山城まつり
2025-10-18 18:07:10
15635文字
Public クリムゾン・ジェネシス
 

シャルラッハロートの診療録─クリムゾン・ジェネシス─ Ep.001

前回:Ep.000 https://privatter.me/page/68eb72ac11edb

シリーズ:https://privatter.me/user/YamashiroMatsuri?category=91299


シャルラッハロートの診療録、第二期の第一章前編です!!!
気合で書いたんですけど、気合とノリで書きすぎて文章おかしいところあるかも……。めっちゃ不安です。でも頑張りました。頑張ったので載せます。
今回、『クリムゾン・ジェネシス』……ま~~~たスロースタートです。事件が起きないよ……。
改稿時の自分に丸投げな仕上がりとなりましたが、楽しんでいただけたら幸いです。
ちなみに、これを載せている時点で第一章の後編も執筆完了しているので、近いうちに載せられると思います。よろしければお楽しみに!

一文でも、感想くれると嬉しいな……とぼやいておきますが、勿論強制はいたしません。嬉しいだけです。

それでは、どうぞ。

※本シリーズは医療従事者でない人間の書いた医療の描写を含みます。症例論文、手術動画、医学書などを参考に執筆していますが、現実の医療と異なる場合があります。特に本シリーズは「魔法医療」を描いておりますので、現実の医療と大きく異なる部分があります。

2025.11.28 加筆修正しました。


3節:曇天の行楽




朝から、空はどんよりと沈んでいた。
雲の底は厚く、空には雨の匂いが混ざっている。潮と杉の香りの間を縫うように、湿った空気が頬を撫でていった。

それでも──宮島の街は活気に満ちていた。
色とりどりの傘を片手に、参道を行き交う人々。焼きたて、揚げたてのもみじ饅頭の甘い香り。食べ物を狙うかのように鹿が群れ、観光客の驚嘆と笑い声が入り混じる。
雨が降る前の微妙に澄んだ空気には、観光地という浮世離れした世界を満たす日常の色が宿っていた。

「♪~~~……

翠は古風な飲食店の窓際に腰を下ろし、空になった茶碗を眼前に、スマートフォンを弄っていた。その小さな直方体の箱には、さっきまで撮っていた写真がずらりと並んでいる。
──揶揄うメディにタックルする鹿。
──厳島神社の客神社まろうどじんじゃ、御本殿でお祈りするシナプス三銃士。
──水族館で、水槽の端に引っかかって折り返せなくなっているカブトガニ。
……早乙女が「大きい方がメスなんだそうだ」と説明し、神楽岡が「女はどこの世界でも怖いけぇ、デカいんやろ」と笑った瞬間も捉えている。

それを見ていると、翠の口元が自然と緩んだ。──束の間の平穏。殺到する患者に向き合う日々、オペ続きの週末が嘘のようだ。

「櫻田、次に行く場所は」

向かいの席で、怜がコップの水を口に運びながらそう問いかけてくる。横で伊織も、茶碗の米粒を丁寧に拾いながら視線を上げた。
昼時をとうに過ぎた十四時過ぎ。通りの人通りも少し落ち着き、店内にはヒノキの匂いと出汁の香りが満ちている。昼食にしてはやや遅い時間帯だが──まぁ、宮島に来たら食っとかないと勿体ないからな、あなごめし。

「知らねぇよ。てかなんで俺に聞くんだよ、神楽岡さんに聞けよ」
「なんだ、調べていたのかと思ったんだが」

つまらなさそうに告げた怜は、センター分けの髪が掛かった瞳を静かに伏せた。視線が向かうのは、彼の黒いスマートフォン。その瞬間、隣の机からもぐもぐとした声が飛んできた。

「んぁ、はんはほんはは(なんか呼んだかぁ?)」
「神楽岡さん、食べてからでいいっすよ」

そう、頬張る彼に言葉を投げておく。
口いっぱいにあなごめしを詰め込んだ神楽岡は、むせそうになりながら水を煽り、喉を鳴らした。かたん、と木製のテーブルにグラスを置いた音が響く。

「んぐっ……よし。次に行く場所やな?」

彼の隣の早乙女は既に食事を終え、姿勢を崩さずにナプキンで口を拭っている。唐澤はのんびりと箸を置き、東雲は小鳥のようにちびちびと食べ続けていた。神楽岡が、余裕のありそうな早乙女に目を向ける。

「言ぅても今日は泊まらんやろ。な、早乙女」
……日曜は一日フリーにしておきたいですので」
「デートがあるけぇな、早乙女は」
「違います、勉強です」
「余念がないヤツ」

