柳堂知羽@一次創作
2025-10-05 11:37:15
9350文字
Public ⬛︎みえナい
 

はたまた今日もみえナい【サンプル:通販あります】

人は死ぬ。だが、神に愛された者は終われない。



「や、や、やっぱり!危ない感じじゃないですか!」
――黒塗りですよ、黒塗りの高級車!しかも窓に中が見えないシートが貼ってある!
そう、ハヤテは知っている。こういう高級車を普段から乗っているのは本当にお金を持っている富裕層か、「そういう道」の人たちだけだということを。
ハヤテとしては小声のつもりだが、本人以外の者からすればそこまで小声でもないボリュームである。そんな声でぎゃいぎゃいと騒がれるのはそこそこ五月蠅い。しかも、今ハヤテ達がいるのは、その黒塗りの高級車の中なのだ。声がでかい、と脳天を叩かれたハヤテは涙目になりながら隣に座るトラを見上げる。でもそんな訴えかけるようなハヤテの視線をトラはまるっと無視し、運転手の後頭部を睨みつけていた。
ちなみに、車内でハヤテが大騒ぎしている(無論、ハヤテ本人はそのつもりはない)にも関わらず、ルームミラーに目から上だけ映している老齢の運転手は少しも顔色を変えることなく運転を続けている。これがプロというものか、と目を輝かせそうになるが、ハヤテは己の状況を改めて俯瞰し、体を強張らせてしまった。
駅舎から出たハヤテたちを待っていたのは、黒塗りの大きな車であった。しかも、車と同じ色をしたかっちりとしたスーツに身を包んだ男、もとい運転手が無言でトラを案内し、呆気に取られているハヤテからボストンバッグを引き取るとさっさとトランクに詰め込み、あれよあれよと言う間に車に乗っていた、というわけである。
少し前まで揺れが激しい電車に乗っていたからか、振動もなく静かに進んでいく鉄の塊に違和感しかない。だが、これも運転手の腕によるものなのだろう、と思うとハヤテはどうしたって尊敬の念が湧き出てくる。一応、ハヤテも免許と言うものを持っているし、少しばかりの運転はできる。だが、友人をはじめ、親兄弟にきつく運転を止められている。理由は賢明な人なら即座に想像がつくだろう。実際、「そんな子どもみたいなことはしない」と奮起したハヤテが一度、弟を乗せて運転をしたのだが、結果は言わないでおこう。それからのハヤテは大人しく、無傷のゴールド免許を貫いているのだから。
トラのような大柄な男が足を組んで座ってもまだ前に余裕がある車は、何もかもが豪華でぴかぴかしていて、木目のパネルに触れたら指紋がくっきり浮かんでしまい妙な罪悪感を覚える。だが、絶妙な硬さをした座席は、緊張したままのハヤテの体全体を包み込む最高な座り心地を実現している。まるで高級ソファーのようだ。少し前に夜の街でキッチンの仕事をしたが、その時の店に置いてあったソファーを彷彿とさせる。
無意識に座席の滑らかな皮を撫でつつゆっくりと車内を見回すハヤテは、そこでやっとずっと抱き続けていた違和感の正体に気が付いた。
「てかトラさん……泊りがけの仕事なのに手ぶらじゃないですか」
「あ?あぁ、荷物はババァの家に置いてある」
口を「ば」という形に固定させたハヤテはトラと運転手を交互に見やる。トラは少しだって気にする様子は見せないし、運転手も先程と変わらずに淡々と運転を続けている。そろそろ運転手は、自身の雇い主をババァ呼ばわりするトラに怒った方がいいのでは、なんて疑問すら抱く。
それにしてもこの運転手は、出会ってから今に至るまでずっと表情が変わらないし最低限の会話しかしない。無表情、というわけでもないが、愛想がいいわけでは決してない。それこそ、先程降り立った駅にあった謎の案内ロボットの方が愛想もよく、そしてお喋りであった。
「そうだ、ハヤテ。オマエも何か入用だったらババァに言えよ」
こっちがアイツらを世話してやるんだ、対価以外のものも貰う権利がある。そうシレっと発言したトラに先ほどからハヤテは胃がぎゅるぎゅると縮こまっていく感覚がしてならない。いくら寡黙な運転手とはいえ、トラの発言を全部聞いているはずだ。実はこっそりレコーダーでこちらの発言を全部録音していて、雇い主に何かを言いつけるかもしれない。そうしたらどうなってしまうのだ。
