山城まつり
2025-10-18 18:07:10
15635文字
Public クリムゾン・ジェネシス
 

シャルラッハロートの診療録─クリムゾン・ジェネシス─ Ep.001

前回:Ep.000 https://privatter.me/page/68eb72ac11edb

シリーズ:https://privatter.me/user/YamashiroMatsuri?category=91299


シャルラッハロートの診療録、第二期の第一章前編です!!!
気合で書いたんですけど、気合とノリで書きすぎて文章おかしいところあるかも……。めっちゃ不安です。でも頑張りました。頑張ったので載せます。
今回、『クリムゾン・ジェネシス』……ま~~~たスロースタートです。事件が起きないよ……。
改稿時の自分に丸投げな仕上がりとなりましたが、楽しんでいただけたら幸いです。
ちなみに、これを載せている時点で第一章の後編も執筆完了しているので、近いうちに載せられると思います。よろしければお楽しみに!

一文でも、感想くれると嬉しいな……とぼやいておきますが、勿論強制はいたしません。嬉しいだけです。

それでは、どうぞ。

※本シリーズは医療従事者でない人間の書いた医療の描写を含みます。症例論文、手術動画、医学書などを参考に執筆していますが、現実の医療と異なる場合があります。特に本シリーズは「魔法医療」を描いておりますので、現実の医療と大きく異なる部分があります。

2025.11.28 加筆修正しました。


2節:いざ、神の島へ




学会が終わる頃には、夜の帳が降りていた。
広島市内のホテル、金色の光が揺れるホール。そこではスーツ姿の医師達がグラスを片手に談笑し、バイキング形式のディナーを思い思いに楽しんでいる。

翠は丸テーブルの端に座り、皿の肉を器用に切り分けながら小声でぼやいた。

「この手の集まり、いつまで経っても慣れねぇな」
「そうなの? 楽しいでしょぉ」

メディがグラスを手に、大人っぽく傾けてみせる。……なんでこの十四歳に見える悪魔が飲酒するのに誰も注意しねぇんだよ。そう、内心でツッコミを入れる事も忘れない。

「オトナの集まりってだけで楽しいしぃ、おにーさんのご飯より美味しいしぃ」
「ほう。じゃあ明日からレトルト生活だな。スーパーの半額の」
「なんで!?」
「だって俺のメシより店のヤツの方が美味いんだろ」
「ち、違うよぉ!! おにーさんのも好きだもんっ!!」
「ちょ、おまうるせぇ、声がでけぇ!!」

慌てて彼女の口を押さえると、周囲の医師達が鋭い目で此方を見た。
気まずい沈黙。翠は溜息を吐く。

「あ~~~~、やだやだ、もう帰りてぇ……
「もご、もごもごもごもご……(やだぁ、まだ居たいよぉ)」
「お前はちょっと黙ってろ」

はぁ、ともう一度、長く重い溜息が吐き出される。それと同時に目の前のテーブルにアクアパッツァの皿が置かれ、麗らかな声が響いた。

「──どうしたんや翠、阿修羅みてぇな顔しとるぞ」

聞き慣れた広島弁訛り。顔を上げれば、緊急科の名医──神楽岡が皿を器用に三皿持ちながら座ろうとしていた。

「神楽岡さん……やっぱスーツ、似合わねぇですね」
「嫌いなんよ。脇んとこピチッとして息苦しい」

彼は襟を緩めながら、ワインを注ぎ足した。自分のグラスに、翠のグラスにも。

「飯、不味いわけやないやろ?」
「美味いですよ、腹立つほどにね。シェフを呼んで! 罵倒させてくれ! って感じです」
「なんじゃそりゃ」

彼は笑い、翠もつられて笑った。
ワインを一口飲んで口を開く。そこから溢れるのは愚痴ばかりだ。大声で叫べばロックンロール、などという言葉も聞いた事があるが、果たしてそれはどうだか。本日n回目の溜息が、翠のワインの肴だった。

「学会って、結局〝誰が上に立つか〟の競争っすよね。離島の町医者は場違いですよ」

翠が勤めるのは、瀬戸内の離島──日扉町ひとびらちょう穏岬島おんさきじまにある、小さな診療所だ。
海風に晒されたこの街は昼も夜も穏やかで、診療所に現れる患者と言えば、高齢者ばかりの筈だった。
けれどこの夏、天璇てんせん大学附属病院と提携が結ばれて以来、診療所は〝本土への門〟として使われるようになった。
緊急搬送のたびに、翠は港で海を見上げる。病を抱えた人々が海を渡り、再び戻ってくる……或いは、戻らない。
翠にとって唯一の救いは、天璇から派遣されたアドバイザー──一色怜と綾瀬伊織が、今では仲間として共に働いている事。町医者が四人から六人に増えた。それだけで、翠の肩の重さは少しだけ違っていた。

