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錆
2025-11-08 21:33:07
19427文字
Public
小説
しらぬい
アキリーズ×アルタン 死ネタ小説
1
2
3
「ここも星が綺麗だよな」
「ああ、ステップに負けず劣らず、だな」
寒空の下、外套を羽織って星を眺めているとアキリーズに声を掛けられる。その両手には湯気が立ち上る木製のジョッキが二つ抱えられていた。
「エイリークがくれたぜ、お前の分も」
「ありがとう。
……
ホットミルクか?」
「ムーの乳だそうだ。酒が良いって言ったんだが、寝る前はこれに限るって聞かなくてな」
「ふふ、俺もその意見には賛成だ。寝つきが良くなるぞ、きっと」
「ありがてぇこった」
二人並んでそれを飲みつつ満点の星を見上げる。寒さは堪えるが、この男といるとどんな場所でも穏やかで心地よい空気になる気がする。
ふとアキリーズの視線を感じ取り振り向くと目が合った。バンダナと遮光グラスは外され、夜になり視力が失われた右目が長い前髪から時折除いている。ステップの草原を思わせる深緑の瞳は宝石のように輝き、いつもアルタンの目線を攫っていく。
アキリーズはふと笑顔を作り、唇で軽く触れてきた。
「お、大丈夫だったな」
「?」
「凍って引っ付くかと思ってた」
「お前
……
本当に引っ付いたらどうするつもりだったんだ。洒落にならないぞ」
「そんときゃこいつをぶっかければいい」
ジョッキを少し揺らし、僅かに水音がした。
「
……
それで持ってきたのか?」
「さぁてどうでしょう。でも俺は引っ付いたままでも問題ないぜ」
「俺は大有りなんだが」
「そっか?ずっと一緒にいられるじゃねぇか」
「お前という奴は
……
」
軽口を交わしつつ笑い合いまた星を見上げる。
隣り合い同じ光景を見る、この静かな時間が好きだった。
「あ、アキリーズ、あれ
……
」
「お、これがオーロラか!?滅多に見れないって聞いてたが、運がいいな!」
「凄い
……
光のカーテンみたいだ」
「ほんとだな。昔、本で見たが
……
こんな色なんだな。やっぱ実物は違うな」
「ああ、綺麗だ
……
とても
……
」
自然が織り成す圧巻の情景に、しばらく時を忘れて光の彩りを見上げる。現れては消え、刻一刻と装いを変えるそれから目が離せなかった。
「
……
アキリーズ、連れてきてくれてありがとう」
「
……
うん?ここは七英雄探しのついでだぜ」
「そうじゃない。いやここもだが
……
色んなところへ行った。全部大事な思い出だ。それにアバロンへ
……
連れてきてくれてありがとう。こんなに、充実した人生になるとは思わなかった」
出会った頃では信じられないくらいの朗らかな笑顔に、やっぱり綺麗だと何度も思う。オーロラに負けないくらいに。
アキリーズは見惚れていたのを誤魔化すようにあえて軽々しい態度で応えてみせた。
「どういたしまして。でも、お前は自分の意思で来たんだろ」
「
……
そうだったな。そんなことも忘れてしまいそうだ
……
だって
……
」
(お前と一緒にいると、こんなに
……
)
じっと隣の男を見つめる。彼も静かにこちらの言葉を待っているように見えた。
「俺は
――――
っ、いや
……
何でもない
……
」
すぐそこまで出ていたのに、目を合わせられなくなった。
自分はこれを言って良い資格などないのだから。
「
……
分かってる」
そっと温かい手が頬に添えられ、優しく上向かされる。
苦笑しながら、それでも優しさに溢れた瞳を向けてくれている。
言葉もなく、吸い込まれるように深い口付けを交わした。
いつもと同じように
――
これがずっと続けばいいと、淡雪のような恋心がただ叫んでいた。
