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吾妻
2025-10-07 23:13:17
6922文字
Public
アークナイツ
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Short Story log07
SNSなどに投げ込んでいた短い話のまとめです。
基本的にイチャイチャしています。
今回はロゴ博♀・白铁博♀・ムリ博♀が入っています
1
2
3
4
約束
折れそうなほど細い指先が、アエファニルの前髪を優しく掻き上げる。
普段は隠されている形の良い額に、柔らかな唇がそっと押し当てられた。
触れ合った場所から確かな温もりと息遣いが伝わってきて、アエファニルはぼんやりと「この者にも体温があり、呼吸を必要としているのだな」と思った。
ドクターは生きているのだと当たり前のことを噛み締めた。
額から温もりが離れていくのを惜しみ、足りない身長を補うために喉をそらして相手を見上げる。ドクターは、自身を仰ぎ見る少年の頭に、そっと自身の手を乗せた。
「君たちバンシーはくちづけで相手に祝福をもたらすと聞いた」
起伏には乏しいが、どこか安らぎを感じられる声。頭に乗せられた掌が髪を梳くのを感じながら、アエファニルは自身に語りかける人物を見上げる。
「私たちの文明にも、似たような習慣があった。もちろん特別な力なんて持たない、ただのおまじないだけどね。それでも、相手の安寧を願い、祈りを託す心は同じもののはずだよ」
ドクターは、自身とそれ以外の全てを分けて語ることが多い。わざとなのか無自覚なのか、そこにどんな意図があるのか、アエファニルにはわからない。そもそもドクターが何者なのかさえ、仔細に把握しているわけではない。
ただ、親元を離れてバベルに身を寄せたアエファニルにとって、一番奇妙で、捉えどころがなく、ある意味では不審にも見え、それでいて信頼を寄せられる相手がドクターだった。
同様にバベルで暮らすコータスの少女が無邪気な親愛を傾けているからか? まるで歩く書庫であるかのように、膨大な知識を有する賢人であるからか?
そのどちらでもあり、どちらだけでもない。アエファニルはドクターの、大地全てに向けられる真摯な眼差しに、眩しさと寂しさを同時に見出している。そしてその眼差しが自分に向けられるのを、くすぐったくも嬉しく思う。
だから、眠れずに艦内廊下をうろついていたところを見咎められた相手がドクターであったことに、少しの高揚を感じていた。なにせ多忙な相手だ。まだ一個人としての責務を果たせるわけでもない子どもと向き合ってくれる時間は多くない。
ぽつぽつと言葉を交わし、眠れないのだと打ち明けたら、ドクターは先程のくちづけをくれた。よく眠れるおまじないなのだそうだ。
ドクターはアーツを使えない。だから、本人も言う通り、特殊な力のこもった術ではないのだろう。それでも、唇越しに伝わったぬくもりはじわじわと四肢に広がり、逃げ惑っていた睡魔を何処からか連れてきた。
「眠れそうかな?」
ドクターの手がもう一度アエファニルの頭を撫でる。
小さく頷けば、微笑が返った。
「ドクターは眠らずともよいのか?」
アエファニルはドクターが寝ているところを見たことがない。共に旅をしたアーミヤは、そばで眠ったこともあるのだろう。時折それを羨ましく思うこともある。
「私は、もう少しやることがある。まぁ、寝つきが良くないのも事実だけれど」
「なれば、次は我がまじないをかけてやろう」
咄嗟に口をついて出た言葉に、アエファニルのほうが驚いた。ドクターも珍しく目を瞠ってみせたが、すぐに普段通りの微笑を浮かべ直した。
「ありがとう。困った時には君にお願いするよ」
結局その約束は、果たされることはなかった。
*
「ドクター、まだ起きておるのか」
外勤から戻ったロゴスは、深夜の執務室に煌々と明かりがついているのに気づき、ノックもなしに室内に踏み込んだ。
「ああ、おかえり。こんな時間までお疲れ様」
この部屋の主人であり、ロゴスの上司でもあるドクターは、うず高く積まれた書類を前に悠々とした態度で椅子に埋まっていた。
『こんな時間まで』はこちらのセリフなのだが。小さく嘆息し、ロゴスはデスクに歩み寄る。まったく、昔も今も変わらない。多忙という概念に手足を生やして動かしているような人間だ。業務が山積みであるのも確かではあるが、本人が歩みを止めるのを恐れている節さえある。
チェルノボーグから救出され、過去の記憶をすっかり失っていても、根幹にある性質は何も変わっていない。
一見、その身を包む孤独と寂しさが薄まっているようではあるが、自身の来歴が失われた覚束なさに戸惑っている姿が見受けられる。
記憶が失われてよかったのか。一朝一夕に答えの出せる問題ではないだろう。
それでも時折ロゴスは、あの頃交わした言葉たちが失われたことを惜しまずにはいられない。
「アーミヤを怒らせでもしたのか?」
机の上には容赦なく積まれた書類の山。見慣れた光景ではあるが、今日は特に量が多い。
「そういうわけじゃない。今日が締め切りのものはもう片付けたしね」
「? なれば、何故まだここにおるのだ?」
「今日はなんだか寝付けそうになくて」
「
……
」
だから仕事でもして気を紛らわそうと? とんだ仕事人間だ。思わず喉元まで苦言が上ってきたが
――
そのとき。ふと。
かつて交わした約束を思い出した。
今となっては、ロゴスばかりが覚えているに過ぎない、叶えられなかった約束を。
幸い、一人残業だからかドクターはマスクを被っていなかった。デスクライトの冴え冴えとした光に、決して健康的とは言えない青白い顔が浮かび上がっている。
「
……
では、我がまじないをしてやろう」
ロゴスは書類で埋め尽くされたデスクの隙間に片手を突いて、身を乗り出した。
「まじない」
「かつて、〝ある者〟より伝授されたものだ」
もはや背伸びをして見上げる必要もない。今ではこちらのほうが見下ろすほど背も伸びた。
こうして掌を相手の額に触れさせれば、顔の半分が隠せてしまうほど。アエファニルはもはや少年ではなく、一個人として責務を果たせる青年となった。
――
それまでの時間を。出会いから今に至るまでの足跡を。共に過ごせればよかったのに。
いくら惜しんでも詮無きこととわかってはいても。時折駄々を捏ねたくもなる。
あの日ドクターがしてくれたように前髪を掻き上げ、露わにした額にそっと唇を寄せる。
「うぬに安寧を」
そして、穏やかな眠りを。
ただしその眠りは、朝を迎えれば覚めるものであるように。そう祈りながら、ロゴスはドクターの額にくちづけた。
【おわり】
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