はは、と神楽岡が笑いながらスマートフォンを取り出した。指で画面をなぞってパスキーを解除すると、ひとつのサイトを呼び出しながら唇を開く。

「俺も日曜は空けときたいんよ。日曜は医者が少ない。急患が出たら動けるようにしとかんと」
「俺も空けておきます。緊急オペが入ったら呼んでください」

神楽岡の意見に、怜が静かに応じた。アドニス・ブルーを宿した瞳が真っ直ぐ彼を見つめている。その声には確かに、医師としての熱が宿っていた。

「サンキュな、怜。翠も、二泊広島はきついやろ?」
「まぁ、はい。うち、島ですから……帰るならバスの時間も考慮しねぇと」

手元のスマートフォンにバスの時刻表を呼び出す。広島から近隣離島までのバス。そこから船を乗り継いだ先にあるのが翠の住む街、日扉町ひとびらちょうだ。

新白島しんはくしまからバスなんで……まぁ、宮島口に十八時半には着いとかないと帰れないですね。それ逃したら今日も泊まり」
「お泊りしたいよぉ、おにーさ~~~ん」
「黙ってろメディ、二泊も出来るほど裕福じゃねぇんだよ、うちは」
「えぇ~~~……

頬を膨らませるメディに、翠は思考を巡らせる。こういう時は、別の何かで釣るのが定石だ。例えば、甘いものとか。

「十八時十分発のフェリー、それに乗る。……帰り道でスーパー寄って好きな菓子買っていいから。ケーキも今日は可」
「やったぁっ!!」

表情が一瞬で崩れる。いや、単純すぎるだろ。コイツ、どっかで誰かに誘拐されないでしょーね。……いや、される気しかしない。食べ物を目の前に吊るされたコイツは馬よろしく思考を簡単に放棄するのだから。「ケーキでも買ってあげるからついておいで」「わぁい! 行く行く!」……こうなるのが目に見えている。

「おにーさん、今失礼なこと考えたでしょぉ」
「べつに~。お前が犯罪者に拉致られないよう教育が必要だな、って思っただけ」
「はにゃ……教育……?」

メディの顔に、クエスチョンマークが浮かんでいる。その額に指を軽く弾き、「何でもない」と流しておく。神楽岡がスマートフォンから此方に視線を遣って、からからと快活に笑った。

「はは、おもしれぇな。……んじゃ十八時にはフェリー乗り場の前に着いときたいな」
「あ、港の前にコンビニがありますよ。多分イートインスペースもありますし、十七時四十分くらいには余裕を持って到着しておいて、そこで待っておくとかは」

ご馳走様でした、と両手を合わせて軽くお辞儀をした伊織が言葉を代わった。隣で金と薄紅の髪を持つ堕天使──サナクシエルがぴんと右手を挙げる。彼女は前の事件でも手術に大いに貢献してくれた、伊織の契約天使あいぼうだ。

「賛成ですっ!」
「サナも賛成だって。どうですか、神楽岡先生」
「採用! なら、それに合わせて時間組んどかんとな……

神楽岡が再び手に握られた端末に視線を落としたのと同タイミングで、唐澤が「お」と声を上げた。翠もマップアプリを立ち上げ、港の前のコンビニを検索する。──青と白のロゴが印象的な、全国チェーンの店だった。

「このコンビニ、確かバウムクーヘン売ってたよな。俺、食ってみたかったんだ」

そう、唐澤が瞳を輝かせる。それを見て、東雲がくすりと微笑んだ。

「今、一番くじで特撮のフィギュアやってますよ、唐澤さん。確か……〝モーターブレイバー・オブリビオン〟でしたよね、好きって聞いたんですけど」
「マジィ!? 『オブリビオン』の!?」

翠は思わず笑った。その特撮番組は、テレビで流れていたのを家事の合間に見た事があったからだ。
モーターブレイバー・オブリビオン──忘却の名を冠した正義のヒーロー。確か、舞台は近未来だった筈だ。記憶や感情をデータとして記録・編集する事で犯罪やトラウマを〝消す〟事が出来るようになった日本。そこに現れる〝自我を失った〟怪人エコーズに元・記憶外科医の主人公が立ち向かうといった話だったと思う。
痛みを消す事は本当に救いなのか──そんな重いテーマで、医療系の仲間内でも話題になっていたと記憶している。

「オブリビオン……話題になってましたよね。問いが重くてニチアサじゃなくて日曜劇場だろって」
「そう! 主人公の暁翔あかつきしょうがさぁ、もうこう……エモの塊なんだって。まず彼女を事故で失うだろ、トラウマで廃人になったところで感情指数オーバーして痛みの記憶も失うだろ、そこでさ──」
「もう生きてる筈がないのに、恋人と同じ顔の少女・東空音あずまそらねと出会うんだよねぇ」

メディが会話に割り込んだ。唐澤がばっと彼女の方を向く。

「そうそう! ……って、メディちゃん、知ってんの!?」
「ボク、見てるもん♡ ショウの気持ちが分かりすぎるからショウとソラネは最推しに出来ないけどぉ……そんなボクの推しはサブヒーローの鷲羽京一郎わしばきょういちろう!」
「あぁっ! 鷲羽! 鷲羽もいいよなぁ……

