5hi
2025-11-26 16:31:31
Public
 

ジョカステⅢ 2幕の考察と自己解釈

【前置き】
上演誠におめでとうございます!!!!!!!!お世話になっております!!!!!!!!
スパイ皆出して、舞台映えするようなアクションも作って、そのうえでスパイミステリとしてのジョーカーゲームのファンも好きになれる脚本にするの大変でございましたでしょうな…ということで西田さんへの謝意を込めて。
今回のオリジナルエピソードを咀嚼してみたので、2幕で誰がどう動いているのかを把握するヒントとかになればと思います。
最大限いいように解釈してます。そう思って観たらそう見えるかもくらいのものだと思ってお暇にお読みいただければ幸いです。
記憶違いなどご容赦ください。

すみません、長いです。

2025/12/7:その後の観劇で思ったことを整理してリライトしました。



・ワシントンD.C組(神永・福本)
神永は冒頭で“ロビンソン”を終え、次の任務として中国の経済学者ハク・ライヒとしてアメリカの陸軍通信情報サービス(SIS)へ。ロビンソンも好きなところたくさんあるんですけど割愛。
ハク・ライヒを押さえたのは、任務だけでなく、彼が「戦争は何も生まない」という反戦派に立っているがゆえに、今後命を狙われる可能性も見据えてのことでもある。
神永の任務は「SISとGCHQ間の通信内容の調査」及びジェームズ・カーンの作成する「対日本要求案を把握すること」。
中佐との別れ際に「それと、もう一度『ロビンソン・クルーソー』を読んでおけ」とあるのは、次の任地にもスリーパー(協力者)がいる事、あるいは事故を装って帰還せよの示唆。
その協力者が既にカーンの側近である翻訳官ホアンに扮した福本。カーン(ソ連)及びアメリカに対し「“帝国陸軍”のスパイが紛れ込んでいると伝えること」が福本の任務。多分カーンはアメリカ人なので最後に福本が言う「お前の国」が指すのはアメリカになる、はず。
今更ながら福本は機関員なので厳密にはスリーパーではく二重スパイですが、田崎も回替わりの黒服もそうなので細かいことは置いておきます。
ちなみに神永がすり替わるハクを招来したのがホアン(福本)なので、本物のハクの身柄を拘束したのはおそらく福本なんじゃないだろうか。
ハクの荷物から0時直前の懐中時計を確認する演出は「開戦までのカウントダウン」。またこれまで書いたように、2幕全体を繋いでいる時間の現在地を示していて、その要が「神永」であることを示しているようだなと思う。
SISに潜る前に神永が「少しの間だけ」と零すように、やはりかなり短い期間の工作だったのだろうし、劇中での開戦までのリミットが迫っていることも重ねて見てしまう。

SISに着いてからの会話で「戦争に利はない」と話すハクに対し、「それは経済的な性善説」であるとホアンが説明するが、これは東京組の山岡の「きれいごとだと思います」「それが戦争だと言われれば、そうなのだと思う」と語った言葉にかかるやり取りになっている。例えば多くの人々の感情の矛先はどこへ向かうか、国家が得たい利益の実態は何か、それは経済学の立場からの意見一つでは変えようがない内実だということ。
このシーンで、神永の任務のためにまず近づくべき人物、カーンの側近「ホアン」として福本を説明することで、初見へのミスリードを誘う。
また、会話が記録されるものであること、つまり知られる前提の内容であることもさりげなく意識づけられていて、東京組のベンチでの会話のように、与えてよい情報のみが描かれている場だと理解しなければならない。
カーンに対日本要求案にはソ連に利があると話を切り出す際も、表向きのアメリカ政府として「もっと詰めないとな」と答えをはぐらかされるように。
そして、カーンの「急がねばならん。」という発言は東京組の蔵島やベルリンのラインハルトの台詞にも似た文章があるように、「開戦を急ぎたい」勢力対「開戦を遅らせたい」D機関及び反戦勢力の構図を見せるためにある。アメリカではカーンとハクの対立になる。
ハクがホアンに対して「この国が各国に対してどのような戦略を練っているのか把握しておきたい」みたいなこと言って「ここから透けて来るものが、より多いと嬉しい」という会話も、カバーでありながら機関員同士の意思疎通にも取れる。
のちに神永が見つけた暗号文もこの資料のどこかに“透かすとわかるように”福本が仕込んでいるのではないかという説、ある。まるでアメリカの目を盗むかのように資料に目を通す神永が印象的だった。だから資料の中に何かがあるのでないかと勘繰った次第。

