すだ
2025-11-08 16:34:52
10553文字
Public 主スバカグ
 

春の里にはキミがいて

交際前の舞手スバルと嫁カグヤ。絆レベル6くらい。
カグヤと過ごすうち、かつて彼女に抱いていた恋心を思い出すスバルのお話。
ひたすら思い悩むスバルがいます。最終的にカグヤの言葉が悩みを吹き飛ばします。
完全なる妄想の産物ですが、婿スバルと同様に舞手スバルもカグヤが初恋だと信じている民です。
カグヤと仲良くなればなるほど、恋愛感情が記憶と共に戻ってきたらいいなと思ってできたお話です。
結婚後の某会話とは矛盾しておりますが、広い心でお読みいただければ幸いです。
#スバカグ



 ——なるほど。
 目覚めて一番始めに抱いた感想がそれだった。
 昨日初めて自覚したと思い込んでいた恋心は、実はかなり前から抱いていたものらしい。随分昔から温めていたのだな、とどこか他人事のように考える。とすると、白梅の髪飾りは、そういう意味で贈ったものだったのか。
 カグヤのことを好きだと気付いてしまったものの、すぐに行動を起こしたところでうまくいくとは思えなかった。いくらこちらが想いを寄せていても、恋愛は相手あってのもの。互いに同じ気持ちでない限り、片想いでしかない。カグヤがスバルのことを恋愛対象として意識しているようには見えない。幸い幼馴染として信頼は得ているようなので、他の人たちよりは有利なはずだ。何とか自分に言い聞かせ、ひとまず現状維持を選んだ。
 それから、恋心が記憶と共に戻ってくるようになった。主に夢、ときには白昼夢として。自分でもどこに隠していたんだと責めたくなるくらい、何度も夢を見た。白昼夢から目覚めたとき、目の前にカグヤがいて変な声をあげてしまったこともある。様子のおかしいスバルを案じ、竜神社で横になった方がいいと手を引く彼女を宥めるのが大変だった。カグヤの掌の柔らかさが苦行のようだ。武器を手に取り戦うためところどころ固くはあるが、スバルのものよりずっと柔らかい。生々しい感情を思い出したばかりだというのに、その相手と一緒にいるのは大変よろしくない、何をしてしまうか分からない。結局モコロンにひと肌脱いでもらった。サカキを呼んできてもらい、あとはサカキさんに見てもらうから大丈夫、と言い張った。事情も分からず突然呼び出された長老は、スバルのただならぬ姿を見て何かを察したのだろう。
「カグヤさん、あとはわしが見ておくから心配しなくていい。最近いろはの所に顔を出していないだろう? 心配していたから立ち寄ってやってくれ」
 そう言われ、年長者を尊重するカグヤを呆気なく引き下がらせた。スバル相手ではあんなにしつこかったカグヤが、サカキの一言であっさり身を引くとは。どこか悔しい気持ちのスバルに、サカキが朗らかに笑った。
「これも年の功かな。まあそれは冗談として、カグヤさんはあなたを大事に思うからこそ頑なだったんだろうなあ」
 第三者からの忌憚ない意見は、カグヤもスバルのことを大切に思っているという事実をつきつけ、彼を大いに悶えさせる結果となった。