空を裂く光はゆらゆらと心地良さそうに揺蕩う。霧散してしまうその時まで、二人を優しく包み続けた。
差し込む朝日に重い瞼を開けると、横向きになった瞳から涙が伝った。
あれが最後の口付けだった。アバロンに帰ったらまたしてくれるのだろうと、当然のように思っていた。
アズィーザから遺言を受け取り、皆の前で泣いてしまったその日。割り当てられている自室に戻り、ひとしきりむせび泣いた。食事も取らず、体も清めぬまま、ただ子供のように布団の中で泣きじゃくった。それでもまだ涙が溢れてくる。どうやったら止まるのだろう。
ファティマは気を遣ってくれたのか、ただ眠るためだけに夜遅くに帰ってきた。仲の良いイザベラの所へ行っていたのかもしれない。更に一晩経ったが既に彼女の姿はなく、テーブルには一人分の朝食だけが置かれている。
いつも支えてくれる彼女に感謝したかったが、散々泣いて涙と共に流れ出てしまったのか、心は空っぽで何も考えられなかった。
(
……
鳥が
……
飛んでる
……
)
横になったまま涙も拭かず、ただ窓の外の景色を頭の中で言語にしてみる。
それで何が変わる訳でもなかった。
(もう
……
あいつは、いないのか
……
)
少しでも隙間があると彼のことを考えてしまう。その度に何で早く伝えなかったと、後悔ばかりが募る。彼はちゃんと伝えてくれたのに。
枕の横に置いてあった写真立てを再び手に取り、紙の中で笑顔で佇む彼をそっと指で撫でる。
こうして触れられる。共に笑う柔らかな日々がこの中にはあるのに。
「
………
ズ
……
アキリーズ
……
」
写真立てを抱きしめ、小さく何度も呼び続ける。思い出すごとに涙が新たな道筋を作り、全身が、内臓が、ぎゅっと握り潰されるように鈍く痛む。
「
……
お願いだからっ
……
もう何も、いらないから
―――
帰ってきてくれ
………
」
叶わぬ願いだと分かっているのに、バラバラに砕けた心が言葉にせずにはいられなかった。
結局そのまま起き上がることができず、その日も泣き伏し、布団から出ることはなかった。
二日間泣き続けるだけの生活に耐えられなくなってきた。せめて体だけでも清めようと、重怠い体を何とか動かして水を調達し、濡らした布で体を拭っていく。
絶食状態だった体は水分しか欲さず、ファティマが持ってきてくれた朝食も殆ど残してしまった。そんな状態でも何も言わずにただ寄り添ってくれている彼女の存在が有り難く、同時にみっともない姿を見せてばかりで申し訳なかった。
部屋の隅を見ると二人分の布袋が置いてあり、本や衣服が脇に置かれている。
そういえばステップに帰る支度をしていたと思い出した。徐にそこへ近寄ると、本の下になっているとある書類の束が目に入り、思わず引っ張り出した。
見た瞬間、雷が落ちたように閃光が走る。いつか実現したいと綴っていた、ステップの部族同盟の草案だった。
「あいつに
……
見てもらった
……
」
問題なく文章が書けるようになってからは暇をみてはこれを見てもらっていた。作ったのは自分だが、アキリーズの意見も参考にして幾度も練り直していたのだ。
『よく作り上げたな!すげぇよほんと』
飛び切りの笑顔と一緒に貰った言葉に、柄にもなく思わず照れてしまったのを覚えている。
『俺とお前の夢が一緒になったみたいだ。叶うと良いな』
「
……
夢
……
」
こうしてはいられない。頭で考える前に体が動き出していた。書類の束をテーブルに置き、ガタガタと筆記具を取り出す。
今日もファティマは夜遅くに部屋に戻って来たが、いつもと違い洋燈の灯が部屋を照らしていることに気付く。
その灯りを頼りに、暗闇の中で机に向かって何か書き物をしている夫の姿が目に入る。側へ近づくとやっとこちらに気付いたようだ。
「ファティマ、ステップへ帰ると言ったが
