もち粉
2025-10-02 21:58:56
21200文字
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伝説のロマンス(捏造)


カブミス
メリニ誤解事件簿 カブミスに寄せて
※名前のあるモブがいます

「〈さとり〉の庭」のその後のふたり


5.

(誤解を解かなくては)
カブルーはそう考えていた。

あの花は告白のつもりではなかったのだ。ミスルンに、どうか安心してほしい――それが、彼の今の目的だった。

​最初はいっそ、この誤解に乗っかってしまおうかとも考えた。何をやっても、まったく意識してもらえなかったミスルンに、少なくとも自分が彼を想っているということは伝わったのだから。

ならば、このまま押してみてもいいはずだ。結果的に恋人の座に辿り着ければ、それでいい。

そう思って臨んだ商工会での、西方織の輸入についての打ち合わせ。
扉を開けた瞬間、ミスルンの視線がこちらをかすめて――すぐに逸れた。
いつもなら、「カブルー」とあの深い声で呼びかけてくれるのに。
商工会長には微笑を返すくせに、自分には硬い表情のまま。打ち合わせが終わるやいなや、一席設けるという商工会からの誘いを断ってそそくさと立ち去る。

呼び止めようと一歩踏み出し――やめた。
今の距離では、届く言葉も届かない。

逃げるように遠ざかる背中を見送った時点で、カブルーは方向転換を決めた。口説くのは時期尚早だ。まずは誤解を解いて、いつもの関係を取り戻さなければならない。
ミスルンには、安心して自分に甘えてもらいたい。その場所を、誰かに明け渡す気などカブルーにはなかった。《誰にも、渡したくない》んだ。


だが、誤解を解こうとミスルンに会おうとするたびに、彼は巧みにカブルーを避けた。
予定されていた会議に代理をよこしたり、同じ部屋にいるのに書類の受け渡しを部下に任せたり。偶然を装って廊下で待ち伏せしてみても、ミスルンはまるでカブルーの気配を察したかのように、いつもと反対の扉から出ていく。
そうして、いつもは使わない道を通った結果、迷子になったらしく、後からパッタドルが青い顔をして探しているのを見かけた。最近、彼があまり道に迷わなくなったと思っていたが、単によく使う道はさすがに覚えたというだけだったらしい。

​「……ここまで避けられるとは」

​カブルーは、城の中庭でひとり立ち止まった。春の風が花壇の花を揺らしている。その中に、式典で渡したのと同じ種類の花が、ひっそりと咲いていた。
花は変わらず咲いているのに、自分たちだけが、やけにぎこちなくなってしまった。

この後、迷宮調査に関する定例会議がある。定例にする必要はないのに、ライオスが主張して月イチで開催されている魔物に関する座談会みたいなものだ。
魔物の話は聞きたくないが、王自ら出席するものなので、ミスルンも代理ではなく本人が来るはずだ。今日は自分も参加するから椅子を増やしておいてくれと、会議室の用意をする部下に頼んでおいてある。

その部下が、こちらに駆け寄ってきた。「あ、カブルー様! よかった、お探ししてたんですよ。すぐに会議室に来てください!」

何かトラブルかと急いで向かえば、部下はニヤリと笑い、「お席、隣にしておきましたよ」とウィンクと共に会議室に押し込められて扉を閉められた。

振り返れば、部屋の中にはすでにミスルンが一人着席している。
机にはそれぞれ名札が立てられ、ミスルンの隣席がカブルーになっている。

​「ミスルンさん、早いお付きですね」
​「今日は都合で、三十分開始が早まったと連絡があったのだが……

​(そういうことか……

​カブルーは、先ほどの部下の言葉と、意味ありげなウィンクを思い出す。自分の恋路が、すっかり周囲のコンテンツとして消費されていることにうんざりとした。
​だが、いい機会だ。せっかく久しぶりにふたりきりになれたのだから、いい加減にあの誤解を解かなくてはならない。

隣の椅子に腰を下ろすと、カタンと軽い音が鳴った。ミスルンは、少し緊張したように背筋を強張らせている。その様子に、カブルーの心はほんの少し沈んだ。

​「あの、お話があります……!」

​カブルーが口を開きかけたその瞬間、どこからともなく音楽が聞こえてきた。

​「……なぜ?」

​どこからともなくというか、隣の部屋だ。ムードたっぷりに奏でられるヴァイオリンの音色と、ひそひそと囁き交わす声が聞こえる。
この会議室はもとは広かった部屋を後から区切ったので壁が薄い。「ふたりきり……」 「『ダル族』十二巻の……」  
 「……静かに……」 隣室で聞き耳を立てているであろう、部下と同僚たちの声が聞こえてきて、カブルーは口元を引きつらせた。今すぐ隣に怒鳴り込みたい。

​ミスルンも黙ったままだったが、ふと息を漏らして、カブルーにちらりと苦笑して肩をすくめてみせた。


7.

