ダンターグ戦直後~皇位継承後の話。
死ネタにつき苦手な方はご注意下さい。アルタン目線。
アルタン37歳 アキリーズ39歳
うっすらと目を開けると、見慣れぬ天井に迎えられる。何かの獣の毛皮のようなものが吊るされており、どこか故郷の幕屋に似ているものの、構造の違いからステップのものではないことは分かった。
すぐ傍にファティマの背中を見つけ、いつものように声をかけようとする。
「
……ティ
……」
冷たい空気と、口が渇いていることでなかなか声が出なかったが、それでもファティマには届いた様だ。
「アルタン!良かった、あ、あなたまでっ
……いなくなったら、どうしようかと
……」
「
……何が
……あったんだ
……?」
「
……覚えてないの?」
そういえば自分は何故寝ているのだろう。
「七英雄と闘ったの
……子供とムーを探しに行って、洞窟の中で」
「七英雄
……」
そんな気もする。とんでもなく強かった気が
……。
「皆脱出できたけど、陛下が
……陛下だけが
……残って、皆を
……」
「
……あいつは
……どこに?」
「
………多分、もう
――――亡くなったわ
……」
ファティマは目を閉じ、涙を流している。
不意に、脳裏にあの時の情景が蘇る。
血だらけで、崩落している岩盤の中に、まだ敵に立ち向かおうと剣を持ち立っている姿が。
(何してる
……そんなところにいては
……)
「行かないと
……」
「
……アルタン?ちょ、まだ駄目よ!」
身を起こそうとするアルタンをファティマが必死に止める。
「あんな所にいたら危ない、死んでしまう
……!早く連れ戻すんだ」
「アルタン!もう、陛下は
……」
「
――っぐ、」
「内臓に穴が開いてたのよ!まだ寝てなきゃ、あなたまで
……!」
腹から響き、全身に走る激痛に動けず、再び横になるしかなかった。
(死んだ
……?あいつが
……?)
昨日まで普通に笑って、くだらない話をして、いつものように口付けも交わしたじゃないか。
信じられない 信じたくない
「アルタン!お願い、危ないから
……!」
「ここの地質はあの場所と近い
……方角も一致している。きっとこの先に
……」
やっと起き上がれる様になったもののまだ足元がおぼつかず、洞窟の岩肌にしがみ付きながら必死に奥へと進んでいく。
(待ってろ
……すぐに行くから)
冷たく荒い岩盤に何度も擦れたせいで指の皮が捲れ、掌が血まみれになっていたがそれも構わず奥へ進もうとする。
常に付き添っているファティマは何を言っても聞かない夫に何度も振り払われ、遂に洞窟の中にまで来てしまった。サイゴ族の集落から姿を消した二人を追いかけてきたアリエスも加わり、やっとアルタンの歩みを止めることができた。
「アルタン殿、何してるんです!? ここも崩落しかけています、戻って下さい!」
「これ以上は駄目、戻って、アルタン!」
「放してくれ! 早く行かないと
……!」
叫びながら、何度も引き止めようとするファティマの手を振り払うと、小さく悲鳴を上げよろめき転びそうになる。
「アルタン殿!」
バチンと洞窟内に似つかわしくない音がこだまする。アリエスに思い切り頬をぶたれたのだと、後から感じる焼け付くような痛みで気付く。寒さが、ヒリヒリとその痛みを助長させていく。
「もう、やめて下さい
……あなた、何日寝てたと思ってるんですか? 四日ですよ。それに
……皆必死に探しました、でも
……もうあれからニ週間経ちます。
――――生きてるはずが、ないんです
……」
アリエスは声を震わせながら涙を堪えている。拳を握りしめ唇を噛み、必死に感情を抑えている様子に、アルタンは自分の行動がいかに身勝手だったかを痛感した。
アキリーズと子供の頃から一緒だったアリエスが一番辛い想いをしているはずなのに。この辺りもきっと散々探しただろう。やっと回復し遅れた時を取り戻そうと、必死になるあまり慮ることが出来なかった。
「アリエス
……すまない、お前に
……そんなことを言わせるつもりは
……」
「
……アルタン、捜索はサイゴ族の人達に任せましょう。私達は
……アバロンに帰って報告しなきゃ
……」
「
……帰る
……?あいつを置いて
……?」
「アルタン
……」
こんな暗い所に
……一人で置き去りにするのか?
