山城まつり
2025-11-02 20:18:33
19341文字
Public クリムゾン・ジェネシス
 

シャルラッハロートの診療録─クリムゾン・ジェネシス─Ep.004

前回:Ep.003 https://privatter.me/page/68fda6ebb25a3

シリーズ:https://privatter.me/user/YamashiroMatsuri?category=91299

シャルラッハロート、更新!! 第二章「白磁のカタコンベ」の後半を公開します!!
なんかプロットよりも早めにストーリーが展開されてます あれれ~? おかしいぞ~? この調子で最終章まで引っ張れるんか……?と不安がいっぱいですが、まぁやれる範囲で頑張ろうと思います 応援してクレメンス……
てかメディが全然出てこん 第三章はどこかに登場シーンを、入れたい……っ

今回も例によって「キリのいいとこまで……」とやったら2万文字くらいになってしまいました……読まれる方、しんどいですよね……すみません💦
まぁあの 頑張ったので楽しんでいただけたら幸いです。

※本シリーズは医療従事者でない人間の書いた医療の描写を含みます。症例論文、手術動画、医学書などを参考に執筆していますが、現実の医療と異なる場合があります。特に本シリーズは「魔法医療」を描いておりますので、現実の医療と大きく異なる部分があります。

2025.11.28 加筆修正しました。


6節:匿名の刻印




雨はまだ、止まなかった。
窓を叩く水音が、まるで遠くの誰かの呻き声のように続いている。ばたばた、ばらばら。その音が、何か大切な事を覆い隠しているような気がして仕方がない。

ロッジの二階、吹き抜けになったラウンジの手すりにもたれながら、翠はペットボトルの緑茶を口にしていた。茶葉の香りはどこか湿気を帯び、爽やかさは失われている。息を吐くたびに、肺の奥に雨が染み込んでいくような気さえした。

──神楽岡の疑念。怜の分析。
そのどちらもが、脳裏に焼き付いて離れない。
天城の死と東雲の発作は医学的には明確なアナフィラキシーショック。「突然小麦アレルギーになった」という違和感を見過ごせば、至って普通かつシステマティックな機序で事は発生する。幻覚や妄想の存在を除き、事故、と捉えても何らおかしくない。
だが、山を覆う異界遮断結界が状況をややこしくしている。事故ではなく、此処に自分達を閉じ込めたうえで意図的に起こされている殺人の可能性。そして、出来るかどうかに目を瞑れば、早乙女がそれを起こす〝理由〟を持つという事実。

……分かんねぇな」

翠は独りごちた。
この二つの糸の先にある筈の真実が、まるで霧に覆われているかのように見えてこない。
急発症した小麦アレルギーの理由。早乙女がするにしては些か力量不足の魔法。それらが、己が今見ている正解こたえが間違っていると訴えている。
だが、そうだというなら。人を意図的にアレルギーで殺し、山全体を覆う規模の魔法も使えるというなら──この事件は、もはや〝人間〟の領域を超えているのかもしれない。

……悪魔とか天使って、法で裁けんのか……?」

思わずそう呟く。
天使や悪魔なら、魔法や特性によって人を殺せるかもしれない。例えば〝書き換える〟力を持つ異界存在なら、人の属性や持つ特性など、病気の既往歴などを書き換えるのは造作もないだろう。──ちょっと待て、〝書き換える〟?

(確か、シナプス・リモデラーの作用も……脳の記憶の、〝上書き〟)

息を呑む。そして同時に、幸田が言っていた台詞が脳内に回帰した。

──シナプス・リモデラーの副作用ですねェ。

そうだ。重度PTSDの治療薬であるシナプス・リモデラーは、患者の脳、記憶を司る領域のシナプスを繋ぎ変える薬。そしてその効能を、医師達は〝書き換える〟と表現していた。
もしも、それが……本当は〝シナプスを繋ぎ変える〟という科学的な力を持つ物質でなく、〝人体の情報を書き換える〟幻想の力を秘めた物質だったら?

