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保科
2025-08-14 08:27:09
2484文字
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スタレ
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Good night.
現パロ サフェルとアグライア
どうでもいいような夜だけど
少しばかり生ぬるい風が、ピュエロスを吹きぬけた。揺られたフードを指先で押さえて、目を細める。
僅かに靄がかった向こう側。目映い金の絹を思わせる、美しい女が立っていた。あたしが一歩踏み出せば、気付いたらしい彼女はこちらを見やって、微かな微笑みを浮かべる。
広く知られる冷徹さとは裏腹な親愛の顔を向けられ、僅かに高鳴る心と
――
重く昏たい胸の内をひきずるように、またボテスの歩を進める。
(
――
ああ)
あたしはこれを知っている。この後起こることは、全て既知だ。もう、何度繰り返したかも分からない。
アグライア。
だから。彼女の名前を呼んだ。突き放すような棘を込めて。微笑みを浮かべていた、彼女の顔が当惑に歪む。問いただすように、セファリア、と呼ばれた筈だ
――
その甘く優しい響きに、幾度も浮かぶ後ろ髪を引かれる心を切って捨てて。なんでもないようにありったけの悪意を装うと、それを口にした。口にして、しまった。
あんたのことが、大嫌い。
吐き捨てた離別の言葉が、喉奥に詰まったままで息苦しい。霞む視界の中、目を見開いたアグライアが、ふっと掻き消えた。
――
あたしは、当たり前のように足元を見る。
そこで、
……
オンパロスでもっとも豪奢だろう棺桶の中で眠るあんたが、もう目を開くことはない。死に目にも会えず、別れの言葉も口にできず。それが、とうとう向き合うことのなかったあたしの罪。世界を救うために切り捨てたあたしの罰が、静謐をたたえ、英雄を責め立てるようにそこにある。
ごめんなさい、なんて。きっとそう思うことも傲慢だ。
「
―――
寝覚め最悪だっての
……
」
カーテンのすき間から差し込むわずかな月明かりの眩さに目を細め、額から垂れる冷や汗を袖で乱雑に拭う。
緊張に走る心臓をなだめるように大きく息を吸って、吐いた
――
胃の内の物まで吐きそうになって慌てて両手で抑える。まるで暗黒の潮にでも追われたかのような状態だった。ツバを飲んで、呼吸を抑えて、
――
こらえて数秒、漸くまともに息を吸える。
舌打ちを一つ、広いベッドの上で寝返りを打った。気分が落ち着いて、代わりに襲いかかるのはどうしようもない自己嫌悪だ。
「
……
あーもう、何を期待しているんだか
……
」
たら、れば
……
なんてものは、もう何度考えたかも数えようがない。それがどれほど無意味かなんて、とうに知っている。それなのに、こうして反芻する日々の、何と虚しいことだろう。
後悔はない
――
あるはずもない。選択は過ちじゃないと言い切れる。例え、あの瞬間を幾度繰り返したとしても、詭術の半神が取る選択は変わらない。
けれど、それでも。こうして、戦いも、火追いも、何も存在しない世界に生まれ変わっても尚、ずるずると見続ける夢の意味は、
――
「
…………
」
――
息を吐けば、カラカラの喉奥がひりついた。喉が渇いている、これだけ汗をかけば当然だろう。
少し逡巡したものの。寝直す前に水でも飲みに行こうと部屋を出た。
素足のままぺたぺたと、心なし痛む頭を押さえつつ階段を降り、扉に手をかけた。
「セファリアですか?」
……
どうか眠ってくれていれば、という淡い祈りは早々に打ち砕かれた。扉の向こうからした声に、観念した心地でノブを捻る。
「
……
どーも。裁縫女、まだ起きてるの?寝ないと体に悪いでしょ」
「それは、その、承知ですが
……
締め切りの近い案件を片しておこうと思いまして」
「またそれだ。あんたって案外衝動的に作業するよね。気分屋ってやつ?」
広いリビングに置かれた机にて。テーブルランプの明かりだけをつけて、品の良い羽根ペンを走らせるアグライアは、言葉通り仕事中といった様子だった。前世も今世も変わらず、服で生計を立てているこの女は、暇さえあればデザインを考えている。自室も寝室もリビングさえも場所を問わず。
「そうかもしれません。
……
何事にも囚われず作業をすることの楽しさには、抗えませんから」
ともすれば口笛でも吹きそうなほど、楽しそうな彼女の声。けれど、一心不乱故に伏せられた顔が。
――
見えない表情が、夢の中、もう目を開くことのない彼女と重なる。
「
―――
」
視界が乱れ、心臓がはねる。は、と、一瞬ずれた呼吸を、目を伏せて落ち着ける
――
落ち着く。落ち着いた。僅かに口元を緩め、余裕を装う。ついさっきまで夢に見た過去の英雄の振る舞いが、あたしに不相応な精神性を与えてくれる。
「
………
ま、何だっていいけどさ
……
早く寝なよ。あたしももう寝るから」
キッチンはかなりの暗がりだ。気づかれることはないだろう。抑揚なく呟くと、食洗機の中からコップを一つ取り出して、水道水を注ぐ。なんだかんだ高級な酒をくすねるより、こういう味が性に合う気がした。
「
……
セファリア」
水を飲み干していれば、ぽつり、名前を呼ばれた。つい振り向いて、視線が合う。
「貴女
――
」
「
―――
」
バレたか。微かに身を竦ませるあたしに、アグライアはふ、と相好を崩す。
「
――
貴女こそ、あまり遅くまで起きていてはいけませんよ。若い体に寝不足は大敵ですから」
「
……
いや、あんたが言うそれ?」
自分を差し置いて身勝手、と肩を竦めれば、そうですね、と、楽しげにアグライアはくすくす笑う。その声に、不調を隠し通せた安堵も相まって、拍子抜けした心地になる。
彼女の気負うことのない姿なんて、再会してから何度も見たはずなのに。そんな光景に、眩むように目を細めて
――
あたしは思う。
あの悪夢が、これからも、彼女にもたらされた安寧の価値を示す傷となればいい。
もう覆せない過去の苦しみに苛まれる程、今、笑う彼女の尊さがどれほどか理解できる
――
より深く、より鮮烈に。
そうならば、この逃れられない苦しみにも、きっと意義があるのだ。
「ね、ライア」
焦がれるように名前を呼んだ。はい、と、手を止めたライアが応える。あたしは、何か言いたくて、でもその言葉はついぞ見つからなかったから。
「
……
、おやすみ」
「
――
ええ、良い夜を、セファリア」
苦笑する。それはちょっと難しいかも、なんて。
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