ろころころ
2025-12-09 00:01:56
10400文字
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酔っ払いにはご用心


ひゅ、と喉から嫌な音が鳴る。

広がる赤の中心に、青い一匹のポケモン。
「私の血は青いんですよ」等と洞を吹き回っていたくせに、ちゃんと赤い当たりが腹立たしい。

フロウが何よりも恐れることが起きてしまったかもしれない。そんな絶望と、事実が分からないからこそ存在する微かな希望。

フロウは後者を信じて駆け寄る。
腕を取り、脈を測ろうと手首に指を押し付けようとしたその時──────


「ばん!」
…………………は?」

ケタケタと、床に落ちていた青は笑い声をあげた。

「ねらいうちです」
…………
「フロウさんは撃たれました。死んじゃいましたね!かわいそう!!!」
「コイツ……………

フロウは尖った耳を怒りでぷるぷると震わせる。今までの心労が全て無駄だった。ふざけるなと言いたい。

「あははははっ!あ痛っ、ぶふっ!あはははははっ!フロウさんの顔面白いです!顔が面白い!!!」
「うるせぇ!」

あまりに鬱陶しいのでゲンコツを食らわせたやる。いたぁ!と言いながらも、けらけらと笑い転げる。コイツはマゾなのか?フロウは白い目で見る他無かった。

「フロウさん」
……んだよ」
「おなかへりました。おやつないですか」
「あるわけねぇだろ!」

なんでコイツはこんな時まで食い意地が張ってるんだ呆れながらも、そろそろ茶番に付き合うのも終わりにして、この状況をどうにかすべきだとフロウは頭を切り替える。

まずは状況整理からだ。
三日前の夜、そこに落ちている彼リグは「ガラルに弟を付け狙うゴミがいるので消してきます」と言いながらエオス島を出ていった。しかし、次の日の試合で、フロウはシャモの姿を目にした。つまり、リグは単独で乗り込んだ。一人で問題無いと判断したのか、はたまた別の理由があるのかは知らないがともかくフロウは、そのことを記憶の片隅に留めておいた。

それが、良い結果を招いたのだろう。
流石に連絡も無しに三日も帰ってこないのはおかしい。そう考えた運営により、フロウは依頼を受けた。

『本当は私が行くべきなのだけど大会が近いから極力エオスの選手を出したくないって言われたのよ。だから、お願いね』

ガラルの守り人にはそんなことを言われた。彼女としてはエオスの試合よりも、ガラルを守る仕事を優先したいはずだ。それをフロウに任せたというのは、様々な意味でフロウのことをそれくらい信頼していると言っても過言では無い。報酬のため、ついでに信頼に応えるためフロウはガラルへ飛び立った。

──────そして、今に至る。
改めて周囲を見渡せば、オンボロな木製の床にはべっとりと赤が染み付き、血飛沫は壁にまで及んでいる。おそらくここに彼以外の誰もいないということは、これらは全て彼の体内から流れ出たものであり、それらから予想するにあまりに悠長なことをしていられる余裕も無いように思えた。

…………チッ」

フロウはリグを慣れた動作で背負いあげる。救助隊として活動して来た身だ。例え背丈のある男だろうと、背負うのは造作もない。

「暴れるなよ。落ちても責任とらねぇぞ」
「えーなんでですか。おなかへったんです。ご飯はどこですか?」
「うるせぇ!帰ったらなんか食わせてやるからつべこべ言わずに聞け!」

彼はまだ不服そうだったか、食わせてやるという言葉に反応し、渋々と言った感じでフロウの背に収まった。全く、救出される側のくせして偉そうなものだ。普段だったら嫌味でも吐いて置いてきていたところだが、今回は報酬がかかっている。加えて、救助隊の面々も世話になっているエオス島からの信頼を失うような事はしたくない。あまりにも、不利な側面が多すぎるので。

背負った彼は暴れるか思っていたが、案外静かに乗っていた。しかし意識はあるらしく、フロウの耳をツンツンと啄いては反応を見てケタケタと笑っていた。

「おいやめろ気が散る!振り落としてやろうかオマエ
「えーいやです。あ!わかりました!ゲンキュワです!のりもの!」
「はぁ???」
「ミランさんは私と同じですけど、彼はきゅわわーなので、わたしもきゅわわーなんです」

何を言っているのかサッパリわからないが、あまり聞きたくない名前が聞こえたのは確かだ。

「でもフロウさんはまちがってシャドーボールを取ってしまったので地雷ですね。ピンを指します。注目!」
「い゛っ!?……おいやめろ耳を引っ張るんじゃねえ!……次に同じことしたら振り落とすぞ」

そう言えば、彼はケタケタと笑った。
冬の夜のガラルの街は人気が少なく、このように血塗れのとち狂ったトカゲを一匹運搬していようとも疑われないのが唯一の救いだ。
シャッターのしまった商店街を超えて先のアパートの錆びた階段を、ガコンガコンと音を立てて登る。狭い通路を通って、フロウはポケットから取り出した鍵を差し込んで捻った。

