すだ
2025-11-08 16:34:52
10553文字
Public 主スバカグ
 

春の里にはキミがいて

交際前の舞手スバルと嫁カグヤ。絆レベル6くらい。
カグヤと過ごすうち、かつて彼女に抱いていた恋心を思い出すスバルのお話。
ひたすら思い悩むスバルがいます。最終的にカグヤの言葉が悩みを吹き飛ばします。
完全なる妄想の産物ですが、婿スバルと同様に舞手スバルもカグヤが初恋だと信じている民です。
カグヤと仲良くなればなるほど、恋愛感情が記憶と共に戻ってきたらいいなと思ってできたお話です。
結婚後の某会話とは矛盾しておりますが、広い心でお読みいただければ幸いです。
#スバカグ



「おかえり」
 里の入り口で待っていたスバルに、カグヤは少し驚いたようだった。
「ただいま戻りました」
「今日も見回りしてきたの?」
「はい、周辺に魔物がいないか確認して、あとは近くをぶらぶらと」
「そっか」
……スバル、何かありました?」
「どうして?」
「この間から不安そうな顔をしています」
 カグヤの伸ばされた手がスバルの頬を撫でる。
 またこんなうかつなことをして、オレの気も知らないで。でも、一番救いようがないのはオレだ。カグヤに触れられるだけでこんなにも心がうわついてしまう。
……カグヤは」
 名を呼ぶと、紅藤色の瞳がこちらを向いた。本当に言ってしまっていいものか迷う。けれど、カグヤに心配をかけている。カグヤの憂いは例えスバルが原因だとしても許せない。覚悟を決めろ。
「もう、どこかへ行ったりしないよね?」
 カグヤが目を丸くする。自分はよほど深刻そうな顔をしていたのだろうか。やがて慈しむような柔らかい笑みを浮かべ、彼女はスバルの袖を引いた。
「少し、お話しましょうか」
 場所を竜神社へ移し、ふたり向き合って座る。何も話さないスバルを見た後、カグヤが声をかけてきた。
「どうして私がどこかへ行くと思ったんですか? どこへも行くなと言ってくれたのはあなたなのに」
 目が全て話してください、と訴えている。こうなるとカグヤはてこでも動かない。重い口を開いた。
「カグヤって、自然が大好きだろ?」
「そうですね。お外にいると楽しいです。お花を眺めたり、動物たちとお話しているとあっという間に時間が経ちますね」
「人より自然が好きなカグヤなら、もっと人里離れたところに住んだ方が幸せなのかな、って。それこそ、春の台地の外れとか……
 争いのない静かな大自然の中で、動物や緑に囲まれ幸福そうに生きる姿は容易に想像できた。
「なるほど、そういうことですか」
 軽く息を吐いてカグヤはスバルの頬を両手で挟む。
 心臓に悪いからあまり触らないで欲しいけど、今回は耐えるしかないみたいだ。
「ごめんなさい、スバル」
 急に謝られて、意味が分からず瞳を瞬かせる。
 問いかけるように視線を送ると、眉尻を下げた彼女が微笑んだ。
「だってそうでしょう? 私は何度もここを出て行こうとしましたからね。そのたびにあなたがどう思うかなんて、考えもしなかった。いえ、あのときは自分のことで精一杯で、考えることができなかった。随分辛い思いをさせてしまいました」
 カグヤの手が触れている所が熱い、心臓がうるさい。でも、今はどうでもいい。彼女の言葉ひとつ残らず聞き逃さないよう、耳を澄ます。
「大体、前提が間違っています。私がいつ人より自然や動物が好きだといいましたか?  元々、人間も動物ですよ?」
「そうだけど、カグヤは人付き合いが得意じゃなかったから」
「いつの話をしているんです。私だってこれでも大人になったんですよ」
 確かに以前買い出しを見守ったとき、里の人たちと楽しそうにやり取りするのは見ていた。無理をしていた訳じゃなかったのか。
「いつまでもあなたに守ってもらうカグヤじゃ嫌だから、頑張ったんです。昔みたいに頑張ったね、って褒めてくれてくれてもいいんですよ?」