そんな他愛無い事を考えながら、翠は食べかけの肉をさらに切り分ける。

「こういう集まりが好きなのは、権威がどうたらこうたら言ってるお偉いさんか、怜みたいな頭がウルツァイト窒化ホウ素みてぇに硬くて社交がうんぬん言ってるヤツくらいですよ」

言いながら、隣のテーブルの怜に目を遣る──彼と視線が合った気がした。ぎろりと睨まれた気がするので、視線を逸らして「あなたの事言ってませんよ~」アピールをしておく。神楽岡がくつくつと笑った。

「怜も好きやないやろ。俺もやけどな。……まぁ、世間的には天璇の神楽岡つったら〝犯罪者の軍団そのA〟ゆぅて言われとるし」

今年の五月、天璇大学附属病院ではとあるひとつの事件が起こった。魔法抗体を巡る医療アクシデント──翠達が犯人を暴き出したそれは、魔法抗体開発関係者全員の謹慎処分で幕を下ろした。地域の新聞、ニュースででかでかと報道され、社会的制裁を持って終幕とされたのだが──抗体開発に関わった神楽岡もまた、魔法省に連行され、八月まで謹慎を言い渡されていたのだ。

「俺だって同じですよ。魔法使わねぇ医者は異端者扱い。学会なんて地獄ですよ」

彼の傷に触れないようそう言えば、自然と気分が重くなる。横で黙々とアクアパッツァを頬に詰め込んでいるメディを見て、またも大きく息を吐いた。

──魔法。
それは祈りでも奇跡でもなく、科学と並び立つもう一つの常識だった。

十九世紀末、英国の科学者フェリックス・ジョン・レナードは、現界と重なりながら異なる理を持つ層──〝異界〟を観測した。
そこに満ちる情報の波、魔法周波。その周波数を初めて記録した彼は、次に悪魔の召喚を成功させる。
それは、神話が実験室に落ちてきた瞬間だった。

魔法の理論家と再現。呪文が公式となり、儀式が技術となった。
以後、医療も経済も教育も、魔法を基盤として進化していく。

そして二十一世紀──。
日本を含む全世界は、異界科学の黄金期、エピファニー・ルネサンスを迎えているのだ。

そんな時代に、翠は〝非魔法医療〟を掲げている。
理論的にも、政治的にも古臭い、異端の極みだ。
誰もが自分の事を罵倒したいと思っているだろうし、医師の座から降ろしたいとも思っているだろう。日本の医療をしっちゃかめっちゃかにされては困るからだ。だが、誰もそれが出来ない。何故なら、翠が天才すぎるから。

「ま、言いたい奴らには言わせとけって話ですよ。正面切って言って来たらいいのに。返り討ちにしてやりますけどね」

グラスを卓に叩きつける。カン、と澄んだ音が鳴った。
神楽岡が苦笑しながら、「そういうとこ、パパそっくりやなぁ……」と呟いた。翠の愚痴は止まらない。

「つか、あの薬……シナプス・リモデラーっての、どう思います?」

翠の問いに、神楽岡はワインを傾けながら答える。

「学会で発表できるほどになったんや。危なくないって信じたいけどな」
「どうだか。前も〝安全です〟って言いながら死人出したし。前科持ちの天璇の信頼なんてゼロですよ」
「はは、酷い言いようやな。けど、シナプス・リモデラーの話なら──俺より詳しい奴がおるやろ」

神楽岡が隣のテーブルへ声を飛ばす。
「東雲~、早乙女~、唐澤~。ちょっとええか」

声を掛けられ、手招きまでされたものだから、三人は揃って振り返り、此方のテーブルまで足を進めた。神楽岡は血色の良くなった顔でへらりと笑う。

「翠が、リモデラー怪しいって言っとる」
「あはは、怪しいのは確かに、ですけどね……

東雲が苦笑いしながらワイングラス──ではなくお冷が入っていたコップを空にした。傍に居た給仕係の人が白ワインはいかがかと聞いてきて、彼はそれを丁寧に断って。……いや、治験担当者がそれ言ったら誰も信用しねぇだろ。そうひそかに思っておく。
早乙女がワイングラスを揺らしながら左手で眼鏡を押し上げ、冷静に言葉を紡いだ。

「シナプス・リモデラーは確かに強烈なインパクトを与える薬でしょうが、それを言うなら従来の向精神薬も疑わねばならなくなります。薬とは、毒にも益にもなるのです。要は、使う者の倫理次第」