最悪の想像に頭を抱え、縮こまってしまったハヤテをきょとんと見下ろすトラであったが、小さく震えているのを見てついぞ笑い出した。まったく、笑い事ではない、と滲む目で見つめてみればトラの笑みはますます深まるばかり。完全に面白がっているし、からかわれている。本当にこの男は時折こういうところがあるのだ。
ここまで考えて、ハヤテはやっと深く息を吐いた。そうだ、電車で腹をくくったじゃないか、と。これから先、行き着いた先でどんな人が出て来ても決して驚かない、と。まあ、リアルで見たことも乗ったこともない高級車に臆病風に吹かれてしまったが。もうきっと大丈夫だ、多分。
……つきました」
するすると動いていた車が止まり、運転席から小さな声が聞こえたかと思ったらドアが開いた。あれ、いつの間に運転手は外に出たのだろうか。何も音がしなかったように思ったのに。なんて思ったものの、トラに促されてさっさと外に出ることにしたハヤテは、次の瞬間にはその疑問がどこかに飛んでいってしまった。
最悪の想定であった「黒尽くめのいかつい男たちの出迎え」ではないことはよかった。ただ、想定よりも立派すぎる門がそびえ、その奥に立派な日本家屋が見える。何となく、それなりにお金を持っている人の家にいくとは思っていたが、ここまで大金持ちだなんて聞いていない。せいぜい、ちょっと大きめの一軒家くらいだと思ったのに、こんな、明らかに地元名門です、という面構えの家にいくなんて。今度からトラがいう「そこそこ」は当てにしないようにしよう。現実逃避のようにそう考えつつ、ハヤテはこっそりと息を飲む。
そんなハヤテとは対照的に、トラの態度はまさにどこ吹く風というやつであった。だが、車内にいた時よりも、少しばかり尖った気配がトラから漏れ出しているが、混乱の最中にいるハヤテはそのことに気が付くことはなかった。何故なら、木でできた立派すぎる門の前に仁王立ちする少女と車いすに乗った白髪の老女がいることに気が付き、そちらに視線が釘付けとなっていたからだ。
「きたのね、二人とも。遅すぎて待ちくたびれたじゃない」
トラの後ろから恐る恐る彼女らに近づくと、ハヤテの腰ほどの身の丈をした少女はそう言い放ち、にんまりと口の端を上げた。一目見た時から気が強そうとは感じていたが、それ以上に威圧的な態度だ。叩きつけるような物言いに少しばかり面を喰らってしまう。だが背後にある門を見て自身の考え方がズレていると思い直した。
きっと、この対応はわざとではないのだ。そもそも、こんな立派な家に住んでいる少女だ、庶民とは異なる価値観や教育を受けているのだろう。それにこの少女を見て思うのだ。むしろこういう態度こそがこの少女にとっての自然である、と。生まれた時から上位にいると称するべきか。何故かそんなことを思ってしまった。とはいえ、初対面のしかも少女からこんな尊大な物言いをされたことがないハヤテは、おどおどしつつ少女に向かってぺこりと頭を下げる。第一印象というのは大事なのだ。
ちなみにその横にいるトラはというと、深々とため息小さな声でババァ、と呟いたが、幸いなことにそれはハヤテの耳には届かなかった。きっとその方がよかっただろう。そうでないとまたハヤテの胃がきゅっと縮まってしまうだろうから。
少女は豊かな黒髪を頭の高い位置でツインテールにしており、淡い色のワンピースを風に揺らして勝気そうな目を正面にいるハヤテらに向けている。そして、少女の横にいる車いすに乗っている老女はといえば先ほどからずっと言葉を口にすることなく、ただ静かに微笑んでいる。小紋の着物を身に纏い、少女のワンピースとお揃いの色をした膝掛けの上にそっと手を重ね、肩から垂れ下げているふわふわな白い髪を三つ編みの先を風に遊ばせていた。
少女と対照的なのはただ単に物静かなだけではなく、穏やかな空気を纏っているからだろう。そしてなぜだか分からないが、その空気は駅を降りてすぐに感じた清々しい水の気配に近しいようにも感じられた。