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ねぶくろ
2025-12-06 10:25:47
11537文字
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仕方のない人
浅沼さんと阿倍さんの話を書きました。FAです。
BLです。
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そろそろ面会の時間が終わるな、と考えていたところで、浅沼の睫毛が震えた。緩慢な瞬きの後で、彼の視線がこちらを向く。浅沼は阿倍の姿を捉えると、「来てたの」と平坦な声を発した。
「
……
痛いところはありませんか? 何か、欲しいものがあれば買ってきます」
阿倍の言葉に、彼が緩慢な瞬きを繰り返す。こんなに傷つき、傷んで、弱っている浅沼を見るのは初めてだ。彼は少しの間をあけてから、「陽ちゃん」と阿倍を呼ばわった。
「昨日は、何の話をしに来たの」
問われて、喉が締まった。こぶしの内側に爪を立てて、気持ちを飲み込む。阿倍は、「昨日は、」と口を開いた。
「
……
浅沼さんが事故に遭ったと知って、急いで病院に向かいました。連絡がつかなかったので、無事でよかったとか、でも生死を彷徨ったと聞いて不安で、」
言葉を区切る。息を継いで、言葉を重ねた。
「どうして、連絡をくれなかったんだろうと、思って」
声が途切れる。自分は、彼と何の話をしたいと思っていたのだろう。少なくとも、事故にあった彼の身を案じる気持ちは本物だ。けれど同じかそれ以上に、自分は連絡をしなかった理由を聞きたいと思っていた。実際にその問いが口から零れたということは、本当はその気持ちが、一番大きかったのかもしれない。──何も言わないなんてひどい、と彼を非難する気持ちがあったことは否めない。
浅沼は、黙り込んだ阿倍を見つめて「そう」と頷いた。会話が途切れて、一室が沈黙で満たされる。阿倍は、俯いた。
「
……
もう、会えなくなるかと思いました」
何とか絞り出した言葉に、彼が言葉を返す。
「俺はもう会わないつもりだった」
声の調子で、それが冗談ではないと分かった。顔を上げれば、にこりともせずに彼がこちらを見ている。傷んで、弱って、濁って、それでも決してぶれないと思っていた冷静な浅沼が、視線の奥に奇妙な揺らぎを湛えてこちらを見据えている。言うべきか言わぬべきかを惑うように、──あるいは、すべてを終わらせることに怯えるように、彼が阿倍を睨む。
「会えなくなって困るのはお前だけだよ」
鋭利な言葉を突きつけられて、何も言えずに呆然とする。死だけが別れのすべてではないのだと、今更気づいて、言葉を失った。彼の真意がわからずに、ただ戸惑うことしか出来ない。阿倍は何も言えずに、縋るような気持ちで彼を見返した。浅沼の瞳が、拒絶の意志を宿して言葉を重ねる。
「もうお前の欲には付き合わないし、会うこともしない。家族じゃないんだ。事故に遭ったって、連絡を取る義理はないでしょう」
俺が言いたいことはそれだけ、と言葉を結んで彼が息を吐く。少し話すだけでも随分疲れるのだ、とその仕草で気づいたが、それを労わる言葉が出てこない。阿倍は凍り付いたように椅子に座ったまま、考えるよりも先に「いやです」と言葉を返していた。
「いや、だ、
……
嫌、です。会えなくなるのも、連絡が取れないのも、嫌です。せめて、理由を教えてくれないと、納得できません」
阿倍の言葉に、彼が厳しい顔をこちらに向ける。拒絶と、──その奥に滲んだ少しの逡巡。その色に一縷の望みをかけて、阿倍は「どうしてですか」と言葉を重ねた。
「貴方が事故に遭った時に心配することも、お見舞いに来ることもダメなんですか? 俺は、家族じゃないからなんて理由で遠ざけられるほど、貴方にとって他人なんですか?」
どうして、と胸にしまったはずの非難が顔を出す。阿倍は浅沼を睨んで、言い募った。