はあぁぁっ
普段は節度を持って酒を飲むカブルーが、珍しく乱暴に酒をあおる。テーブルに叩きつけるようにグラスを置いて、大きなため息を吐いた。琥珀色の酒がグラスの中で揺れている。

​「言えなかった……

​誤解を解くどころか、隣室の気配とムーディな音楽に気が削がれて、何も伝えられなかった。そして、ミスルンの反応は──やはり、距離を置こうとしているように見えた。
​一瞬、久しぶりに以前の気安さが戻ったように感じた。だが、その後の彼は何かを深く考え込むように、前を向いて会議の開始まで黙ったままだった。

​「……俺は、どうしたらいいんだ」



​同時刻、エルフ大使館に隣接する宿舎の一角で、ミスルンが安堵のため息を吐いていた。

​会議室で隣に座ったカブルーの気配が、いつもよりずっと近く感じられた。彼がささいな身じろぎをする度に心臓が跳ねて、ミスルンは密かに焦っていた。
彼が何か言いかけた瞬間、隣室から流れた出した音楽に勢いをくじかれたのを見て、ミスルンは思わずほっとしてしまった。
​──助かった、と思った。

​彼が何を言おうとしていたかは、わかっている。あの一輪の花を捧げられて以来、自分は彼とまともに会話をしていないのだから。いや、会話をさせないようにしていたのだ。あんな、真剣な目で話を切り出そうとしていたのに。
こちらをまっすぐに見据えてきた青い瞳を思い出すと、胸の奥がざわついた。

ミスルンは、自分がカブルーを特別に大切に想っていることを自覚していた。欲を失ったはずの自分にも、まだこうして誰かを想う心がある。その気持ちごと、カブルーを《失いたくない》。
彼がライオス王と共に形づくっていく、この国の未来を、末永く見守っていきたいと願っている。

​国政に携わる以上、いつか彼も清濁併せ呑むような、暗い場所に立たされることがあるだろう。それでも、なるべくなら彼には日の当たる道を歩んでほしい。
​──できれば、自分もその隣にいたい。

だが、この感情が「恋愛」なのかと問われれば、違うともそうだとも断じきれなかった。

短命種との恋愛で同族から後ろ指をさされたくないという欲はない。
それでも、カブルーのような短命種に対して、自分のような長命種が恋をし、交際する──それはあまりに現実的でなく、どこか遠い別の世界の話に思えるのだ。

​それは、欲をなくしてもなお残る、記憶と常識からくる無意識のバイアスなのかもしれない。あるいは、ただ単に自分から性愛というものが、根こそぎなくなってしまっているだけなのかもしれない。

ミスルンは分厚い魔導書の中ほどを開き、二つ折りにされた紙を取り出した。そっと広げると、あの日カブルーが差し出した黄色い花が押し花になっていた。

​(だが、カブルーは私に告白してきたのだ)

​ミスルンは、向こうの「そういう感情」にどう向き合えばいいかわからない。欲をなくして久しい自分には、感情の機微がよくわからなくなっている。
それに、短命種である彼の限られた時間を、自分にかまけて無駄に消費させるべきではない。

​だから、口説かせる機会を与えないように、距離を置き始めた。
​それが正しい行動だと、そう思っていた。

​──なのに、彼の真剣な声が聞こえた瞬間、心が大きく揺れた。

あの時、カブルーが話を続けようとしていたら、きっと自分は立ち上がって転移術で逃げ出してしまっていただろう。

​ミスルンは、暗い窓の外に目を向けた。春の風が、庭の花を揺らしている。しかし、この押し花と同じ花は、この庭には咲いていない。


​​「……私は、何をしているのだろう」

​そう呟くと、ミスルンは彼らしくもなく、片腕を枕に机の上に身を伏せた。燭台の灯りが、押し花になった黄色い花をぼんやりと照らしている。いつまでも、その小さな花から目を離せずにいた。