それの研究を担う医師の一人が、今最も疑わしい人物・早乙女蓮司だ。
「術後ストレスに対するシナプス・リモデラーの応用」が彼のテーマだった筈。という事は即ち、彼は術後の患者にシナプス・リモデラーを投薬する、或いは服用を指示する権限を持っている。そして、天城の胸のMICSアプローチ……
つまり、早乙女には「天城の手術に付き合った」「術後にシナプス・リモデラーを扱う立場にあった」という証拠が、成り立ってしまう。
それに、神楽岡の言葉──。

──倫理を重んじとるつもりなんやろうけど──俺から見たら、歪んどる。

ペットボトルを握り締める。ぐしゃ、とボトルが音を立てて凹んだ。
落ち着け。落ち着け俺。まだ、彼が犯人だと決まった訳じゃない。
仲間を疑わないといけないのだと、決まった訳じゃない。

大体、早乙女が犯人ならどうやって山全体に巨大な結界を張る?
無理だ。そんなの不可能だ。彼が人間でない限り。

そう、暴れる心臓を無理やりなだめていたところで。
背後から、こつ、こつ、と革靴の音が鳴る。
音が軽やかでありながら、異様に響いた。

「やぁ、青年。何か分かったかい」

低く、甘く、落ち着いた声。
振り返ると、この現代に似つかわしくない糊の効いたスリーピースを纏った男性──フェリックス・ジョン・レナードが立っていた。
金糸のような髪が薄明の光を受け、亜麻色の瞳が穏やかに細められている。
その姿はどこか絵画的で、現実よりも精密に出来すぎていた。

「なぁんにも」

今しがた至った可能性を押し殺し、肩をすくめながらボトルを軽く振った。
深呼吸をしようと空気を取り込んだのに、吐き出したのは重い溜息だった。
だから落ち着け。早乙女さんが事件を起こすにしては、動機がまだ不明瞭で力不足だ。

フェリックスは翠の隣に立ち、手すりに手を掛けながら吹き抜けの空間を見下ろす。唇から、慰めるように言葉が紡がれた。ジャケットから薄く、煙草の匂いがする。

「天城くんも、東雲くんも……不運だったね」
「不運、ね」

翠の声は乾いていた。

「運命の女神に選ばれてしまった、そういう意味さ」

その口調は穏やかで、どこか他人事だった。
それに僅かな苛立ちを覚え、ゆっくりと視線を彼に向ける。
金色の髪、無機質な瞳。
──〝魔法革命の父〟
幸田が言っていた言葉が、脳裏で音を立てる。

──『そうですねェ。言うならばこれは、神の思し召しでしょうか。再臨した魔法の父が引き起こす、人類救済のうた

その言葉を思い出した瞬間、翠の背骨を冷たいものが走った。
居る、かもしれないじゃないか。魔法に最も詳しく、魔法を最も愛し、そして……人間をやめたかもしれない、大規模な結界を張れるかもしれない人物が。

……フェリックス・ジョン・レナード」

名前を呼ぶ声は、震えていた。その場を一歩退く。隣の彼は、変わらず微笑を浮かべて此方を振り返った。

「うん? そうだが」
……あんたがやった、って可能性もあるだろ」

空気が、一瞬で変わった。
音が全て吸い込まれ、時間が止まる。
翠は言葉を吐き出しながら、自分の鼓動の速さを数えるように立っていた。
警戒を翳し、いつでも行動できるような体勢で立っていた。