 すねたように眉根を寄せる表情から目が離せない。返事を期待していなかったのか、話は続いている。
「私は、春の里が好きです。いろはさんが好き。すずちゃんが好き。うららかさんが好き。タクミさんも、ムラサメさんも、サカキさんも好きです。自然豊かですし、皆さんはこんな私を受け入れて良くして下さいます。うららかさんのような情け深く、思いやりに満ちた神がいらっしゃる里です。住みにくいはずがありません。できればずっとここで暮らしたいと思っています」
 春の里の人たちを思い出す。いろは始め皆、カグヤを温かく見守ってくれていた。彼女が困っているときに自然と手を貸してくれる、そんな思いやりがあった。
 いろはは最初からカグヤのことを気にかけてくれていた。カグヤがまだ心を閉ざしていた頃、何度となくスバルに様子を伝え、私に何が出来るかな? と相談を受けた。仲良くなった今、店先で楽しそうに雑談をしているふたりを頻繁に目にする。
 すずは毎日カグヤに元気よく挨拶し、手を握ってくれるらしい。この間、一緒に舞っているところを見た。カグヤはスバルと中々一緒に舞ってくれないから羨ましい。
 うららかのことは姉のように慕っているようだ。女神の友のほうさくとも仲良くやっているらしく、ときどきカグヤの肩に乗りさえずっているのを見かける。互いに生き物を愛し慈しむ性質だから、波長が合うのかもしれない。
 サカキと境内の掃除をしながら天気の話をしているのを聞いた。ムラサメとは毎朝素振りをする仲なのだという。タクミとは、うららかが宿る御神木について夜通し語りそうになったことがあるらしい。
 何だ、そうだったのか。なじめていないんじゃないか、なんてこちらの勝手な思い込みだったのだ。眼前の霧が晴れたような気がした。
 春の里で、優しく温かい人たちに囲まれながら笑顔を浮かべているカグヤが目に浮かぶ。
「スバルは忘れているかもしれませんが、私は人間なので人里で暮らすのが一番楽です」
 これは冗談だろうか。目が笑っている。どうやら浮世離れしている自覚はあるようだ。ただ、彼女の言う通りよほどの世捨て人でもない限り、人がひとりで暮らしていくのは難しい。
「何より、ここにはあなたがいる」
 思いがけずもらった言葉に息が詰まった。
「沢山考えて、分かりました。私はスバルと一緒にいたいんです。……スバルは、どうですか? あなたも、同じことを望んでくれますか?」
 カグヤの穏やかだった表情が不安げに揺れる。そんな顔をさせているのが自分だなんて我慢できない。迷わず頬に添えられたままだった彼女の手を取った。
「そんなの」
 ゆるりと引き寄せても抵抗がなかったのをいいことに、胸元でひと回り小さな柔らかい手を握りしめる。
「決まってる。オレだって、カグヤと一緒にいたい」
「よかった」
 満足げにこぼれた言葉を耳にして、心が温かくなるのを感じた。カグヤに望まれている、それだけでこんなにも満ち足りた気持ちになるなんて。
 一緒って、いつまでだろう。一年後? 数年後? それとも——
 核心に触れることは、臆病な心が邪魔をする。スバルが思っているより短い間だったらショックが大きい。でも、そこは気にしなくてもいいのかも知れない。今、カグヤが共にいたいと思っていてくれることが何よりの幸福だ。彼女が一日でも長く一緒にいることを望んでくれるよう行動することが、スバルにできるたったひとつのことだろう。
 会いに来よう、できる限り時間を作って。
 幼馴染という曖昧で微妙な距離は、ふたりの未来を保証するにはあまりにも脆すぎる。いつか、恋人になり、夫婦になり、死がふたりを分かつまで共に生きられれば、スバルにとって最高の結末だ。


「スバル」
 春の里にはキミがいて、オレを迎えてくれる。
 心の迷いは、もう無かった。