲りながら、言葉を紡ぐ。
「人からの吸血ってもともと牙を介して直接体内に入るものだから感染症のリスクも高くて、吸血するしかなかった時代は吸血鬼は蚊と同じ媒体だって言われて迫害されてた。〝鬼〟ってつくくらいだもん。怖がられてた。あと酷い地域では体液は麻酔がわりに使われたりドラッグ作るのに使われたりしてたみたい」
……
「そうやって色んなことがあって、法も出来て、吸血鬼としてもリスクが多いから人から吸う行為がほとんど無くなったんだけどそれでもゼロになる事はないんだと思う」
 ページを捲るパームはそこに書いてあることを読んでいるというよりも自分の中にある想いや信条を口に出しているようだった。
 他人の身体を傷つけて、嫌でも他人と感情を交感して栄養を摂らなくてはいけない吸血鬼。
 今は必ずしもしなくてもいいその行為をそれでもしたくなるのは。
「それは人の生き血が凄く美味しいから?」
「ティームは美味しいって言われたの?」
うん。ジャスミンライスって言われた」
 パームは一瞬驚いたように目を開いて、すぐにキラキラと輝かせた。ふわっと楽しそうに笑う。
「それは凄く美味しそう」
「パームもやっぱり美味しいって思うの?」
「うん。僕もそうかな。でもそれは誰の血でもじゃないんだよ。ティームは不特定多数の〝人〟って思ってるかもだけど、僕はティームの血は吸えない。自分の感情がダダ漏れて恥ずかしいんだけど、許してくれた相手から飲む血ってあたたかくて美味しいんだ。相手の気持ちも血と一緒に入ってくる気がしてそれで美味しいって感じるのかな。飲めて幸せだなっていつも思う」
「吸われてる方の気持ちも、伝わっちゃってる?」
「ティームだってティームの為に作ってもらったご飯は美味しいって思うよね。そういう感じかなって僕は思ってるよ」
 確かにパームに作ってもらうサンドウィッチはコンビニのものより美味しい。家に呼んでもらって温かいご飯を出してもらうと何より幸せだ。
 パームは冊子の目次をパラパラと捲って、『はじめに』と大きく書かれたページを開いて向きを変えてティームの手に乗せた。
「初めてティームの首に噛み跡があった時は本当にびっくりした。付き合ってる人の話は聞いた事なかったし、でもティームは別に普通だったから安心してたんだけど最近噛み跡がついた後は元気なかったでしょ? やっぱり心配になっちゃって」
 そのページには沢山の文字が書かれていたが大切な部分は赤く太字になっていてティームの目にすぐに入ってきた。
『人からの吸血は決して傷害行為であってはなりません。それは身体だけではなく心もです。相手を大切に思って、相手からも信頼されて初めて行うものです。お互いに話し合い、安全で安心する吸血を心がけましょう』
「ティーム、一度ウィン先輩と話をしてみてよ。〝食事〟としてじゃなくて、人間同士のコミュニケーションとして。ウィン先輩が何を思っているのかも大切だけど、ティームがウィン先輩のことをどう思っているのかを考えるのも大切なことだよ」
 ティームは口の中でどう思ってるか、と反芻して黒目を揺らした。
 信頼がおける水泳の指導と悔しくなるくらい綺麗な泳ぎ方。揶揄ってくる口と手はよく動いて、目は、アーモンド型の綺麗な二重に縁取られた墨色の目は、ティームを見つけるといつも光がたくさん入ってキラキラしている。
 飄々として人を食ったような顔をしてるくせに、たまに出会う、その幼なげな嬉しそうな顔が好きだった。
 吸血鬼だと知っても血を吸われて翻弄されても変わらない。でも今はそれ以外のウィンが分からなくて不安と混乱もしている。あの友人も噛んだのか、パームの話でますます気になってしまった。
 ティームは冊子のお互い向き合っている人が手を取り合って笑っているイラストをひと撫でして冊子を閉じてパームに笑いかけた。
「パーム、ありがとう。やってみる」
 パームもホッと肩から力を抜いて、徐に立ち上がった。
 気がつけば日が陰ってきて部屋の中がだいぶ暗くなっていた。パチリと照明をつけて、パームがティームを振り返る。
「沢山話したから頭パンクしちゃうよね。そのまま車運転させるのも心配だから、今日は泊まっていってよ。グリーンカレー作るからいっぱい食べて」
「グリーンカレー! 食べる」
 最近一人で食事をすることが多かったティームは顔を輝かせて頷いた。幸い課題も簡単なものしか出ていないからパームと二人で後で出来る。
 ティームは冊子をテーブルに置いて立ち上がり、チッキンに立つパームの隣に立った。
「何か手伝うよ」
「ティームはお米炊ける? 鍋に入れて火をつけるだけだけど」
「オッケー」
 パームから鍋を受け取り水をたっぷり入れてコンロにかける。米びつからタイ米をボウルに入れながらウィンの例え話を思い出して、ティームはパームの顔を覗き込んだ。
「パームが吸血するのって、勿論ディーン先輩だよな? やっぱりジャスミンライス?」
 ガシャンッ
 ココナッツミルクの缶詰をシンクの中に落としてパームが首まで真っ赤に染めている。ワナワナと小さく震えていて、大きな目が大きく揺れる。
「ティーム……凄い大切なことを忘れてた。吸血鬼にとって人との吸血の話ってその、おおっぴらにするものじゃないんだ。血を吸っていいか訊くのは〝第二のプロポーズ〟って言われるくらいなんだよ」
「わ、わかった」
 だから本当は気軽に訊くなと、ディーンとの事を全肯定しながらパームがティームに人差し指を向けて説明した。
 あまりの赤さに、キスやそれ以上のことを訊いたわけじゃないのにと思いながらも吸血鬼のルールとしては同じ感覚なのかもしれないとティームは唇に指先を当ててコクコクと頷いた。そしてブーメランのように自分に刺さってしまいティームも耳が熱くなるのを感じた。
 待って、パームプロポーズって言った?
 最初に自分がロッカーの前で言った時のウィンの顔を思い出して、ティームは首がもげるくらい横に振ってその顔を追い出した。知らなかった、で押し通す。
 二人して少しの動揺を残したまま、ガチャガチャと晩ご飯の準備を進める。
 追い出しても追い出しても浮かんでくるウィンに舌打ちして、ティームはもう一つずっと引っかかっていたことを冷蔵庫から鶏肉とパプリカを取り出しているパームに問いかけた。
「ところでパーム。もう一ついい?」
「なに?」
「なんでおれの相手がウィン先輩だって知ってるんだ?」
……あ」