もち粉
2025-11-15 00:57:54
11217文字
Public
 

いつくしみ深きあなたへ


カブ→ミス
お見合話の来たカブ
※カブの妻と子孫を捏造しています

「スズメの約束」の続編


書斎を後にして廊下に戻れば、家の東側の窓から朝日が差し込んでいた。床板の木目に沿って、白い光が筋となって伸びる。
長かった夜が、ようやく明けた。

裏につないだ馬を取りに行くと、あたりには焚き木の香ばしい香りが立ちのぼっていた。
赤い光が漏れる窯の前に立ったミスルンが炎に薪をくべていた。

「早いな、もう行くのか?」
窯から放たれる熱に額をぬぐったミスルンが、こちらに気づいて声をかけてくる。

心臓がどきりとしたが、あえていつものように答える。
自分の目は、赤くはないだろうか。

「ええ、仕事も溜まってますし。ミスルンさん、まさか一晩中火の番をしてましたか?」
「いいや、仮眠はした。魔法陣である程度調整しているから、付きっきりである必要はないんだ」
「全て魔法陣ではできないんですか?」
「できる。仕上がりも安定するから、同じ物を量産するには便利だろうな。
だが、薪で焼いて、開けてみるまで仕上がりがわからないほうが楽しいだろう?」

そう言って笑うミスルンの、首筋に流れる汗の筋が美しいと思った。

「カブルー」
「はい」
……また来るな?」

煙の匂いのする風が、ミスルンの銀色のススキのような髪をなびかせる。
彼のひとつしかない瞳の中の、かすかな揺らぎ。
それだけで、充分だと思った。

「はい。……また」

 ◇

その足で、カブルーはヤアドにこの縁談を断りに行った。

後日、ヤアドから受け取ったカブルーの断りの手紙を読んだ娘は、「大変申し訳ありませんが『仮病』により、向かうことができません」という妙な文句と、添えられた下手なスズメの絵を見て、なぜか頬を緩めたという。

 ◇

しかし三年後、南部代表として城へ陳情に上がった彼女と、カブルーはそこでついに対面を果たした。

彼女は、ハキハキとしたよく通る声で、数字を交えつつ南部の現状を説明し、魔術素材輸送の要となる街道整備の援助を求めた。

明るい鳶色の瞳が、迷いなく親しげに自分を見つめてくる。そのまっすぐさに惹かれ、気づけばカブルーは政務後、声をかけていた。

「あの、このあと、お時間ありますか? よろしければ、お茶をご一緒に」

カブルーは予感した。――きっと彼女と、なるようになる。
悔しいが、ミスルンの見立ては当たっていたようだ。

――お前とは、似合いの夫婦になるだろう。


彼らの結婚式は、王の臨席も賜った盛大なものだった。その式に貴賓として招かれた西方エルフきっての大貴族、ケレンシル家のミスルンは、「本日、私がこの場にいるのは、政治的な立場によるものではなく、夫婦との私的なご縁によるものです」と、あえて前置きをしたうえで、心の籠もった祝辞を述べた。

 ◇

雪の降る静かな朝、カブルーはその生涯を閉じた。

南部に根を張り、王都と領地を行き来しながら、宰相として悪食王に長く仕えた男。
民のために尽くし、愛された男のその死は、多くの人々に惜しまれた。

家族に見守られながら、カブルーは穏やかに旅立った。