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保科
2025-09-16 11:23:09
5962文字
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スタレ
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Good morning.
響めき煌めきも君と 踊ろう!
https://privatter.me/page/689d1f4dde2bb
←これのつづき!
悪夢を見たとある夜から、1週間ほどが経った頃。
単なる世間話のつもりだった。ふと、アグライアは夢を見るのか気になったのだ。
何せ、
――
サフェルはあれからも毎晩、ずっと過去の夢を見ているものだから。
「アグライアはさあ、寝てる時夢とか見る?」
「はあ。夢、ですか
……
曖昧ですね、どのような類の?」
「んー、いや、特に条件縛りとかではないんだけど
……
まあ特段無いならいいや。 ごめん、気にしないで」
夜も更けた頃、食器も片付けたダイニングテーブルにて。澄ました顔で食後のコーヒーを啜るサフェルを、向かいの席に腰掛けるアグライアは目を細めながら眺めつづけた。
それにサフェルが居心地の悪さを感じ始めた頃、彼女は、徐に口を開く。
「
――
それは、貴女が徹底して隠している、寝不足と関係のある問いですか?」
「
―――
」
「セファリア、そのまま」
即座に席を立とうとしたサフェルは、その鋭い一声に身をすくませた。しまった、と内心舌打ちする。気付かれていた
――
いつから。どこから。どうして。
「
……
良い機会です。
この件については、どこかで話したいと思っていました。
脳内に浮かんでいるであろう疑問を、まずは解消しましょうか
――
どうか席についてください。
貴女とて、今、この場に弁明の余地などないことは察したでしょう」
「
……
あのさ、裁判の真似事って、随分趣味が悪くない?」
「裁くような意図はありませんよ。
ですが、そう感じるのならば、貴女にそう思うだけの負い目があるということでしょうね」
「
………
」
反論なく、黙ったまま席に座り直すサフェルを一瞥した後、アグライアは、咳払いを一つ。
「
……
話を戻しましょうか。
いつから、は
――
そうですね。情けない話ですが、この家での貴女の振る舞いは完璧でした。
私は、貴女の眠りが浅いことには、特に気づいていませんでしたので」
「じゃあ
――
」その言葉が事実として、内的要因でないのなら。サフェルは、アグライアと自分の共通の知り合いを即座にピックアップして、凡その予想を導いた。
「
……
トリビー姉さんかぁ
……
」
「
……
どこから、は。内密に、と言われていますので、言及は控えます」
とは言うものの、この間トリビーと出かけた際、欠伸の理由を聞かれたときに、つい本音で伝えてしまったことをサフェルは思い出す。アグライアに伝わることはないだろう、と高をくくっていたのは明らかな油断だった。
「どうして、は。
些細なものであろうと、一つ、きっかけがあれば、気付くのは容易でした。いつも化粧でごまかしているとはいえ肌艶や髪質の衰えは確かですし、普段の貴女と比べて呆けている時間も多い。理由一つでつながります。
……
それに、流石の貴女も寝言まで偽れませんでしたね」
「
――
え待った、あたしの寝言とかなんで聞いてんの?」
「
………
」
「ちょっと。裁縫女」
「
……
この前、ソファーで数分だけ寝落ちていたことがあったでしょう。自室に立ち入ることはまだしていませんよ」
「ちょい」
不穏な発言にサフェルが目を細めるのを、アグライアは華麗にスルーして。
「さて。
このように、貴女の疑問もおおよそ解消できた所で。確認です、セファリア。
――
貴女は、夢の中、誰に向けて謝罪をしているのですか?」
「
―――
」
言葉に詰まる。当然、自分の寝言なんてものをサフェルが知るすべはない。
けれど。眠る自分が謝罪を向けるなら、相手は一人しか思いつかなかった。
――
だから、肩を竦めて、適当を口にする。
「さーてね。昔のバイト先の店長とかじゃないの?皿割ってごめんなさいーって。知らないけどさ」
「ああ。
……
やはり、私ですか」
逸らしていた視線ごと、心臓が跳ねる。
「
――
は?何それ話聞いてた?意味分かんないんだけど」
「
……
セファリア。
貴女が得意とする嘘も、不調では万全に扱えないことを自覚してください。声に動揺が滲みすぎています
――
それでは、そうだと代弁しているようなものです」
「
………
」
金糸を失えど、誰よりも人間の本音と欺瞞を見抜いてきた金織様に立ち向かうには、今のサフェルはあまりにも杜撰な状態だったのだろう。喉の奥が異様に乾く。墓場まで持ち込もうとしていた秘密が、よりによって当人に暴かれるのは、身を引き裂かれるようでたまらなかった。サフェルは、もはや、息をするのも精一杯だ。
「
……
わかったよ。なら、もし、本当にそうだったとしてさ。
それであんたは、何が言いたいの
