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ロンド
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新刊・イベント参加記録
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名古屋世界会議35と新刊の話など
2025/9/28(日)コミックライブin名古屋 アフターサマー2025【いい国つくろう名古屋世界会議35】
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*作中整理のための年表
出典『北欧史』上下巻 百瀬宏・熊野聰・村井誠人 編 山川出版社
※本作を書くにあたって、19世紀~20世紀前半のデンマークとアイスランドの動向を中心に私的にまとめたものです
※地名等、一般的な日本語名称と異なる単語を使用している箇所があります(本からそのまま書き出したため)
※おおむね中世~近世ヨーロッパ史はイギリスvsフランス、プロイセンvsオーストリア、のようにデンマークvsスウェーデンが根底にある。近代化進むこの時代はデンマークとスウェーデンが(フランス革命、ドイツ統一、ロシア南下、イギリスの世界進出等の理由で)融和策を取り始め、現在の協力・中立関係に続く。
1794 デンマークとスウェーデン、中立条約
1800 12月 デンマーク・スウェーデン・ロシア・プロイセン間で20年前と同じ武装中立同盟
1803 3月 碇泊地の戦い(イギリスが反発して大艦隊をコペンハーゲンに送る
4月2日 デンマーク海軍は応戦するが5、6時間後にデンマークが休戦申し入れ
1805 第三回対仏大同盟(スウェーデンはイギリス側参戦、デンマークは中立)(当時フランスは革命後、この時点でナポレオン擁立
1807
7月 ティルジット条約(フランス・ロシア・プロイセンの平和条約)デンマークは囲まれフランスに降る形に
9月2日 イギリス、コペンハーゲン攻撃開始
9月7日 デンマーク降伏(首都コペンハーゲン10%焼失
10月31日 フランスとデンマーク、軍事同盟
1808 スウェーデン領フィンランドにロシア侵攻
1809 スウェーデンでクーデター、王朝交代(21世紀に続く
1812 ナポレオン、ロシア遠征
1813 第四回対仏大同盟
1月 デンマーク、国家破綻(25年かけ回復
11月 ライプツィヒの決戦、スウェーデンがデンマーク南部侵攻
1814~5 ウィーン会議
1814 1月 キール条約締結(デンマーク=ノルウェー崩壊
5月 ノルウェーで独立機運、憲法制定
7月 スウェーデン、ノルウェーに侵攻
8月 ノルウェーとスウェーデンが同君連合締結
1828 広場の争乱、ノルウェーでスウェーデン軍との衝突(以降スウェーデンは融和的になる
1843 アイスランドでアルシング再開(1800~1843間強制停止
1848
3月 デンマークで1月にフレゼリク七世即位から三月革命へ、絶対王政から立憲君主制へ移行
4月9日 デンマークとプロイセン、第一次スリースヴィ戦争(シュレースヴィヒ=ホルシュタイン戦争の方が通りがいい?
7月2日 休戦
1849 4月 戦闘再開
1850 7月2日 ロンドン条約、デンマークはスリースヴィを支配
1851 デンマーク、憲法改正
1854 アイスランドでデンマークの独占交易終了、自由貿易開始(大型帆船の普及、塩漬けタラやニシン加工を中心に漁業・加工業の発展、協同組合型貿易会社・銀行・出版社・新聞社設立。20世紀にはトロール船導入で漁業が会社規模に
クリミア戦争
1855 デンマークで六月憲法制定、アイスランドは拒否
1859 スウェーデンでカール15世即位、ノルウェー総督の廃止を唱えたがこじれ、1872に廃止
1860~61 デンマークとプロイセン間でスリースヴィ問題再起。言語政策の撤回など。
1861 イタリア統一
デンマークの憲法改正でアイスランド支配強化を図る
1863 政治的スカンディナビア主義絶頂期
3月 デンマークは三月特許状を制定、スリースヴィの地位向上を目指す
7月9日 ドイツ連邦議会(1815~。ドイツ諸国が神聖ローマ帝国崩壊後に設立)が反発し、ホルスティーン占拠準備
8~9月 デンマークとスウェーデンで同盟準備するがスウェーデン議会の反発で中止
9月28日 デンマーク、共通議会(リースローズ)で再度三月特許状を基礎とし新憲法案に乗り出すがドイツ連邦議会は反発
11月 フレゼリク7世死去後、クリスチャン9世即位、新憲法署名
12月 ドイツ議会はデンマーク制裁を宣告、スウェーデンのカール15世は議会の圧力で同盟を否定、ザクセン・ハノーファー軍がホルスティーン占領
1864
1月16日 プロイセン・オーストリアはデンマークに最後通牒
2月1日 期限切れでプロイセン・オーストリア軍がアイダ川を越え、第二次スリースヴィ戦争(ただしデンマークは孤立無援なため敗戦は確定していた
3月 ノルウェーはデンマーク側に支援しようとするも手遅れのため停止、スウェーデンがノルウェーに秘密文書にて外交権拡大
4月18日 撤退中のデンマーク、デュブルにて6時間の塹壕戦、敗北