瞼の奥で、ゆらりと白い影が浮かぶ。
どこか困ったような笑顔をこちらに向け、手を振っている。
まるで別れを告げているように。
手を伸ばすとそれは背を向け、暗闇に抱かれるように洞窟の奥へと消えていった。
アバロンへ帰還するため、サイゴ族の集落を後にする時が来た。別れ際にあの時助けた子供が泣きながら近寄って来る。おそらくこれまでも何度もそうしただろうに、脱出を手伝ったファティマに抱きつき、事の重大さを理解しているのか再び謝罪の言葉を述べている。
アルタンは何の感情も持たず、ただ他人事の様にそれを眺めていた。
(泣いている
……?)
子供が何故泣いているのか、理解できなかった。
受け止めようとする理性と、それを跳ね返す心。鬩ぎ合う軋轢で己の輪郭が揺らぎ、ブレていく錯覚を覚える。
今はただこの地を去るのが名残惜しい。それだけは分かっていた。
でも何故そう思うのか、何がそうさせるのか、それすら分からなくなっていた。
思い出したくない。忘れたくない。
二律背反に耐え切れず内から引き裂かれ、分裂していく音にまだ気付くことは出来なかった。
アルタンの体は未だ完全に回復していなかったが、ルドン高原を越えるため戦力を分ける訳にはいかなかった。荷物の運搬用に途中まで連れて来ていた馬に優先的に乗せてもらい、戦闘には参加できなかった。幾分冷静なシゲンとガマが率先して道を切り開き、更に高原を抜けるまでサイゴ族が数名同伴し、戦力を二人失ったパーティを支えてくれた。彼らの助けもあり無事にアバロンへ帰還することができた。
アリエス、シゲン、ガマはそれぞれ役職があり報告やら引き継ぎで忙しく、おかげで悲しみに暮れる暇もないようだった。これまでアリエスの仕事の手伝いをすることもあったが今は療養のため休暇を貰っており、しばらく彼らと顔を合わせることすらなくなっていった。
帰還し、およそ半月が経過しようとしているが、アルタンは肝臓に受けた傷のため未だ養生を余儀なくされていた。重要な臓器だったため全身に影響が出ているのか、まだ倦怠感が取れておらず微熱も続いている。
術士が治療に当たるも、戦闘時に傷を塞ぐのが遅れ出血も酷かった為か、しばらく症状が続くかもしれないと言われた。
当のアルタンは自分のことなのにどこか他人事の様に無感情に聞き流しているように見えた。ファティマは術士の言うことも一理あるかと思ったが、もう一つ背後に見え隠れする要因に既に勘付いていた。
この半月は足が鈍らないように、ファティマに支えられながら城の敷地内を毎日徘徊することが日課になっていた。
思い出の残る場所を通る度に彼の残影を感じては、その事実を否定し続けることを無意識に繰り返す。帰還してからそれがずっと続いていた。
「この廊下も
……一緒に歩いた。この部屋で
……文字を教えて貰って
……そういえば美味い酒を振る舞って貰ったな」
今日も変わらず、譫言のように記憶を辿りながらポツポツと口にしていく夫を、ファティマは静かに支え続けた。
「アルタン
……ここにいると、辛い?」
「辛い
……?