「明日」を迎えるその時、幕間みたいなあれなんて言うんだろう、クロスフェードみたいな場面。その終わりがけの中佐が「ロビンソン・クルーソー」と発する時に舞台上に機関員が揃っているのだが、神永の後ろ、中央奥に田崎と背を向けた福本の姿がある。これがつまり二人がスリーパーであることを示唆しているのだけれど、この時点で福本の存在は明かされていないから、ここでさえ彼は顔を晒さないという徹底具合。
劇中に挟まる結城中佐のセリフ「騙し合いの勝者は、誰だ」の答えが、続く「ロビンソン・クルーソー(フライデー)」だったりするのかな。
その場面の最後に響く潮騒の音は、ロビンソン・クルーソーの経た嵐か、それとも来る時代の波か、物語の収束が始まる予感がしてとても引き付けられる。

アメリカ組の時計が進むトリガーは「素案の完成」。それを読んだ神永は日本に対する「最後通牒」であると判断することから、これを拒否した日本が戦争に踏み切るまでの時がまた一つ動き出したことを読み取れる。
甘利と暗号解読を進める場面で、カーンがソ連側の工作員である可能性の話になるが、これについて劇中で神永の視点からの確証は得られない。
そこから「賭けに出る」という台詞が出てくるのだと思うが、原作“ロビンソン”のモノローグ「賭けてみるか」を彷彿とさせるもので、こういう身の振り方に「神永」が居るのだと感じている。

わざとカーンがソ連のスパイではないかと疑うことでホアンを呼ばせ、福本の任務完了とともに、神永は“ロビンソン”のように協力者を利用して脱出する。
神永と福本が抜けるタイミングで、ドイツでは一斉拘束が行われ、日本では調査書が完成する。
神永チームは実はここまでかなり静かだったなと振り返って思う。ロビンソンでアクションしている分でバランスが取れているけど、アメリカでは比較的ちゃんと潜入してたな。そうか?

まとめると、カーンがソ連のスパイであると暴き、突きつけることでハクにスパイ疑惑をかけさせる。そこから、真のスパイはホアンであるとバラし、カーンの暗殺及び対日本要求案の奪取が目的であると思わせる。ハクはそれを見て、対日本要求案とカーンを守る側に回る。カーンを生かし、対日本要求案も守ったうえで、日本のスパイをハクが追い詰めたように見せかける。この対立は犬丸の件の蔵島対山岡と似ていて、群像劇的な物語の構造が美しいと思う。
観念して捨て台詞を吐いたように「日本のスパイがいる」と伝え、福本の任務を遂行。カーンはもっとちゃんと殺させにかかったほうが良いと思うよ。
実のところは、神永と福本は“D機関の”スパイであり、カーンを生かしてアメリカ国内の混乱を誘い、対日本要求案は神永の頭の中に入れて持ち帰った。お見事です。
福本の「お前の国とソ連に伝えておけ~」と三好の「~筒抜けだぞ!」のセリフと合わせて、これってロビンソンの「I SPY YOU」にかかっていませんか!(「見つけた」であり、「見ているぞ」でもある)(なんてな)(こじつけ)


帰還後の「福本」。福本が実際陸軍のスパイでもあったのかどうかについては測りかねるけれど、Ⅰで福本田崎入れ替わり案件があったことを思うと、今回は「田崎」が陸軍へ、「福本」はアメリカへ、というバリエーションなのかも。あんまり整理できていないので横に置いておきます。
SISスパイしかおらんやんけ。※総力戦研究会もです。※SDもです。

