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もち粉
2025-10-02 21:58:56
21200文字
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伝説のロマンス(捏造)
カブミス
メリニ誤解事件簿 カブミスに寄せて
※名前のあるモブがいます
「〈さとり〉の庭」のその後のふたり
1
2
3
4
13.
数日後の午後。
カブルーの執務室に、パッタドルがやってきた。手には分厚い封筒。
「こちら、ミスルンからの書類です。提出を頼まれました」
「
……
ご本人は?」
書類を受け取りながら、カブルーはなるべく何でもないように尋ねた。
「本日は多忙でして」
──まだ避けられているな。
胸の奥にちくりと痛みが走るが、それはもう慣れた痛みだった。
ため息を飲み込み、封を切って書類を確認していたそのとき、白い紙の間から何かが滑り落ちた。
細長い、薄い板のような──いや、押し花だ。あの日、自分が贈った花をそのまま丁寧に乾かして台紙に貼り、細いリボンで縁取ってある。
「
……
これ、は?」
「あら! 私としたことが
……
間違えて隊長の大切にしている栞を持ってきてしまったようです!」
わざとらしく驚いて見せるパッタドルの片耳がぴくぴくと揺れている。相変わらず小さな嘘ほど苦手な彼女だ。
カブルーは押し花から視線を外し、ゆっくりと彼女の顔を見た。
「これを大事にしている? ミスルンさんが?」
「はい。机の上の魔導書にいつも挟んでいて、よく取り出しては眺めておられます」
淡々とした声色のまま、パッタドルは本題を挟んだ。オーリスは単なる本国の査察官で、すでに帰国したこと。そして、彼を見送って戻った時に、うっかり聞いてしまったミスルンの独り言を、慎重に言葉を選んで伝える。
「『私に花を贈ったくせに、なぜ来ない?』
……
と、隊長は仰っていました」
カブルーの心臓が、ひときわ強く打った。落ち着けと言い聞かせても、胸の奥がそろりと踊り始める。
――
期待して、いいんだろうか。
「それって
……
あの、俺、脈アリ、ですかね」
「さあ?」
パッタドルは肩をすくめた。
「でも、その栞を持ってきたら、今度は大使館に結界なしで、ちゃんと入れてやるぞ」
出会ったばかりの頃のような物言いをしたパッタドルは、いたずらっぽく微笑んで去っていった。
残されたカブルーは、机の上の押し花をじっと見つめる。
(エルフ文化を、もっと正確に理解しなくては
――
そのためにも
……
)
その日、談話室の扉が軽快な音を立てて開かれた。
「マルシル! 至急『ダル族』全巻貸してください!」
「よろこんでー!」
彼女の丸みをおびた長い耳がぴょこんと立った。
14.
昼前の柔らかな日差しの中に、エルフ大使館は厳かに建っていた。
あの夜、パッタドルの結界に阻まれ、一人入っていくミスルンを見送った重厚な門。カブルーは今日、何にも阻まれることなく、その門をくぐり、大使館の敷地に足を踏み入れた。手には、パッタドルに「切符」として渡された、あの押し花の栞が握られている。
案内された先は、手入れの行き届いた芝生が広がる庭園だった。魔力の少ないカブルーにも、それがわかる。この庭は、逃げ水のようにゆらゆらと地面から立ち上る魔力に満ちていた。
あまり早く歩いたら、底に溜まった魔力をかき混ぜてしまいそうで、カブルーはゆっくりと歩みを進めた。
庭の中央には、日差しを浴びて輝く大きな岩が据えられている。ミスルンはそこに腰を下ろし、分厚い本をパラパラとめくっていた。背中越しに見える肩は、わずかに落ちている。
「
……
やはり、失くしてしまったのか」
本を閉じて、ため息混じりにミスルンが呟く。
「探し物は、これですか」
カブルーは岩の下から声をかけ、栞を掲げて見せた。
弾かれたようにミスルンの耳が動き、次の瞬間、かすかに転移術の風が鳴る。ふわりと地面に降り立ったミスルンは、目を見開いてカブルーを見つめる。
「
……
それを」
「パッタドルから預かりました」
カブルーは栞をミスルンに手渡すと、少し息を整え、口を開いた。
「式典の時の、この花を贈ったこと
……
あれで誤解させてしまったみたいです。すみません、あれが告白の意味になるなんて知らなくて」
「
……
誤解? なら、私はお前を失わないのか?」
ミスルンの声は低く、かすかに震えていた。栞を両手で持ち、胸に引き寄せてうつむく。
「長命種と短命種の恋愛には、障害が多い。それに、私は手間がかかる。私の世話をさせて、お前の限りある時間を削らせるのはよくないと
……
そう、断ろうとしていた。だが、そうしたら、今までのような心地良いお前との時間も失うのではないかと、つい決定的な一言を言わせないように、逃げてしまっていた」