フェリックスはしばし無言のまま、けれど最終的に唇に笑みを刻む。

「ふむ……面白い推理だ。過去に幾度となく探偵のように事件を解決してきた僕が、今更怪しいと? 今更、犯罪を犯すと?」
「面白い、じゃねぇ。怜が言ってた。此処には山全体を覆う異界遮断結界の魔法が掛けられてる。それを張るには、莫大な魔法因子が必要だ。一度使えば、死ぬ可能性だってある……人間には無理だ。でも、あんたは言ってただろ。〝幻想の存在〟だって。だったら、あんたになら出来るんじゃねぇのか。この場で、唯一」
「成る程? 確かに悪魔や天使にも魔法因子の限界はある。山全体を覆う結界魔法だなんて、神でしか成し得ないね。そして、僕がそれに近しい存在であるのも間違いない。だが──僕はあくまで〝君にとっての〟神、幻想だ」
「意味わかんねぇ事言うな。それに、初めて会った時……あんた、二階に上がっていっただろ。その先にあるのが此処、ラウンジ。そしてあんたが上がって暫くして、天城さんが死んだ。偶然とは思えねぇだろ」

彼の笑みは変わらない。
それがかえって不気味だった。
だが──。
胸の中の違和感が、これも違うと喚き散らしている。
じゃあ、なんなんだよ。
俺は、誰を疑えば……

「だが、僕が殺すのにアナフィラキシーショックを選ぶ理由があるのかい?」
……それは──」

胸中に渦巻く感情が、やはり違うと嘆いている。翠はそれをたしなめながら、口ごもった。いい反論が浮かばない。

「他にいくらでも方法はある。それなのに、どうして僕がそんな凡庸な手段を選ぶ? 君の推理は、少し急ぎすぎだ」
「でも、俺達の誰かに罪を着せようとして──」

人差し指が鼻先に当てられた。フェリックスは軽やかに首を振る。

「ナンセンスだね、青年」

その声は柔らかく、しかし容赦がなかった。

「魔法とは、異界の概念を現界に投射する行為。異界には『誰がアクセスしてきたか』というログが残るだろう。だがそれは、あくまでアクセス先──異界にのみ。現界では〝誰が使ったか〟という情報は残らない。つまり、魔法とは匿名性を持つ技術なのだよ」

翠は唇を引き結んだ。匿名性。証拠の残らぬ力。
もう、彼が言いたい事が分かっていた。

「もし僕が犯人なら、証拠など一つも残さない。それが魔法というものだ。君達がこうして悩む必要も無かった筈だ。何故なら、どう足掻いても証拠が見つからない完全犯罪だからね」
……最初っから魔法だけで殺れば、誰がやったか分からないって話だろ。でも、誰かに〝罪を着せたい〟場合は?」
「その時は、確かにあえて〝痕跡を残す〟だろうね。だが、それをするのは僕の趣味ではない。僕は完全を愛しているから」
……。」
「睨まないでおくれよ、青年。……もし僕が誰かに罪を着せたいならば、今回のようにアナフィラキシーショックという『医者が怪しまれそうな手』を使うのも納得だ。だけど……対人関係を遡っていけば『犯人』と『罪を着せたい人』の関係がまろびでてくる。つまり、証拠を残せば『私がやりました』と言っているのと同じなのだよ」

唇を噛み締める。痛みが、己の口唇に走った。

「──罪を着せている以上、その犯人は自分がやったと勘付かれたくない。だが、罪を着せたい人の過去を辿れば必ず犯人に糸が繋がる。……私はそこまで馬鹿ではないから、その手段は使わない。やはり、やるのであれば完全犯罪だ」

淡々とした言葉。
論理だけが整然と並び、美しいほどのチェックメイトだった。
翠は返せなかった。
己の推理が全て、仲間を疑いたくないという一心から生まれた幼稚なものである事に、気付いてしまったから。

……つまり、あんたは犯人じゃないと」
「そういう事になるね」

フェリックスは僅かに笑みを深めた。
その瞬間、翠は確信した。ようやく、受け止めた。
この男は犯人ではない──少なくとも、 〝今〟は。
だが、それ以上に危険な何かを知っている。

……青年、聞きたまえ」

彼はそう言って、目つきを鋭くした。色素の薄い瞳の奥に、真理へと到達するためのヒントが隠されている。

「此度の犯人は、君の言う通り人間ではない。だが同時に、悪魔や天使といった幻想の存在でもない。……君が至ったように、この山全域に結界を張れるとすれば、それは神にしか出来ない事だ」
……じゃあ、早乙女さんは、」
「どうだろうね」

