usagipai
2025-10-07 16:33:54
3352文字
Public
 

No title




藤桃

「桃寧ちゃん、とても似合ってるね。それにこの簪(かんざし)ともよく合ってる」
獅子丸が穏やかな笑みを浮かべてそう言うと、桃寧の頬がふわりと朱に染まった。

今日は――大切な人との逢瀬の日
しかも初めてのお外でのお出かけだ。
胸の奥がくすぐったくて、歩くだけで心が浮いてしまう

髪の毛のセットも、今日のために獅子丸が丁寧に整えてくれた
「これでいい?」と鏡越しに微笑まれたとき、嬉しさと同時に胸が高鳴って仕方がなかった。

……ありがとう、獅子丸さん」
「ん?どういたしまして。せっかくの逢瀬だし、君には一番綺麗でいてほしいからね」

その言葉に、桃寧は思わず視線を落とした。
風が髪を撫で、簪が小さく揺れる。

待ち合わせの場所に着くと、まだ藤姫の姿はなかった。
人通りの多い通りを行き交う人々の中、桃寧は胸の前で手を重ねて落ち着こうとする。
――大丈夫。きっとすぐ来る。

そう思いながら、店先の影で立っていると、後ろから声をかけられた。

「ねぇねぇ、お嬢さん。ひとり? どこ行くの?」
振り向けば、知らない男たちがにやついた笑みを浮かべて立っていた。

「い、いえ……人を待っているので……
桃寧が一歩下がると、彼らのうちのひとりがふざけたように肩を寄せてきた。
「そんな可愛い子を待たせるなんて、そいつどういう男だよ?」
「ちょ、ちょっと……

声が少し震えたその瞬間――

……その“そいつ”が、俺だけど?」

低く通る声が背後から響いた。
男たちが驚いて振り返ると、そこには藤姫が静かに立っていた。
目は笑っているようで、けれどその奥は冷たい光を宿している。

「待たせてごめ。……行こうか」
そう言って、彼女の手を取る
その手の温もりに、桃寧の緊張がふっと解けていく

「っ……うん」

振り返ることなく歩き出すふたりを、男たちは何も言えずに見送るしかなかった

風が再び吹き抜け、簪が小さく鳴る。
――藤姫の隣にいられるだけで、こんなにも安心できるなんて
桃寧はそっと、彼の手を握り返した

しかしその後――
「ヤダ〜!!アタシたら本当にごめんなさいね!! 遅れたばかりにッッッ!!」

裏路地に入った途端、藤姫が勢いよく桃寧に抱きついた。
そのオネェ口調が戻ってきて、いつもの彼らしさに桃寧は思わず笑みをこぼす。

「ふふ、大丈夫だよ〜。藤姫ちゃんらしいし」
「もう〜っ! 怖い思いさせちゃって、ほんと罪な男よねアタシって!」

そう言ってわざと大げさに肩をすくめる藤姫。
けれど、その表情が一瞬だけ険しくなる。

――視線の先。
さっきの男たちが、まだこちらを遠巻きに見ていた。

……あら、まだいたのね。しつこいのは嫌いなのに」
藤姫はふっと笑みを浮かべ、次の瞬間――桃寧の腰を引き寄せた。

「えっ……藤姫ちゃん?」

……悪いけど、“恋人”に手出しはご法度よ?」

そう囁いて、ためらいなく唇を重ねた。

一瞬、世界が止まったようだった。
通りのざわめきも、風の音も、何も聞こえない。
ただ藤姫の体温と、唇に触れた柔らかさだけが確かに残る。

驚く桃寧を抱き寄せたまま、藤姫は男たちをちらりと見て、満足げに笑う。
「ね、これでわかったでしょ? この子はアタシのだから」

男たちは何も言えず、そそくさとその場を離れていった。

藤姫はようやく腕を離し、桃寧の頬を優しく撫でる。
「ごめんねぇ……ちょっと、見せつけちゃった」
……もう……びっくりした……
「でも、ちょっとドキドキしたでしょ?」
……少しだけ、ね」

ふたりの笑い声が重なり、風が優しく吹き抜けた