呪里
2025-12-05 18:37:16
10791文字
Public Code_Abyss 小話
 

〈思い出を紡いで〉

魔島姉妹と零の過去の日のお話(+現代ちょっと)



 これは今から約十二年程前の事。

 ゼロいや、呪里と妹の憐が、恩師と共に暮らしていた時のお話。






――――――――――――――――――――

 「わぁ………!」

 目の前に見えたのは、家より何倍もも大きな建物。

 「せんせぇ!ここどこ?!」

 ようやく結べる長さになった髪を小さく二つ結びにした幼き日の憐は、目を輝かせながら連れてきてくれたれいに問いかけた。

 「ここはね、水族館だよ」

 「すいぞくかん?」

 「そう、たくさんの魚を見られる場所」

 「おさかなさん?!」

 嬉しそうに両手をバンザイして喜ぶ憐。

 零が憐と呪里を連れてきたのは、国内でも特に人気のある水族館。

 他の水族館では見ることが出来ないシャチのショーや、ペンギンとのふれあいコーナーがある事が特徴だ。

 「たのしみだねぇ!おねえちゃん!」

 憐は零をはさんで自身の反対側にいる呪里に話しかけた。

 「……

 呪里は返事をする事なく、零の手を握ったままくうを見つめていた。

 (まぁ連れてきただけじゃ変化は無いか)

 零が二人を連れてきたのには理由がある。

 一つは、世間を知らない二人を様々な場所に連れていき、世の中を教えてあげるため。

 そしてもう一つは、呪里に〈感情〉を教えてあげるため。

 呪里と憐を保護して半年程つが、表情豊かになった憐に比べて、呪里は笑顔どころか怒りも泣きもしていない。

 生のみを与えられた人形のように、喋る事なく、常に無表情でどこかをぼーっと眺めている。

 憐のようには難しいだろうから、せめて少しでも感情が芽生えてくれればと思い、零は試行錯誤を続けていた。

 「呪里」

 零が声をかけると、呪里はゆっくりと首を動かして零を見た。

 いままで育った家で名前で呼ばれた事が無かったので、憐から呼ばれている〈おねえちゃん〉が自分の名前だと呪里は思い込んでいた。

 零が毎日呼びかける事で、最近ようやく〈呪里〉が自分の名前なのだと理解したばかりだった。

 「……

 呪里はうつろな目で零をじっと見つめている。

 「呪里。きっとここは呪里が気に入る場所だよ」

 零は呪里に優しく微笑みかける。

 「……?」

 言葉の意味が理解出来ず、呪里は首をこてんと傾けた。

 「ふふっ。さぁ、憐も呪里もおいで。私のそばを離れるんじゃないよ」

 「はーーーい!」

 憐は大きな声で返事をする。

 呪里は何も言わず、零の手をぎゅっと握った。













――――――――――――――――――――

 「………きれーだねー!」

 水族館の中心部分にある大きな円柱型の水槽前で憐は中で泳ぐ魚に見とれていた。

 初めて見る優雅に泳ぐ魚を前に、先程まではしゃぎっぱなしだった憐はすっかり大人しくなってしまったようだ。

 「綺麗だろう?私はここの水槽が特に好きなんだ」

 後ろに腕を回しながら、零は水槽を眺める。

 ゆらゆらと泳ぐ魚を見ていると、時間がゆっくり流れていくように感じた。

 ふと、呪里の事が気になり、自身の右にいる呪里に話しかける。

 「呪里はどうだい?気に入ったかい?」

 そう言葉を発した次の瞬間、零は目を丸くした。

 先程までそばにいた呪里がいなくなっていたのだ。

 「なっ……?!」

 ちょっと前まで零の服の袖を持ってたのに、いつの間に消えてしまったのだろうか。

 零は焦りだし、水槽を眺めている憐に小さな声で話す。

 「憐、少しここにいてくれるかい?ちょっと電話がきたから離れなきゃいけなくてね」

 「ん?わかった!」

 零は憐のそっと頭を撫でると、急ぎ足で水槽のそばを離れ、呪里を探し始めた。

 (いつも私のそばを離れないあの子の事だ。そう遠くには行っていないはず………

 呼吸を整え、呪里の魔力を割り出すためにゆっくりと目を閉じる。

 (あの子達には魔法を教え始めたばかりだ。他の亜人と違って魔力の流れは不安定落ち着いて感じ取ればすぐ見つかる)

 目を開くと、自身の視界は薄いモノクロのようになっていた。

 あたりを見回すと、全体の一割にも満たない数の者には、様々な色がまとわりついていた。

 これは零にしか使えない特殊な方法。

 視界を白黒にし、魔力を持つ者と持たざる者を色をまとわせて見極める。

 これによって、格段に呪里を見つけやすくなった。

 目をこらして呪里の魔力を探していると、ぐにゃりと不規則な動きをする赤色の魔力が目に入った。

 (……見つけた)

 ゆらゆらと揺れる赤を頼りに、零は一歩一歩歩みを進める。

 人混みをかき分けて進んで行くと、周りの水槽より一際ひときわ大きな水槽を眺める呪里の後ろ姿が見えた。

 「呪里」

 零が呪里の右肩をぽんぽんと叩くと、呪里はゆっくり振り向いて零を見た。

 「だめじゃないか。私のそばを離れるんじゃないよと、言っただろう?」

 呪里と目線を合わせるようにしゃがみこみ、優しくさとすように零は言った。

 眉を下げて困ったような表情をする零を見て、呪里は先程のように再び首をかしげた。

 「………?」

 「まぁ、無事ならいいんだが。何を見ていたんだい?」

 そう零が問いかけた次の瞬間、二人をおおう様に大きな影が横切った。

 「ん?」

 零が水槽に視線を向けると、自身より大きなサメが優雅に泳いでいるのが見えた。

 (あぁ、確かここのサメも、この水族館の売りの一つだったね)

 過去に訪れた時の記憶とり合わせながら呪里に再び目をやると、零は驚いて目を見開いた。

 呪里が目を輝かせながら、水槽をかじりつくように見つめていたのだ。

 他の水槽を見せた時は、いつも通りの無表情だったのに。

 保護してから毎日呪里の事を見ているが、こんなに何かに集中しているのを見るのは初めてだった。

 呪里は水槽に手をつけながら、泳ぎまわるサメ達をあっちこっちと目で追いかけている。

 初めて目にする光景に、零は思わず吹き出してしまった。

 「ふふっ……そうかそうかい……

 時間はかかったが、ようやく一つ、呪里の好きなものを知ることができた。

 それだけで、ここに連れて来たかいがあったというものだ。

 「呪里」

 「………?」

 零に声をかけられ、呪里は再び零の方へ顔を向ける。

 「……後で、サメの何かを買ってあげようね」

 零は右手をそっと呪里の頭に乗せ、優しく撫でた。

 「さっ、一旦ここを離れようか。向こうで憐が待っているよ」

 「………!」

 〈憐〉という単語に反応し、呪里は水槽からパッと手を離し、零の手をぎゅっと握った。

 「うん。いい子」

 零は呪里の手を優しく握り返し、憐の元へ戻るため、二人は人混みの中に消えていった。