さいごに


この世界の向かう先が大戦であることを誰もが理解していながら、日本でもベルリンでも、人の命を守るための未来を目指して進んだ人がいた。
D機関はその裏で、限界までそれそのものを遅らせようと足掻いた。Ⅲの2幕を通して、そんなスパイたちの生き様を受け取りました。犬丸やツヴァイフェルと彼らが見据えているものはきっと違う。うまくまだ言葉にできないんですが。

中佐のモノローグとともに舞台上に戻ってくる機関員たちに台詞はなく、今回は一堂に会しているのではなく、各々が世界各地に散らばっている様子で、だから三好もいて。 甘利はハワイに帰れましたか。
そんな中、一番最後に帰還した佐久間のシルエットが逆光に照らされて幕。幕切れが美しすぎてあの瞬間に拍手したくなりました。
彼は「生き延びた者」。機関員たちが繋いだ世界の一片、機関員の生きた証なんじゃないか。それは重過ぎるか。今作では帰還した人物が明言されないからこそ、そんな「何者か」として受け取るのもアリかなと思います。
それから「騙し合いの勝者であれ」とは、機関員自身をジョーカー(切り札)としたとき、「ジョーカーを使う側であれ、使われる(引かされる)側になるな。」という含意を思いました。そして、相手にそも「使わせるな。」平時たれ。
1幕で提示された通り、我々が見せられたのは見せかけの盤面、ジョーカー・ゲームってワケ。

反戦の志を以て戦争に向かった人々がいたとして、それはそれだけ。そういう人もいたのだという事をよいともわるいともなく私は思っていて、ただ、あの舞台の上にあったものを、その時代のこととして閉じ込めてしまわないように、今に寄せて思えるようにしておきたい。
とてもひどいことを言うけど、この物語の結果として開戦が遅らせられたのだとしたら、それによってあの爆弾は実戦投入されるまでに至ってしまったという見方だって現代からはできてしまう。常に最善を尽くそうと状況が好転するわけではない。それは途方もなく虚しくてやるせない。
Ⅱだって、開戦に向かう状況を変えることはできなかった。過去を変えることはできないし、人間は未来にむかって生きることしかできない。
私がこの舞台JGで好きなところは、諦観と併存する生存への意思。目的を持たない、終焉に向かう世界でも生きることをやめないもどかしさというか。
本当に凄いな、面白いなと感嘆するのは、各場面で語られる物語を紡ぐことで、通底する一つの大きな物語の動きが完成すること。それぞれの要素が相互に作用し、作品全体を組み立てている構造が見えてきたときの興奮を書き残しておきたかった。

とかいろいろ考えたけど、ぜ~~~~~~んぶ幻かも!自分の頭で考えた末に信じたいものを信じよう!
そもそも「相手に与えてよい情報を精査しなくては」って説明されたのに当初全然聞けてなかった。猛省。

それから、ⅠとⅡのエピソードの地続きに見える場面と、その先(魔都)についても言及があるうれしさ。続編として“Ⅲ”があるということがとにかくうれしい。
(時系列を繋げたら繋げたで絶対辻褄合わないところあるんですが、改変によって世界戦が変わるのはアニメ時点からだから今更もうええか。Ⅱのワルキューレの仕掛けだってねえ?なのでとらわれないでいこうと思います)
終演後の劇場アナウンス、最後の最後に「またお会いしましょう」って入るのは期待していいんでしょうか。毎公演確実に耳に入るわけで、そんな不確実な文章入れますか?いや社交辞令でも死ぬほどうれしいんですが。

もっとあれやこれや役者さんや1幕やいろいろ感想はもりもりありますが、ここでは秘めておきます。
ということでジョーカーゲームを今後ともよろしくお願いします!!お読みいただきありがとうございました。