彌夜
2025-08-30 20:52:09
6914文字
Public 景丹
 

景丹🦁🍁お題まとめその1

閲覧ありがとうございます。
こちらは景元×丹恒のお題をお借りした短編まとめとなります。お借りしました所につきましては、リンク参照。ありがとうございました。
なお目次に簡単な説明は付記しますがネタバレ、捏造など突然出てきます。苦手な要素の或る方は閲覧はご遠慮くださいませ。





・こんなに近くに居た3≫



「丹恒の字ってさ、景元にそっくりだよね」
………まあ、師事したようなものだからな」

草木染めの鍋を保存するのに親友の冷蔵庫を借りた。その礼を渡そうと訪ねた丹恒を出迎え、星がにんまりチェシャ猫笑いをする。悪い事を目論む顔。一瞬どう対処すべきか悩んだ隙を突き、眼前へ突き出される書き置き。紙面で泳ぐのは見慣れた字体だ。
今まで比較されずに居たので驚きはあるが、別におかしな点はない。
獄に吊るされ丹恒は世間知らずだった。高い知能は備えど、出力する手段に乏しかったのだ。龍師が植え付けた偏った知識を正し、一般常識や生活の術を教え込んだのは景元である。こっそり共感覚ビーコンを与えたばかりか、手習いまで率先して教師役を担った。多忙な人だから、一度に覚える範囲は広く詰め込まれたけど、元の勤勉さもあり決して苦ではなかった。

何よりも。筆の持ち方を教える手の暖かさ。課題をチェックし、上出来だと褒めて貰えるのが何よりも楽しみであったから。

ともかく手本は景元自身の手跡が主だったのだ。水茎鮮やかなそれに近付けた自信はない。けれど見苦しくない程度に、あの人へ師事したから整っているのだと他者から評されるのは、嫌な気持ちにはならなかった。
こころなし誇らしげな丹恒に、彼の一部と自他とも認める星だって相好を崩す。だがすぐさま次の疑惑を突きつけた。

「他にもほら、腕組み」
「?それが何だ」
「癖だよね。景元と組み方一緒。首を傾げる角度も」
………!!」

ばっと振りほどくももう遅い。無意識の所作は、そうしなければ落ち着かないまでしっくり馴染んでいる。以前炎翁と曜青の将軍を含めた三人への謁見時、胡乱な表情をちらりと過ぎらせたのは前世の面影や、不調法があったからではと気にはしていたが、まさか礼儀作法が銀獅子仕込みだとわかり易すぎたのだろうか。あの後狼退治で有耶無耶になり、良かったのか悪かったのか。そういえば雲騎軍式の敬礼に彦卿も目を瞬かせていた。
ここに至り、丹恒は愕然とする。

(思っていた以上に、あの人は俺の核となっている。改めて他者から指摘されると逆鱗が、ソワソワして変な感じだ)

不快感とは正反対な情動。人と関わるのを避け、未分化気味の気持ちでもこれは照れくさいのだと判別がつく。
思わず丹恒は口許を手で覆った。
ひんやりとした膚は変わらずとも、殊俗の民へ寄せた丸い耳の先が熱い気がする。
そんな丹恒をここぞとばかりに翻弄する星も驚いていた。朝の光に咲初む白蓮を彷彿とさせるはにかみを晒す親友は、とても珍しい。冷静沈着な護衛兼アーカイブの管理者。姫子に与えられた列車での肩書きを担う怜悧な面影はぼやけ、建木事変で再会した時の、ごくごく自然に長身の男の背へ隠れた月の麗姿を思い出す。
まず星が不思議に感じたのはあの一幕だ。
自分達へ罪を告白するのに怯えていたのは分かる。でも神秘的な本相になれど、勇ましく潔い性格はそのままな丹恒が、真っ先に危険へ飛び込むのを厭わぬ武人が、ごく自然に銀獅子を頼りとした現実は頭を鈍器で殴られるような衝撃を与えた。会話自体はぎこちなさが目立ったけど、何だかんだ互いをずっと気に掛けていたのを同道者達は知っている。
やっぱり色んな意味で特別なんだなぁ、とつい写真に収めたい欲を抑え、代わりに星はとどめを刺してやることとした。

