保科
2025-09-28 10:29:29
4522文字
Public スタレ
 

帰る場所

アグサフェ メール.exe一通目軸だけど特に関係ないっちゃない 捏造を噛ませすぎてもうなんだかわかんないです 3000万回やってれば1回くらいはこういう時もあるだろ あれ

火を追う旅は完遂された。これはかのカイザーと彼女が率いる黄金裔が成し遂げた偉業であるが、しかし、来たるはずの再創紀は訪れなかった――このあたりの理屈は、正直いまだにあたしには理解できていないし、どうでもいい。こういうのは詭術ではなく理性の領分だ。研究解析は樹庭の坊やに任せるとして。
取り急ぎこの件に関するあたし――サフェルが抱えている問題は、そんな来世の心配事ではなく。なんなら、行方知れずのカイザーとセイレンス姉さんのことでもなく(どうせこの二人は元気にやっている、なにせ非常に強かな人達だ)。
――再創生が始まらないのなら。浪漫の半神にして、オクヘイマの指導者――はすでに引退した――アグライアに、どう声をかけるか……という点だった。
隠匿の刻の始まりよりも、門の刻の始まりが近い頃合い。誰もが寝静まる時間に、あたしは一人、明かりの灯る≪金織≫の建物の裏手に立ちつくしていた。
………
燦々と照るミハニの輝きは火追いの旅の完遂をもって修復された。今もなお背中を照らすこの光は、かつてのあたしがついた嘘が暴かれたことを意味している――『黎明のミハニの輝きは永遠である』。【およそあたしが『100年の間』つき続けていた嘘】は、エーグルの討伐を終えた後、かのミハニの修復方法が発見されたほんの数ヶ月前、その役目を終えた。
だから。あたしとアグライアを隔てるものは、もはや何もないということなんて、分かりきっていて――けれど、『ただいま』という勇気が、ずっと持てないままでいた。
それも、今日までだ。そう決めたのだ。……決めてからも、大分時間が経ってしまったけれど。
手元には、昔渡されたこの家の合鍵がある。裏戸から出入りするように、と言われた時の言葉の優しさを、今でも覚えている。
軽く揺らせば、チャリ、と錆一つない鍵が音を立てる。その音色に追い立てられるように足を踏み出し、深呼吸を一つ。
…………よし」
覚悟の決まった心を再度確かめ、静かに鍵穴に鍵を指した。――錠前は変えていないのか、呆気なく開いた。
ドアノブをひねり、建物に入る。漂う新品の布の香りはひどく懐かしい。記憶をたどるように、あたしは彼女の居住区画をのぞき込んで――
――部屋の隅、机に突っ伏す彼女に肝が冷えた。
―――
その場で叫ばず、飛び出さなかったのは、ひとえに彼女の呼吸音を聞き取ったからだった――規則的で穏やかなそれは、眠りのバイタルを示している。
心臓に悪い。
……ああ、もう。ちゃんとベッドで休息を取ってってば……
辺りに散らばる布や、設計図、彼女の目の前にあるミシン台から、作業途中に寝落ちたらしいことがうかがえた。
――そんなふうに、ラプティスとしての仕事に注力できる日々が漸く彼女に帰ってきたのだということを、あたしは静かに噛み締める。
……………
眠る彼女の隣に歩み寄る。昔と変わらない――どこか、小さくなったかのようにすら思う背中。
……風邪引くよ、ライア」
返事はない。深く寝入っている。……出直すのは当然としても、こんな態勢じゃ、体を悪くしてしまう。
仕方ない。ため息を一つ、眠る彼女を抱き上げた。
……
両腕にずしりとした人間の重みを感じて、そんなことにも感慨深さを感じてしまうあたしはもう、どうかしているのだろう。
寝室の場所も変えていないようで、通路を曲がればすぐに見つかった。むやみに広いその寝台は、かつての小さいあたしも眠りについたことがあるものだ。
枕に頭が乗るよう、その髪が崩れないよう、ゆっくり、ゆっくりと下ろしてやる。シーツを被せてやって、何とか穏当に済んだとため息をついた矢先――彼女の目が、ゆるりと開く。
――あたしを、捉える。
言いたいことも、伝えたい気持ちも、その瞬間、全部消えて――頭が真っ白になった。
――……ライア、その、……これは……」 
最早、言い訳の仕方の一つすら思い出せない。盗みに失敗した子供のようにしどろもどろなあたしを、意識がぼやけた顔のアグライアはぼーっと眺めて。そうして、不思議そうにつぶやいた。
……どうしたのですか。ねむれないのですか、セファリア……
―――
『眠れないのですか?セファリア』
――昔、ずっと昔。心細かったチビのあたしに掛けた言葉と何も変わらないそれに。
ああ、敵わない、と思った。
……そう、かもね」
眠れない。いつものように。――あの日、この陽だまりを離れてから、あたしに穏やかな刻が訪れた試しはない。
「そう……なら……どうぞ……
今にも潰えそうな瞬きをしながら、緩慢な仕草で、アグライアがシーツを持ち上げる。当然のように1人分の空白が目の前に提示されて、あたしは動けなくなる。
いや、だって、それは。そんなの。
……セファリア?」
促すような声。きっと今、彼女の半分眠りにつかった思考は、目の前のあたしを正しく認識できていない。あたしが布団に来ないことを不安がる姿に、胸がキュッと締め付けられる。
――なら、いいのかな。彼女を悲しませないためなら。その、『嘘』に甘えても。
……知らないよ。あんたが、来いって言ったんだからね……
言い訳がましく呟きながら、あたしはするりと体を滑り込ませた。布団の中はまだ冷たいものの、触れ合う距離の彼女の体温がぼんやりと温かく、それが緊張していた体を緩やかにほぐしていく。数秒もせず、まぶたがずんと重くなるのが分かった。目の前、吐息がかかりそうなほどすぐ近くにあるアグライアの顔が、あたしを捉えると微かに綻んだ。
……おやすみなさい、セファリア……
――懐かしい言葉だった。
……おやすみ、ライア」
応えれば、トロンとした瞳に、程なく瞼が落ちていく。
それを薄れゆく意識の中で眺めながら、ああ、この小さな幸福が、かつてあった思い出が、どうかずっと続けばいいと――あたしはただそれだけを祈って、目を閉じた。