……
もう少し後でもいいか?」
「
……
私もそう思ってた。アズィーザのことね」
もう大丈夫なのかと口には出さなかった。真剣な様子に、何に取り組んでいるのかの方が気になってしまった。
「ああ、慣れるまでは支えてやりたい。戴冠式とやらも見てみたいしな。それに
……
」
「それに?」
「やる事ができたんだ。急いで仕上げたい。前から話してたステップのことについて」
「部族同盟
……
?」
「ああ。今のうちに原案を正式に完成させて、シゲン殿に最終確認をしてもらう。それから執政官や法務官、元老院に取り次いで貰うんだ。戴冠式の前に提出しておかないと
……
それにステップに帰ったらすぐ動けるようにな」
「
……
アルタン、大丈夫?働きすぎじゃない?」
必死に机に向かう夫は目の下に隈を作り、頬もこけたように感じる。泣き続けてろくに眠っておらず、食事も殆ど取っていないことは分かっていた。傷は癒えたとはいえ肝臓の負担の懸念もあり、今は休んでいて欲しい気持ちの方が強かった。
「そんなことない。こんな大掛かりな仕事、もたもたしてたら生きてるうちに終わらないからな。それに何かに取り組めた方が
……
気が紛れる」
動いていた方が精神的にはいいのかも知れないと、ファティマは少し迷ったものの頷いた。
「
……
うん、分かった。完成したら私にも見せてくれる?」
「勿論、ファティマに一番に見てもらう。提出するのはその後だ」
「私にも何か手伝えること、ある?」
「ああ、早速で悪いがこっちの校正を頼めるか?」
「うん、任せて」
ずっと引き篭もっていたが幾分か普段の様子に戻った様に見え、ファティマは少し安堵した。
これからまた新たな試練が待ち受けていることなど、この時は知る由もなかった。
シゲンは髭に手を当てつつ、提出された書類に目を落とす。
アルタンから受け取った部族同盟の草案だ。ずっと何かに取り組んでいると勘付いてはいたが、こんな大層な物を作り上げたとは驚きだった。
(それにしても、統治法発令前に陛下の名義と共に同盟草案を提出するとは
……
口の挟みようがないじゃないですか)
提出される際、既にアキリーズが目を通していたことを告げられた。もっと早くに申し出て欲しかったものの、どうやら彼らは意外とサプライズが好きだった様で、完璧に仕上げてから披露したかったのだろうと想像はできたが。
まだ形式上は即位前で政務に取り掛かれないアズィーザの元へ、おそらく文官達がこぞってステップの統治を訴えてくるだろう。あの土地は交通の要所で質の良い薬草や馬を育てられ、関を設ければ交通税も見込める。
その前に先帝の意思が組み込まれた同盟草案を作っておけば、執政官もそれを無碍にすることはできない。統治法が発令されても、正式な書面だけでも存在していれば自治権を持つことができ、事実上ノーマッド達の生活がこの草案である程度守られることになる。
(意図的ならなかなかのやり手ですね。有能な人材は流出させたくありませんが、今のステップには彼のような偶像が必要ですし、こちらの手を掛けずに事が上手く運べば儲け物です。四分五裂より結束してくれた方が操作しやすい
……
そしてゆくゆくはカンバーランドとの和平、ですか
……
)
最終目的は和平協定だとも聞かされた。アズィーザがステップの統治を了承するかは不明だが、両国共に帝国の統治下にあった方が立場も近くなり、垣根を取り外しやすいだろう。
先帝に比べ素直な性格で御し易いであろう彼女に、シゲンも折を見て進言するつもりでいたのだ。
アキリーズはステップに余程思い入れがあるのか帝国の手を加えることを頑として断り、文官達は困り果てていた。そろそろ彼らの顔も立ててやらねばなるまい。
しかし気になるのはアルタンの精神状態だった。
