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もち粉
2025-10-13 22:21:48
10661文字
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誘惑係 〜好感度は、つくれる〜
カブミス
エルフイメージアップキャンペーン
パタちゃんは「盛りすぎ」「引き算」まではたどり着けなかったようです
1
2
3
4
参考文献:『"気づいてくれた"が一番刺さる! 観察力でモテる人になる』
〈昨日までの一週間での戦績は、31勝4敗です。いまいち効果の見られなかった4例についても、不快な思いをさせたわけではありません。
また今朝は、誘惑に成功した数名から、大使館宛に差し入れや崇拝を込めた手紙が届きました。「誘惑係」による好感度上昇作戦は、確実に効果を表しています!〉
〈そうか、女王陛下にも良いご報告ができそうだ〉
午前中に二件の誘惑業務を終えた二人は、遅めの昼食を取ろうと喫茶店に向かった。
ここはトマトクリームパスタが美味しい、パッタドルのお気に入りの店だ。
店のドアベルがカランと鳴ると、パッタドルが振り返りながら言った。
〈そろそろ女性にも試してみましょう、隊長。"気づいてくれた"が刺さるそうです。観察して、あの給仕を褒めてください〉
「いらっしゃいませー。こちらのお席へどうぞ」
昼時を外した店内には柔らかな光が差し込み、給仕の女性は手際よく二人を席に案内する。
何度か見かけたことのある二人だ。様々な人種が入り混じるこの国でも、エルフは数が少なく目立つので、自然と記憶に残る。
女エルフが紅茶とパスタをまとめて注文すると、もう一人のエルフが口を開いた。
「いつも爪を清潔にしているな」
普段は無表情で声を出さないエルフの声に、給仕は一瞬息を呑む。
外見で性別が判別しにくいため今までわからなかったが、こちらは男性だったらしい。
「えっ、あ、ええ。そうなの、一応、食べ物の店だしね。気をつけてるわ。
……
そんなこと、気がついてもらったのは初めてよ」
「見ていれば気づく。それに、きちんと磨かれている。桜貝のようだ」
すっ、とミスルンの細い手が給仕の女性の指先を捕らえる。
(さり気ないボディタッチ! すでに「モテテク」をものにしてますね。さすが隊長!)
感激して見守るパッタドルの前で、ミスルンはそのまま女性に微笑みかける。
まぶしい笑顔が、紅茶の香りに混ざって、空気にきらめくように広がる。
「それにそのリップ
……
"誘惑リップ"だな」
ちゅっ、と彼女の指先に唇を落として、いたずらっぽく笑いかける。
「私とおそろいだ」
「お、おきゃくひゃま
……
っ」
頬を真っ赤に染めた女性は、ミスルンに手を取られたまま硬直する。
心臓が暴れるように跳ね、どこを見たらいいのかわからない視線は床を彷徨うばかり。
嗚呼私、人生初の失神をしそう
――
。
誘惑が成功したことを確信した二人は、目線でそっと確認し合い、こくりと頷く。
その瞬間、背後からガシッとミスルンの肩が掴まれた。
「あんた
……
何してるんですか」
振り返ると、そこにいたのはこめかみをピクピクと引きつらせながら、なんとか笑顔を作ろうとしているカブルーだった。
*****
客もまばらな昼下がりの喫茶店。長閑な空気が流れる中、その一角だけが、ぴりぴりと張り詰めた緊張感に包まれていた。
対面に座るカブルーが、こめかみを押さえながら眉を寄せる。
「で、説明してもらえますか
……
?」
横並びに席を移動したミスルンとパッタドルは、互いの顔をちらりと見合わせる。
カブルーは一体、何をそんなに怒っているのだろうか。
ミスルンは、最近毎日リップをつけているおかげで、ぷるんと潤った唇を開いた。
「我々は国際親善活動の一環として、民間との円滑な交流術を研究し、実戦している」
「民間と交流
……
?」
カブルーの声に、微妙な震えが混じる。
「最近、城下で『ミスルンさんに誘惑された』って言ってる輩が、引きも切らないんですけど
……
?」
「そうだ。私が誘惑係をしているからな」
「広まってますよ! 手応えを感じますね、隊長!」
「"誘惑リップ"は有効だったな。いい判断だったぞ、パッタドル」
「隊長のモテテクも、完璧でした!」
「いや、だから! 誘惑してるんじゃないですか!! 即刻、そんな妙な係は廃止して下さい」
カブルーの声はついに裏返り、テーブルを拳で叩いた瞬間、勢い余ってコーヒーカップをひっくり返しかけた。
慌ててカップを押さえたカブルーに、ミスルンの静かな声が問いかけた。
「何故だ?」
「何故って
……
決まってるでしょう?」
思わずたじろいだカブルーに、ミスルンがさらに続ける。
「私が、誘惑係をすることに、なぜお前が文句をつけるんだ? 何か不都合なことでもあるのか?」
「うっ
……
」
刺すような視線に、思わずカブルーの喉が鳴った。
ちゃんと理由を言えとばかりに、圧をかけて見つめてくるミスルンから、視線を引離してカブルーは叫んだ。
「風紀が乱れるからです! とにかく誘惑は禁止! 今すぐ止めてください!!」
「
……
そうか」
そういって冷めた紅茶を、口元に運んだミスルンは、どことなくつまらなそうだった。
*****
あの、ボケエルフども!!