「早乙女先生の論文、見たでしょ?」
──隣まで来た東雲が耳打ちしてくる。
「先生の研究では実験参加者の好意的意見率は72%。僕の治験では61%だから間をとって65%くらいだけど……。六割超えの痛み、苦しみを訴える患者さんが救われたって思ってるんだ。それって、凄い事じゃない?」
「でも四割はそう思ってないんでしょ」

そう刺すと、東雲は「うぐ、痛いとこ突くね……」と眉を下げた。唐澤がフォローするように言葉を代わる。

「だけど、櫻田。一般に出回ってる抗うつ薬だって、効いてる!っつう人間は50~75%だろ。つまり、リモデラーも〝普通〟って事だ。平々凡々、いいじゃねぇか。効きすぎても効かなさすぎても俺達、ケチョンケチョンにされちまうから」
「唐澤、言葉を選びなさい」

早乙女が静かに彼を睨みつける。唐澤は「さ、さーせん」と頭を下げ、一歩退いた。神楽岡がワインを仰ぐと、大きく笑う。

「兎も角、シナプス・リモデラーは今後に期待、っつうことや。まぁええやん。天璇も先の事件で信頼落ちとる。成果積んで取り戻さんとな」
「ふ~ん……

翠はフォークでレア肉を刺し、口に運んだ。脂がとろけ、消えていく。──くそ、死ぬほど美味いし。悔しすぎる。
苛立ちを押さえようと、目線を流す。隣で、メディが頬を染めていた。

「はにゃ……
「んだよ、メディ。酔ったか?」
「酔ったよぉ……難しい話ばっかで頭ぐるぐる~……
「お前のアレルギーだな。勉強アレルギー」
「アナフィラキシーで死んじゃうよぉ~~~」

唐澤が吹き出した。けらけらと笑いながら、卓の上のアクアパッツァに手を伸ばす。

「看護師なのに勉強嫌いか?」
「いや、無免許です」
「は!?」

翠の冷静な一言に、素っ頓狂な声も漏れる。ああ、魚が気管に入ってる。可哀想に。そう思いながら、翠は次のレア肉を口へ放った。

「ゲホ、ゲホゲホ……ッ! む、無免許ぉ!? 捕まるぞ!」
「大丈夫です。コイツ、資格の概念、喰ってますんで」
「どういう事ですか」

早乙女が視線で此方を穿ってくる。翠は肩をすくめながら「簡単な話ですよ」と返した。

「メディは呑噬どんぜいの悪魔なんです。概念を喰って〝なかった事〟にする」
「そんな……
「大丈夫だよぉ~、厚労省にも魔法省にも怒られた事ないもん~」

メディの伸びやかな声に、静まり返るテーブル。翠はやれやれとばかりに言い切った。

「ま、概念喰った時に知識も喰ってますんで、大丈夫ですよ。俺は異端児ですけど、犯罪はしません。……今んとこ」
「〝今んとこ〟って言うな」

神楽岡が笑いながらアクアパッツァを取り寄せ、頬張った。

──笑顔が戻ると同時に、夜が深々と更けていった。腕時計で時刻を確認すれば、短針はとうに9を過ぎている。……これ以上深夜に飲み食いしたら、肌も荒れるし、太るし、いい事ねぇな。そう思い、片付いた皿にフォークを並べる。
神楽岡が新しいワインを開けながら「なぁ」と切り出した。

「翠、学会つまらんかったやろ」
「え? あぁ、正直、はい。てかそんなに飲んで大丈夫なんすか」
「俺は酔わん。それでな──明日、宮島行かんか?」
「宮島?」
「俺らは広島在住やけど、翠は折角広島来たんやろ。シナプス三銃士が提案してな。山にロッジが出来たらしい。宿泊と風呂とレストランの新・観光名所や」

にやり、と神楽岡の笑みが広がる。
……宮島。平清盛が立てた厳島神社、水族館、鹿。揚げたもみじ饅頭に、穴子丼。瀬戸内の象徴。
隣のメディを見れば、瞳が既に輝いている。

「宮島!!」

──これは、断ったら三日は不機嫌になるパターンだ。
翠は観念して頷いた。

……行きましょう、宮島」
「よう言った!!」

ばしん、と背中を叩かれる。本日何度目か分からない溜息と共に、喉奥から笑みが漏れた。

「怜と伊織には?」
「今から言いに行く。断らせん」

提案を断らせないのは、先輩医師の特権だ。
どうせ、自分もこの提案から逃げられなかっただろう。翠はワイングラスを空にし、ふうと息を吐いた。

天井を見上げる。
星空のように散るLEDの光。
明日はきっと晴れてほしい──そう願ってスマートフォンを開く。
そこに移る天気予報。降水確率、90%。

……そんな具合だと思った。はぁ、俺達らしいな」

独りごちた声は、夜会のざわめきに掻き消されていった。