……
」
苦し紛れに口にした抵抗に、アグライアは、困ったように眉毛を寄せた。そうして、らしくなく、歯切れ悪く口にするのは、
「
――
今の私の存在は。
貴女にとって、重荷となりますか」
「
……
」
その、縋るような
――
どこか弱々しい問いかけに、サフェルは血の気が引くのを感じた。そんな憂いを、抱かせたかったわけじゃない。
「セファリア。
貴女は未だに、私と決別した理由については口を閉ざしたままですね。
……
貴女が秘匿したそれは、きっと私の知らない、私の罪なのでしょう」
「
――
は、何それ。違う!そんなものあんたにはない!」
たまらず机を叩くサフェルの拙い反論を、アグライアは一蹴する。
「いいえ、違わない。違わないのですよ。今、貴女が苦しむ理由が私にあるのなら。それは、紛れもなく私の罪でしかない。
――
夢の中の私は、貴女を呪うのですか?それとも、貴女を憎むのですか?」
「違う
……
」違う。罪なんてものはない、アグライアが背負うべき罪なんて大それたものは、この世界にも、オンパロスにもありはしないとサフェルは思う。
夢の中だって、彼女はサフェルを責め立てことはない。アグライアはただ在るだけだ。そう、何もできなかったのは、届かなかったのは
――
間に合わなかったのはサフェルの方だ。
「違う。ライアは、悪くない。
……
ライアは、何一つ悪くない。あたしが、」既でこぼれそうになった言葉を飲み込む。
あたしが、英雄譚のためにあんたの優しさを、真心を切り捨てた。数多の選択の中でそれだけを悔い続けているのだ、なんて。どうしようもない傲慢を、どの面下げて言えようか。
「
――
……
あんたが、死んだ夢を見る」
代わりと絞り出した要約に、アグライアは瞬いた。
「間に合わなかったことを、後悔してる
……
んだと、思う。
そんな資格、ないのに」
「
……
成程。そう、
……
そういうことでしたか」
静かに相槌を打ったアグライアは、「あれは
――
あの選択は、取るべき手段を取ったに過ぎません。ましてや貴女が気に病むことは何もありません
……
といったとて、無駄でしょうね」と、ため息をつく。そう煩わせてしまうことに、サフェルは肩を縮めて萎縮する。
「
………
」
「
……
セファリア。
先ほども言いましたが。もし、私が近くに在ることが貴女の重荷であるのならば
――
直ぐにでもこの暮らしを解消することは、厭いません」
「
―――
」
「
――
……
どうかそのような顔をしないでください。例え、です」
跳ね上げた己の顔はどんな表情だったのか。困ったように微笑む、アグライアの表情を頼りに、サフェルは言葉の続きに耳をそばだたせる。
「貴女は、どうでしょうか。
……
どうか、私に慮ることなく。優しいセファリア、今だけは、その気遣いをなくして考えていただければ」
「
……
!あたしは」
引きつった喉の奥から、掠れた声が出た。
アグライアとともに暮らすことが、彼女の負担であることは一目瞭然だ。分かりやすい金銭の負担や手続きの問題だけじゃない、彼女の生活リズムに及ぼしている影響も大きい。彼女のことを考えるなら、こんなものは今すぐにでも解消したほうがいいと知っている。
現に、サフェルはずっと、密かに、その未来を
――
離別の未来を目指して動いてきた。きっと、アグライアもそれを知っている。
でも。
――
独りよがりでもいいのなら。アグライアがもたらす無私の優しさに、甘えることが許されるのなら。その道でどれほどの辛酸を嘗めるとしても、常に答えは決まっていた。
「
……
い、一緒が、いい。
ライアと、一緒が
……
」
「
……
そうですか」
俯いたまま、囁くようなサフェルの言葉に、アグライアは頷くと、深く息を吸い。ゆっくりと席を立つ。
「
……
ライア?」
そうして、見上げるサフェルの隣までやってくると、その体を強く抱きしめた。
「
――
え、ちょ、何何何!?」
「ああ
――
これほどまでに過去の私を憎く思ったこともありません
――
貴女をこのように苦しめ、なにが浪漫の半神か」
背中に回された腕が強くサフェルを引き寄せる。慌てながらも、けれど聞き取れた言葉にサフェルは肩を跳ねさせた。
「違、違う、だからライアは!」
「いいえ。貴女が自分を悪と罵るのなら、私も同様です。為政者として、元老院を御しきれず、火を追う旅を最後まで導けなかった。
志半ばでファイノンに託した私の落ち度は明白でしょう」
「そんなことないってば
……
!なんでそんな事言うの、あんたは頑張ってたじゃん!」
落ち度なんてものがあるはずない。アグライアはできることを精一杯こなしていた。あれ以上を求めるなんてどうかしている。許せない、と半ば悲鳴のようなサフェルの反論に、アグライアは、ええ、と落ち着いた頷きを返す。
「ええ、貴女ならばそう言うでしょうね。
――
ですから。同様に、貴女もまた、最善を尽くしていたのではありませんか?セファリア」
「
―――
」
「貴女が私に咎などないと評するのなら、私とて同様に告げましょう。
こうして、再び共に暮らして確信に至りました。やはり、貴女ほどの責任感のある女性が、何の意味もなく、火を追う旅を離脱するなどありえない」
