もち粉
2025-11-15 00:57:54
11217文字
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いつくしみ深きあなたへ


カブ→ミス
お見合話の来たカブ
※カブの妻と子孫を捏造しています

「スズメの約束」の続編

いつくしみ深きあなたへ。

私は、あなたの願ってくれた幸福な生活を送っています。
そしてあなたの幸福を願うために生きていけるようになりました。


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「お見合いの話が来てるそうですね」

平静を装いながらも、どこか楽しげな補佐官の口調に、カブルーは書類から顔を上げた。
窓の向こうに視線をやる。王都の空は秋の色で、中庭のケヤキの葉が色づき始めている。塔の上を、低く鳥が横切っていく。

「情報が早いな」
小さく息をつく。自分だって今朝、ヤアドに呼ばれて聞いたばかりなのに。

「ヤアド様に、あなたに現在特定のお相手がいるかと聞かれたので――
補佐官は悪びれず続ける。
「バリバリにフリーですよって答えておきました。近頃はミスルン様以外とお出かけしてるの、とんと見たことありません。ともね」

ウィンクでも飛ばしそうな勢いのその顔に、カブルーはじとりとした目を向けた。

……勝手に見るなって」
机に置きっぱなしだった身上書をひょいと手に取って読み出した補佐官を、とりあえず言葉だけでも咎めておく。

「ほぉう、南部の地方貴族の娘さんですか。たしか一昨年くらい、あの辺りの銅山の現地視察に行かれてましたよね? その時見初められたとか?」

……いや、その時は結局、会談は中止になって……なんでだっけな?」

カブルーは記憶をたぐり寄せる。

あの秋の日――
柔らかな日差し。銀色のススキの丘。
予定がなくなってぽっかり空いた午後、ミスルンと偶然の再会をしたのだった。

……あー、先方の都合で中止になったと記録にありますね」

現実に引き戻すように、補佐官が言葉を挟む。

「ご息女が急病で、父親である鉱山主も動けなかったとか」
「ああ、そうだった。結局、王都で会談したし、ご息女とはお会いしてないよ」
「調査書によれば、健康面に問題はなく、領地運営にも積極的に関わっておられる才媛だとありますね」

補佐官が、カブルーの脇に身上書を戻しながら言う。

「たしか、あの銅山はカブルー様が開発計画にストップをかけて、代わりに魔術素材の調査を提案されたんでしたよね。
……あの時は、ずいぶん思い切ったご判断だと驚いたものですが」

眼鏡の奥で静かに目を細めた補佐官が続ける。

「結果的に、あの土地には高濃度の魔力帯があると分かって……今じゃ、魔術素材の供給地として、注目を集めてます。
素材の安定供給については、今マルシル様が研究なさってますし、将来的にメリニの重要な資金源になるでしょうね。
採算の危ぶまれていた銅山の開発より、よほど見込みがあります。

ですから、あの地の有力者と結んでおくことは、国にとっても、……あなたにとっても、悪くない」

どこか優しさを滲ませるその声音に、カブルーは曖昧に笑い、ふたたび窓の外へと視線を滑らせる。

王都の空は、少し冷たくなりかけた秋の色。

……わかった。考えておくよ」
「ぜひ、前向きにご検討を」


 ◇

一人になると、カブルーは棚からある箱を取り出した。

綿を詰めた小さな箱の中、ススキ細工のスズメが、そこにいた。
銀色に光っていた穂は、ふんわりと金色に開いて乾ききり、そっとつまみあげると、ぱらぱらと種が落ちた。

(あのとき、ミスルンさんと一緒にこれを作った)

旅先の野原で、彼が膝に手帳を広げて、並べた小さなスズメをスケッチしていた光景を思い出す。
風に揺れるススキの音だけが響く、穏やかな午後だった。

不意に、胸の奥が甘く疼いた。
そして思う。

(この話を、彼が聞いたら……どう思うだろう)

否、そもそも――

(彼は、自分のことをどう思っているのか?)

かつて、迷宮で出会った。
そしてその後、カブルーはゆっくりと回復していくミスルンを、一番近くで見守り続けた。
ある日、境目を越えたように――まるで錆びついていた歯車が急に滑らかに回り出すように、ミスルンの心は軽やかに動き出した。
気がつけば、彼はすっかりと元気になって、好奇心を目に宿し、国中を飛び回るようになった。一時はろくに連絡もつかない有り様だった。

けれど、並んでこのスズメを作った一昨年の秋のあと、初雪の降る頃にミスルンは王都へと戻ってきた。
そうしてカブルーとの食事の約束を果たして以降、ミスルンは王都に腰を落ち着けたようだった。

最近では陶芸に熱を入れていて、郊外にアトリエを構え、本格的な窯まで築いている。

かつてのように近くなった彼との距離。
それが、絶好の縁談に、二つ返事で了承することをためらわせていた。

(いい機会だ。はっきりさせよう)

――ミスルンが、自分をどう想っているのか。
そして、自分が、あの人をどれほど想っているのかを。