しゃべりながら、ミスルンは自分の胸に広がる落胆に気がついた。
告白が誤解だったというならば、今まで通りのカブルーとの心地良い時間が続くはずだ。《失いたくない》と願ったその思いは叶えられるはずなのに
――
胸がひやりとする。
「俺に、他の未来もあっただろうって言いたいですか?」
カブルーは一歩近づき、ミスルンを真っすぐに見た。
「俺は、あなたの隣にいられる時間のためなら、他の未来を喜んで差し出します。それは、削るんじゃなくて、俺が選んだ道だってことです」
ミスルンはわずかに瞬きをし、息を呑んだ。カブルーの目を見つめたまま身動きもできない。
「あなたは確かに手間がかかるかもしれません」
カブルーは微笑んだ。
「でも俺は、その手間を俺にかけさせてほしい。あなたに俺の側で、安心していてほしい。それが、あなたの隣にいるってことだと、俺は思ってます」
ミスルンの頬に右手を滑らせ、そのまま髪を耳にかけてやる。頬がじわりと赤みを帯びていく。親指で耳の表面をそっと撫でると、欠けた耳がふにゃりと力を失った。
「あなたにも、俺を選んでほしい」
カブルーが外套を開くと、胸ポケットには一輪の花が差してあった。花弁は淡く、芯は金色に輝いている。
「エルフの文化、少しだけ勉強しました。これは──『私の思いを受け入れてください』『私はあなたを選びます』という意味の花だそうです」
(ああ、私は
――
)
カブルーの指が、胸ポケットの花を取り、ゆっくりと差し出す。
「改めて
……
俺に、あなたを口説かせてください」
《私を、愛して
――
》
一瞬の沈黙の後、ミスルンの口元がかすかに緩み、黒い瞳が潤んだ。
差し出された花を、祈るように受け取った。
「
……
検討しよう」
カブルーは、その笑みにすべての答えを見たような気がして、安堵の息を吐いて空を見上げた。
「
……
あの、それで
……
明日の朝って早起きできますか? 朝ごはん食べに行きません?」
「うん。構わない」
──そして、そのやりとりを大使館内の窓下でこっそりと聞いていたパッタドルと職員たちは、肩を落とした。
「
――
なんでここで朝食? しかも何あれ、お世話宣言?」
「もっとこう、劇的な告白とか、抱き合ってキスとか
……
そういうのを期待してたのに
……
」
「おじいちゃんかよ、つまんねぇな。若いんだから、もっとガッといけよ」
「フレキ! 無礼だぞ! 隊長がお幸せならそれでいいだろうが!」
疑問符を浮かべる者、しゅんとする者、悪態をつく者
――
反応はさまざまだが、ひとつだけ確かなのは、ここにいるのはミスルンの幸せを願ったものたちだということだ。
「
……
で、キスまで何年かかると思う?」
「フレキ!」
「五年!」「十年!!」「相手は短命種よ? 意外と来年!」
「お前たち!!
……
私は半年以内だと思うがな」
「「「「えっ!!」」」」
15.
初夏の柔らかな日差しが差し込むメリニの大通りで、小さな式典が催された。
人々の間では、オーリスが本国へ帰国して以降、続報の途絶えていた話題への期待が、むしろ高まっていた。
「二人はどうなったんだ?」
「まさか、もう終わったってことはないよな」
「いや、むしろ、これから始まるのでは?」
通り沿いの観客たちは、好奇心を隠す気もなく、口々に囁き合っている。
やがて式典の入場口から、カブルーとミスルンが並んで現れた。
大げさな仕草も、派手な言葉もない。ただ並び、視線をひとつ交わして、小さく笑い合っただけ。
その時、ミスルンの袖口が、風に揺れた拍子にカブルーの手の甲に微かに触れた。
本当に、それだけのことだった。
だが、民衆の想像をかきたてるには、それだけで充分だった。
あちこちで、息を呑む音が連鎖する。
「
……
『ダル族』の第二十一巻の、あのシーン
……
!」
観客席のどこかで、誰かが呟いた。
互いに心を通わせながら、あえて人前では何も言わない──それは、ようやく結ばれたヒロインと相手役(ネタバレ防止のため伏字となります)との、控えめだが確かな絆を感じさせる、『ダル族』屈指の名シーンだ。
「え、あの二人
……
なんか雰囲気、違くない?」
「これは
……
何かあったわね、間違いない」
「詳細は
……
? 続報を早く
……
!」
観客席のあちこちで、民衆の目が輝き始める。何があったのか、いつ、どこで、どんな風に──想像が勝手に物語を膨らませていく。
その日、「夏の防犯パトロール隊結成式」は別の意味で伝説となり、街の書店では『ダル族』第二十一巻が売り切れ、誰もが「次の展開」を心待ちにすることとなった。
――
メリニの街は、平和であった。
「次は、雨の中で抱きしめ合って口づけね!」
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