……」
相変わらずどこを見ているのか分からず、的を得ない回答にファティマは不安に襲われる。
一番参っているのは夫だと分かっているが、同じことを繰り返す毎日にファティマも気が滅入っていた。もう居ないのだと何度説いても、そこだけ切り取った様に記憶が抜け落ち、何も前進しない日々を送っている。
「ファティマは
……?辛いのか
……?」
「私は
……大丈夫。あなたの方が心配
……」
「そうか
……?何だか、こうして歩いてるとどこからかひょっこり顔を出しそうな気がするんだ。あいつは隠れるのが上手いからな」
「
……そう
……ね」
目を細め口角も上げながら、変わらずこちらを見ずに言葉を綴る。
「そういえばあいつの部屋の本、まだ全部読めてないんだ。また貸してもらわないと」
「
……うん」
「どこにいるんだろうな
……」
「
……」
意中の人を探すように視線を泳がせる様子に、ファティマは何も言えなくなってしまった。
夫を蝕み、体の回復を遅らせるもう一つの要因はおそらくこれだろう。
この人はまだ、あの時に囚われている。
「
……ファティマ
……顔色が悪い。ほんとに大丈夫か?」
「うん
……私は平気よ」
「
……そうか、
――――」
はたと歩みを止め、無人の回廊を見つめる瞳が揺れる。
「そうか、ここには
……いないんだな
……」
「
……うん」
「
……なあ
…………帰ろうか、ステップへ
……」
「
…………うん」
ファティマは変わらずこちらを見ないアルタンを気遣いつつも、その言葉にどこか安堵した。
ここに夫を長く留めていては互いに気を病んでしまいそうだから。
故郷への帰り支度を始めた日、ある来訪者が城を訪れた。
「ダヤン
……アズィーザ
……?」
ここにいるはずのない双子の子供達が立っていた。衛兵に呼び止められているところを、たまたま通りかかったガマが仲介し応接室へ通したのだ。アルタンとファティマはすぐにそこへ呼ばれ、知らせを受けたシゲンとアリエスもほぼ同時に到着していた。
「父様、母様、久しぶり。元気だった?」
「ああ
……アズィーザ、何故
……」
子供達は部屋に入って来た両親を見てソファから立ち上がる。久しぶりの再会だというのに互いに笑顔はなかった。
「私ね
……継承しちゃったみたいなの」
「
……は?」
「見てて」
アズィーザは両掌を上に向け、炎と光を同時に出した。
一同はその意味を瞬時に理解し愕然としている。確かアズィーザには術の素質はなかったはずだ。
「姉さん、天術と火術、突然使えるようになったんだよ」
「
……う、そ
……」
アキリーズが得意としていた術法を扱う娘に、ファティマは両手で口許を抑え肩を震わせている。
術を止め、アルタンの方にアズィーザが向き直りしばし見つめ合う。なかなか口を開けない二人を見かねてダヤンが説明した。
「幕屋の外に姉さんが飛び出して、突然真っ白な光に包まれたんだ。びっくりしたよ」
「
……本当に?」
アリエスが慎重に尋ねる。以前マゼランの船の中で同じ光景を目にしていたのだ。
それはアメジストが絶命し、アキリーズが皇位継承した瞬間だった。おそらく、彼らの言っていることは真実だ。
「うん、声が聞こえた気がしたの。だから外に出て、そしたら
……そこに陛下が立ってたの」
ダンターグに敗れ皆が脱出した後、岩山が崩れ一筋の光が天へと昇っていった。アリエスは見覚えのあるその光に、必死に手を伸ばし追いかけるように叫んだ。アキリーズの命が潰えた瞬間だと、あの中でただ一人、アリエスだけが悟ることが出来たのだ。忙殺される中でも何度も蘇ってきたあの光景が再びよぎり、溢れそうになる涙を必死に堪える。
皆があの時のことを思い返し、しばし静寂に包まれた。誰も口を開けない中、シゲンが場を纏めようと考えを口に出す。
「
……あの光はステップの方角へ向かっているように見えました。術の素質は言わずもがな、時期的に見ても間違いな
――」
「違う」
強く言葉を遮られたがシゲンはそれを咎めることもなく、無言で声の主の様子を観察する。
「アルタン
……?」
皆がアルタンの方へ視線を向けるが、アルタンはアズィーザから目を逸らさなかった。
それを聞けば、保っていた世界が崩れてしまう。
足元は砂礫の様に形を失いつつあるのに、悲鳴を上げる心がそれを許さない。
アズィーザもアルタンを見つめ返すが、意を決したように視線を外し皆へ向き直る。
「
……陛下から、皆へ伝言があるの」
「え?」
一同は揃って声を上げた。アズィーザは目を閉じて深呼吸し、すうっと息を取り込む。
「ガマ、いつも酷く当たって悪かったな。お前を見てるとマゼランのこと思い出してつい八つ当たりしちまった。でも最期までお前がいてくれて助かったよ、ありがとう」
「シゲン、直接言えなかったけど、お前には何度感謝したか分からねぇ。腹黒いフリして、いっつも見えないところで支えてくれてたよな。俺がいなくなってからも帝国を頼む。酒はほどほどにな」
「アリエス
……ずっと一緒にいてくれてありがとう。俺がここまで生き延びられたのはお前のおかげだ。俺が守るって言ったのに、よく考えたら守られてばかりだったな
……お前は働き過ぎだからシゲンを見習って少しは休暇を取るんだぞ」
「ファティマ、散々迷惑かけちまった
……それに子供達と引き離しちまってすまねぇ。でもお前がいてくれると何か安心するんだ。怒るかもしれねぇけど、母親ってこんな感じなんだろうなって。長生きしてくれよな」
「
……アルタン。親父さんの形見
……結局返せなくて悪かった。約束、守ってくれてありがとう」
違う 違う
謝るな 礼も言うな
俺は約束を果たしてない
お前はまだ死んでない、まだ
――
「
……ごめんな」
貫いた言葉に、微塵に砕かれた。
世界がガラガラと崩壊し、足元に迫っていた虚の淵に飲み込まれていく。
全身が脱力し、その場に膝から崩れ落ちた。
「父さん!?」
ダヤンが声を掛けると、その声にアズィーザがはっと自分に戻り、床に手を付くアルタンに目をやる。
「嘘
……嘘だっ!