 最近は記憶を取り戻す現象が日常茶飯事となり、スバル自身もようやく落ち着きを取り戻しつつあった。元々カグヤへ抱いていた過去の恋心と、彼女と過ごすうちに育っていく現在の愛しい気持ちをすり合わせ、心になじませていく作業にも随分と慣れてきた。
 気持ちが大きくなるにつれ、同じくらい不安が増していく。カグヤの瞳がスバルを映していていないとき、焦燥に駆られる。このまま手の届かないところへ行ってしまうのではないかと。あながち見当違いでなさそうなところが悩みの種だった。
 自然を愛し、神に愛されるべく育てられた巫女。人里離れた寒村で秘匿された少女は、どこか浮世離れした女性へと成長した。
 ふらりと里の外を出ては春の台地を散策している。野生生物といつの間にか仲良くなっており、見かけると動物に囲まれているときもある。
 人間と暮らすより、人里離れた自然豊かな地の方がカグヤにとって幸福なのではないかとさえ考えてしまう。
 そんな不安を抱えていた矢先、事件が起こる。黒竜の残滓がカグヤをさらってしまったのだ。もうすぐカグヤと共に舞うことができる。大好きなカグヤの舞いをすぐ側で見ることができる。浮かれる気持ちに冷水を浴びせられたようだった。
 このままでは迷惑がかかる、もうここにはいられないと彼女は言った。カグヤがここからいなくなる。控えめに微笑んだときの柔らかな眼差しも、意地を張ってそっぽを向くむくれた顔も、舞うときの凪いだ表情も、全て見られなくなってしまう。
 気がつけば名を叫び、必死に引き留めていた。全てをさらけ出すことに怖気付き、大切な幼馴染だからと理由をつけて。何度だってキミを助ける、だからどこにもいかないで欲しいと。
 瞳に涙を浮かべたカグヤが胸に飛び込んでくる。絶対に離すものかと強く抱きしめた。
 翌日、舞いを披露する前に目にした彼女は澄み渡る青空のような晴れやかな表情をしていた。スバルと目が合うと嬉しそうに微笑んでくれる。今までより柔和になった態度は嬉しいが、その素直さが却って不安を煽る結果になった。
 行くなと引き留め、カグヤはここにいてくれることになった。だが、それは本当に彼女の意志なのだろうか。心の中では色々なことを考えているのに自己主張をすることがあまりなかったカグヤ。大人たちばかりが暮らす故郷の村では、なかなか本心を告げることができず涙ぐむことが多かった。しくしく泣いている幼子を慰めるのはいつだってスバルだった。そんな彼女もいつの間にか心を隠し、何でも要領良くこなすようになっていった。
 そう、本心を隠すのがうまいのだ、カグヤという人は。そして押しに弱い。この里に残ってくれたのは、スバルが強く望んだからではないのか。
 罪人である自分がいては良くないと、ひとり消えようとするカグヤはもういない。そこはスバルも疑っていない。だが、それ以外の理由なら? 彼女にとってもっと居心地の良い場所が見つかり住みたいと願ったとしても、スバルの言葉が足枷になるのではないか。
……いやいや、お前の考えすぎだろ? あれだけカグヤもお前と一緒にいたそうな顔してたんだからさ。しかもあれからお前を見かけるたび寄ってくるようになったじゃねえか」
 相棒に悩みを吐露すると呆れ顔で返された。全く分かっていない白竜に仕方ないなと嘆息する。
「何だよその分かってないなやれやれ、みたいな顔は」
「モコロンは甘い。カグヤの本心を隠す能力はプロ級なんだよ」
 例えば、と昔の話を聞かせてやる。
「昔、故郷で小さな宴があったときにさ。オレたちの面倒をよく見てくれていた人が、カグヤちゃんはこれが好きだったよね、ってお菓子をくれたんだ。村ではお菓子は貴重品だったから、カグヤはすごく喜んでお礼を言ってて。あー……あのときのカグヤ可愛かったなあ」
「オイラ、のろけ話を聞かされてんのか?」
「まあ最後まで聞いてよ。食べていいよ、って言われて、その人の目の前で食べたんだけど、その後何故か落ち込んでて。理由を聞いたら何だったと思う?」
「んー……? 量が少なかった、とかか?」
「残念、外れ。目の前で食べて欲しそうだったから食べたけど、本当はオレにも食べさせたかったんだ、って涙ぐんでさあ! オレだったらふたりで食べたいからもう一個ありますか? って聞けたんだけど、カグヤはいつも遠慮しちゃうから。まあそこがカグヤの健気なところなんだけど」
「待て。やっぱりのろけだろそれ」
「え? カグヤは本心を隠すのがうまいって話だよね?」
……まあいいや。そんなに気になるなら本人に聞くしかないだろ」
「やっぱり、そうなるよなぁ……
「あれだけ堂々と宣言しておいてどうして急に弱気になるかな」
「片思い歴が長いんだよ。変なこと言って嫌われたら嫌だろ」
「本当に片思いだったのか怪しいもんだけど……。相棒、オイラの手を取れ!」
 突然小さな蹄を差し出すモコロンの言う通りにすると、全身に何か温かいものが通り抜けていった。
「今お前にオイラの加護を与えた。カグヤに変なことを言っても嫌われないようにしてやったから、心置きなく突撃してこい!」
「え、本当? そんな力聞いたことないけど」
「いいから! 骨は拾ってやるから大丈夫だ」
「玉砕前提じゃないの、それ?」
「い、い、か、ら! さっさと行け!」
 鬼気迫る表情でモコロンに詰め寄られ、「はい!」とスバルは駆け出した。瞬きしない真ん丸な目は結構怖い。
 体が軽い気がする。もしかすると本当に御利益があるのかもしれない。
 何より、モコロンが自分のことを心配してくれたことが純粋にありがたかった。


「全く、手間のかかるやつらだぜ」
 スバルを見送ったモコロンは、やれやれと肩をすくめた。
 スバルが疑った通り、そんな加護はない。あれは肩こりが良くなる程度の力しかない。それでも半身が走り出すきっかけになるのなら、嘘も方便だ。
 そもそも話を聞く限り、スバルの前でカグヤは本心を隠していないではないか。全く自分のこととなると途端に鈍感になるのだから救いようがない。