「最後にもう一つ」
「まだあるのか………

げんなり俯く仙舟風の服の胸元。槍を振り回す分、やや膨らんだ胸筋で哀れに潰される包みを細い指で指し示し、星は最後通告をする。

「それ、羅浮で買ったんだよね。私へのお詫び。白露でも彦卿でもなく。真っ先に景元へお勧めはあるかってリサーチして」
「何故お前がそれを
「遠回しだったけど、景元から丹恒と何かあったのか訊かれたから。ついでに気になる御当地品話もした。答えてすぐ、丹恒、羅浮に向かったじゃない。結びつかないほうがおかしいよ」
………

証拠とばかりに掲げられた端末のトーク履歴を一瞥し、ぐるると水龍は低く喉を唸らせる。咄嗟に反駁が浮かばない。残念ながら口裏を合わせてくれる知り合いは出てこなかった。真っ先に上がる男は論外。共通の顔見知りである雲騎兵や驍衛を除いて、壮麗な舟の知人は出身である丹恒より星の方がずっと多いのだ。丹恒の交流関係は過去から続くしがらみで狭く限られている。禁足が解ける前なら無茶もしたが、忌み名を戴冠した以上自身の動向が羅浮持明族、ひいては将軍である景元に波及するのは重々承知。自由行動でも目が光っているのを察してはいた。故に他の者とやり取りして、と言い訳は不可能だろう。下手に誤魔化せば行動力溢れる親友に、じゃあ事実確認しようかと神策府へ引っ張られて行きかねない。
どんな公開処刑だ勘弁してくれ。
半眼で睨むも、怖い物知らずな家族は何処吹く風だ。

「脅しているつもりか?」
「まさか。気になっただけだよ。こんなに面白、いや、可愛い蒼龍ちゃんにお目にかかれるなんてね。本当景元の事が大好きなんだ」
………恩人だからな」

まだ言い足りなさそうな少女へひしゃげた包みを押し付け、そそくさ踵を返す。戦略的撤退である。足早にパーティ車輌を抜け、慣れ親しんだ牙城へ着いた瞬間ずるずると丹恒は擬似的な海面を模す床へと座り込んだ。
設定した水の波紋がこわばりをゆるゆる和らげる。緊張の糸が解け、深々と吐き出す溜め息は物憂げを装いつつも、聴くものが聞けば察する菫の花を砂糖漬けにした甘さ。辛うじて変化は解けていない。けれども、煌々底光る瞳の花浅葱を丹恒自身は気付かなかった。
脳裏でリフレインする、大好きなんだねという言葉。それに這々の体で頷き返す。焦がれているのだ、ずっと。月が欲しいと泣く子供より。
氷翡翠のごく薄い青緑が、遺灰を撒かれたように翳って揺らめく。
追放されてからは男の事も、必死に生きる内に忘れたつもりだった。血腥い殺し合いと、孤独な流浪の足跡へ埋め、葬れたものと思い上がっていた。

本当はそうじゃなかったのに。

再会して、海の底から息を吹き返した恋なんて生温い。本当はそんなものより奥深く。生き延びてくれというあの人の祈りは、丹恒が想うよりずっと肌の下。魂の傍に寄り添っていた。
生を願った幼子へ叶える術を叩き込み、遠く離れ離れであった間も、あの美しい男が与えた何もかもが丹恒の旅に力添えし続けていたのだ。
求める恋慕ではないだろう。けれど男の慈しみが道の基盤となったのは真実だ。

そんな人を、光を好きになるなんて、当たり前のことだろう。

景元がくれたものはずっと胸の蕾に宿っている。今更そう振り返ると、鼓動が激しく高鳴った。


ぎゅっと両腕で己の身を掻き抱く。
男の贈り物が満ちた肢体を。



こんなに近くに、貴方は居たのか」




(此の身は貴方の贈り物)
(生き抜くすべを、貴方はくれた)