……俺は、まだ、お前を」
ずっと涙が出なかったのに、今になって堰を切ったようにとめどなく溢れてくる。必死に抑えようとするが止められない。だんだん呼吸が苦しくなり息ができなくなる。
ずっと否定していたのに、認めてしまった。
彼の死を。
「お前は
――っ違う、違う!俺は、約束をっ
……」
零れた涙が床にパタパタと染みを作る。アリエスはたまらず袖で目元を覆った。ファティマがしゃがみ込み、そっとアルタンの背に手を回す。
「まだ、伝えて
……っ」
いつか別れる日が来ると分かっていた。でもこんな最期は違う。こんな終わり方ではなかったはずだ。この想いを、ちゃんと伝えようと思っていたのに。
「アルタン
……」
次第に言葉が失われ、嗚咽が止まらないアルタンにガマも歩み寄り、脇を支えながらファティマと共に部屋の外へ連れ出す。
ダヤンは初めて見る父の泣き崩れる姿を呆然と見送ることしかできなかった。
アズィーザを見ると目を見開き、目線を床に向けながら、自分でも何が起こったのか信じられないといった顔をしている。遺言は彼女が自分の意思で発した言葉ではないようだった。
これが伝承法だと、ダヤンはまざまざと味わった。これまでなかった人格と記憶が確かに姉の中に存在している。
あの日、もし幕屋を先に出たのが姉ではなく自分だったら。
今ここに皇帝として立っていたのは
――
静かに、それでも確かにどす黒い感情が渦巻くのを認めざるを得なかった。
ファティマとガマは今にも倒れそうなアルタンを支えて休憩室のソファに座らせる。
ファティマは横に座り、顔を押さえ項垂れる夫の背を抱き寄せさすり、ガマは離れたソファにもたれかかり見守っている。
静かな空間に、小さな嗚咽と涙をすする音だけが響く。しばらくそうしていたがやっと呼吸が整ってきた。何とか途切れ途切れに声を絞り出す。
「二人とも
……みっともないところを、見せた
……」
「
……大丈夫?」
「すまない、少し
……一人に、なりたい」
「
……分かったわ」
「ファティマ
……」
「いいの。行きましょう」
二人はアルタンに目をやりつつ部屋を後にする。
「良かったのか?あいつ、あんなに取り乱すなんて
……付いててやらないとまずいんじゃないか?」
「今は一人にしてあげたいの
……アルタンね、ずっと認めたくなかったんだと思う。目が覚めたら、陛下がいなくなってて、遺体も見つけられなくて
……どこかで隠れて、まだ生きてるって、信じてたのよ」
「そうか
……仲良かったもんな
……」
「
……ガマさんは、二人のこと知ってた?」
「友人にしちゃ距離が近過ぎたからな。何となく察してはいたが。
……ファティマ、辛かったろ」
「ううん、陛下には助けてもらったし、約束もして公認してたのよ。それに
……陛下、寂しそうだったから。あの人が側に居る時は、陛下にも笑顔が増えて良かったって、そう思ってた。でも
……やっぱりちょっと妬いてたかもね」
「
……お前はほんと凄いと思うぜ」
切なそうに笑うファティマに、ガマも苦笑して返した。
「しっかし、アズィーザが新皇帝か。外国籍の皇帝は初じゃないか?また慌ただしくなるんだろうな」
「そうね。今まで一緒に過ごせなかった分、あの子を助けてあげなくちゃ。ガマさんも力を貸してくれる?」
「当然だ。俺はまだまだ提督業は現役の予定だぜ。こんな激動の瞬間に立ち会った奴はなかなかいないだろうしな!」
二人は笑いながら新皇帝の待つ部屋へと向かった。
If you make a mistake, you can cancel it by pressing the reaction.