すっかり熱く語り合う二人を見ながら、翠は小さく苦笑いを落とした。熱い。会話が熱すぎる。肩をすくめ、「で、なんだっけ」と話を戻しに行く。

「おう。此処や」

唐澤とメディがふと口を閉ざした。それを見て、神楽岡がスマートフォンの画面を一同の前に掲げる。その小さな箱に、2×8の視線が交錯した。

「──弥山みせん

喉から思わず、興味に満ちた声が漏れた。世界遺産、日本三景の弥山。宮島ロープウェイの空中散歩で訪れる事の出来るそこは、訪れれば壮観、歩けば圧巻。獅子岩展望台から見られる瀬戸内の島々はまさに神が生み落とした緑の楽園。天候の良い日には絶景が見られると聞く。
……そう、天候の良い日には。

「守護神三鬼大権現を祀る三鬼堂に霊火堂。弥山本堂もある宮島の名所や」
「でも神楽岡さん、今日降水確率90%っすよ。山はちょっと……
「神社は建前や。宮島行く言ぅたときロッジがあるって言ぅたやろ。そこが本命。俺の真の目的は──」

もうひとつのウェブサイトが開かれる。現れたのはログハウス調の建物と、地元の魚介をふんだんに使った懐石料理。そして、蒸気を上げる露天風呂の写真だった。
弥山頂上付近、近年建てられたその新たな観光名所こそ──潮ノ宮しおのみやロッジ。

「魔法で海水を汲み上げた温泉施設。肩こり腰痛によぅ効くんじゃ」
「神楽岡さん、温泉好きでしたね」
「五十越えたら風呂が身に沁みる。どうせみんな、学会で疲れとるやろ。行かんか、弥山」

その提案に、一同の顔が少しだけ緩むのを翠は感じていた。怜と伊織が、同時に頷く。
……予想通りの展開です」と早乙女が静かに言い、東雲が「曇り空の露天、最高ですね」と笑った。

翠はロッジの写真を見つめ、口元を綻ばせる。……この二日間の疲労を吹き飛ばせる温泉付きの自然観光。何だよそれ、最高じゃん。

……いいっすね。風流で」
「うし! 決まりや!」

神楽岡が満面の笑みを浮かべ、スマートフォンの画面を暗転させる。翠はそれに連ねるように、自分のスマホに天気アプリを起動した。地図上に、重たい雨雲の帯が西から迫っているのが見える。

……早く行かなきゃ、一雨来そうですよ」
「やな。降っても直ぐ止んだらええんやけどな」
「この中に晴れ男、晴れ女はいませんかぁ」
「はは、その台詞『お医者様はいませんか』やろ。俺達全員医者やけどな」

朗らかな笑みに、翠も小さく笑った。メディが目をにんまりと細めながら、「おにーさんは雨男だもんねぇ」と笑う。悔しい事に、その通りだ。

……それは決して、ただ己が〝運の無い男〟という話ではないという事は、翠もメディも理解わかっている。
翠は、天気と感情が直結している。母親から受け継いだ呪い、刻印遺呪こくいんいしゅ──自分の心が曇れば、空も曇る。心が泣けば、空も泣く。

魔法を使わぬ生活を送る翠でも、この感情とのリンクまではどうしようもない。いつか自分が概念の存在になって、思考が全て魔法として出力されたら。大切な人達を、傷つける羽目になってしまったら。
……襲い来る不吉な思考を追い払って、顔を横に振った。俺は、人間だ。その意識を強く持つ。大丈夫。大丈夫。そのために、概念を喰らうメディも居るのだから。

「──大丈夫、僕が晴れ男ですから!」

胸を張る東雲に、翠は考えを押し込んで笑った。
大丈夫。きっと、大丈夫だから。

「どうだか」

スマートフォンをポケットに押し込み、立ち上がる。神楽岡が会計票を持って椅子を鳴らした。唐澤が「すいません、一旦手洗いに……」と手を挙げ、小走りで駆けていく。その後に東雲も「僕も」と続き、伊織も後を追った。
店内に漂う、平穏の色香。あたたかくて、穏やかな、愛しき日常。
翠の目線が暖簾のれんの先へと向かう。ガラス越しにも分かる曇天に、けれどこれから訪れるささやかな旅行の楽しみに、小さく呟いた。

……ま、雨でも風呂は入れるしな」

怜とメディが同時に腰を上げる。そのうち、トイレ組がゆっくりと戻ってくる。
一同がそれぞれのペースでレジカウンターへ向かい、あなごめしの香ばしい余韻を残したまま店を出た。暖簾をくぐった瞬間、外気が肌を撫でる。

──一面の曇り空。
薄暗い海辺の空に、遠雷の光が滲んだ。
弥山の頂の彼方で、一筋の稲光が──まるで誰かの心の鼓動のように、微かに震えて瞬いているのを翠は見ていた。


──────Ep.002に続く