「
……
それは、
……
」
「語りたくないのであれば、構いません。だから、私は勝手に貴女を評価します。
私の死に際に間に合わないなど、そのような些事を気にすることも、悔いることもありません。
貴女は、貴女の使命のために全力をもって走り抜けたのです。他の誰でもない、私が保証します。
よく頑張りましたね
――
セファリア」
「
――――
」
アグライアの口から、アグライアの声で告げられたそれは。
――
その言葉は、ちょっと、だいぶ、まずい。
「う」
「ええ、ですから
……
セファリア?」
「う、ぐ」
「
……
貴女、泣いて
――
」
その後のサフェルの記憶は、涙と嗚咽でひどく曖昧だ。
夢を見た。
ピュエロスに生暖かい風が吹き、正面、霞がかった向こう側にアグライアが立っている。
夢の中、いつもは大したこともしゃべらないはずの女は、どうしてか今日ばかりは饒舌だ。
「
――
おや、セファリア。どうしたのですか?貴女がオクヘイマに立ち寄るなど珍しい」
「
……
いやあ、ちょっと寄っただけ。ついでにあんたが死んだって噂を耳にしてさ?一応確認にね」
「なんと。そのように悪趣味な噂が市井に流れているとは
……
元老院の仕業でしょうか、小賢しい鼠共が
……
」
真剣な顔で考え込むアグライアは、金糸をたどるように指を滑らせて
――
焦点の合わない瞳が、僅かに上気した顔を押さえるサフェルを映す。
「もしや。私のために、ここまで駆けてくれたのですか」
「
――
ハ、まさか」
「ふふ、では、そういうことに。
ですが憂うことはありませんよ、セファリア。私はこうして健在です
――
」
彼女の手が、サフェルの左手を握る。
――
暖かい。その温もりが、胸の奥を締め付けるように愛おしい。
「
……
そう。なら、まあ、いいんじゃないの」
誤魔化すために、ぶっきらぼうに吐き捨てるサフェルのことを。
アグライアは握った手を離さないまま、嬉しそうに眺めている。
――――
――
窓の向こう、朝日がてっぺんまで昇っていた。昼だ。
「
………………
」
『眠りすぎて疲れる』という感覚は、サフェルという眠りの浅い人間には新鮮だった。程よい倦怠感の中で、深呼吸を一つ。
加えて、天井は知るものだけれど、ベッドの感触は知らないものだった。
固めの安価なマットレスを希望したサフェルと違い、アグライアは柔らかい寝所を好む。フカフカした背中の感覚は、この家を案内されたときに紹介されたものだと覚えていた。
それが指すことは
――
「おはようございます、セファリア。よく眠れましたか?」
「
……
あんたの顔、寝起きに見るとやっぱ目に毒だわ」
「あら酷い」
隣。絵画が如き美しい女が、上体を起こしてサフェルを眺めている。この部屋の主だ。泣き疲れて眠ったサフェルを、アグライアが回収したと思われる
――
子供かっての。
恥ずかしさを誤魔化すように目を擦ろうとして、左手が彼女に握られていることに気づいた。暫く眺めるが、一向に離されない。軽く振れば、応えるように握る力が強くなる。
「
……
ちょっと。アグライア」
「ふふ、今夜も一緒に眠りますか?」
「いや御免だけど。自室に帰るよ」
「
………
全く。素直な貴女はどこに行ってしまったのでしょうね
……
」
芝居がかった憂うような嘆息に、たまらず背を向けようとして
――
腕を軽く引っ張られる。
「何、っ」
声が詰まる。気付けば、アグライアが、覆いかぶさるように仰向けのサフェルの上にいた。真正面数センチ先、いつになく真剣な表情の彼女は、
「セファリア、改めてお願いがあります。
折角、こうして
――
なんの懸念もなく、私と貴女は言葉を交わせるのですから。
どうか、つらいことは共有してくれませんか。貴女はきっと、一人で抱え込めばよい、と考えていると思いますが。
それは、あまりにも酷です」
「
……………
」
そう、口にする。それは、まあ。そうかもだけど
――
それより何より、あまりに近い距離にある彼女の顔に、サフェルは硬直したまま動けない。彼女はただ、サフェルを逃さないようにしたいだけなのだろうけど。にしても。
「
……
セファリア」
問い詰めるように、けれどどこか甘やかすように名前を呼ばれながら、こつりと額が触れ合う、
――
近い。近いって。
「お願い、できますか」
「ぜ」
頭が回らない。アグライアの蜂蜜色の瞳が、視界いっぱいにゆらゆら揺らめく。隠しきれない動揺で、上擦った声が出た。
「善処、するから
……
っ」
「
――
仕方ありません。
今はその回答でもよしとしましょう」
嘆息混じりに離れるアグライアの顔に、サフェルは緊張していた体を一気に弛緩させて
――
不意打ちに額に落とされた唇に、全身を跳ねさせた。
「
……
ライアさぁ、あたしのことやっぱりチビのガキだと思ってるでしょ
……
!」
「ふふ。さて、どうでしょうね」
ちょっと拗ねた声色で真っ赤な顔を抑えるサフェルの頭を、アグライアは微笑みながら撫で続ける。
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