あの後、ミスルンに代わって「風紀が乱れるとはなんだ」と立腹するパッタドルに、いかに自分たちのやってることが間違っているかを分からせようとカブルーは熱弁を振るった。だが二人はきょとんと顔を見合わせるばかりだった。
何が「エルフのイメージアップ作戦」だ。あんたたちがやってるのは、ただ恋の火種をばら撒いているだけじゃないか!
今日、ミスルンさんを探して聞き込みしている途中でも、パン屋、果物屋、仕立て屋、酒屋
――
「あの人の知り合いなの? どういう関係?」と、まるで恋のライバルみたいな目で見られ、
「あのエルフの方をご存知なんですか? 教えてください、あの方のお名前は
……
?」と、情報を引き出されそうになった。
あの衛兵なんて、ミスルンさんがいつ来るか分からないからと、城門の警護当番になるたび花束を用意して、
暇さえあれば腕立て伏せをしている始末だ。
彼らから聞くミスルンは、もはや別人のようだった。
見つめただけでどうなるっていうの? 笑顔が色っぽかったって何だよ!?
なんで俺の知らないところで、他のヤツらにそんなことしてるんだよ!?
(
……
あと、唇ぷるぷるの意味はわかった。恐るべし、誘惑リップ効果
……
)
カブルーは荒々しい足取りで城への道を辿った。
街のあちこちにいる知り合いたちは、彼の形相を見て、慌てて挨拶を飲み込んだ。
「ヤアドさん!」
城の執務室に駆け込み、大声で叫ぶ。
「抗議文の書き方を教えてください! 正式なやつ!!」
*****
--------------------------
ケレンシル家のミスルン特命全権大使
メリニ市街における風紀の著しい乱れについて、正式に抗議いたします。
先般より、貴大使館所属の"誘惑係"が任務と称して街中にて市井の男女を相手に過剰な接触行為を行っております。
これらの活動は、公共の場において過度な心理的接近を招き、秩序の維持に支障をきたすものです。誠に遺憾であると申し上げざるを得ません。
つきましては、当該任務の再検討を求めます。
メリニ国黄金城執政官
カブルー
--------------------------
先ごろ制定されたばかりのメリニ国の紋章を透かした上等な紙に、几帳面な文字で綴られた文章を読んだパッタドルは、ため息をついた。
〈
……
カブルーが正式に抗議文を出してきました〉
机の向かいに座るミスルンは、暖かな湯気を立てる紅茶を口に運び、重々しく頷いた。
〈そうか〉
パッタドルは、机に広げたアンケートの束を押し出す。新しく集計したばかりの数字だ。
〈しかし、我々の方向性が誤っているとは思いません。現に、市井の評価は確実に改善しています〉
ミスルンは、集計表のページをめくりながら読み上げた。
〈『黒魔術を使う』が『恋の魔法使い』に。『気味が悪い』が、『ミステリアス』『綺麗』『ちょっと怖いけど、抗えない魅力がある』に変わっているな。
――
たしかに、誘惑係の活動は効果を上げているようだ〉
他にも『また会いたい』『片目なところが守ってあげたくなる』『尊い』『寿命が延びた』など、好意的な言葉が並ぶ。
パッタドルは真剣に顎に手を当てた。意味不明な意見も混じっているが、好印象が広がっているのは確かだ。
短命種の寿命まで延びるというなら、むしろ歓迎すべきことだ。医学的に調べてみる価値もあるかもしれない。
――
にもかかわらず、カブルーだけが頑なに反対している。
〈我々がこうまで懸命に母国とエルフのイメージアップに取り組んでいるというのに
……
なぜ彼は受け入れてくれないのでしょう〉
彼女の目に悔しさが滲む。
カブルーは、崩壊寸前の迷宮で隊長を道連れに心中しようとしたとんでもないトールマンだ。だがカナリア隊元副長ミルシリルの養子であるし、合流後は隊の面々ともしばらく行動を共にした。
他のトールマンに比べれば、多少は親しみを持っていただけに、パッタドルには彼の無理解が歯がゆかった。
紅茶をもうひと口すすったミスルンも考えた。あの喫茶店での、冷めた紅茶の味がよみがえる。
なぜカブルーは、私を好ましく思ってくれなかったのだろうか?
いや
――
彼のことはまだ「誘惑」していない。こちらを好まない相手を、「誘惑」して好意的な理解者に変える。それこそが、この一週間磨き上げてきた「モテテク」の真骨頂ではないか。
ミスルンはカップを置くと、静かに言った。
〈カブルーを「誘惑」しよう〉
パッタドルはハッと目を見開き、瞬時に拳を握りしめる。
〈
……
! それです隊長! 今こそ「誘惑係」の真価を問われる時です!〉
声が熱を帯びる。
〈我らにいい顔をしない相手にこそ、その評価を覆させなくては!
――
「誘惑係」、全力で参りましょう!!〉
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