もち粉
2025-11-01 23:25:35
14149文字
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天燈節の夜に


カブミス
おまつりデートお着替え付き


あの祭りの夜から日々は過ぎ、メリニの日常に戻った。

彼の国との正式な国交はまだ開かれていないが、ケレンシル家が間に立つことで、民間交流の一環として博士を招聘する話がまとまった。
カブルーは相変わらず、各地の復興や法整備に追われていた。まだまだ下っ端といえど、やることはいくらでもある。

ミスルンには、博士招聘への協力の礼と共に、また食事に行きましょうと、声だけはかけているものの、互いの立場的に実現が難しいことはカブルーも重々承知していた。

​遠い南方の異国で、二人で過ごした時間は互いの距離があんなにも近かったのに。

​ランタンを見上げて「秘密だ」と楽しそうに笑ったミスルンの笑顔が、胸から離れない。
彼に願い事ができたというなら、それを誰彼構わず話したくないという欲が出たならそれでいい。
​いいのだが――自分は「誰彼」の中に入っていない前提だったことに、カブルーは気づいてしまった。

いつか彼が、ランタンに願った秘密を話してくれることはあるだろうか。それともカブルーの知らない誰かに、そっと打ち明けるのだろうか。

​少し淋しい思いになりながら、書類の山を整理していたカブルーの目に、一枚の申請書が飛び込んできた。

​「……迷宮調査許可願い?」

​提出者の名は――ケレンシル家のミスルン。
​外交官としての肩書きはもう記されていなかった。ただの一個人として、迷宮と向き合うための申請。

​(……本当に辞めたのか)

​最近は、外交の場に姿を現すことが減り、副官だったパッタドルに仕事を引き継いでいる様子が見受けられたため、近々外交官を辞すのではないかと噂はされていた。

​心臓を掴まれたような心地がした。
書類を読む視線が何度も同じ行を往復し、細かい内容が頭に入ってこない。
自分に彼の選択を止める権利などない。
だが、どうしても気になった。

​矢も楯もたまらず、カブルーは仕事終わりにミスルンの屋敷を訪ねた。場所は知っていたが、訪問するのは初めてだった。エルフらしい、瀟洒だが格式を感じさせる建物に気後れしながらも、思い切ってノッカーを鳴らす。

​見知らぬトールマンに胡乱な顔をする使用人が出るかと思いきや、屋敷の主人本人が顔を出した。

​「来たか、カブルー。まあ入れ」

​そう言って大きく扉を開き、カブルーを迎え入れた。


 ◇

​「本当に、外交官は辞めたんですね」
「ああ、昨日付けで退官した。来週には正式に通達が行くだろう」

​通された客間で紅茶を振舞われながら話を聞く。

​「やりたい事を、やろうと思ってな」
「貴方にやりたい事が出来たのはとても喜ばしいことですが……
「うん。魔物とは、迷宮とはなんだったのか、私の生涯をかけて追い続けるつもりだ」

​せっかく無事に生き延びたのだから、もういない悪魔に心を向けるように生きなくてもいいじゃないか。忘れてしまえ。

​そう言いたかった。でも、簡単にそうはできないことも知っていた。自分とて、魔物に滅ぼされた故郷を忘れることなどできなかった。
だからこそ、養母のくれる、いつでも甘いケーキの食べられる暖かいあの部屋を出て「島」に来たのだ。

​「そんな顔をするな」

ミスルンがくすりと笑った。不意に手が伸びてきて、人差し指でカブルーの頬を軽く叩いた。自分はどんな顔をしていたのだろう。

​「私は、私の過去と向き合いたいだけだ。そう心配されるような話ではない。それに……楽しみなこともあるしな」
「楽しみ?」
「ああ」

ミスルンは、とっておきの「秘密」を打ち明けるような、悪戯っぽい顔で言った。

​「もう私は民間人だからな。いつでもお前と食事に行ける。
――カブルー、今夜の予定は空いているか?」