鉄製のボロい扉は、あまり心地の良くない音を立てて開く。背後に着けている者がいないか、一応確認をしてからフロウは鍵をかけた。

曰く、ここはリグ達が稀に拠点として使っていたアパートの一室らしい。フロウがエオスを出発する前、怒涛の勢いで突っ込んできたダチョウに、何かあったら使ってくれと鍵を渡されたのだ。フロウはホテルを取っていたため使う予定は無かったのだが、救出対象が思ったよりも重症だったこと、そして現場から近い位置にあったこともあり使う判断に至ったのだ。

六畳程の狭い空間に、シングルベッドと小型の机。テレビやラジオのような情報を得る電子機器は無かったが、今の時代は端末があるので問題無いということだろう。キッチンの上には小さな戸棚。コンロの上には錆びた鍋とポットが置いてある。玄関からリビングに来るまでにあった扉は、化粧室と浴場に繋がるものだろう。

思ったよりも片付いていることに感心しつつ、フロウは背中の荷物をベッドに置いた。「白いベッドを汚すのは楽しいですね」などとしょうもない声が聞こえた気がするが、フロウの部屋ではないので知った話では無い。肩からかけていた鞄を床に置き、そこから取り出した緊急セットを机に置いた。

「おい、捲れ」
「きゃー!フロウさんのえっち!セクハラはせくしゅあるはらすめんとっていうんですよ!」
「知ってる上に誰がえっちだ!失血死したくなきゃさっさと捲れインテリもどき!」
「えー!ごはんつくってくれるってゆった」
「世の中には順序ってモンがあんだよ馬鹿!」

軽口を叩きながらも、フロウは救急箱の中から消毒液に包帯とガーゼ、キズぐすりを取り出すと、ゴム手袋を嵌める。

「タオルは?」
「ごはん」
「ガキかよ……

本当に食い意地しか張ってないなと思いつつ、フロウは部屋隅のクローゼットから白いタオルを引っ張り出す。パッと見だが汚れている形跡はないのでこのまま使えるだろう。

「おい、早く捲れ。んでそのまま持ってろ」
「ごーはーんー!」
「だぁーーーっうるせぇ!!!赤ん坊かオマエは!オマエに死なれると俺の評判が下がんだよ!大人しく言うこと聞け!終わったら食わせてやるって言ってんだろ!」
「フロウさんのケチ!」

抗議はしてくるが、渋々と言った感じで彼は服を捲った。先程も見たような光景である。

──────しかし、眼前に広がる光景は、初めて見たかもしれない。

赤紫のベストとワイシャツを捲った先に見えたのは、

「オマエこれ、腹どうなって
「どーなつ」
「相変わらず趣味わりぃ冗談ほざきやがって」

うげぇとフロウは顔を顰めたが、そんな彼の様子も気に留めずにリグはケラケラと笑った。

フロウはそんな馬鹿な爬虫類の様子に触れることはなく、タオルで傷口を圧迫しながら手際よくキズぐすりを吹きかけた。救助隊として長らく活動してきたフロウにとっては、止血なんぞ容易いものだ。キズぐすりの力で傷はほんの少しだけ塞がるも、あくまで救急箱の中にあったのはまんたんのくすりでは無く、ただのキズぐすり。この傷の深さを治し切ることは出来ないようだ。

(ポケセンか?いや、コイツを連れて行くのはマズイか)

リグは職業柄、ポケモンセンターのような公的機関に携わることを嫌がる。ファウストとして、メフィストを殺すスナイパーとして、その姿を目視されるような事は極力避けたいという意思の元であることは、フロウとしても十分に理解していた。そして何より、無理矢理連れていこうとしたところで、今よりもっとぐずり出して面倒事が増えるだけなのだ。それだけは避けたい。絶対に避けたい。

………おい、インテリ。ポケセンに連れて行かれたくねぇなら、オレが帰ってくるまでここで大人しくすると約束しろ」
「?なんでですか」
「どう考えても普通のキズぐすりじゃ足りねぇだろ。お前をポケセンに連れて行って駄々こねられるのは面倒だから、仕方なくオレが買いに行ってやるって行ってんだ。感謝しやがれ」

リグは目をぱちくりとさせたが、すぐにああ!と理解を示す声を上げた。

「ごはんを買いに行くんですね!」
「いや、んなこと一言も……はぁ、そうだ。飯を買いに行くから大人しくベッドにでもくたばってろ」
「いいですよ。大人しくしてます」

食べ物で吊れば言うことを聞く。そんな話をガラル地方の守り人から聞いたが、ここまで有効だったとは。相変わらず意味不明で呆れはするが、コイツを容易く動かせるというのなら構わない。思う存分に使ってやる。

止血のために包帯を巻くと、額をど突いて寝かせる。うぎゃ、と情けない声が聞こえたが無視して、フロウは鞄にバシャーモから渡された鍵を入れると部屋を出た。

あ、……………………………か、な……
…………?」

ふと、か細い声が聞こえたような気がして振り向く。ベッドに寝そべる彼は先程と同じ体勢で足をバタバタさせていた。

気のせいか。そう思い、フロウは今度こそ冷たい空気の広がる屋外へと足を踏み入れた。