4月20日 ロンドン会議 イギリス・フランス・オーストリア・プロイセン・ロシア(五列強)とドイツ連邦、スウェーデン=ノルウェー、デンマークが集まる
5月9日 ヘルゴランド海戦 デンマーク海軍がオーストリア海軍撃破
5月12日 休戦、交渉
6月29日 プロイセン、アルス島に上陸しデンマークを破る
7月3日 北ユランのロンビューでプロイセン、デンマークに勝利
7月12日 デンマークが講和を計る
7月20日 デンマーク降伏
10月30日 ウィーン条約、デンマークは三公爵領を手放し、プロイセン・オーストリアが回収(以降、プロイセンとオーストリアは1866普奥戦争へと続く)また、デンマークはスリースヴィではなくアイスランドをドイツ連邦議会へ売却案を出すが否決
1870年代 デンマークに産業革命(北欧諸国だいたい同じ時期)、工業や酪農・畜産に力を入れる。普仏戦争に介入案出るものの中止、デンマーク人の多い北部スリースヴィは完全に諦める形に
1871 デンマーク決議のアイスランド憲法はアイスランドで拒否(74に再度決議
ドイツ統一
1874 アイスランドで憲法制定
1882~1913 デンマークは対外的に中立維持する政策をとる
1889 アイスランドで憲法改正要求がたびたび出されるようになるがデンマークは拒否(1897には内部分裂
1891 アイスランドで船員のための大学設立
1904 アイスランド自治獲得、教会・司法/産業・交通・通信/公共財政の省を設立
1905 ノルウェー独立
1885~ スウェーデン憲法改正で外交権が脅かされ、ノルウェー独立機運が高まる
1891 ノルウェー政権が妥協したため議会反発
1895 ノルウェー議会とスウェーデン間で交渉再開、密かに軍事準備が始まる
1905 2月7日 交渉決裂を両国発表
8月13日 ノルウェー国民投票、独立に賛成
9月23日 カールスタード協定調印、ノルウェー独立、デンマーク王家の次男カール王子がホーコン7世に即位(なお3月にモロッコ事件、1904日露戦争の結果を受けている
1907 フレゼリク8世がアイスランド訪問し憲法改正委員会設立するが、内政混乱
1912 デンマークでクリスチャン10世即位
12月 デンマーク・スウェーデン・ノルウェーが中立確認
1914 7月28日 第一次世界大戦勃発、三国はただちに中立
第一次世界大戦中 アイスランドとデンマーク間の連絡が遮断され、アイスランドが独自行動を取るように。商船・漁船をイギリス・アメリカに売却し外貨を得て繁栄
8月5日 ドイツはデンマークに機雷設置を要求し、その後スウェーデンにも要求。二国は譲歩
1917 三国、中立再確認(食糧事情が緊迫する中で、ノルウェーは配給制
フィンランド独立(革命でソ連軍が引き上げたものの内政混乱は続く
1918 パリ講和
デンマーク、北部スリースヴィを住民投票の民族自決にて再獲得
ノルウェー、連合側に貢献したためスバールバル条約にてスバールバル諸島獲得
1917~18 アイスランドとデンマーク独立交渉
1918 アメリカ・ウィルソン大統領の民族自決の原則(スリースヴィの件も有利に働いた
6月最終合意、アイスランド国民投票賛成
12月1日 アイスランドとデンマークは同君連合条約発効(1943期限で自動廃止
1920 アイスランドに最高裁判所設立
1929 世界大恐慌
1939 9月ドイツがポーランド侵攻、第二次世界大戦
11月30日 ソ連がフィンランド侵攻、冬戦争
1940
3月12日 冬戦争がソ連軍損害過多と国際連盟除名に際して休戦(この後ソ連軍は駐留するがドイツ軍の出入りもあり再度開戦することになる
4月9日 デンマークがわずか3時間でドイツ侵攻に降伏。ドイツ軍はオスロにも侵攻したが、3週間で南部制圧に留まる(ドイツ軍はその後ノルウェー占領で基地確保、中立国を揺るがしたことで優位に立つ
6月7日 5月頃から連合軍がノルウェーから撤退、国王含む亡命政府はイギリスに脱出(スウェーデンはこれを機に国内ドイツ兵輸送を許可
5月10日 イギリスがアイスランド占領
1941
5月下旬 フィンランドとドイツが対ソ戦に合意
6月25日 継続戦争、フィンランドは対ソ戦に踏み切る(空襲は22日~
7月7日 アイスランドの占領がアメリカに移る
11月 電報事件、デンマーク国王がヒトラーの祝辞に一文のみ返答し、ドイツは報復
1943
8月29日 デンマークで警察が解体され占領軍が軍政をひき、逆にレジスタンスが激化
夏頃 スウェーデン、ドイツ軍の輸送に制限
1944
6月 コペンハーゲンで夜間外出禁止令、ドイツ巡視隊がテロ開始、対してサボタージュ活動が激化
6月 膠着が続いていたが、カレリア戦線でソ連がフィンランドと交戦(9月19日休戦
6月16日 アイスランドが連合条約破棄(自動廃止を受け、デンマークと交渉不可能なまま三年の摂政期間を経た)、アイスランド独立
秋頃 北部ノルウェーはソ連軍により解放(ドイツ軍は撤退時破壊活動
1945
5月7日 ドイツ降伏(デンマークもほぼこの時に自力で開放?
5月9日 ノルウェー正規軍・英米軍がノルウェー着
5月11日 亡命政権がノルウェー着
6月7日 国王がノルウェー着
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