アズィーザから遺言を受けた際、泣き崩れる様子に精神的ダメージが相当なものであると判断した。それまではどこか虚ろで危なげな様子ではあったが、彼の堅固な性格から人目も憚らず涙を見せるなど、相当なショックだったのだろう。
あれからまだ一週間足らずだ。些か不安はあるが、今の彼にはこれが支えになっている様子も見て取れる。
(果たして帝国の力無しにどこまでやれるのか。お手並み拝見
……
と致しましょうか)
先帝の想い人を利用するようで人並みに良心の呵責に苛まれるが、既に時代は移り変わったのだ。遺言通り帝国の筆頭軍師として、しばらくは相応しい姿を振る舞っておくとしよう。
厳粛な空気の中、新たな皇帝に宝冠が授けられる。
王家が賜姓降下してからは戴冠を行うのは最高執政官であったが、先帝の幼馴染で側近でもあり、文官としても実績のあったアリエスが相応しいだろうと、最高執政官自身に推されその役目を担っていた。
戴冠式には各国、各地方の代表が招かれ、アガタ女王やピーター、ウルバンなどの懐かしい顔ぶれもあった。
史上初の外国籍の女帝の誕生に驚きつつも、全盛期を迎えた帝国のさらなる領土拡大を意味するこの式典に意を唱えるものなど存在しなかった。
宝冠を授かり面を上げたアズィーザの堂々とした立ち振る舞いに、本当に自分の娘なのか信じられずただその目に焼き付けることしか出来なかった。その凛々しい眼差しに、どこか彼の姿が重なる。きっと同じようにここで戴冠し勇ましい姿を披露したのだろう。見たこともないのにありありと情景が浮かんでくるようだった。
皆拍手でそれを讃え、王宮内は歓声で包まれた。
祝福と哀愁、一言で言い表せない想いに目に熱いものが溜まるのを感じながら、アルタンも静かに手を叩いた。
先帝の在位は十九年と長くはなかったが、その功績の多さに名君として語り継がれた。病の真実を知らぬ民衆からは、傭兵出身で民意の権化のような姿に親しみを込め、隻眼帝と呼ばれることもあった。
新皇帝アズィーザは先帝の倍以上の期間治世を敷き、長きに渡り世に平和をもたらすことになる。
多くを助け、また多くに助けられた君主として、この異国の少女が名君の一人として歴史に名を連ねることになろうとは、まだ誰も予り知らなかった。
戴冠式を見届け、政務に慣れるまで娘の側についていてやりたかったが、式典からニヶ月程してステップに帰郷することになった。アズィーザを支える頼もしい面々に、その中に自分がいては仕事がやり辛いだろうと早々に別れを告げたのだ。
先帝時代と変わらずアリエス、シゲン、ガマが其々の分野で政務を支え、それだけで無敵と思えるのに、ピーターが護衛として、アリエスの弟子のトパーズが側仕え、龍の穴の格闘家も警護にあたってくれた。更にはファティマの親友であるイザベラも娘のように可愛がり、ダヤンの事も何かと世話を焼いてくれ、憂いの種が存在しなかったのだ。
一つ気がかりだったのがダヤンの口数が減ったことだったが、彼もしばらくは姉に付き添いつつ大学に通いたいとのことで、皆が面倒を見てくれることになり安心して帝国を離れることが出来た。
ファティマもしばらくは子供達と一緒に居たいだろうから残ってもいい、と伝えたが「支えが必要なのはあなたの方だから」と、これまでと変わらず側に居続けてくれた。
マイルズへ向かう船の甲板で、ひとり遠ざかっていく大陸を見つめる。
何かを失えば、新しい何かがそれを埋めていく。これからまた賑やかになるであろうアバロンと、代え難い時を過ごした日々の跡を振り返り、静かに涙が流れた。
一つ一つ想いの粒となり、誰にも見届けられることなく名残惜しそうに頬を撫で、消えていった。
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