「どうして浅沼さんは連絡をしてくれなかったんですか。俺がたどり着けないままだったら、辿り着く前に取り返しがつかなくなってたら、俺は、」
言葉にならずに項垂れる。間に合わなかったあの日のことが脳裏をよぎった。幽霊のように背後に張り付いて離れない不安と恐怖、後悔の深さを、彼が知るはずもない。これは阿倍の荷物だ。彼に八つ当たりをしても、何にもならない。
阿倍が感情を堪えて息を整えていれば、浅沼が小さく息を吐き出した。
そりゃあこうなるか、と呆れたような声が耳朶を打つ。顔を上げれば、浅沼が諦めたような苦笑と共にこちらを見ていた。
「陽ちゃんが人の話を聞かないわがまま野郎なのは今に始まったことじゃないし、仕方ないな」
自分自身に言い聞かせるような言葉の先で、その目と視線が交わる。阿倍は彼の眼差しを受けて、目を瞬いた。
仕方ない、と、その一言に心臓を貫かれて、ふいに気付いてしまった。予想外の事態に、目を瞬いて彼を見つめる。視線を受けて、浅沼は「あーあ」とでも言いたげに苦笑した。阿倍が気付いたことに、気づいたのだろう。それでも、浅沼は何の弁明もしないまま、こちらを見ていた。──茶化すこともせず。
阿倍の全部を許してしまうほどに深くて確かな『それ』に、言葉が絡まった。どうして、とかいつから、とか、聞きたいことは山ほどある。阿倍が狼狽えていれば、浅沼は天井に視線を放って、楽な姿勢で「別に、伝えるつもりはなかった」と独り言ちた。
「バレない自信はあったし、バラしていいこともないしね。
……
陽ちゃんにとって特別なのは今も昔もこれからも、嫁と娘だけ。わかってるし、別に言ったからどうこうなるとは思ってない」
っていうかなんで今気づくんだよ、と彼が笑う。阿倍が変わらずに黙り込んでいれば、浅沼は少しの悲しさをにじませた声で先を続けた。
「どうして連絡をしなかったのかって聞いたね。
……
一言で言うなら、俺がお前のことを好きだからだよ」
意味を捉えかねて目を瞬く。彼はそれを織り込んでいたのか、淀みなく言葉を重ねた。
「この期に及んで、心配された程度で喜ぶなんて嫌だった。陽ちゃんが俺をどう思っているかはこの前聞いたばっかりだしね。元々脈がないとは思ってたけど、予想以上だったからもうやめにするつもりだったんだ。一生報われないのに思い続けたって不毛なだけでしょう?」
だからもうお前には会わないつもりだった、と彼が宣う。阿倍は混乱しながら、「俺は、」と言葉を絞り出した。
思考が茹っているのが、予想外の情報を入れたことによる熱暴走なのか、恋情を打ち明けられたことへの反応なのかが判然としない。それでも、分かっていることはある。
「正直、全くの予想外だったので、混乱しています。
……
浅沼さんが俺を、というのもそうですし、それに、俺には妻がいます。死別したとはいえ、俺の伴侶は彼女です。それはきっと、この先も変わることがありません」
その言葉に、彼が鼻白んだように口元だけで笑う。阿倍は動揺を抑えつけながら、遮られる前にと自分を急かして言葉を重ねた。
「浅沼さんの言う通り、俺は貴方を一番に愛することはない
……
、と思います。それでも、俺にとって貴方は大切な人で、特別な相手です」
事故に遭ったと聞けば心配するし、連絡が途絶えれば不安に思う。もう会えないかもしれないという想像に胸が冷えたし、いつまでもこの関係が続くわけじゃないと気付いてどうしようもない気持ちになった。
「俺は、
……
俺がわがままなことは、浅沼さんも知っている通りです。だから、言わせてください」
浅沼がこちらを見る。阿倍は、真っすぐに彼を見て、言葉を発した。
「貴方を一番には出来ない。それでも、貴方を愛してると、言わせてください」
好きだし、大事だ。──一生は捧げられないけれど、叶う限りはずっと傍にいたい。先には死なないでほしいし、失いたくもない。身勝手で、どうしようもなくて、ともすれば暴力的で、一方的な要求だ。それを聞いて、浅沼は小さく肩を竦めた。
「ほんと、仕方ないな。陽ちゃんは」
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