フェリックスの双眸が、遠い彼方を映した。
その眼には、その声には──翠の想像の範疇を超える答えが宿っている。

「君は〝人が神になる方法〟を知っているだろう」
……は、?」
「だから、聞いているんだ。人が、神になる方法をね」
……人が、神になる? んな事──まさか、」
「そう──」

彼は厳しい視線で此方を穿つ。
人が、神になる方法。
それを、己は既に心得ている。己の身体が、それを刻んでいる。

「──刻印遺呪こくいんいしゅ

二人の声が、重なって世界を震わせた。
その刹那、翠の胸がどくんと跳ねる。それを患う人間が、自分以外にも居るならば。……人間であっても、この規模の魔法が張れるかもしれない!
フェリックスが微かに頷いた。

「人体が概念化するという呪いを刻印する、刻印遺呪エイドス・デヴォア。概念化した人間は、己の身体に宿る概念をそのまま出力する形で魔法を扱える。異界生命が、異界の理──概念をそのまま力にする法則、情報法則を使うようにね」
「身体が、意志が魔法として全部出力できる呪い、なんだよな。そのエネルギー量は魔法因子なんか比べ物にならねぇ。イケる……この呪いなら、でも……
「問題は、君以外がどうしてその呪いを持っているか、という事だ。君がそれを受け継いでいる理由は知っているね?」
「あぁ。母さんが魔法感受体を切除されて、それで魔法因子が体内に蓄積して、石化して……体が概念の存在に書き換えられていった……待って、〝書き換える〟?」

再び出てきたワードに、脳みそが搔き乱される。
身体を概念に書き換える呪い。もし、それを魔法感受体の切除なしで第三者が模倣するなら──身体を〝書き換える〟作用を持った薬シナプス・リモデラーを使う、という手段は……

唾液が喉を通らない。ひりひりと咽頭が痛い。
翠の胸中を反映するように、雨がさらに強くなってガラスが鳴る。
黙って、手すりに寄りかかった。どくん、どくんと心の臓が吼えている。

……シナプス・リモデラー、絶対関わってるよな。それも──恐らく最悪の使い方で」
「これで、人間が犯人になる可能性が出てきたね。青年には申し訳ないが……君の仲間を、あまり信じすぎない方がいい」

フェリックスはそう言い残すと背を向け、緩やかに廊下へと歩き出した。
革靴の音が、こつり、こつりと遠ざかる。

……早乙女さん、マジで……あんたが、やったのか」

答えはない。返事などない。
彼が、自分と同じ呪いを持っているのか。
彼が、この事件を起こしたのか。

だが──どうして?
どうして彼が人を殺す理由がある?
未来が無いから? 無いから、殺すのか?
自分が、人類を管理する神になったかのように──?

……。」

ようやくの思いで唾液を飲み込んだ。
まず、この至った答えを誰かに問わねばならない。
荒い推理だと笑い飛ばされるかもしれない。妄想がはなはだしいと罵られるかもしれない。
いい。構わない。笑って、叱ってくれ。違うと言ってくれ。
そうじゃないと俺は──。

