もち粉
2025-10-13 22:21:48
10661文字
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誘惑係 〜好感度は、つくれる〜


カブミス
エルフイメージアップキャンペーン

パタちゃんは「盛りすぎ」「引き算」まではたどり着けなかったようです


参考文献:『ユーワクLesson1. 見つめて落とせ! 8秒ルール』

休日の正午前。広い目抜き通りには、両脇に屋台や露天商が並び、呼び声や笑い声が絶え間なく飛び交っている。
焼き栗や肉の香ばしい匂い、熟した果物の甘い香りが漂い、賑やかさが肌に感じられる。

パッタドルは辺りを見回し、ターゲットに目をつけた。
文献では若い男性を想定した記述が多かったため、手始めは男性がよいだろう。

〈隊長、今から"8.2秒の法則"を試してみましょう。あそこの果物屋の店員と目が合ったら、8秒見つめてください〉
〈了解した〉

「いらっしゃい! 今日はいいイチヂクが入ってるよ。リンゴもオススメだよ!」

露天の果物屋の青年は、店頭に立ち止まった小柄な客に声をかけた。
客がゆっくりと顔を上げる――目が合った。

じっと見つめてくる、黒い瞳。片目はもしかすると義眼なのか、陽の光をチカリと反射した。
左右非対称の顔立ちに、不思議な奥行きが生まれる。くらくらと眩暈のような感覚に襲われ、青年は思わず見つめ返した。

「あ、あの……

心臓が早鐘を打つ。青年の顔が真っ赤になり、手が震え、コロリとリンゴが落ちた。
慌てて拾い上げようとするが、指先がうまく動かない。

「あっ……これっ……どうぞ!」

思わず、今日の目玉商品だったイチヂクをひと山差し出す。



「もらった」

紙袋いっぱいのイチヂクを持って戻ってきたミスルンを、パッタドルは小さく拳を握って誇らしく迎えた。

「やりましたね、隊長! この調子でどんどん行きましょう」
「うん」

*****

参考文献:『距離を縮めて♡ さりげないボディタッチでドキッとさせよう!』

〈次はこれです。あくまでも自然に、でも近づいて〉
パッタドルは、ミスルンの唇にリップクリームを塗りながら指示を出す。
街で"誘惑リップ"と呼ばれて人気の、ほんのり色づくものだ。視線誘導効果があるらしい。

〈承知した〉
されるがままのミスルンは、文献を読み込みながら頷いた。

市場の角に設けられた詰め所前で槍を構えていた衛兵は、人の流れの中に見覚えのある姿を見つけて声をかけた。
城門の警護の時に、たまに見かけるエルフだ。

「こんちゃっす、ミスルンさん。お買い物ですか?」

すると、普段は青白い顔で無表情に「うん」と頷くだけのエルフが、自分を見つめてふわりと微笑んだ。いいタイミングで吹いてきた風が彼の髪をそっと揺らす。
弧を描いた、その瑞々しく輝く唇から目が離せない。
彼はこんなに――綺麗だったろうか。

「いいや。今日は誘惑に来た」

笑顔に見とれて立ち尽くす衛兵のそばに、ミスルンはすっと寄り、二の腕をぽんと軽く叩いた。
肩を叩く予定だったが、身長差で届かなかった。――さすがトールマン。
腕に手を置いたまま、背伸びして耳元に柔らかな声を囁く。微かに甘い香りが、衛兵の鼻をかすめる。

「実戦で鍛えた筋肉だな……このようなたくましい腕で国を守る者がいるのは……心強い」

「ひっ!? あ、あ、あのっ……!!」

驚きで体が硬直し、手に握っていた槍がカランと音を立てて地面に落ちる。
頬は真っ赤、呼吸は浅く、目は泳いでいる。

「お、おい!? どうした!」

詰め所の中から同僚が顔を出した時、目にしたのは腰が抜けたようにへたり込む仲間と、
「これからも精進しろ」と道場破りのように去ってゆくエルフの後ろ姿だった。

市場のざわめきや同僚の呼びかける声も、今の衛兵にはまったく届かない。
ただ、彼に触れられた腕の温かさだけが、時間を止めたかのように鮮烈だった。

「素晴らしいです隊長! 完璧です!」
「うん。――次は誰だ?」