──その時。

「あぁぁぁぁぁぁぁぁああぁぁッッ!!」
「!?」

ラウンジの下から、鋭い悲鳴が上がった。

翠は振り返る。
次の瞬間、身体が勝手に動いていた。

「何事だッ!!」

螺旋階段を駆け下りる。視界の下、広いエントランスの中央で、誰かが倒れている。

──赤。広がる赤。
それを流す人間と、〝彼女〟に対峙する人間が、視界に飛び込んできた。

……!! あんた、」

掠れた息のような声が漏れる。
信じられない。信じたくなどない。

幸田が、刃を握っていた。
その刃は、築山朱里の胸に深々と突き立てられている。

誰かが悲鳴を上げた。床を叩く血の音が、雨音と混ざる。

築山が叫びながら身をよじる。その腕を左手で掴み、組み伏せる。築山は胸部に深紅の薔薇を花開かせたまま倒れ込み、その上に幸田が馬乗りになって。

一度。二度。三度──。
何度も何度も、執拗に胸部に刃が突き立てられる。
そのたびにぐちゃ、と湿った音が空気を裂いて、築山の悲鳴が場を満たした。

翠の思考は凍り付き、その光景を暫く眺めていた。
あまりに現実的な死の形。魔法でも、魔術でもない。
それは、生身の人間の手による殺意だった。

築山の揺れる視線が、不意に翠と合う。
彼女は右手をそっと伸ばし、掠れた声を漏らした。

「たす……け、……

その言葉に、ようやく体を縛っていた石化が解けた。
翠はもう何も考えず、ただ床を蹴った。

「な──何してんだよッ!!」

やっとだった。やっと、身体が動いた。
幸田の後ろに回り込み、わきに手を回して身体を封じ込める。自分より細い背丈、痩せこけた体は翠といい勝負だ。脇下に通した左手を伸ばしてナイフを持った右手首を掴む。じたばたと、幸田は身をよじる。離すか。離してなど、たまるか!

「あ、ぁあ、あ──ッ!!」
「ぁ──」

幸田の混乱したような叫びと、築山の細い断末魔が、翠に選択肢を与えていた。
幸田を解き放ち、築山を救うか。築山を見殺しにして、幸田を捕らえるか。

(選べる、かよ……ッ)

そう思案し、唇を噛んだ瞬間──築山の瞳が、ゆっくりと閉ざされていった。途端に立ち込める、死の気配。見殺しにする選択を選んだのだという、己の顛末。

「あぁ、ッ!! せんせいッ!」

築山の様子に力が緩んだ瞬間、幸田が腕を振りほどこうと身体に力を込める。翠は無理やり意識を呼び戻し、彼を捕らえる事に全力を注いだ。腕の中で、折れそうな細い身体が蠢いている。

「お前……ッ!」

幸田がびくりと肩を震わせ、血走った目で翠を映した。頬は好調し、季節外れの汗をかいている。唇は乾いてひくつき、けれどそこは弧を描いていて。

「せんせい、せんせい……

寝言のように呟く声は掠れ、どこか恍惚とした響きを帯びている。
翠の背に、氷結の蛇が這った。
幸田がにんまりと嗤う。

「私、自分で注射しましたよ。言われた通り、シナプス・リモデラーを……注射しました。これでいいんですよね。だって、それが──神の、思し召しならば……!」

言葉の途切れと共に、彼の身体からふっと力が抜け落ちた。膝がかくんと啼き、床に崩れ落ちる。

「んな──ッ!?」

翠は慌てて彼の身体を支え、地面に膝を付いた。手早く腕を取る。腫れ上がった皮膚、急激に冷たくなる末端。喉が膨れ、呼吸困難を起こしていたのは見て取れた。
──アナフィラキシーショック。三例目の、症例。

「幸田さんッ!」

呼びかけにも応じない。脈を確かめようと胸に触れた瞬間、翠の指先が小さな隆起に触れた。

ぼこり、と異物の感触。
衣服をそっとかき分けると、右第四肋間に僅かな切開痕が見えた。
乾いた血痕を伴う、外科的な小切開。MICSのアプローチだ。

翠は息を呑む。
──あの位置、あのやり方。早乙女が好んで用いる手術技法。
天城に続いて……幸田にも、ある。被害者の半数以上が、彼の手術痕を持っている。

幸田は確かに言っていた。「先生」と、そう言っていた。
では、その「先生」とは──

(まさか、早乙女先生……なのか?)

雨脚が強まる。
フェリックスの姿も、仲間達の姿も、そこには無かった。
ただ、吹き抜けに残る雨音だけが、唯一全てを識っていた。


──────Ep.005に続く